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基底を用いない特異値分解

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特異値分解は行列による基底を用いた形で述べられることが多く,線形代数的な構造がわかりにくくなっています.この記事では,特異空間の概念を導入し,特異値分解を各特異空間間の等長同型の特異値倍として定式化します.

以下,ベクトル空間はすべてC上の有限次元ベクトル空間であるとします.一般的でない用語や表記を用います.

準備

直交射影

Vを計量ベクトル空間,WVの部分空間とする.任意のvVwW,wWを用いてv=w+wと一意に書ける.このとき,vwに対応させる線形写像VWVからWへの直交射影といい,PWと書く.

部分空間の直交

Vを計量ベクトル空間とする.

  1. Vの部分空間W1,W2について,任意のw1W1,w2W2に対しw1w2が成り立つとき,部分空間W1,W2は直交するといい,W1W2と書く.
  2. Λを有限集合とする.Λの元で添字付けられたVの部分空間の族(Wλ)λΛについて,任意のλ,λΛ,λλに対しWλWλが成り立つとき,部分空間の族(Wλ)λΛは互いに直交するという.
  3. Λを有限集合とする.Λの元で添字付けられたVの部分空間の族(Wλ)λΛが互いに直交し,かつV=λΛWλであるとき,V=λΛWλと書く.
固有値,固有空間

Vをベクトル空間,T:VVを線形写像とする.

  1. Tの固有値の集合をΛ(T)と書く.
  2. λCに対し,Ker(λidVT)E(λ,T)と書く.

λΛ(T)の場合は,E(λ,T)は固有値λの固有空間となる.以下ではλΛ(T)の場合にもE(λ,T)という記号を用いる.

基本部分空間

余核・余像

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.

  1. Wの部分空間(ImT)Tの余核といい,CokerTと表す.
  2. Vの部分空間(KerT)Tの余像といい,CoimTと表す.

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.このとき以下が成り立つ.

  1. CokerT=KerT
  2. CoimT=ImT
  1. 任意のwCokerTをとる.任意のvVに対し,TvImT,w(ImT)より,0=(Tv)w=v(Tw).よってTwV={0}であるから,wKerT
    次に,任意のwKerTをとる.任意のImTの元はあるvVによりTvと書ける.このときTvw=v(Tw)=0である.よってwCokerT
  2. CoimT=(KerT)=(CokerT)=ImT

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.このとき以下が成り立つ.

  1. T|CoimT:CoimTImTは同型写像である.
  2. T|ImT:ImTCoimTは同型写像である.
  1. 任意のwImTをとると,Tv=wなるvVが存在する.このときTPCoimTv=wであるから,T|CoimTPCoimTv=w.よってT|CoimTは全射である.次に,vCoimTT|CoimTv=0つまりTv=0を満たすとすると,vKerTであるから,vCoimTKerT={0}.よってT|CoimTは単射である.
  2. は 1. から直ちに従う.

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.このとき以下が成り立つ.

  1. TT|CoimT:CoimTCoimTは同型写像である.
  2. TT|ImT:ImTImTは同型写像である.

同型写像の合成は同型写像であることから従う.

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.このとき以下が成り立つ.

  1. KerTT=KerT
  2. CokerTT=CokerT
  1. KerTT=(CoimTT)=(ImTT)=(CoimT)=KerT
  2. CokerTT=(ImTT)=(ImT)=CokerT

特異値

左特異空間,右特異空間

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像,σR>0とする.

  1. Vの部分空間E(σ2,TT)=Ker(TTσ2idV)σに対応する左特異空間といい,SL(σ,T)と書く.
  2. Wの部分空間E(σ2,TT)=Ker(TTσ2idW)σに対応する右特異空間といい,SR(σ,T)と書く.

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像,σR>0とする.

Tσ:SL(σ,T)SR(σ,T)Tσv=1σTvと定めると,Tσは well-defined で等長同型写像である.

Tσの well-definedness を示す.

vSL(σ,T)とする.TTTσv=1σTTTv=1σT(σ2v)=σ21σTv=σ2Tσvより,たしかにTσvSR(σ,T)である.

Tσが全単射であることを示す.

SL(σ,T)=SR(σ,T),SR(σ,T)=SL(σ,T)に注意すると,Tσ:SR(σ,T)SL(σ,T),w1σTwは well-defined である.
vSL(σ,T)に対し,TσTσv=1σ2TTv=vより,TσTσ=idSL(σ,T).同様にTσTσ=idSR(σ,T)であるから,Tσは全単射である.

Tσが等長写像であることを示す.

v,vSL(σ,T)をとると,(Tσv)(Tσv)=1σ2(Tv)(Tv)=1σ2v(TTv)=1σ2v(σ2v)=vv.よってTσは等長写像である.

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像,σR>0とする.このとき,SL(σ,T){0}SR(σ,T){0}

SL(σ,T)SR(σ,T)であることから従う.

特異値

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像,σR>0とする.SL(σ,T){0}のとき,σTの特異値であるという.系 2 よりこれはSR(σ,T){0}と同値である.

Tの特異値の集合をΣ(T)と表す.

一般的な定義では,TTが単射でないとき (すなわちTが単射でないとき) 0Tの特異値とみなす.特異値分解において特異値0の存在により例外が生じるのを避けるため,ここでは一般的な定義とは異なり,正の特異値のみを考える.

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.Σ(T)=Σ(T)である.

系 2 より,σΣ(T)SL(σ,T){0}SR(σ,T){0}SL(σ,T){0}σΣ(T)

特異値分解

自己随伴作用素について,以下が有名です.証明は省略します.

自己随伴作用素の性質

Vを計量ベクトル空間,T:VVを線形写像とする.Tが自己随伴作用素ならば,Λ(T)Rであり,V=λΛ(T)E(λ,T)である.

これを用いて,線形写像の特異値分解を与えます.

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.このときTTは自己随伴作用素であり,Λ(TT)R0

(TT)=T(T)=TTであるから,TTは自己随伴作用素である.よって,Λ(TT)Rである.

任意のλΛ(TT)をとり,固有値λの固有ベクトルvVをとる.λv2=(λv)v=(TTv)v=(Tv)(Tv)=Tv20であるから,λ0

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.このとき以下が成り立つ.

  1. CoimT=σΣ(T)SL(σ,T)
  2. ImT=σΣ(T)SR(σ,T)
  1. 命題 3,命題 6,補題 7 より,
    V=λΛ(TT)E(λ,TT)=(λΛ(TT){0}E(λ,TT))E(0,TT)=(σR>0,σ2Λ(TT)E(σ2,TT))(Ker(TT))=(σΣ(T)SL(σ,T))(KerT)
    であるから,CoimT=(KerT)=σΣ(T)SL(σ,T)
  2. ImT=CoimT=σΣ(T)SL(σ,T)=σΣ(T)SR(σ,T)
特異値分解

V,Wを計量ベクトル空間,T:VWを線形写像とする.このとき
T=σΣ(T)σTσPSL(σ,T)
が成り立つ.

vVをとる.Tv=TPCoimTvである.CoimT=σΣ(T)SL(σ,T)であるから,PCoimT=σΣ(T)PSL(σ,T).よって,Tv=σΣ(T)TPSL(σ,T)v=σΣ(T)σTσPSL(σ,T)v

以上の内容を自然言語でまとめると,以下のようになります.

  • CoimT,ImTはそれぞれ左特異空間・右特異空間の直交する直和に分解される.
  • σに対し,左特異空間と右特異空間は同型である.
  • Tを左特異空間に制限したときの像は対応する右特異空間であり,その写像はノルムをσ倍にする.

V,Wに正規直交基底が定められているとき,それを左特異空間・右特異空間の正規直交基底を並べたものに基底変換する行列を書き下すと,通常の行列の特異値分解が得られます.

応用: 極分解

V上の線形変換に対し,左特異空間から右特異空間へのノルムをσ倍する写像を考える代わりに,最初に左特異空間の中でσ倍し,その次に等長写像を施すと考えると,極分解が得られます.

極分解

Vを計量ベクトル空間,T:VVを線形写像とする.V上の等長同型写像UV上の半正定値作用素PであってT=UPとなるものが存在する.

CoimTImTより,dimKerT=dimCokerTであるから,等長同型KerTCokerTが存在する.そのうち1つを任意に取りそれをU0とおく.

V=(σΣ(T)SL(σ,T))(KerT)に注意する.U,PをそれぞれSL(σ,T),KerT上で以下のように定義し,直和の普遍性によりV全体に拡張する.

  • Uv=Tσv(vSL(σ,T))
  • Uv=U0v(vKerT)
  • Pv=σv(vSL(σ,T))
  • Pv=0(vKerT)

Pは明らかに半正定値作用素である.V=(σΣ(T)SR(σ,T))(CokerT)Tσ,U0は等長同型写像であるから,Uも等長同型写像である.また,SL(σ,T),KerT上でT=UPが成り立つため,直和の普遍性によりV全体でT=UPが成り立つ.

投稿日:19日前
更新日:17日前
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