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この記事は何であるか
この記事は、筆者が最近作成した「代数構造に着目した実数体の構成」というタイトルの PDF の共有用ページです。ジャンルは代数学・解析学です。群・環・体・順序集合といった代数構造にある程度親しみがあることを仮定しています。
PDF のリンクは
こちら
です。
以下、目次、最初の $1$ 章、文献案内及び参考文献一覧を適宜 mathlog の形式に会うように修正してそれぞれ記載します。
本 PDF についてコメントやご意見がございましたら、こちらのページにコメントをお寄せください。
目次
- はじめに
1.1 記号
1.2 前書き
1.3 実数体とは何か
1.4 実数体の存在と一意性 - $\mathbb{Q}_{\geq 0}$ 上の切断の全体から得られる実数体のモデル
2.1 イントロダクション
2.2 このセクションで必要な準備
$\ $ 2.2.1 順序集合論
$\ $ 2.2.2 モノイド論・順序モノイド論
$\ $ 2.2.1 半環論・順序半環論
$\ $ 2.2.1 順序半環のグロタンディーク構成
2.3 モデルの構成 - $\mathbb{Q}$ 値コーシー列の適当な同値関係による商集合から得られる実数体のモデル
3.1 イントロダクション
$\ $ 3.2.1 順序集合論
$\ $ 3.2.2 前順序環論・順序環論
$\ $ 3.2.3 順序体論
$\ $ 3.2.4 稠密部分順序体の各種性質
$\ $ 3.2.5 順序環に値をとる数列
3.2 このセクションで必要な準備
3.3 モデルの構成
$\ $ 3.3.1 コーシー列全体のなす前順序環の性質
$\ $ 3.3.2 $0$ に収束する数列のなすイデアルと順序体の構成
$\ $ 3.3.3 モデルの構成 - 実数体の一意性
4.1 イントロダクション
4.2 このセクションで必要な代数的準備
$\ $ 4.2.1 順序体論
$\ $ 4.2.2 順序体に値をとる数列
4.3 一意性証明
$\ $ 4.3.1 アルキメデス的順序体のいくつかの性質
$\ $ 4.3.2 有理数体の間の写像
$\ $ 4.3.3 同型の構成 - Appendix
5.1 連続性公理と実数体条件の関係
$\ $ 5.1.1 議論の概観
$\ $ 5.1.2 以降の議論で必要になる命題の準備
$\ $ 5.1.3 連続性公理と「自己稠密性及びワイエルシュトラスの公理」が同値であること
$\ $ 5.1.4 ワイエルシュトラスの公理から有界単調数列収束定理が従うこと
$\ $ 5.1.5 「自己稠密性及び有界単調数列収束定理」から「アルキメデスの原理及び区間縮小法の原理」が従うこと
$\ $ 5.1.6 「自己稠密性及びアルキメデスの原理及び区間縮小法の原理」からボルツァーノ・ワイエルシュトラスの公理が従うこと
$\ $ 5.1.7 「自己稠密性及びボルツァーノ・ワイエルシュトラスの公理」から「アルキメデスの原理及び完備性」が従うこと
$\ $ 5.1.8 「自己稠密性及びアルキメデスの原理及び完備性」からワイエルシュトラスの公理が従うこと
5.2 連続性公理を満たす順序環が順序体であること
5.3 順序体 $\mathbb{Q}$ の満たすいくつかの性質とその証明
$\ $ 5.3.1 議論の概観
$\ $ 5.3.2 圏を用いた状況設定
$\ $ 5.3.3 順序半環 $\mathbb{N}$ の性質に関する議論
$\ $ 5.3.4 順序環 $\mathbb{Z}$ の性質に関する議論
$\ $ 5.3.5 順序体 $\mathbb{Q}$ の性質に関する議論
5.4 圏論からの準備
5.5 順序半環 $\mathbb{N}$ の満たすいくつかの性質とその証明 - おわりに
6.1 あとがき
6.2 文献案内
はじめに
記号
この文章全体にわたって用いられる記号や関連する約束をまとめておく.
- 自然数の全体を $\mathbb{N}$ で表す.自然数の中に $0$ は含むものと約束する.$\mathbb{N}$ は追って定義する「順序半環」と呼ばれる代数系をなすことを仮定する.
- 整数の全体を $\mathbb{Z}$ で表す.$\mathbb{Z}$ は追って定義する「順序環」と呼ばれる代数系をなすことを仮定する.
- 有理数の全体を $\mathbb{Q}$ で表す.また,$\mathbb{Q}$ の元のうち非負であるものの全体を $\mathbb{Q}_{\geq 0}$ で表す.$\mathbb{Q}$ は追って定義する「順序体」と呼ばれる代数系をなすことを仮定する.
前書き
実数体の構成には色々な流儀がある.いずれも「実数とは何か」を喝破し,その上で演算構造・順序構造を精緻に定めて連続性の条件を満たす順序体を構成する天才的な仕事である.
実数体の構成について調べてみるうちに,筆者は「代数構造に着目した議論をしている文献が少なく,いずれも直接的に実数体の公理を一つずつ地道に示していることが多い」と感じた.
そこで今回実数体の構成手法のうち特に著名である「切断による実数体の構成」と「コーシー列の同値類による実数体の構成」について,筆者が知る限りの代数系の知識を使って,議論を書き直してみることにした.
このような方法は,使う数学的道具立てが多くなるきらいがあるものの,それらを適切に用いれば「うまく対象が構成できているのはどのような条件が効いているためなのか」について知見を深めるよい手がかりになる.
この文章が読者にとってそのような機会の一端になれば幸いである.
この文章は,「順序集合・群・環・体などの代数構造についての定義や初歩的知識」を前提として執筆した.読者はこれらの知識について慣れ親しんでいることとする.
最後に,この文章についてりす.さん(x: @riss_gendarmery)及びルナさん(x: @Luna13983152)には多くの有益なご助言をいただいた.
お二方のご助言により,本文章はかなりの改善を見ることができた.ここに感謝の言葉を述べる.どうもありがとうございました.
実数体とは何か
ここでは,まず実数体とは何かの定義を行う.その上で,それを理解するために必要な概念をできるだけコンパクトに定義していく.
実数体とは次のように定義される数学的対象である.
アルキメデス的で完備な順序体のことを実数体と呼ぶ.
この定義を理解するために必要な概念を導入する.
体 $(K, \ +, \ \cdot)$ の台集合 $K$ に全順序 $\leq$ が与えられているとする.
このとき,組 $(K,\ +, \ \cdot, \ \leq)$ が順序体(ordered field)をなすとは,次の $2$ つの条件が成り立つときをいう.
- 任意の $x, \ y, \ z \in K$ に対し,$x \leq y$ ならば $x + z \leq y + z$ が成り立つ,
- 任意の $x, \ y, \ z \in K$ に対し,$x \leq y$ かつ $z \geq 0$ ならば $x \cdot z \leq y \cdot z$ が成り立つ.
順序体を単に台集合の記号 $K$ で表す.また,乗法の記号 $\cdot$ も必要がないときは省略する.
有理数体,実数体などが順序体の典型例である.
また,順序体において,上で挙げた第二の条件は,任意の $x, \ y \in K$ に対し $0 \leq x, y$ ならば $0 \leq x y$ が成り立つことと同値である.
順序体 $K$ の元 $x$ について,通常の有理数や実数での用語に倣い,$x$ が正であることを $x > 0$ であるときであると定義する.負であるときや非負であるときなども同様に定義する.
また,順序体 $K$ において,自然数 $n$ を $K$ の乗法的単位元を $n$ 回足した和として定義する.
$K$ を順序体とする.
$K$ における「任意の正の数 $x, \ y$ について,適当な自然数 $n$ が存在して $x < n y$ が成り立つ」という命題をアルキメデスの原理という.
アルキメデスの原理が成り立つ順序体をアルキメデス的(Archimedian)であるという.
順序体において,アルキメデスの原理は,任意の正の数 $x$ について適当な自然数 $n$ が存在して $x < n$ が成り立つことと同値である.
また,アルキメデスの原理は必ずしも成り立つとは限らない.そのような順序体は非アルキメデス的順序体(Non-Archimedian ordered field)と呼ばれる.
次に,順序体値数列の収束について定義する.
定義語句(任意)
$K$ を順序体とし,$K_{\geq 0}$ をその非負の元のなす部分集合とする.
写像 $| \cdot |_{K} : K \rightarrow K_{\geq 0}$ を
\begin{equation}
|x|_{K} =
\begin{cases}
x & (x \geq 0) \nonumber \\
-x & (x < 0)
\end{cases}
\end{equation}
と定義し,$K$ 上の絶対値(absolute value on $K$)と呼ぶ.$K$ 上の絶対値を単に $|\cdot|$ で表すことがある.
$K$ を順序体とし,$\{x_{n}\}$ を $K$ 値数列,$\alpha$ を $K$ の元とする.
数列 $\{x_{n}\}$ が $\alpha$ に収束する(converge to $\alpha$)とは,
任意の $K$ の正の元 $\varepsilon$ に対して,適当な自然数 $N$ が存在し,$N$ 以上の任意の自然数 $n$ について不等式 $|x_{n} - \alpha| < \varepsilon$ が成り立つときをいう.
このとき $x_{n} \to \alpha$ あるいは $\lim_{n \to \infty}x_{n} = \alpha$ と書く.
また,$K$ 値数列が収束列(convergent sequence)であるとは,それが適当な $K$ の元に収束するときをいう.
$K$ を順序体とし,$\{x_{n}\}$ を $K$ 値数列とする.
数列 $\{x_{n}\}$ がコーシー列(Cauchy sequence)であるとは,任意の $K$ の正の元 $\varepsilon$ に対して,適当な自然数 $N$ が存在し,$N$ 以上の任意の自然数 $n, \ m$ について不等式 $|x_{n} - x_{m}| < \varepsilon$ が成り立つときをいう.
$K$ を順序体とする.
$K$ が完備(complete)であるとは,その任意のコーシー列が収束列であるときをいう.
ここまでで,実数体の定義の内容が理解できるようになった.
即ち,実数体とは演算と整合的な順序を兼ね備え,「アルキメデスの原理が成り立つこと」と「完備であること」という $2$ つの条件を満たす体のことである.
以下,この「アルキメデスの原理が成り立つこと」と「完備であること」という $2$ つの条件をまとめて実数体条件と呼ぶことにする.
実数体の存在と一意性
最後に,この文章で議論したいことを説明する.
まず一つ注意すべきことは実数体を,具体的に構成することではなく,満たすべき性質を定めることによって定義したので,その存在性が自明ではないという点である.
何らかの性質によって定義した数学的対象は,それを満たす具体的対象が存在しなければ考える意味がない.
実数体においても事情は同様である.実数体の満たすべき条件を示しただけではそれが実現するか否かが明確ではないのである.
そこで,実数体になりうる具体的対象の存在性を示したい.
自然数の全体 $\mathbb{N}$ や有理数の全体 $\mathbb{Q}$ のようなよく知られた集合から,何らかの具体的構成で順序体を作り上げ,それが実数体条件を満たすことを証明できないだろうか?
この点を語るために用語を一つ定義しておく.
順序体 $K$ が実数体のモデルであるとは,$K$ が良く知られた集合から何らかの構成的方法で得られ,かつそれが実数体条件を成立させる時をいう.
即ち,実数体のモデルが存在するか?というのがここで扱っている問題(実数体の存在問題)である.
この文章でやりたいことの半分は,この「モデル」という用語を使うと次のように言える.
- 「非負の有理数の全体 $\mathbb{Q}_{\geq 0}$ 上に定義した『切断』と呼ばれる対象のうちある条件を満たすものの全体」は実数体のモデルである.
- 「有理数値コーシー列全体の適当な同値関係による商集合」は実数体のモデルである.
より詳しくは次の $2$ 点が成り立つことを示していく.
もう一つ注意すべきことがある.それは,実数体のモデルは複数考えられるがそれらは『同じ』と思ってよいのかという点である.
実数体の元(即ち実数)に関して種々の議論をしていく際,それらの間の代数構造・順序構造には,構成による問題は起こってほしくない.
例えば,実数について議論をする際,採用したモデルによって条件を満たす点の数が変わったり,特定の $2$ 点間の大小関係が逆転したりすればまともに議論をすることができない.
実数体のモデルには,「その代数構造・順序構造が『同じ』である」という条件を課さなければ議論が展開できないのである.
追って,この「数構造・順序構造が『同じ』」という条件を「順序体として同型」という形で定式化する.この用語を先取りしておくと,この文章でやりたいことのもう半分は次のように言える.
(実数体の一意性)
実数体は一意的に存在する.即ち,実数体条件を満たす順序体は全て順序体として同型である.
よって実数体のモデルはすべて順序体として同型である.
まとめると,この文章は実数体の存在性・一意性を証明することを目標としている.
文献案内
- 実数の構成に関するノート:九州大学の原先生による PDF.筆者はこの PDF でデデキント切断・コーシー列による実数論を勉強した.本文章はこの PDF にインスパイアされて執筆されたものである.切断による実数の構成とコーシー列による実数の構成,及びそれらの相等が非常に平易に説明がなされており,大変わかりやすかった.議論のアイデアを積極的に説明してくださっているのが何より良い.証明もかなりの部分参考にした.
- 定本 解析概論:言わずと知れた解析概論.こちらも切断の下組に最大元がないことを仮定している.積の定義の仕方が面白い.まず一度順序・和を定義してから「各実数に対し極限をその実数とする有理数列が存在する」ことを証明する.その上で実数の積は当該有理数列の積数列の極限として定義している.
- アーベルモノイドとそのグロタンディーク群:筆者のグロタンディーク群に関する解説記事.自然数の全体から整数を作る方法を一般化してグロタンディーク群の定義に至るまでの解説のほか,その他グロタンディーク群に関するいくつかの性質を記載した.もともと本 PDF は mathlog の連載として製作する予定であり,この解説記事はその準備であった.しかしながら,内容が膨大になったため異なる web ページの間を参照によって行き来することの不便が懸念され,結果として一つの PDF にまとめることなった.
- Preliminary Remarks on Completeness:ジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)の McCuan 先生による講義 PDF.短いながらあまり見ない話題がいくつも載っており興味深かった.「順序環のクラスではアルキメデス的で完備な順序環が一意に定まらない(有理数体でよく聞く主張が成り立たない)」ことや「順序環においてデデキント完備とコーシー完備が同値になる」ことはこの PDF で初めて知った.
- 実数論講義:いくつも興味深い本を著されている赤先生による実数論の教科書.筆者にとってはまさにバイブル.実数体の数々の特徴づけが良くまとまっているほか,通常あまり解説されているものを見ることが少ない自然数の各種性質の証明や $10$ 進小数の構成など基礎的な部分に関わる解説が平易になされている.筆者は第四章「除法の公理と実数の稠密性の公理」が短いながらお気に入り.これを見て「連続性公理を満たす非自明な順序環は順序体」であることに気づくことができた.
- 代数系入門:松坂先生による代数学の教科書.第六章にコーシー列による実数の構成が環論の言語を用いて簡潔に記述されている.筆者はこの PDF を書き始めた後で本書籍のこの記載を知り,己の調査不足を恥じ入った.補遺にペアノの公理を前提とした自然数の性質・整数の構成が載っており,本 PDF を執筆するうえで最終的に非常に心強いパートナーとなった.
- 線型代数入門:齋藤先生による線形代数の名著.巻末にコーシー列による実数の構成が記載されている.簡潔に書かれており全体像がつかみやすかった.
- 数の体系:Landau による数の概念の構築を記述した教科書.ペアノの公理から始まって複素数の構成までが一気貫通で記述されている.筆者は第一章の自然数の各種性質の証明の記述を参照した.
- 集合・写像・数の体系:東北大学の尾畑先生による数の構成を基礎から扱った PDF.筆者は第十五章の自然数の各種性質の証明の記述を参考にした.この PDF は $2019$ 年に牧野書店から出版された同名の書籍のドラフト版である.本来であれば,書籍のほうを文献として紹介するべきであるが,出版社の倒産により当該書籍がもはや入手不可能となった事情から,ドラフト版の PDF の方を紹介することにした.
- The real Numbers-A survey of constructions :ポーツマス大学(University of Portsmouth)の Ittay 先生による様々な実数体の構成のサーベイ論文.何と $20$ もの異なる実数体の構成法がまとめられている.その構成に至る実数の観察・元の構成・順序・演算がシンプルにまとめられていて読んでいて大変面白い.個人的には $2.5$ の Bachmann による縮小閉区間列を用いた実数体の構成などはなるほどと思った.$2.11$ の Rieger による連分数を用いた実数体の構成も面白い.記述元論文が非英語文献で,この PDF を介していなければ知らなかったと思われる構成法もある.この PDF から面白いと思う構成法を取り出してみて議論してみるのも面白いかもしれないなと感じた.
- ChatGPT:近年存在感を増している生成 AI.数学においては己の思考の整理や新しい視点を提供してくれる良き相談相手である.筆者も今回 ChatGPT を利用して証明を完成させた命題がいくつかある.最終的な正誤判断は筆者が行っているのでわざわざ書かなくともよいだろうかとも思ったが,やはり独力で考案したものでない命題をそうだと誤解させるのはよくないと思い,今回最後に追記することにした.ただし,参考「文献」であるかは諸説あるかもしれない.