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応用数学解説
文献あり

ゲルシュゴリンの定理,あるいは線形代数祭の講評

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はじめに

この記事は,友人が企画した「 線形代数祭 」というイベントに寄せた問題の解説である.

問題

$\boldsymbol{A}=(a_{i\mskip2mu j})$$n$次複素正方行列とする.$0\leq t\leq 1$とし,$\boldsymbol{F}(t)=(f_{i\mskip2mu j}(t))$
$$ f_{i\mskip2mu j}(t) = \begin{cases}a_{i\mskip2mu j} & (i=j),\\ ta_{i\mskip2mu j} & (i\neq j)\end{cases} $$
と定める.

  1. 複素数$\lambda$$\boldsymbol{F}(t)$の固有値であるとき,ある$i\in\lbrace 1,2,\dotsc,n\rbrace$が存在して
    $$ \lvert\lambda-a_{i\mskip2mu i}\rvert \leq t\sum_{j\neq i}\lvert a_{i\mskip2mu j}\rvert $$
    を満たすことを示せ.

  2. 複素数平面上の閉円板$D_{i}(t)$
    $$ D_{i}(t) = \Biggl\lbrace z\in\mathbb{C}\Biggm\vert\lvert z-a_{i\mskip2mu i}\rvert \leq t\sum_{j\neq i}\lvert a_{i\mskip2mu j}\rvert\Biggr\rbrace $$
    で定める.$D_{1}(1),D_{2}(1),\dotsc,D_{n}(1)$がどの2つも共通部分を持たないとき,$\boldsymbol{A}$は対角化可能であることを示せ.

なお,次の事実は証明せずに使ってよい.多項式関数$w=f(z)$が,複素数平面の円周$C$上に零点を持たないとき,$C$の内側にある$f(z)$の零点の個数$N$は重複度を込めて
$$ N = \frac{1}{2\pi\mathrm{i}}\oint_{C}\frac{1}{w}\frac{\mathrm{d}w}{\mathrm{d}z}\,\mathrm{d}z $$
である.ただし,積分路の向きは反時計回りにとる.

解答 (1)

$\boldsymbol{x}=(\begin{matrix}x_{1} & x_{2} & \cdots & x_{n}\end{matrix})^{\mathsf{T}}$$\boldsymbol{F}(t)$の固有値$\lambda$に属する固有ベクトルとすると,$\lambda\boldsymbol{x}=\boldsymbol{F}(t)\boldsymbol{x}$より,すべての$i\in\lbrace 1,2,\dotsc,n\rbrace$について
$$ \lambda x_{i} = \sum_{j=1}^{n}f_{i\mskip2mu j}(t)x_{j} = a_{i\mskip2mu i}x_{i}+\sum_{j\neq i}ta_{i\mskip2mu j}x_{j} $$
である.よって,$i$の値を$\lvert x_{i}\rvert=\max\lbrace\lvert x_{1}\rvert,\lvert x_{2}\rvert,\dotsc,\lvert x_{n}\rvert\rbrace$となるように選ぶと
$$ \lvert(\lambda-a_{i\mskip2mu i})x_{i}\rvert \leq t\sum_{j\neq i}\lvert a_{i\mskip2mu j}x_{j}\rvert \leq t\lvert x_{i}\rvert\sum_{j\neq i}\lvert a_{i\mskip2mu j}\rvert $$
となる.$\boldsymbol{x}\neq\boldsymbol{0}$より$x_{i}\neq 0$だから,不等式を$\lvert x_{i}\rvert$で割れば示す式が得られる.

解答 (2)

$D_{i}(1)$の半径を$r_{i}$とおく.仮定から,$i\neq j$のとき$r_{i}+r_{j}\lt\lvert a_{i\mskip2mu i}-a_{j\mskip2mu j}\rvert$なので
$$ \min_{1\leq i\lt j\leq n}\biggl(\frac{\lvert a_{i\mskip2mu i}-a_{j\mskip2mu j}\rvert-r_{i}-r_{j}}{4}\biggr) $$
は正数である.この値を$\delta$とおくと,$i\lt j$のとき
$$ \begin{aligned} (r_{i}+\delta)+(r_{j}+\delta) &\leq r_{i}+r_{j}+\frac{\lvert a_{i\mskip2mu i}-a_{j\mskip2mu j}\rvert-r_{i}-r_{j}}{2}\\ &= \frac{\lvert a_{i\mskip2mu i}-a_{j\mskip2mu j}\rvert+r_{i}+r_{j}}{2}\\ &\lt\lvert a_{i\mskip2mu i}-a_{j\mskip2mu j}\rvert \end{aligned} $$
だから,円板$E_{i}=\lbrace z\in\mathbb{C}\mid\lvert z-a_{i\mskip2mu i}\rvert\leq r_{i}+\delta\rbrace$はどの2つも共通部分を持たない.

境界$\partial E_{i}$はどの円板$D_{1}(1),D_{2}(1),\dotsc,D_{n}(1)$とも交わらないので,小問1より$\partial E_{i}$$\boldsymbol{F}(t)$の固有値は属さない.すなわち,$\boldsymbol{F}(t)$の固有多項式
$$ p(t;z) = \det(z\boldsymbol{I}-\boldsymbol{F}(t)) $$
$\partial E_{i}$上に零点を持たない.よって,$E_{i}$に属する$p(t;z)$の零点の個数$N$
$$ N = \frac{1}{2\pi\mathrm{i}}\oint_{\partial E_{i}}\biggl(\frac{1}{p(t;z)}\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}z}p(t;z)\biggr)\,\mathrm{d}z $$
である.右辺は$t$の連続関数であり,$N$は整数なので,$N$の値は$t$によらず一定である.よって
$$ N = \frac{1}{2\pi\mathrm{i}}\oint_{\partial E_{i}}\biggl(\frac{1}{p(0;z)}\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}z}p(0;z)\biggr)\,\mathrm{d}z $$
だが,$p(0;z)=\det(z\boldsymbol{I}-\boldsymbol{F}(0))$の零点で$E_{i}$に属するものは$a_{i\mskip2mu i}$だけだから,$N=1$である.

以上により,$p(1;z)$の零点,すなわち$\boldsymbol{A}$の固有値は,すべての$E_{i}$にちょうど1つ属する.よって,$\boldsymbol{A}$は対角化可能である.

講評

この問題はゲルシュゴリンの定理 (Gershgorin circle theorem) と呼ばれる定理を証明させる問題である.ゲルシュゴリンの定理は,固有値の精度保証付き数値計算の基本となる定理である( 大石,2010 ).

ゲルシュゴリンの定理は非常に有名だが,にもかかわらず,厳密な論証が載っている文献はあまり多くない.本問の誘導とは異なる証明も含めて,網羅的なサーベイが ( Chi-Kwong Li & Fuzhen Zhang, 2019 ) にある.

参考文献

[1]
大石進一, 精度保証付き数値計算法の最近の到達点とMATLAB上のツールボックス, 計測と制御, 2010, pp. 273–278
[2]
Chi-Kwong Li & Fuzhen Zhang, Eigenvalue continuity and Gersgorin's theorem, Electron. J. Linear Algebra, 2019, pp. 619–625
投稿日:24
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数学、特に応用数学が好きです。Mathlogでは主に、数学とプログラミングを絡めたようなことを書けたらいいなと思っています。

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