この記事は大部分が未完成です.申し訳ありません.できる限り速やかに完成させます.
現在完成しているセクションは
です.
本記事は 日曜数学 Advent Calendar 2024 の19日目の記事です.
数理音楽理論と呼ばれる分野が存在します.本記事では,数理音楽理論という分野をそもそも初めて聞いたという方や,これから数理音楽理論を学び始めようとされている方のために,全般的なイントロダクションを行います.とはいえ,適切に学びたい方は,くれぐれも然るべき文献に当たっていただくようお願いします(文献についてはこの後のセクションを参照).
私事になりますが,自分の運営するDiscord上の数理音楽理論コミュニティ「Formal/Mathematical music theory」にて,来年(2025年)春に数理音楽理論の入門的なレクチャーを行う予定です.サーバーのリンクは こちらのツイート に記載しています.ご興味があればぜひ.
数理音楽理論(mathematical music theory)は音楽理論の一分野であり,その最大の特徴は,数学を主要な道具として用いるという点にあります.そもそも私たちが音楽というものに学術的にアプローチするにも,作曲,楽曲分析,音響,認知,言語……など様々な方途がありますが,そのいずれであれ,そうしたアプローチを数学的に(より一般に,何らかの形式的手段を用いて)実行したものが数理音楽理論である,と言ってよいでしょう.
なお,数理音楽理論の中心的ジャーナルであるJournal of Mathematics and Musicは,自身のスコープを 以下のように規定しています (強調は筆者による).
Journal of Mathematics and Musicの狙いは,音楽理論における数理モデリングと計算の利用を促進することである.本誌は,音楽理論上・作曲上の問題に対する数学的調査や,音楽作品・演奏の数学的動機に基づく分析をはじめとする,音楽的構造・プロセスへの数学的アプローチに焦点を当てる.(...)
Journal of Mathematics and Music aims to advance the use of mathematical modelling and computation in music theory. The Journal focuses on mathematical approaches to musical structures and processes, including mathematical investigations into music-theoretic or compositional issues as well as mathematically motivated analyses of musical works or performances. (...)
もう少し詳しい内容としては,2024年に行われた国際会議MCM 2024に際しての 論文投稿ガイドライン が参考になるでしょう(強調は原文通り).
(...) 特に,以下をはじめ(ただしこれに限らず),音楽における数学・計算に関するあらゆるトピックを歓迎します.
- 音楽における数学・計算の論理的・哲学的・方法論的側面に対する,数学的・計算論的なモデルやアプローチ
- 音楽学,音楽理論,音楽分析
- 作曲と演奏,即興
- 音楽的構造のあらゆる側面の受容・認知
- 数理音楽理論の教育学的側面と実践
- 音楽的な対話とジェスチャー
- 音楽における数学や計算の歴史
- 音楽家・音楽学者・その他音楽関係者に向けた,数理音楽理論の応用や計算ツール
- 数理音楽理論由来の数学的対象の研究
(...) Particularly, we welcome submissions on any topic relating to mathematics and/or computation in music, including (but not limited to):
- Mathematical and computational models of and/or approaches to logical, philosophical, and methodological aspects of mathematics and computation in music
- Musicology, music theory, analysis
- Composition and performance, improvisation
- The perception and cognition of any aspect of musical structure
- Educational aspects and implementation of Mathematical Music Theory
- Musical interaction and gestures
- The history of mathematics and computation in music
- Applications of mathematical music theory and computational tools for musicians, musicologists and others who work with music
- Study of mathematical objects derived from mathematical music theory.
(本セクションのうち,「ピッチクラス,PCセット,PCセグメント」「$T_n$,$I_n$」の項は完成しています.それ以降は執筆中です.)
ここでは,数理音楽理論における基本的な概念や事実などを紹介します.
私たちの音楽は様々な高さの音(ピッチ(pitch))で構成されていますが,当然,乱数で適当なピッチを選んで鳴らしているわけではありません.
全てのピッチの集合を$P$としましょう(ピッチは周波数と同一視できるので,$P = \R$と思ってもよいでしょう).ピアノの鍵盤を見れば分かるように,音楽は,$P$の予め抽出された部分集合$C$の中で展開されるのが普通です(ピアノで言えば,$C$は全鍵盤に相当).このようにして予め抽出されている$P$の部分集合を,ピッチ空間(pitch space)と呼びます.
現実のピアノは鍵盤数などの限界がありますが,ピッチ空間としては,いくらでも低い/高い音を取ってこれるよう,無限集合を考える方が都合がよいです.特に,以下で見るように,ピッチ空間は普通$\Z$で表現できます.
私たちが最もよく用いるピッチ空間は,
科学的ピッチ表記法
を用いれば,以下のように書くことができます(見やすさのため,1オクターブ毎に折り返して表示).
$$
\begin{align}
& \dots, \\
& C_3, C \sharp_3, D_3, D \sharp_3, E_3, F_3, F \sharp_3, G_3, G \sharp_3, A_3, A \sharp_3, B_3,\\
& C_4, C \sharp_4, D_4, D \sharp_4, E_4, F_4, F \sharp_4, G_4, G \sharp_4, A_4, A \sharp_4, B_4, \\
& C_5, C \sharp_5, D_5, D \sharp_5, E_5, F_5, F \sharp_5, G_5, G \sharp_5, A_5, A \sharp_5, B_5, \\
& \dots,
\end{align}
$$
このピッチ空間は「12個隣のどの2つのピッチを取っても,その差が1オクターブになる」という規則を満たすように作られています.例えば,$E_4$とその12個隣の$E_5$の差は1オクターブになっています.俗に,「1オクターブが12分割されている」ということもあります.
あるいは,ピッチ表記法など使わず,上記を
$$
\begin{align}
\dots, & \\
-12 && -11, && -10, && -9, && -8, && -7, && -6, && -5, && -4, && -3, && -2, && -1, & \\
0, && 1, && 2, && 3, && 4, && 5, && 6, && 7, && 8, && 9, && 10, && 11, & \\
12, && 13, && 14, && 15, && 16, && 17, && 18, && 19, && 20, && 21, && 22, && 23, & \\
\dots, &
\end{align}
$$
の別表記である,と思ってしまっても良いでしょう.この場合,ピッチ空間は$\Z$に他なりません.
ここで,ピッチ空間内の2つのピッチ$x, y$が整数オクターブだけ離れていることを,$x$と$y$はオクターブ等価である(octave equivalent)であると呼び,$x \sim y$と書くことにしましょう.ピッチ表記法を使わない場合は,以下のように定義することができます.
$x, y \in \Z$をピッチとする.
$x \sim y \defn x \equiv y \pmod{12}$
これは同値関係です.
$\sim$は同値関係である.(証明略)
ここで,オクターブ等価なピッチを同一視して,1つの集合にまとめてみましょう.例えば,
$$
C = \{x : C_4 \sim x \} = \{\dots, C_3, C_4, C_5, \dots\}
$$
という具合です.なお,このようにオクターブ等価なピッチを同一視することを「オクターブ等価性(octave equivalence)を適用する」と言います.
すると,ピッチ空間内の全てのピッチは
$$
C, C \sharp, D, D \sharp, E, F, F \sharp, G, G \sharp, A, A \sharp, B
$$
という12種類の「ピッチのクラス」へと整理することができます.これらをピッチクラス(pitch class)と呼びます.また,全てのピッチクラスの集合をPC空間(PC space)と呼びます.
以上の流れをピッチ表記法を使わず表現すると,「オクターブ等価性を適用する」とは,ピッチ空間$\Z$を同値関係$\sim$で割ることに他なりません.結果,$\Z / \mathord\sim$(PC空間)が得られますが,
$\Z / \mathord\sim = \Z_{12}$(証明略)
より,それは12種類の要素(ピッチクラス)を持つ集合に他なりません.
ピッチクラスは,正確には
$$
\begin{align}
C = [0] &= \{\dots, -12, 0, 12, \dots\} \\
C \sharp = [1] &= \{\dots, -11, 1, 13, \dots\} \\
&\dots \\
B = [11] &= \{\dots, -1, 11, 23, \dots\} \\
\end{align}
$$
ですが,簡単のため整数$0, \dots, 11$で表記されます.これはピッチクラスの整数表記(integer notation)と呼ばれます.数理音楽理論で単に「ピッチクラス」と言うときは,この整数表記の方を指していることがほとんどです.以降,本記事もその用法に従います.
音名とピッチクラスの対応は以下の通りです.
音名 | ピッチクラス | 音名 | ピッチクラス | |
---|---|---|---|---|
$C$ | $0$ | $F \sharp$ | $6$ | |
$C \sharp$ | $1$ | $G$ | $7$ | |
$D$ | $2$ | $G \sharp$ | $8$ | |
$D \sharp$ | $3$ | $A$ | $9$ | |
$E$ | $4$ | $A \sharp$ | $10$ | |
$F$ | $5$ | $B$ | $11$ |
PC空間は,以下のように$0, \dots, 11$を時計回りに円形に並べて図示されることが多いです.
PC空間$\Z_{12}$
以下で見ていくように,コードやスケールなどはこの中で幾何学的に表現されることになります.
ここまでは,1オクターブが12分割される場合の,PC空間とピッチクラスの定義を見てきました.これを一般化して,1オクターブが$c$分割される場合の定義を与えるのは自然なことでしょう.この分割数$c$は,クロマティック基数と呼ばれます.
ある正の整数$c$を,クロマティック基数(chromatic cardinality)という.
この場合,ピッチ表記法に頼ることはできないため,ピッチ空間は最初から$\Z$として扱われることになります.
$$ \begin{align} \dots, & \\ -c, && -c+1, && \dots, && -1, & \\ 0, && 1, && \dots, && c-1, & \\ c, && c+1, && \dots, && 2c-1, \\ \dots, & \end{align} $$
先ほどと同じように,オクターブ等価性を定義します.
$x, y \in \Z$をピッチとし,$c \in \Z^+$をクロマティック基数とする.
$x \sim_c y \defn x \equiv y \pmod{c}$
$\sim_c$は同値関係である.(証明略)
$\Z / \mathord{\sim_c} = \Z_{c}$(証明略)
そして先ほどと同様に,PC空間とピッチクラスを定義します.
普通,$c$は固定されているので「$c$-」は省略されます.
先ほどと同様に,整数$0 \le i \le c-1$に対して,ピッチクラス$[i] \in \Z_c$は$i$で表記されます.これは整数表記(integer notation)と呼ばれます.
ピッチクラスを集めたものは,PCセットと呼ばれます.
$c \in \Z^+$をクロマティック基数とする.
$c$-ピッチクラスの集合を,$c$-ピッチクラス・セット(pitch class set)という(以下,$c$-PCセット).
別の言い方をすれば,$X$が$c$-PCセットであるとは,$X \ss \Z_c$であることをいう.
$c = 12$のとき,
などは12-PCセットです.
この例のように,数理音楽理論では,コードやスケール,メロディなどといった音のまとまりについて考える際,それらをPCセットへと還元し,オクターブ差,音の順序,音価などの情報は一旦全て捨象することが非常に多いです.特に,PCセットは音の順序を捨象していることから,コードを表現するのには適している一方,メロディの表現方法としては非常に粗い,ということに注意が必要です.
ピッチクラス・セット理論(pitch class set theory; 以下PCセット理論)と呼ばれる領域では,このPCセット,特に12-PCセットの諸性質が研究されます.
Stefan Wolpe, Form
枠で囲まれた領域は,全て同じPCセット$\{E, F, G, A\flat, A, B\flat\} = \{4, 5, 7, 8, 9, 10\} \ss \Z_{12}$から構成されています.
ピッチクラスの順序を考慮するには,ピッチクラスの順序列として表現すれば良いでしょう.
ピッチクラスの列$\{a_i\}_{i=0}^{n-1}$を$n$音PCセグメント(PC segment)といい,$\langle a_0, \dots, a_{n-1} \rangle$と書かれる.
上の例の1小節目のメロディは,$\langle8, 5, 10, 9, 7, 4\rangle$によって表現されます.
以降,$a \bmod n$を$(a)_n$と書きます.
また,写像$f$によって移される集合$X$の像を$f[X]$と書きます.
上述の通り,数理音楽理論では,コードやメロディをPCセットへと還元して考えます.ここでは,こうしたPCセットから,新しいPCセットを作ることを考えましょう.それは,PCセットをPCセットへと移す写像を定義することに他なりません.後ほど詳しく扱いますが,こうした写像は変換と呼ばれます.
数理音楽理論には,いくつかの重要な変換が定義されていますが,最も代表的なのは移置と反転と呼ばれる変換です.
PCセットに対する移置・反転を定義するために,まず個別のピッチクラスに対する移置・反転を定義します.
$c \in \Z^+$をクロマティック基数,$x \in \Z_c$をピッチクラスとし,$n \in \Z$とする.
$c = 12$のとき,
音名を使って書けば,
$T_n$は,単にピッチクラスに$n$だけ加算する操作ですから,いわゆる移調に他なりません.
$c = 12$のときの$T_3 (2)$の図示
$I_n$は少し変わった操作です.まず$I_0$は,ピッチクラス$x$を$0$を中心に対称移動させる操作です.その様子は,PC空間上で図示する方が分かりやすいでしょう.
$c = 12$のときの$I_0$の図示
そして,一般の$I_n$の意味するところは,次の命題を見れば明らかとなります.
$I_n = T_n \circ I_0$
$T_n \circ I_0 (x) = T_n ((- x)_c) = ((- x)_c + n)_c = (- x + n)_c = I_n (x)$
つまり,$I_n$とは,(1)$x$を$0$を中心に対称移動させたのち,(2)それをさらに$n$だけ移調する,という2段構えの操作に他なりません.
なお,実は$I_n$は,$I_0$のように,対称軸周りの対称移動となります.各$I_n$の対称軸は以下のとおりです.
$I_0, \dots, I_{11}$における対称軸
では,PCセットに対する移置・反転を定義しましょう.
$X \ss \Z_c$をピッチクラスとし,$n \in \Z$とする.
$c = 12$のとき,
音名を使って書けば,
本セクション「数理音楽理論の基本事項」のこれ以降の部分は執筆中です.
音程の本質とは,2つの対象間の「距離」であると言えるでしょう.
2つのピッチの間には当然ながら音程が存在しますが,2つのピッチクラス$x, y \in \Z_n$の間にも,「音程」$i(x, y)$を定義することができます.例えば,$0, \dots, n - 1$を時計回りに円形に並べたときに,$x$から$y$への時計回りの距離を音程と考えれば,次のような「音程」を定義できます.
$$
i(x, y) = (y - x) \bmod n
$$
あるいは,5度圏上の時計回りの距離を音程と考えて,以下のような定義もできるでしょう.
$$
i(x, y) = 7(y - x) \bmod n
$$
さらには,ピッチやピッチクラスに限らず,2つの音価$x, y \in \mathbb R$の間にも,以下のようにして「音程」$i(x, y)$を定義することができるでしょうし,
$$
i(x, y) = y - x
$$
あるいは
$$
i(x, y) = \frac y x
$$
すると,この構造を代数的構造として記述することで,
$S$を集合,$(G,\cdot)$を群とし,$i \colon S \times S \to G$とする.$(S, (G, \cdot), i)$が一般音程系(generalized interval system)(以下GIS)であるとは,以下が満たされることをいう.
$i$を音程関数(interval function)という.
少し補足すると,$S$は何らかの音楽的対象の集合を,$(G, \cdot)$は対象間の一般音程の集合を,$i$は2対象間の一般音程を与える関数を,それぞれ意図しています.慣れない間は,
このGISを用いて,先ほどの$T_n$,$I_n$を一般音程へと一般化したものを得ることができます.
$\Z_{12}$のPC空間内で考える.計24個の全ての移置と反転からなる集合
$$
\{T_n : n = 0, \dots, 11\} \cup \{I_n : n = 0, \dots, 11\}
$$
をT/I群(T/I group)という.
$T/I$群は,関数の合成に関する群である.
数理音楽理論の基本的な事柄について,ある程度全般的に解説している教科書は,[Hook 2022],[Jedrzejewski 2006],[Jedrzejewski 2024]くらいではないでしょうか.
特に今年出版されたばかりの[Jedrzejewski 2024]は,250ページ程度の標準的な分量の書籍でありながら,現在までに数理音楽理論でスタンダードとなっているような概念や事実の多くを満遍なくカバーしている良著です.ただし音楽の幾何学についての記載はないようです.著述スタイルも「定義・定理・証明」的な進行が徹底されており,この分野の書籍にしては比較的読みやすく感じます.ただし大学学部程度の数学は知っている必要があります.
[Hook 2022]は600ページを超える大著であり,第1部として数学の準備がなされた後,第2~4部でそれぞれ変換理論,音楽の幾何学(主にTymoczkoのOPTIC space),音階理論が非常に詳細に解説されます.ただし,古典的な結果をそのまま記述するというよりは,Hook自身がそれらを再解釈して書き直す独自研究的な面が強く,また[Jedrzejewski 2024]には載っている離散フーリエ変換や語の組合せ論,リズミックカノンに関する話題などは記載がないようなので,上書と併読するのがよいでしょう.
かつては[Forte 1973]と[Rahn 1980]が代表的な教科書でしたが,今はかなり内容が古くなっているように見えます.
[Straus 2016]は定評のある教科書です.「ポスト調性理論」とタイトルにあるように,実際にはPCセット理論に止まらず,音階理論などにも若干踏み込んでいます.数理音楽理論全体への総説でこそありませんが,数理音楽理論を学ぶ方が最初に読む教科書としても最適だと思っています.
離散フーリエ変換の応用については,[Amiot 2016]が標準的な教科書です.
音律の理論はむしろ広く取り上げられるテーマだと思いますが,数理音楽理論内と関連する形での音律の取り扱いとなると,自分は全く知りません.ただし,音階理論の分野では度々音律の話が登場するのを目にします([Carey & Clampitt 1989]や[Clough, Douthett, Ramanathan & Rowell 1993]など).また,Jedrzejewskiは調律システムについての詳細な研究を行っているようです([Jedrzejewski 2006, Chap. 9],[Jedrzejewski 2024, Chapp. 6-9])また,[Sethares 2005]はこの分野のまとまった教科書になっています.
Fred LerdahlとRay Jackendoffによって創始された音楽理論.音楽を本当に言語として扱い,その生成文法を研究する分野……と認識していますが,私は何一つ知らないので, Wikipediaの記事 を見た方が良いです.最も重要な文献は[Lerdahl & Jackendoff 1983]ですが,これはむしろ古典ではないでしょうか.生成音楽理論は他の分野に比べると国内の研究者が多く,中でも代表的な研究者である東条敏さんと平田圭二さんは[Hirata, Tojo & Hamanaka 2022]などの書籍を執筆しています.
Society for Mathematics and Computation in Music
(SMCM):恐らく唯一の数理音楽理論の学術機関.2年に1回,数理音楽理論の国際会議International Conference on Mathematics and Computation in Music(ICMC)を開催しています.記事執筆時点での最も直近の会議は,2024年6月に行われた
MCM 2024
です.
各会議のプロシーディングスは,Mathematics and Computation in Music(MCM)としてSpringerから発行されています(後述).
また,公式ジャーナルとして,Journal of Mathematics and Musicを発行しています(後述).
Journal of Mathematics and Music
(JMM):Taylor & Francisから出版されている,SMCMの公式ジャーナル.2007年の創刊以降,数理音楽理論の拠点的な役割を果たしているジャーナルです.年間3号が刊行され,うち1号は特集号となっていることが多いです.
数理音楽理論関連の書評はたいていこのジャーナルに掲載されることが多いようです.
MusMat: Brazilian Journal of Music and Mathematics
:リオデジャネイロ連邦大学音楽科から出版されている,数理音楽理論に特化したオープンアクセスジャーナル.年間2号が刊行されていましたが,後述する事情から,年1号へと移行したようです.創刊は2016年と,新興のジャーナルといってよいでしょう.
当初は著名な理論研究者の投稿もあり,また研究者へのインタビュー記事を定期的に掲載するなど特色あるジャーナルという印象だったのですが,近年記事数が急速に減少し,危うい状況にあります(2023年はなんと記事数が1つにまで落ち込み,1号のみの出版となってしまいました).
MusMatの沿革は,[Almada et al. 2022]に詳細に書かれています.
ここに挙げるのは,通常の音楽理論・音楽学系のジャーナルのうち,数理音楽理論をフォローする上でチェックしておくべきジャーナルです.
Music Theory Online (MTO):Society for Music Theoryによって発行されている,1993年創刊のオープンアクセスジャーナル.年間4号が刊行されます.自分はあまり読んだことがなく,特に言えることはありません.すみません.
Journal of Music Theory (JMT):まだJMMなどが存在しない時代,数理音楽理論の論文は各音楽・数学系のジャーナルに分散していました.その中でも,当時からそうした論文が盛んに寄稿されていたのが,このJMTです.その中には歴史的に極めて重要な論文(例えば,maximally evennessが初めて定義された[Clough & Douthett 1991]や,UTTが提案された[Hook 2002]など)も多く存在します.また,変換理論の大家であるRichard Cohnが編集者であることも影響してか,JMMが存在する今でも活発な拠点の一つとなっているジャーナルです.
Music Theory Spectrum :Society for Music Theoryによって発行されている,1979年創刊のジャーナル.年間2号が刊行されます.こちらは最新の研究というよりは,歴史的意義の点で重要です.そのような論文としては,例えばwell-formednessが初めて定義された[Carey & Clampitt 1989],クランペンハウアー・ネットワークに関する重要な議論がなされた[Lewin 1990]などがあります.
Mathematics and Computation in Music
(MCM):Springerから出版されている,SMCMの国際会議International Conference on Mathematics and Computation in Music(ICMC)のプロシーディングス.執筆時点の最新巻は,
第9回会議のプロシーディングス
です.
最新の研究のフォローアップは,このMCMとJMMで行うのがスタンダードと言えそうですが,当然ながら,そのいずれも高度な数学的知識が必要とされます.
Computational Music Science (CMS):Springerから出版されている,理論研究者のGuerino MazzolaとMoreno Andreattaが編集者を務めるシリーズ.音楽とその関連分野(音楽の哲学,音楽心理学etc.)のあらゆる数学的・計算的側面を包含する,非常に網羅的で意欲的なシリーズ.Mazzolaらしいコンセプトだといえます.The Topos of MusicをはじめとするMazzolaの書籍の多くはこのシリーズから出版されています.自分は到底読めるレベルではないので,全くと言っていいほど読んでいませんが.
どうやら欧米での数理音楽理論の知名度は近年ますます向上しているようです.自分もそれほど追えているわけではないのですが,しかし見る限り,新規参入と思われる研究者の数は年とともに増えており,扱われるトピックのオリジナリティはさらに広がっているように見え,またJMM・MCM以外の媒体や,学位論文などでも数理音楽理論研究が盛んに見られるようになってきました.
SMCM発足・JMM創刊によってある程度中心化されたかのように見えた数理音楽理論研究が,近年このように多様化・脱中心化が進む中で,今後に期待が生まれる反面,動向を追う側としては,輪をかけてフォローしきれなくなっている状況に若干圧倒されてもいます.