はじめに
この記事は,友人が企画した「
線形代数祭
」というイベントに寄せた問題の解説である.
問題
を次複素正方行列とする.とし,を
と定める.
複素数がの固有値であるとき,あるが存在して
を満たすことを示せ.
複素数平面上の閉円板を
で定める.がどの2つも共通部分を持たないとき,は対角化可能であることを示せ.
なお,次の事実は証明せずに使ってよい.多項式関数が,複素数平面の円周上に零点を持たないとき,の内側にあるの零点の個数は重複度を込めて
である.ただし,積分路の向きは反時計回りにとる.
解答 (1)
をの固有値に属する固有ベクトルとすると,より,すべてのについて
である.よって,の値をとなるように選ぶと
となる.よりだから,不等式をで割れば示す式が得られる.
解答 (2)
各の半径をとおく.仮定から,のときなので
は正数である.この値をとおくと,のとき
だから,円板はどの2つも共通部分を持たない.
境界はどの円板とも交わらないので,小問1よりにの固有値は属さない.すなわち,の固有多項式
は上に零点を持たない.よって,に属するの零点の個数は
である.右辺はの連続関数であり,は整数なので,の値はによらず一定である.よって
だが,の零点でに属するものはだけだから,である.
以上により,の零点,すなわちの固有値は,すべてのにちょうど1つ属する.よって,は対角化可能である.
講評
この問題はゲルシュゴリンの定理 (Gershgorin circle theorem) と呼ばれる定理を証明させる問題である.ゲルシュゴリンの定理は,固有値の精度保証付き数値計算の基本となる定理である(
大石,2010
).
ゲルシュゴリンの定理は非常に有名だが,にもかかわらず,厳密な論証が載っている文献はあまり多くない.本問の誘導とは異なる証明も含めて,網羅的なサーベイが (
Chi-Kwong Li & Fuzhen Zhang, 2019
) にある.
[1]
大石進一, 精度保証付き数値計算法の最近の到達点とMATLAB上のツールボックス, 計測と制御, 2010, pp. 273–278
[2]
Chi-Kwong Li & Fuzhen Zhang, Eigenvalue continuity and Gersgorin's theorem, Electron. J. Linear Algebra, 2019, pp. 619–625