2

有限表示加群の圏がアーベル圏になることと弱核の存在との同値性(ネーター環・連接環の一般化)

238
0

導入

例えばネーター環Aについて、有限生成加群のなす圏modAはアーベル圏になります。非自明なのは核を持つかですが、有限生成と限らない加群圏ModAはもちろんアーベル圏で、modAは「Aがネーターであれば」核で閉じることが分かります(有限生成加群の間の準同型の核は、有限生成加群の部分加群より、ネーター性よりまた有限生成)。

ここでネーター環の一般化として連接環 (coherent ring) と呼ばれる環のクラスがあり、それは「有限表示加群のなす圏がアーベル圏」ということで特徴づけられます(知っている定義と違うぞって人は、のちの節「連接加群を用いた別証」を参照のこと)。
正直、環の場合にネーター性を落とすことは自分はあまりないのですが、同じような状況が圏上の加群を考えるときには自然に出てきます。例えばmodAという加群圏上の加群圏mod(modA)を考えることがよくあります。これは無茶に例を作っているわけではなく、多元環の表現論の重要な理論であるAuslander-Reiten理論はまさにこのmod(modA)の構造分析の理論と言い直すことができます。

しかし一般にmodAは(圏を環としてみたときの)ネーターではありません。でも(圏を環と見たときの)連接``環''となっており、mod(modA)がアーベル圏になるのです。

この記事の目標は、次の定理を示すことです:

主定理 ver 0

加法圏 Cに対し、有限表示右C加群の圏modCがアーベル圏になるのは、Cが弱核を持つことと同値である。

後で主定理を言い換えるので「ver 0」と名付けています。

これにより、例えばCがアーベル圏だった場合、Cは核を持つのでmodCはアーベル圏になります(よってネーター環Amod(modA)はアーベル圏です)。この観察がAuslanderが発見した重要な視点です。

前提とする知識

(前)加法圏上の右加群を知っており、それら右加群全体のなす圏がアーベル圏であることを知っている人です(例えば 前の記事 参照)。弱核についてはこの記事内で解説します。また図式上のdiagram chaseに慣れていることを仮定します。

構成について

主定理の証明にはいくつかの証明方法が考えられ、本記事では著者が関連した研究中に考えた、一番直接的(と見えそう)な証明を与えます。しかし理論的な見通しのためには「連接加群」を用いたほうがよく、それについては別証として後の節で述べます。

主定理を述べるための準備

主定理の正確な意味を述べるために、いくつかの定義や記号を導入します。まず前加法圏Cに対し、右C加群(=アーベル群のなす圏への加法的反変関手)のなす圏をModCと書くことにします。

有限表示加群

加法圏 C 上の右加群MModC有限表示であるとは、次のようなModCでの完全列
C(,X)C(,Y)M0
が存在するときをいう(つまり表現可能関手の余核として表される加群)。またmodCで、有限表示右C加群のなすModCの充満部分圏を指すことにする。

米田により、上のような表示は、ちょうどCでの射XYを与えることと対応していることに注意。

環の場合の定義との関係は、「加法圏上の表現可能関手=有限ランク自由加群」という類似があったので、そのもとでよく知られた有限表示の定義と一致しています。

modCという記法は論文によって定義が違う場合があるので、論文を読む際には注意してください(上のように有限表示加群の圏で使うこともあれば、単に「有限生成」加群の圏で使うこともあります)。

一方、主定理では弱核という概念が用いられたので、これを定義します。

弱核

加法圏C弱核 (weak kernel, たまにpseudo-kernel) を持つとは、任意のCの射f:XYに対し、ある射ι:KXが存在し(fの弱核と呼ばれる)、米田埋め込みした次の図式がModCで完全になるときをいう:
C(,K)C(,ι)C(,X)C(,f)C(,Y)

これはよく考えれば、核の普遍性のうち一意性の条件を取り払ったものになっているので、弱核と呼ばれます。
さて、もう主定理を実際の証明に用いるように言い換えておきます。

主定理

加法圏Cに対し、次は同値である。

  1. 有限表示右C加群のなす圏modCがアーベル圏である。
  2. modCModCの中で「核を閉じる操作」で閉じている、つまり「有限表示加群の間の射の核もまた有限表示」である。
  3. Cは弱核を持つ。

ここで1の条件は、アーベル圏であることをいちいち全て確かめるのは面倒なので、中間条件として2をも置けました。まず1と2が同値なことから片付けます。

主定理の証明

1ならば2

これはすぐ証明を書けます。ここで1ならば2が自明に見える方は、1の仮定からは「modCのアーベル圏構造とModCのアーベル圏構造の関係はわからない」ことに注意してください(要するに埋め込みが完全とは限らない)。でも以下で見るように実際は埋め込みは自動的に完全になり、このことから証明できます。

主定理12

modCがアーベル圏とし、任意にmodCでの射MφNを取る。このとき、modCがアーベル圏だったことからmodCでの完全列
0KιMφN
が存在する。このとき、上が実はModCで完全になっていることを確かめれば、modCが核で閉じていることが従う。

実際、ModCで完全であることを確かめるには、各対象CCを代入して完全ならよい。対象CCを取ると、鍵はC(,C)modCなことである。よってmodCでの核の普遍性により次の完全列が得られるが、米田で言い換えられる:
0HomC(C(,C),K)ιHomC(C(,C),M)φHomC(C(,C),N)0K(C)ιM(C)φN(C)
ここでC加群の準同型の集合(つまりModCでの射)のことをHomCと書いている。これはまさしく「Cを代入して完全」を意味するので、一番最初の図式は実はModCで完全である。よって示された。

このパートは簡単でしたね(表現可能関手が全てmodCに予め入っていることが効いています)。

2ならば1

この証明は、次の観察から従います。

modCは余核で閉じる

(弱核を持つとは限らない一般の)加法圏Cに対して、modCはアーベル圏ModCの中で余核を取る操作で閉じている。

主張は、有限表示右C加群の射φ:MNが与えられたとき、Cokerφが有限表示ならよい。実際、有限表示C(,A)C(,B)M0C(,C)C(,D)N0が取れるが、射影分解についての標準的な議論によりφ:MNは次のようにliftできる:
C(,A)C(,B)M0φC(,C)C(,D)N0
ここで米田の補題により、左の四角に対応するCでの可換図式
ABfCgD
が取れることに注意。ここで、これらの射の自然な直和を用いて次の図式が作れる:
C(,A)C(,B)M0C(,f)φC(,C)C(,g)C(,D)N0[1C,0]tC(,C)C(,B)[C(,g),C(,f)]C(,D)W00
正確に言うと、左下の可換な四角があるが、それの余核を伸ばしたのがWである。このとき、右のMNW0が完全であることを確かめれば、WCokerφは有限表示となる。がこれはNWから元を取って単なるdiagram chaseで分かる。(「Nから元をとって」diagram chaseができることの正当化は次のようになされる:この図式は関手圏での図式だが、完全性は「各CCを代入して完全か?」で判定できるので、各CCを代入してただのアーベル群の図式だと思ってchaseしているとみなせばよい。)詳しくは単なるdiagram chaseなので読者への演習問題とする。

途中で、人工的なWの射影分解が出てきましたが、お察しがいい方は気づいている通り、これはMNの射影分解のmapping coneをとったものです(実際、完全性はmapping coneの議論からも従うはず)。

さて主定理の2ならば1はもう簡単です。

主定理21

上の命題3(modCは余核で閉じる)ことと2の仮定から、modCModCの中で核を取る操作と余核を取る操作で閉じている。よってModCがアーベル圏なことから明らかにmodCもアーベル圏になる。

2ならば3

これも比較的簡単です。

主定理23

modCModCの中で核で閉じているとする。このときCが弱核を持つことを示す。そのため射f:XYを任意にとり、米田埋め込みしてModCで核を取ることにより、次のModCでの完全列が得られる:
0KC(,X)C(,f)C(,Y)
ここでC(,X)C(,Y)modCに属することから、2の仮定によりKが有限表示となる。とくにKが有限生成なので、ある全射C(,W)Kが取れるが、これを合成するとModCの完全列
C(,W)C(,X)C(,f)C(,Y)
が得られる。米田により対応するWXが得られるが、これがfの弱核を与えていることが定義により分かる。

3ならば2

ここが一番非自明な箇所です。便利な補題を準備します。

加法圏Cでの図式
ABCD
弱pullbackとする(pullbackの普遍性のうち一意性を取り除いたもの)と、米田埋め込みして次の図式を作り、
C(,A)C(,B)M0φC(,C)C(,D)N0
誘導されたφ:MNは単射である。

Mから元を取りdiagram chaseで容易に分かる(厳密には先ほどやったように各Cの対象を代入して元を取る、が慣れればあまり気にしなくて良い)ので読者への演習問題とする。

以下、Cが弱核を持つときにmodCが核で閉じることの証明へ向かいます。が、見通しをよくするため、少し分割して次の補題をまず示します。

modCの射の分解

加法圏Cが弱核を持つとする。このとき、modCの任意の射φ:MNをとり、それを有限表示へリフトした次の図式を考える。
C(,A)C(,B)M0φC(,C)C(,D)N0
このとき、次のような図式が存在し:
C(,A)C(,B)M0πC(,E)C(,B)W0ιC(,C)C(,D)N0
πが全射、ιが単射(両方ModCのなかで)でありφ=ιπとなるようにできる。つまりWφModCでの像である。とくにImφWmodCに属する。

米田によりCでの図式
ABCD
が得られる。ここで、Cが弱核を持つので、Cは弱pullbackも持つ(通常の「核を持つ加法圏はpullbackを持つ」ことと同様)。よって次の弱pullback図式が作れる:
EBCD
さらに、最初の可換図式と、弱pullbackの普遍性から、Cの射AEが存在し、次が可換になる:
ABEBCD
これを米田で埋め込むと、補題に出てくる図式が得られる。ここでφ=ιπなことは、全射C(,B)Mを前から合成すれば簡単に分かり、πが全射なことは、右上の四角形から明らかである。さらにιが単射なことは、弱pullbackについての先程の補題より得られる。

さて上の補題さえ準備すれば、もう簡単です。

主定理32

加法圏Cが弱核を持つとき、modCが核で閉じることを示す。
有限表示加群の間の射φ:MNを取ろう。まず上の補題5(modCの射の分解)の主張する図式が作れる:
C(,A)C(,B)M0πC(,E)C(,B)W0ιC(,C)C(,D)N0
ここでφ=ιπであったことと、ιが単射なことにより、φの核はπの核と一致している。よってπの核が有限表示ならよいが、次の図式を考える:
0C(,A)C(,E)K0C(,A)C(,B)M0πC(,E)C(,B)W0
詳しく言うと、新しく出てきた横の射C(,A)C(,E)は左下の射と同じものであり、それの余核をKとおき、縦のC(,E)C(,B)も一番左下の射として定義すると、左上の四角が可換であることからKMが誘導される。ここで、縦の列
0KMπW
が完全であればよいが、これもKMから元をとり単なるdiagram chaseで分かる。

証明おわりです。単なるdiagram chaseをめっちゃやるだけでしたね。

連接加群 (coherent module) を用いた別証

主定理の一番非自明で大事なところは、「Cが弱核を持つならばmodCが核で閉じる」というところでした。本記事で与えた証明は、具体的に有限表示加群の間の射の核を構成する直接的な証明でしたが、連接加群 (coherent module)の概念を使えば、より見通しよく証明できます。

詳しい証明は本記事では述べませんが、定義や流れだけ与えておきます。

連接加群

前加法圏C上の右加群M連接であるとは、次の二つの条件を満たすときである。

  1. Mは有限表示である。
  2. Mの任意の有限生成部分加群は有限表示である。

前加法圏上の加群については、有限表示性や有限生成性は、加法圏の場合の「表現可能関手」の場所を「表現可能関手の有限直和」に置き換えたものです(これにより環上の加群についても言葉を適応できます)。

よく分かりくい定義かもしれませんが(もしくは環の場合に連接加群の定義を聞いたことあれば同じだと思うかも)、ありがたみが次です。

前加法圏Cに対して、連接右C加群のなす圏はModCの中で拡大(特に有限直和)と核と余核で閉じ、とくにアーベル圏となる。

つまり何の条件もなく、何らかの有限性を満たすアーベル圏が作れるわけです。しかし問題は表現可能関手が連接とは限らないことです(よって一般にはあまり連接加群はないかもしれない)。
これの証明が気になる人は、著者によるpdf Grothendieckアーベル圏の基礎 の命題7.14を参照してください(pullbackとpushoutをとりまくるパズルです)。

この連接加群の圏を用いて、主定理は次の形に言い換えることができます(また前加法圏なので、環上の加群の場合にも適応できます)。

前加法圏Cに対して、次は同値である。

  1. modCがアーベル圏となる。
  2. modCの任意の対象が連接である、つまり「有限表示=連接」が成り立つ。
  3. 任意の表現可能関手が連接である。
    またCが加法圏の場合、次も同値である:
  4. Cが弱核を持つ。

3 2:定理6を認めると、連接加群の圏は有限直和で閉じるので、表現可能関手の有限直和もまた連接であり、さらに連接性が余核でも閉じることから、それらの余核(=有限表示関手)は連接となる。逆に連接加群は定義からして有限表示である。

2 1:定理6より明らか。

1 3:主定理により1は「modCが核で閉じる」と同値だったことに注意。
表現可能関手C(,Y)を選び、その有限生成部分加群Mを取ると、有限生成性より全射
π:C(,X1)C(,Xn)M
が取れるが、合成C(,X1)C(,Xm)MC(,Y)modCでの射になっている。よってこれの核も有限表示だが、これの核はπの核と一致している。よってKerπが有限生成になるので、これはMが有限表示なことを意味する。

1 4:これは主定理の証明のそんなに大変じゃないとこだったので省略。

4 3:これが連接性を導入したときの主定理との関係で大事なところである。Cを弱核を持つ加法圏とする。このとき上と同じように表現可能関手C(,Y)とその有限生成部分加群Mを取ると、有限生成性より次の分解が得られる:
C(,X1)C(,Xn)MC(,Y)
ここでCが加法圏なので、一番左はC(,X1Xn)と同一視でき、合成C(,X1Xn)C(,Y)に対応する射が米田によりCで取れる。あとはCが弱核を持つので、この射の弱核を考えれば、容易にMの有限表示が与えられる。

このように、連接性の概念を用いれば、diagram chaseさえあまりする必要がなく主定理が証明できます(その分の面倒くささを上の定理6に押し付けていると言えますが)。

この定理から、連接環を知っている人には馴染み深いであろう次の定義が自然になされます。

連接環

前加法圏C環とみて連接環であるとは、定理7の同値な条件を満たすときをいう。とくに、

  • Cが環の場合、これは「任意の有限生成右イデアルが有限表示」なこと
  • Cが加法圏の場合、これは「Cが弱核を持つ」こと

で定義される。

「表現可能関手」はこの場合環自体を右加群とみたものなので、上のようになります。

わざわざ「環とみて連接」と書いて、連接圏と書かないのは、coherent categoryには別の違う文脈での定義が存在するからです。

いつ使うの?

環について連接環を考えることは、自分は正直ありません(環は少なくとも両側ネーター環くらいを仮定する流派です)。しかし、圏が環とみて連接、つまり有限表示加群の圏がアーベル圏になる状況は、いくらでも出てきます。典型例は:

アーベル圏Aは環とみて連接である、つまりmodAはアーベル圏となる。より一般に前アーベル圏でも同様である。

Aが核を持つなら明らかに弱核を持つので、主定理により従う。

ここから分かることは、例えばネーター環Aがあると、有限生成=有限表示加群のなす圏modAはアーベル圏なので、modAを環とみて連接です。よってmod(modA)というアーベル圏ができます。これはさらにアーベル圏なので、同様にmod(mod(modA))もアーベル圏です。以下無限に続く……

さすがにmodmodmodAを考えることはないですが、冒頭で述べたとおり「環Aの表現論の現代的な理論(=Auslander-Reiten理論)は、アーベル圏mod(modA)の理論に基づいている」といえます。なのでこのように有限表示関手のなす圏を頻繁に用いますし、用いずにやることもできますが用いたほうが整理されて見やすいです。

まとめ

  • 加法圏上の有限表示加群のなす圏がアーベル圏なのは、圏が弱核を持つときである。
  • この性質を「環とみて連接」と呼ばれ、環の場合には「連接環」という環のクラスが出てくる。
  • 特に「加群圏上の加群圏mod(modA)」は現代の表現論で頻繁に用いられる大事な概念である。

mod(modA)について具体的に何も言っていないじゃないか、というのはそのとおりで、それがAuslander-Reiten理論なので、暇があればそのうち書きます。

投稿日:20201117
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

H.E.
H.E.
130
16385
某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中
  1. 導入
  2. 主定理を述べるための準備
  3. 主定理の証明
  4. 連接加群 (coherent module) を用いた別証
  5. いつ使うの?
  6. まとめ