単項イデアル整域と知られている虚二次整数環を確認していきます。このような環は以下に挙げる9種しかないことが知られていますが、その証明はモジュラー形式とかj不変量をどうこうしてなんか4次のディオファントス方程式に帰着させていて、全プロセス私の手ではまったく手に負えなかったので扱いません。
全9種類と言っても、証明の手法としては3通りしかありません。虚二次体の整数環はまずその格子の形状が直交かどうか (の形かどうか) で2種類に分類され、さらにその環がノルムを用いてユークリッド整域を成しているかどうかで2種類に分類されます。この2×2=4種類のうち、1つは該当のものが存在せず、残りの3種類について、それぞれ少しずつ異なる証明が与えられます。とはいえ、特にユークリッド環ではないものの証明はまったくの非自明であり、本稿ではOscar Campoliが1988年にの場合について証明を与えたものを応用しています。
しかしどうやら、Campoliによると1988年当時まで、少なくとも初学者が見るような標準的な文献にはこの証明はどこにも書かれていない状況だったようです Campoli。歴史的にも、これらの事実は二次形式の類数に関する研究に端を発しており、ガウスやルジャンドルが研究していた時代にイデアル論は存在していませんでしたから、単項イデアル整域であることは関連する体 (ひいては特定の判別式を持つ二次形式) の類数が1であることからの帰結として与えられ、わざわざ環論の内容として解きなおして文献に残そうという動機もなかったものと推察されます。
準備
虚二次体 とは、有理数と負の平方根を含む最小の体を指します。ただしはsquare-free (の形の因数を持たない) である自然数とします。は方程式の根となる数であり、へ埋め込んだ時にのいずれかに写ることが知られています。
具体的な集合としては、次の形で与えられます。
体の演算は複素数の四則と同様の方法で定義されます。
の有限次拡大 (数体) について、その整数環とは上整な元の集合、すなわち係数モニック多項式の根であるようなの元の全体を指します。
(Neukirch, Ⅰ §2. Exercise 4)
としたとき、が成り立つ。従っての整数環とは、で表される集合である。なので、 ()と置くと、が成り立つためには ()であることが必要である。そのため、結局が4で割り切れる条件を調べればよいことがわかる。
でない場合、が4の倍数であることはがどちらも偶数であることと同値である。従って、このときの整数環はである。
である場合、とはどちらも偶数であるかどちらも奇数であるかであればよい。どちらも奇数であるとき、 と置くと
どちらも偶数である場合、となるので
以上より、の整数環はに含まれる。
他方、に対して、が成り立つため、はの整数環に含まれる。従って、はの整数環である。
ユークリッド環 ()
整域がユークリッド環であるとは、ユークリッド写像と呼ばれる写像が存在して、任意の に対して
のいずれかが成り立つことである。
をユークリッド環、をユークリッド写像、を0でないイデアルとする。このとき、を満たすが取れる。がユークリッド環であることから、任意に取ったに対して、 またはを満たすようにを取れる。しかしであることとのに関する最小性から、でなければならないことがわかる。以上よりである。
ガウス型のユークリッド環 ()
() に対して、とが成り立つようにを取る。このとき、
が成り立つため、
以上より () はユークリッド環である。
アイゼンシュタイン型のユークリッド環 ()
とする。このとき、任意のに対してとなるようなが存在する。
としたとき、である。 とする。このとき、である。
のとき、も成り立つため、
かつのとき、
かつのとき、
のとき、が成り立つため、
() とする。ここでに補題5を適用すると、あるが存在してが成り立つ。と置くと、が成り立つため、はユークリッド整域であることが従う。
擬似的ユークリッド性によるPIDの証明
ここまででわかる通り、が小さい数の場合は体のノルムを用いて整数環がノルムユークリッド環をなすことで証明をしてきました。しかしおよびの場合、の中に整数環上のどんな元を取ってもとなるようなものが存在してしまうため、整数環がノルムユークリッドになりません。ノルムユークリッドでないからといってユークリッドでないとは限らない (
Clark
, Clark) のですが、虚二次体の場合はこれ以降ユークリッド環にはなりません。
ところが、Oscar Campoliがの場合について調べた結果によると、この環は〝ほとんど〟ユークリッド整域であるらしく、その性質によってこれが単項イデアル整域であることが示されるそうです。そこで、同様の性質が残りの場合でも成立することによってPIDであることを示していきます。
(Campoli, p.870)
整数環について、が を満たすとする。このとき、を満たすようなが存在する。
に対して、となるの存在を言えばよい。と置くと、条件からは少なくとも片方が整数ではない。
- かつの場合。を満たすようにを定める。このとき、 とすると
- かつである場合。を満たすようにを取って、 とする。このとき、より
- かつである場合。をが成り立つように取って、 とする。このとき、
- かつである場合。このとき、適当なによってかのいずれかが成り立つ。前者の場合、となるを取って とすると
後者の場合、となるを取って とする。
- かつの場合。をが成り立つように取って、 とする。このとき、
- かつの場合。であるならば (はを満たす) とする。このとき
であるなら、 (はを満たす) とする。このとき
- かつの場合。をとなるように取って、 とする (は条件から従う)。このとき、
をの0でないイデアルとする。このとき、をが最小になるように取ると、明らかに。今、が存在してを仮定すると、定理からが成り立つが存在する。がイデアルであるためが成り立つが、そうするとの最小性に矛盾する。従ってであり、が成り立つことがわかる。
に対して、すなわちを満たすを表すものとする。このとき、
の少なくとも1つが成り立つ。
とに対してが成り立つため、の範囲で示せば十分である。このとき、
(ⅰ) ならば
(ⅱ) ならば
(ⅲ) ならば
(ⅳ) ならば
(ⅴ) ならば
よって1.~3.の少なくとも1つは成立することがわかる。
環において、 であるとき、を満たすようなが存在する。
に対して、となるの存在を言えばよい。と置くと、条件からは少なくとも片方が整数ではない。また、補題8より、 のうち少なくとも1つは成り立つ。
- (従って) の場合、 とおく。このとき
- かつ () が成り立つ場合、 とおく。このとき
- () が成り立つ場合、 とすると
であることから、
が成り立つ。 - かつ () が成り立つ場合。このとき
かつよりが従うため、 と置くと
- かつがまたはのどちらかで成立する場合。このとき、かの少なくとも片方が成り立つ。のとき、 と置く。
のとき、 とすると、の条件からが得られるため
に対して、すなわちを満たすを表すものとする。このとき、がのうち少なくとも1つにおいて成立する。
補題8と同様に、について示せれば十分。このとき、以下の7つの場合のいずれかによって主張が成り立つ。
- ならば
- ならば
- ならば
- ならば
- ならば
- ならば
- ならば
環において、 であるとき、を満たすようなが存在する。
と置くと、の少なくとも一方は整数ではない。
であることを用いて、次のように場合分けする。
- の場合、 と置くと、。
- の場合、 と置くと、。
- の場合、 と置くと、。
- の場合、 と置くと、
- の場合、 とすると、。
- のいずれかの場合について、が成り立つ場合。 とすると、
- であって、のいずれかについてが成り立つ場合。このとき、が従うため、 とすると。
に対して、すなわちを満たすを表すものとする。このとき、がのうち少なくとも1つにおいて成立する。
(概略)
補題8,10と同様に、について示せば十分であり、またそれは区間を適切な19個の区間で覆うことで示される。
環において、 であるとき、を満たすようなが存在する。
に対して、となるの存在を言えばよい。と置くと、条件からは少なくとも片方が整数ではない。
- のいずれかについて、 が成り立つ場合。 と置くと、。
- のいずれかについて、 が成り立つ場合。 と置くと、。
- の場合。 と置くと、。
- のいずれかにおいてが成り立つ場合。 と置くと、
- かつのいずれかにおいてが成り立つ場合。このとき、条件からが成り立つため、 と置くと
- かつのどちらかにおいてが成り立つ場合。このときと置くとが成り立つ。従って と置くと
- かつのどちらかにおいてが成り立つ場合。このときとすると、が成り立つ。従って と置くと
- かつのどちらかにおいてが成り立つ場合。このときが成り立つため、 と置くと
- かつのどちらかにおいてが成り立つ場合。このときが成り立つため、 と置くと