本記事を書いた者はこの分野の専門家では(更に言えば数学科の学生ですら)なく内容の正確性も保証されていないので, 本格的な勉強には然るべき文献を参照して頂き, 本記事は暇つぶし程度に読んでください. 誤りがあったら指摘していただけると幸いです.
平方剰余記号
本記事内ではは常に異なる奇素数を表すものとする. 先ず本記事の主役となる記号を定義する.
平方剰余記号
をと互いに素な整数とする. このとき平方剰余記号を以下のように定義する:
(i) なる整数が存在するとき.
(ii) なる整数が存在しないとき.
この記号は以下のような性質を持っていることが知られている.
平方剰余記号の性質
をと互いに素な整数としたとき以下が成立する:
(1). (これはが準同型を誘導することを示している.)
(2).
(3).
これらは比較的容易に示せる. 文献としては例えば[Yukie1]の1.11節等を参照せよ.
以上のように定義した平方剰余記号に関して, 次のような非常に深い法則が成立することが知られている. これが所謂「平方剰余相互法則」である.
本記事ではこの定理に類体論を念頭に置いた証明を与えることを目標としている. 尤も, この定理は類体論を使用しなければ証明できないというわけではなく, 初等的な証明も与えられている. これに関しては[Yukie1]の1.11節等を参照せよ.
大域類体論
ここでは一般的な大域類体論の結果を述べるが, イデールを用いた定式化は採用せず, より扱いやすい古典的なイデアル論による定式化を採用する. 局所類体論についてはこの記事内では不要であるので触れないことにする. 又, 類体論の証明にはある程度の準備が必要であり, それをこの記事に収めることは困難であり且つその必要も無いと考えたので, 類体論の証明も一切触れない.
類体論の証明に関しては[KKS]の8章や[AM]等を参照せよ. 又, [Neu]では純粋に群論的な類体論の証明が与えられている(一般類体論).
記号
混乱が生じないように予め代数体に付随する概念を表す記号を羅列しておく. は代数体, はの有限次拡大体, はの素イデアル, はの上にあるの素イデアルとする.
- : の整数環
- : の有限素点全体の集合
- : の無限素点全体の集合
- : の素点全体の集合
- : の剰余類体
- : の分数イデアル群
- :イデアルノルム写像
- : 分岐指数
- : 相対次数
又, 虚無限素点は実無限素点上常に分岐しているとする.
代数的整数論からの準備
先ず, 整因子という概念を定義する (この術語は[AM]に倣ったものである). これは通常のイデアルを拡張して「無限素点成分を持つイデアル」を形式的に定めたようなものである.
整因子
代数体の整因子とは, 有限個の素点(無限素点含む)の形式的な冪積である. 即ちが整因子であるのは, 有限素点全体で添え字付けられた有限個を除いて0である非負整数列と無限素点全体(これは有限個である)で添え字付けられた0と1からなる整数列を用いて
と表されるときである. 又, 上のように定義された整因子に対して, を其々の有限成分, 無限成分と呼び, で表す. 整因子の有限成分はの整イデアルと見做せる.
次に整因子から定まるの部分群を幾つか定義する. これは類体論に於いて重要な役割を果たす群である.
整因子に対して, の部分群をと素な分数イデアル全ての成す群とする. 又, を
と定める. ここでの意味は以下に説明する通りである. 更に, と定め, この群をの射類群と呼ぶ.
がを法として1と合同であるとは以下の二条件が満たされること:
(i) 或るで且つを満たすものが存在する.
(ii) の因子として現れる全ての実無限素点(即ち実埋込)に対して
射類群
のとき, (これはの有限成分がで無限成分がの唯一の無限素点であることを表している.)とするとである.
今, を有限次Galois拡大とし, の整因子と互いに素なの分数イデアル全体の成す群をと表し, 新たな群を
と定義する. これはを含むの部分群である.
これで大域類体論を主張する準備が整った. 以下に類体論の主張を示す.
大域類体論
- の整因子を固定したとき, 任意のなる部分群に対して或る有限次Abel拡大が一意に存在してとなる.
- 逆にが有限次Abel拡大であるとき, 或る(一意とは限らない)の整因子が存在して
が成立する. ここでに於いて分岐するの素点は全てを割る.
これに付随して射類体という重要な概念が定義できる. これはに対する円分体のようなものである.
射類体
の整因子を取り, 上の定理に於けるとしてを取ったとき, これに対応するのAbel拡大をのに関する射類体と呼び, で表す.
次の命題は射類体の基本的な性質であるが, これらは類体論の主張から明らかである.
- の任意の有限次Abel拡大は, 或る整因子に関する射類体に含まれる.
- が成立する.
上の射類体
とし, としたとき, である(但しはの原始乗根であるとする). この場合上述命題の(1)はKronecker-Weberの定理に他ならない. 又, も有名な事実である. 2次体の場合にもう少し精密な記述をする. が平方因子を持たない整数であるとき, はのAbel拡大である為, 或る整因子に関する射類体に含まれるが, このような整因子として
と取れることが知られている. 以上で見た通り, に於ける状況は比較的わかりやすいが, 一般の代数体の射類体は上の射類体のように簡単に計算することはできない.
最後の同型がどのように与えられているかをこれから記述するが, その前に幾つかの準備をする. はと互いに素な素イデアルの類で生成されるので, このような素イデアルと対応するGalois群(ここでは仮定からAbel群であることに注意)の元を定めればこの写像は定まる. 以下, 暫くの間をと互いに素なの素イデアルとして固定する. に於いて分岐する素イデアルはを割るので, はに於いて不分岐である. 先ず, 幾つか群を定義しよう. をの上にあるの素イデアルとして一つ固定する. このとき, 以下のようにの部分群を定める(この群の定義に於いての不分岐性の仮定は不要である):
を其々の分解群, 惰性群と呼ぶ.
以下の定理はHilbertの分岐理論の一部である.
- が不分岐なとき(従って今の状況では常に), となる.
- は自然に同型を誘導し, これによって同型
が誘導される.
今, は不分岐であったので上の命題は次のことを意味している.
- .
- は自然に同型を誘導し, これによって同型
が誘導される.
ここでは有限体の有限次拡大である, 更に言うと次拡大であるので巡回拡大である. 従ってはFrobenius自己同型が生成元となる巡回群である. 上の系の同型を通してのFrobenius自己同型をの元に持ち上げることが出来る. このようにしてに持ち上げた元を仮にと表すと, これはには依存せずのみに依存する. 何故なら上の別の素イデアルを選択したとき, これに対応するFrobenius自己同型の持ち上げはとなるを用いてと表せる(この事実の証明は難しくない.)が, が可換であるという仮定からこれは結局に他ならないことが分かるからである. これによってはを定めれば一意に定まることが分かり, これをに関するのFrobenius自己同型と呼び, と表す. は以下のような特徴付けをすることも可能である.
とするとは以下の条件を満たすようなの元として一意に定まる:
(条件) 任意のに対して
ここまで来て漸く類体論の主張する同型の具体的な記述を与えることが出来る.
Artin相互律
上述の類体論の主定理の状況に於いてという同型はの類をへと送ることで得られる. (Frobeniusと素イデアルの対応)
[Neu] VI.(7.2)或いは[AM] 定理3.3.2を参照せよ.
又, 分解群と惰性群の不変体は其々分解群, 惰性体と呼ばれ, 以下のような性質を持つ. これもHilbertの分岐理論の一部である.
のイデアルを素イデアル分解するとその素因子に個の異なる素イデアルが出てくるとする. 又, を考えることで素イデアルの列
が得られ, ここに出てくる其々の素イデアルの拡大に関する分岐指数, 相対次数, 上の体で素イデアル分解したときに出現する異なる素イデアルの数は以下のように表される.
即ち言葉で表現すると, 「の素イデアルはで分解し終わり, で剰余類体の拡大が終わり, で分岐する」と言える.
[Neu] I.(9.3),(9.6)或いは[Yukie2] 1.4節を参照せよ.
系として, 以下のようなことも分かる
- の中間体がに含まれるなら, の上の分岐指数, 相対次数は1である.
- の中間体がに含まれるなら, の上の分岐指数は1である, 即ち不分岐である.
平方剰余相互法則
では愈々本題たる平方剰余相互法則に取り掛かろう. 先ず「はで平方剰余である」という主張を代数的整数論の術語で言い換えたい. これは聊か乱暴な言葉で言えば即ち「か?」ということであるから, を考察の対象にすることは甚だ不自然なことでもないだろう. ここでは奇素数なので4を法として1又は3と合同であるが, 例2でも見たように両者は若干異なった扱いが必要とされている. このような場合分けを回避するためにという整数を考察する. は常に1と合同であり, 命題1(2)を利用すれば-1倍は常に解消できるので結局の値を求めることはの値を求めることに帰着される. 具体的に記述すると,
である. 以下, とし, の素イデアルの上にあるの素イデアルをと置く(はに於いて不分岐であることに注意). の整数環はであり, はにの根を添加した体である. 平方剰余であるか非剰余であるかを知るにはここを見ればよい. 正確に言うと, であることはがに根を持つ, 即ちであることと同値である. これはまたとも同値である. 逆にであることはであることと同値である. これによって平方剰余であるか否かという問題を代数的整数論で扱いやすい形に言い換えることが出来た: 「 」
以上より, これから展開すべきは相対次数に関する議論であるが, ここれ類体論を利用して更に議論を深めてゆく. 前に述べた通りを含む射類体としてに関する射類体が取れるが, これは分体に他ならない. 又, この分体の上のGalois群はと同型である.
ここで目標となる命題を明示しておこう.
この命題を示す前に如何にしてこの命題から平方剰余相互法則が導かれるかを示しておこう. 左辺がと同値であることは既に確認した. 右辺はと同値であり, これは即ちに於いてであることに他ならない. 巡回群の性質よりこの条件はと同値であるが, これはがを法として平方剰余であることを意味している. 従って定理9が示せれば以下の系が導かれることになる.
では早速定理9の証明に取り掛かろう. の上にあるの素イデアルを一つ取り固定しておく.
類体論より
であり, 更に
となる. ここでは定義より
であるが, これよりの定義からはに於けるの類の位数であることが分かる. ここで上の同型を通しての類に対応するGalois群の元はのFrobeniusであるが, これは同型を通してのFrobenius自己同型に対応する元である. 従ってはのFrobenius自己同型の位数, 即ちの拡大次数に等しいが, これは相対次数の定義よりに他ならない.
先ずを仮定する. このときであるのでである. 一方, からであることが分かる. のに於ける相対次数はこれの拡大次数の約数でなければならないのでが分かる.
逆にを仮定する. これはと同値であり, ここでは惰性群の指数に等しいことが命題8より分かる. 従って仮定はの惰性体の上の拡大次数が偶数であることを主張している. 又, は2次拡大であることよりはの約数である. ここでが巡回群であることを考えると, はの部分群でなければならず, 従ってである. これと命題8の系(1)よりが導かれる.
参考文献
- [AM] 足立恒雄, 三宅克哉, 『類体論講義』, 日本評論社, 1998
- [KKS] 加藤和也, 黒川信重, 斎藤毅, 『数論I』, 岩波書店, 2005
- [Neu] J. Neukirch, 『代数的整数論』, 丸善出版, 2012
- [Yukie1] 雪江明彦,『整数論1』, 日本評論社, 2013
- [Yukie2] 雪江明彦,『整数論2』, 日本評論社, 2013
- [Yukie3] 雪江明彦,『整数論3』, 日本評論社, 2014