特異値分解は行列による基底を用いた形で述べられることが多く,線形代数的な構造がわかりにくくなっています.この記事では,特異空間の概念を導入し,特異値分解を各特異空間間の等長同型の特異値倍として定式化します.
以下,ベクトル空間はすべて上の有限次元ベクトル空間であるとします.一般的でない用語や表記を用います.
準備
直交射影
を計量ベクトル空間,をの部分空間とする.任意のはを用いてと一意に書ける.このとき,をに対応させる線形写像をからへの直交射影といい,と書く.
部分空間の直交
を計量ベクトル空間とする.
- の部分空間について,任意のに対しが成り立つとき,部分空間は直交するといい,と書く.
- を有限集合とする.の元で添字付けられたの部分空間の族について,任意のに対しが成り立つとき,部分空間の族は互いに直交するという.
- を有限集合とする.の元で添字付けられたの部分空間の族が互いに直交し,かつであるとき,と書く.
固有値,固有空間
をベクトル空間,を線形写像とする.
- の固有値の集合をと書く.
- に対し,をと書く.
の場合は,は固有値の固有空間となる.以下ではの場合にもという記号を用いる.
基本部分空間
余核・余像
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.
- の部分空間をの余核といい,と表す.
- の部分空間をの余像といい,と表す.
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.このとき以下が成り立つ.
- .
- .
- 任意のをとる.任意のに対し,より,.よってであるから,.
次に,任意のをとる.任意のの元はあるによりと書ける.このときである.よって. - .
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.このとき以下が成り立つ.
- は同型写像である.
- は同型写像である.
- 任意のをとると,なるが存在する.このときであるから,.よっては全射である.次に,がつまりを満たすとすると,であるから,.よっては単射である.
- は 1. から直ちに従う.
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.このとき以下が成り立つ.
- は同型写像である.
- は同型写像である.
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.このとき以下が成り立つ.
- .
- .
特異値
左特異空間,右特異空間
を計量ベクトル空間,を線形写像,とする.
- の部分空間をに対応する左特異空間といい,と書く.
- の部分空間をに対応する右特異空間といい,と書く.
を計量ベクトル空間,を線形写像,とする.
をと定めると,は well-defined で等長同型写像である.
の well-definedness を示す.
とする.より,たしかにである.
が全単射であることを示す.
に注意すると,は well-defined である.
に対し,より,.同様にであるから,は全単射である.
が等長写像であることを示す.
をとると,.よっては等長写像である.
を計量ベクトル空間,を線形写像,とする.このとき,.
特異値
を計量ベクトル空間,を線形写像,とする.のとき,はの特異値であるという.系 2 よりこれはと同値である.
の特異値の集合をと表す.
一般的な定義では,が単射でないとき (すなわちが単射でないとき) をの特異値とみなす.特異値分解において特異値の存在により例外が生じるのを避けるため,ここでは一般的な定義とは異なり,正の特異値のみを考える.
特異値分解
自己随伴作用素について,以下が有名です.証明は省略します.
自己随伴作用素の性質
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.が自己随伴作用素ならば,であり,である.
これを用いて,線形写像の特異値分解を与えます.
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.このときは自己随伴作用素であり,.
であるから,は自己随伴作用素である.よって,である.
任意のをとり,固有値の固有ベクトルをとる.であるから,.
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.このとき以下が成り立つ.
- .
- .
- 命題 3,命題 6,補題 7 より,
であるから,. - .
特異値分解
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.このとき
が成り立つ.
以上の内容を自然言語でまとめると,以下のようになります.
- はそれぞれ左特異空間・右特異空間の直交する直和に分解される.
- 各に対し,左特異空間と右特異空間は同型である.
- を左特異空間に制限したときの像は対応する右特異空間であり,その写像はノルムを倍にする.
に正規直交基底が定められているとき,それを左特異空間・右特異空間の正規直交基底を並べたものに基底変換する行列を書き下すと,通常の行列の特異値分解が得られます.
応用: 極分解
上の線形変換に対し,左特異空間から右特異空間へのノルムを倍する写像を考える代わりに,最初に左特異空間の中で倍し,その次に等長写像を施すと考えると,極分解が得られます.
極分解
を計量ベクトル空間,を線形写像とする.上の等長同型写像と上の半正定値作用素であってとなるものが存在する.
より,であるから,等長同型が存在する.そのうちつを任意に取りそれをとおく.
に注意する.をそれぞれ上で以下のように定義し,直和の普遍性により全体に拡張する.
は明らかに半正定値作用素である.では等長同型写像であるから,も等長同型写像である.また,上でが成り立つため,直和の普遍性により全体でが成り立つ.