11

大学院での過ごし方

1115
0
$$$$

はじめに

この記事は 数学の勉強のやり方 の続編です。主に修士課程の話をしますが、博士課程の話もちょっと書きます。

この記事の目的

現在D2の僕が、B4からM1だった頃の自分自身にアドバイスしたいことを書く。もちろん時間は遡れないので、現在それくらいの学年の人に読んでもらえると嬉しい。一応、博士課程に進学し研究者を目指すつもりの人を想定している。

大学院以前:指導教員と院試のこと

東大数理だけ、あるいは京大数学教室またはRIMSだけを受けるのはやめた方が良い。ちゃんと勉強している人でも結構落ちる。それ以外の大学については、真面目に数学してきた人が落ちたという話は聞かないので、一本勝負で構わないと思う。

外部進学する場合、院試を受ける前に行きたい研究室の先生と面談するべきだ。当たり前のことなのに、案外やらない人がいる。

修士課程って何やるの

学生の能力と先生の指導方針に依るとしか言えないけど、最もスタンダードなコースとしては、M1の夏~秋頃までは専門分野の基礎的なテキストを読む。その後、論文を読んで最先端の研究に触れ、遅くともM2の夏までには研究が始まる。頑張って(ほとんどの場合は些細な、人によっては凄い)結果を出して修論を書き、卒業する。そんな感じだと思う。

妙だな、DC1申請はM2前期のはずだが……

そうなのである。こういうスタンダードな進度で大学院を過ごしていては、DC1申請までに論文を出すことはおろか結果を出すことさえ難しい。数学系に関しては、DC1は業績0でも通るとか、結局のところ運だとかいろいろ言われる。僕は解析系の事情しか知らないけど(というか解析系の事情も良く知らないけど)、確かに業績0で通った人もarXivにプレプリントを上げていたのに落ちた人もいる。でもやっぱり、DC1に通った人は論文はないまでも学会発表等何らかの業績があることが多いし、業績が全くない人はだいたい落ちていると思う。ちなみに僕も業績0で申請したけど落ちた。

研究は 早めに始めた 方が良い

表題の通りである。論文を読み始めるのも研究を始めるのも、早いに越したことはない(と僕は思う)。DC1申請のためというのもあるけど、何より修士+博士の5年間は想像以上に短いからだ(DD2の夏にしてそれを実感している)。半年早く研究を始めれば、半年長く問題を考えられる。この半年は大きい。じゃあどうすればいいのか。

答えは簡単で、修士課程の早い段階で指導教官に面白そうな論文を教えてくださいとお願いに行けばいい。嫌がる先生はいないと思う。論文を読みながら必要なことを遡って勉強するくらいで全く問題ない。余裕がある人は、院試が終わった段階で大学院で指導教官になる先生と面談し、修士課程入学までに勉強しておくことを色々教えてもらっておくのが良い思う。そうすれば修士課程入学後すぐ論文を読み始められるかもしれない。

勉強から研究へ

少なくとも僕は、基礎的な勉強から最先端の勉強そして研究へとマインドセットを切り替えるのに苦労した。同じような苦労をした人、あるいは現在進行形で苦労している人は少なくないと思う。そこで、個人的なアドバイスを書いておく。かなり主観的な内容なので、鵜呑みにはしない方が良い。

誤解を恐れず強い言葉を使うけど、勉強ではなく研究がしたいのであれば、集合と写像の演習問題を解くときのように、完璧に厳密な数学をすることは諦めよう。使う定理の証明を全てフォローするのも、はっきり言って無理だ。「勉強」の価値観においては、深く精密で体系だった理解が美徳かもしれない。しかし「研究」の価値観は違う。すでに分かっていることをいくら深く広く理解しようとも評価されない。「新しくかつ面白い結果」を生み出し、数学という学問を少しでも先に進めることが至上命題であると心得よう。誤解を招きそうなことを言うが、最先端の数学は集合と写像の教科書の水準で厳密ではないと僕は思う。しかし、無限の時間と根気があれば、最先端の数学もすべて集合と写像の教科書の水準まで厳密性を高めることができると、ほとんどの数学者は信じているはずだ。その意味で最先端の数学も「厳密」ではあるのだが、集合と写像の教科書の「厳密」性とはギャップがあると思う。

僕は修士課程の最初の1年間、このギャップに苦しんだ。でも、だんだん「ちゃんと確かめてないけどどう考えても大丈夫だろこんなの」みたいな「感覚」が分かってきて、気にならなくなった。闇雲にすべてを厳密に証明するのではなく、具体例を計算したり、反例を探すことで逆説的に正しさを確かめたりする癖をつけると、こういう「感覚」が身に着きやすいと思う。

「数学的な厳密さ」という概念は一枚岩ではない。論文を読むようになれば分かることだが、分野ごとに、「この程度に厳密であればよい」という水準がなんとなく共有されており、数学者はその「なんとなくの水準」に従って議論している。これが「数学的な厳密さ」の実態だと思う。ただし強調しておかなければならないのは、その「なんとなくの水準」は恣意的に決められたものではないということだ。その水準まで厳密にすれば、残りは「ちゃんと考えてないけどどう考えても大丈夫だろこんなの」と感じられるようになることが経験的に知られているのである。少なくとも僕はそう理解している。

研究テーマの探し方

指導教員の方針に依ると思う。問題をポンと渡されるのが多数派っぽいけど、僕は自力で探すように指導された。当時読んでいた論文が面白かったので、関連論文を洗いざらいに調べ、何ができていて何ができていないのかを整理するのに1か月くらいかけた。でもこれは良い経験だったと思うし、DC1の申請書を書くときもサーベイで得た知識がとても役に立った。落ちたけど。

学振がすべてではない

負け犬の遠吠えだけど、学振がすべてではない。最近はJSTとか色々あるし、僕もその手の奨学金で生活している。お金の心配はあまりしなくていいと思う。

博士課程について

基本的にずっと研究するわけだけど、僕がそもそも博士課程の学生であり、現在進行形で試行錯誤しながらもがいているので、アドバイスできることはあまりない。

指導教員以外の先生と交流を持つのはとても大事だと思う。最近、僕は海外の先生と共同研究を始めたのだけど、その先生と色々話すようになってから視野が一気に広がった。先輩とも共同研究していて、ちょっと面白い結果が出てきている。やっぱりワイワイ言いながら誰かと数学するのは楽しい。好みの問題もあるけど、一人で研究するだけじゃなくて誰かと一緒に研究するのも良いと思う。ちょっと勇気は要るけど、興味がある先生に「1週間くらいそっちの大学に滞在したいんだけど受け入れてくれますか」ってメールを送るのも良い。無視されることもあるけど、思ったより返信してもらえる。

終わりに

学位もないただの学生の戯言だけど、誰かの参考になれば嬉しいです。

投稿日:2023824

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。

投稿者

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中