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大学数学基礎解説
文献あり

大類昌俊氏の理論におけるノルム空間Xのある性質の不成立について

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本記事の目的は, 大類昌俊氏 (Xアカウント:[1], [2])のnote[5]の議論が誤っていることを証明することです.

本記事の記述は初版執筆時点 (2025年5月5日) におけるnote[3]の最新版であった2025年5月3日版[5]に基づいています.
2025年5月29日現在, [3]は大幅な改訂によって証明の様々な部分が変化しており, もはやこの記事の内容は[3]への反証とはなっていません.
[3]の現在の状況については本記事の最後で簡単にまとめてありますので, そちらも合わせてご覧ください.
なお, 本記事の内容は筆者が大類氏に対してXで指摘した内容 ([8]) を一般化したものです.

大類の理論[5]が不成立であること

さて, [5]の議論は大きく分けて前半と後半の2段階に分けられます:

  • 大類氏が独自に定義したノルム空間Xの性質に関する議論 (補題0, 1, 2, 3, 4)
  • ノルム空間Xの性質を用いたNavier-Stokes方程式の「初等的弱解」に関する議論 (補題5, 6, 7, 8, 9, 10)

このうち本記事では前半部分の議論が誤っていることを示します (なお後半部分の議論は前半部分に本質的に依存しています).

まず本記事で用いる記号の定義をまとめておきます.

  • Nは非負の整数全体の集合とする.
  • I:=(0,1)とする.
  • 関数fC0(I)と指数1pに対し, そのLpノルムを
    fLp:={(01|f(x)|pdx)1/p,1p<,supxI|f(x)|,p=
    で定義する.

-関数fCm(I)mN, 1pに対し, 斉次SobolevノルムfW˙m,pと非斉次SobolevノルムfWm,pをそれぞれ
fW˙m,p:=f(m)Lp,fWm,p:=fLp+f(m)Lp
で定義する. ただしf(m)fm階微分である.

  • 集合S
    S:=[0,)N={(sm)mN:mN,sm[0,)}
    で定義する. すなわちSとは非負実数列全体の集合である.
  • 非負実数列s=(sm)mNS, 指数1p,q, 関数fC(I)に対し, そのXspノルムを
    fXsp:=mNsmfW˙m,p
    で定義する.
    特に, (*1)sm={n=51(n!)42n,m=0,0,1m4,1(m!)42m,m5
    で与えられたs=(sm)mNSに対応するXs2ノルムのことを単にXノルムと呼び, Xと表す.
  • [5] では4次元時空R×R3の有界部分集合Ωを定義域とする関数のなす空間を考えているが, 本記事では簡単のため1次元化した.
  • [5] ではWm,1(Ω)Wm,2(Ω)のノルムを考えているが, Ωが有界領域なのでこれはWm,2(Ω)のノルムと同値である.
  • 数列s=(sm)mNS
    s0=m=1sm
    を満たす場合, Xspノルムは
    fXsp=mNsmfW˙m,p=m=1sm(fLp+fW˙m,p)=m=1smfWm,p
    とも表せる. 特に, sが式(*1)で与えられる場合のXs2ノルムは[5]におけるXノルムと一致する.
  • [3] におけるXノルムの定義は変更されることがある. 例えば2025年4月23日版 (アーカイブ[6]) におけるXノルムは
    sm={nN1(n!)5,m=0,0,1m4,1(m!)5,m5
    に対応するXs2ノルムとして定義されている. 以前に大類氏がmathlogに投稿していた記事 (アーカイブ[7]) も含めると, sのとり方には少なくとも4種類以上のバリエーションがある.
    このような変更が行われるたびに都度反例を提示するのは手間なので, 本記事では一般化したXspノルムを考えることにした.

[5] の補題1, 2, 3によれば, 次が成り立ちます:

([5])

Xノルム, すなわちsが式(*1)で与えられる場合のXs2ノルムについて, 以下の性質(1),(2),(3)が全て成り立つ:
(1) 条件0<fX<を満たすfC(I)が存在する.
(2) ある定数C1>0が存在し, 任意のf,gC(I)に対しfgXC1fXgXが成り立つ.
(3) ある定数C2>0が存在し, 任意のfC(I)に対しfXC2fXが成り立つ.

しかしこれは誤りです. 本記事では, 次の定理1が成り立つことを示します.

¬((1)(2)(3))

sSに対し, 以下の性質(1),(2),(3)のうち少なくともひとつは不成立である:
(1) ある関数fC(I)1pが存在し, 0<fXsp<が成り立つ.
(2) ある定数C1>01pが存在し, 任意のf,gC(I)に対しfgXspC1fXspgXspが成り立つ.
(3) ある定数C2>01pが存在し, 任意のfC(I)に対しfXspC2fXspが成り立つ.

以下の議論では, 次で定義する関数族を利用します.

関数族{er}r0C(I)
er(x):=eirx
で定義する.

この関数族の性質を調べましょう. まずerXspノルムを計算します.

任意の1p,sS,r0に対し,
erXsp=mNsmrm
が成り立つ.

(命題2)

関数erm階微分はer(m)=(ir)merである. また, |er(x)|=1より, 任意の1pに対し
erLp=1
が成り立つ. よってerW˙m,pノルムは
erW˙m,p=er(m)Lp=rmerLp=rm
であり, またXspノルムは
erXsp=mNsmerW˙m,p=mNsmrm
である.

命題2より, 次の命題3が成り立つことが分かります.

(A)(B)(C)(D)

sSに対し, 以下の性質(A),(B),(C),(D)のうちいずれかただひとつが成り立つ:
(A) 任意の1pr>0に対し, erXsp=0が成り立つ.
(B) 任意の1pr>0に対し, erXsp=が成り立つ.
(C) あるR>0が存在し, 任意の1pr>0に対し0<r<R0<erXsp<R<r<erXsp=が成り立つ.
(D) 任意の1pr>0に対し, 0<erXsp<である.

[5]Xノルムの場合は性質(D)が成り立っている.

命題3はべき級数の収束半径に関する基本的な事実の単なる言い換えなので, 証明は割愛します.

次に, 定理1の3つの性質(1),(2),(3)と命題3の4つの性質(A),(B),(C),(D)の関係を調べていきます.

(1)¬(A)

性質(1)が成り立つための必要十分条件は, 性質(A)が成り立たないことである.

(命題4)

性質(A)が成り立つと仮定する.
このとき任意のmNに対してsm=0であり, よって任意のfC(I)1pに対してfXsp=0が成り立つ.
よって性質(1)は成り立たない.
逆に, 性質(A)が成り立たないとすると, sm00なるm0Nをとることができる.
このm0Nを用いて, fC(I)としてf(x)=xm0をとる. また, 1pは任意に固定する.
このとき, 0mm0ならば0<fW˙m,p<かつmm0+1ならばfW˙m,p=0であるから
0<sm0fW˙m0,pmNsmfW˙m,p=m=0m0smfW˙m,p<
となる. よって性質(1)が成り立つ.

(3)¬(D)

性質(3)が成り立つための必要条件は, 性質(D)が成り立たないことである.

[5]Xノルムの場合は性質(D)が成り立っているので, 性質(3)は成り立たない.

(命題5)

性質(D)が成り立つと仮定する. このとき, erの微分がer=irerであることから, 任意のr>01pに対し
0<erXsp=rerXsp<
が成り立つ. よって, 任意に固定した定数C2>01pに対し, r=2C2とすれば
erXsp=2C2erXsp>C2erXsp
が成り立つ. ゆえに性質(3)は成り立たない.

命題4, 5の証明は簡単でしたが, 次の命題6の証明は少し準備が必要です.

(2)¬((B)(C))

性質(2)が成り立つための必要条件は, 性質(B),(C)がどちらも成り立たないことである.

命題6を証明するために関数族をもうひとつ新たに導入します.

関数族{Pk}kNC(I)
Pk(x):=xk
で定義する.

この関数族のXspノルムを評価します.

任意の1p,sS,kNに対し,
k!skPkXsp<
が成り立つ.

(命題7)

有限性PkXsp<の証明は命題4の後半の議論で既に示されている.
下からの評価を示す. 関数Pkk階微分は
Pk(k)(x)=k!
であるから, 任意の1pに対しPkW˙k,pノルムは
PkW˙k,p=k!
である. したがってXspノルムは下から
PkXsp=mNsmPkW˙m,pk!sk
と評価できる.

命題7を用いて, 命題6を示します.

(命題6)

性質(2)が成り立つと仮定する.
このとき, Pk=(P1)kに注意すると, あるC1>01pが存在して任意のkNに対し
PkXsp(C1P1Xsp)k
が成り立つことが分かる. 以下そのようなC1pをそれぞれ適当に固定する. このとき, 命題7より, 任意のkNに対し
k!sk(C1P1Xsp)k<
が成り立つ. よって命題2より, 任意のr>0に対し
erXsp=mNsmrmmN1m!(rC1P1Xsp)m=exp(rC1P1Xsp)<
となる. ゆえに性質(B),(C)はどちらも成り立たない.

最後に, 命題3, 4, 5, 6を合わせて定理1を示します.

(定理1)

性質(1),(2)がともに成り立つと仮定する. このとき命題4, 6より性質(A),(B),(C)はいずれも成り立たない.
よって命題3より性質(D)が成り立つ. したがって命題5より性質(3)は成り立たない.

大類の理論の現状 (2025年5月29日現在)

2025年5月29日現在におけるnote[3]の最新版である2025年5月27日版[4]の問題点について簡単に整理しておきます.

『補題3』

本記事でここまで扱ってきた2025年5月3日版のnote[5]における補題3は, 次のような主張でした.

ある定数C2>0が存在して, 任意のuXに対し
(*2)uXC2uX
が成り立つ.

本記事の命題3, 5によってこの主張は不成立であることが分かり, したがって[5]の議論は誤りです.
一方, 2025年5月27日版[4]では補題3の主張が次のように変更されています

定数C2,M>0をそれぞれ適当に固定し, ノルム空間Xの部分集合S
S:={uX:uXM,uXC2uX}
で定義する. このとき, 任意のuSに対し不等式(*2)が成り立つ.

これはもちろん正しい主張なのですが, 自明な主張なので数学的には無意味です.
実際, uSを示すには現状ではuXMuXC2uXを示すしかなく, 補題3を利用しようとしても「(*2)を示すために(*2)を示す」という議論にしかなりません (もし集合Sを不等式(*2)を用いない形で特徴づけできるなら話は別ですが, そのような考察は一切行われていません).
現在のnote[4]では補題3が複数回用いられているものの, そのために必要なuSは (仮定から自明な場合を除いて) 一切証明されていないので, 実質的には根拠なく「不等式(*2)は成り立つ」と主張しているだけで証明として成立していません.

なお, 以前の[5]における補題3の (誤った) 証明ではXノルムの定義を利用した (誤った) 評価が行われており, この補題3こそがXノルムをSobolevノルムの無限和で定義した理由であったと推測されます.
一方, 現在の[4]における補題3はXノルムの定義がなんであろうと自明に正しく, XノルムをSobolevノルムの無限和で定義すべき理由がどこにあるのかは不明です.

『補題2』

本記事では詳細には立ち入りませんが, [5]の補題2の証明の誤りが市民氏によって以前に指摘されています (ポスト[9]).
2025年5月27日版[4]では問題の箇所に『指数関数のマクローリン展開の証明と同じ要領』なる文言が追記されていますが, その具体的な意味については説明されていません. 問題の箇所の主張そのものは指数関数ともMaclaurin展開とも全く無関係なため, 何を主張しているのか理解困難です.

『バナッハの不動点定理と似た方法』

2025年5月3日版[5]では, Navier--Stokes方程式の弱解を得るためにBanachの不動点定理と呼ばれる有名な定理が用いられています.
その主張は次の通りです:

Banachの不動点定理

(S,d)を空でない完備距離空間とする. また, Φ:SSを縮小写像とする. すなわち, 写像Φ:SSが次の条件を満たすことを仮定する:
L<1,(u,v)S2,d(Φ[u],Φ[v])Ld(u,v).
このとき, Φ[u]=uを満たすuSがただひとつ存在する.

この定理は実際の偏微分方程式論においてもよく用いられるものです.
写像Φは (定義域と値域を無視すれば形式的には) 解きたい方程式から自動的に決まるので, Φ:SSが縮小写像となるような完備距離空間Sを設定することが本質的です.
[5]では, 次の2つを根拠としてBanachの不動点定理で解の存在を示そうとしていました:

  • 十分に小さい定数M>0に対し, ノルム空間Xの部分距離空間SS:={uX:uXM}で定める. このときSは完備である.
  • 関数uSに対し, Φ:SSΦ[u]:=R×R3E(s,y)χΩ(ts,xy)(Pf(ts,xy)P((un)un)(ts,xy))dsdyで定める. このときΦは縮小写像である. すなわち, 次が成り立つ: L<1,(u,v)S2,Φ[u]Φ[v]XLuvX.

この設定ではSが完備距離空間であることは (ノルム空間Xの完備性を認めれば) 容易に示せる一方で, Φ:SSがwell-definedであることや縮小写像であることの証明は誤った補題3に依存しており, したがって証明が成立していないという状況でした.

一方, 2025年5月27日版[4]では次のような設定になっています:

  • 十分に小さい定数C2,M>0に対し, ノルム空間Xの部分距離空間SS:={uX:uXM,uXC2uX}で定める.
  • 関数uSに対し, Φ:SXΦ[u]:=R×R3E(s,y)χΩ(ts,xy)(Pf(ts,xy)P((un)un)(ts,xy))dsdyで定める. このときΦL<1,(u,v)S2,(uvSΦ[u]Φ[v]XLuvX)を満たす.

[4]ではSが完備であるかどうかについては何も言及されておらず, またΦS上の縮小写像ではなくなっています (Φ:SSではなくΦ:SXとなっていること, またΦの縮小性に相当する主張にuvSという追加の仮定があることに注意). したがってBanachの不動点定理は適用できません. このことは大類氏も認識しているようであり, [4]ではBanachの不動点定理そのものを使うのではなく『バナッハの不動点定理と似た方法で証明する』ことになっています. しかしながら, その『似た方法』とは一体何なのかという肝心の部分については証明どころか主張すらほとんど説明がありません. もし本当にSの完備性もΦの縮小性もいらない不動点定理の証明に成功したのであれば, ぜひともその主張と証明を公開してほしいものです.
なお, 私見ですが, [4]及び大類氏のXでのポスト[11]の内容を考慮すると, 『バナッハの不動点定理と似た方法』の証明は間違っている可能性が高いと推測します. これはあくまで推測なのでここでは理由は割愛します. 興味がある方はこちらのポスト[12], [13]をご覧ください. 最後に, [12]を投稿した直後に筆者のXアカウントは大類氏からブロックされたことを申し添えておきます.

更新履歴

  • 2025年5月29日 第3版
    • [3]の現在の状況についてのまとめを追記した.
  • 2025年5月6日 第2版
    • 第2版では, 内容を
      fXsp:=mNsmfW˙m,p
      で定義したXspノルム (1p) に関する議論に一般化した. 証明自体は初版 (p=1の場合) とほとんど同じである.
    • 初版では定義1の直後の注意で『[5] ではWm,1(Ω)Wm,2(Ω)のノルムを考えているが, Ωが有界領域なのでこれはWm,1(Ω)のノルムと同値である』と述べている. これは誤りであり, Wm,1(Ω)ではなくWm,2(Ω)が正しい.
    • 初版における命題4の証明は誤っている. 実際, 証明前半の『性質(A)が成り立つと仮定する. ~よって性質(1)は成り立たない』と後半の「逆に, 性質(1)が成り立つとすると, ~性質(A)は成り立たない」はどちらも(1)¬(A)の証明になってしまっている (てりゃ氏による指摘ポスト[10]).
      第2版では, 証明の後半部分を¬(1)(A)の証明に訂正した.

    -その他, 誤字脱字等の軽微な誤りを修正した.

  • 2025年5月5日 初版

参考文献

投稿日:55
更新日:529
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  1. 大類の理論[5]が不成立であること
  2. 大類の理論の現状 (2025年5月29日現在)
  3. 『補題3』
  4. 『補題2』
  5. 『バナッハの不動点定理と似た方法』
  6. 参考文献