@alg_d 「やれ」
@t_uda 「はい……」
圧力をかけられたので解説をやっていきます.発端は @alg_d 宛のマシュマロ です.これを見て私がふと「そういや上下極限で定義した集合の極限って冪集合になんか位相定めるんだっけ?」とつぶやいたところ, 各点収束位相との御答えを殿下から賜りました .(※先生とお呼びしたところ「先生はよせ🤪」と言われたので敬称を正しく殿下に訂正いたしました.直したので授業料はとらないでください🙇♂)
ちなみに,@alg_d 宛にも同様の質問がマシュマロや動画コメントで届いているらしく,同じポイントが気になった人は多いようです.
分かる人向けに短い証明を一言で先に述べておきます.二点空間 $\set{0, 1}$ を数直線の部分空間とみなして,集合の上下極限が指示関数の各点上下極限に対応し,また直積位相での収束が各点収束であることから,集合論的な収束と直積位相での収束は一致します.終わり.これで分かった人は回れ右して大丈夫です.ただ,各点収束を使わずに直積位相と収束の定義に戻って直接これを示してみたらちょうどいいトポロジーの練習問題みたいになって有意義かもなと思ったので,本稿では愚直に証明を書いてみることにします.
という訳で早速ですが今回示すのは以下の命題です.
$X$ を集合とし,$\two \coloneqq \set{0, 1}$ を離散空間とする.関数 $f \colon X \to \two$ 全体から為る集合に直積位相を入れた写像空間を $\two^X$ とする.$X$ の部分集合 $A$ と,部分集合から為る有向点族 $(A_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}$ を考える.このとき,以下は同値である.
ここで,$\one_A \colon X \to \two$ は $A$ の指示関数を表す.
部分集合 $A \subseteq X$ と写像空間の元 $\one_A \in \two^X$ は,指示関数をとる対応によって一対一対応します:
\begin{equation}
\one_A(x) \coloneqq \begin{cases}1 & (x \in A), \\ 0 & (x \notin A). \end{cases}
\end{equation}
すなわち,$X$ の冪集合と写像空間 $\two^X$ はこの対応で同一視でき,集合論的収束と直積位相での収束が一致するということです.
また,有向点族 (net) に一般化して主張を述べていますが,有向点族によるトポロジーのことを詳しく知らなくても以下で最低限述べる定義から証明自体は分かると思います.一応,有向点族に一般化して示したかったお気持ち背景があるのですが,証明を読むだけなら点列と思って読んでも十分です.以降,添字の有向集合は自然数全体の為す順序集合 $\Lambda = \omega_0$ で,有向点族のことは点列と思っても差し支えないです.
証明の前にそれぞれの収束の定義を確認しておきましょう.
集合 $X$ の部分集合から為る有向点族 $(A_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}$ に対して,上極限・下極限・集合論的極限を次で定義する.
英語では "set-theoretic limit" で用例がかなり見つかるのですが,日本語ではなぜかこれに相当する訳語を見た覚えがありません.調べた限り「集合論的極限」という訳も見当たりません.単に極限と呼んでいることが多そうです.上極限集合・下極限集合と呼ぶことがあるのに対応して極限集合と呼んでいる人もいます.ただし,極限集合 (limit set) は力学系の分野で全く別の意味で浸透しており紛らわしいので,この訳も避けた方が無難です.聞いたことがないという最大の問題を除けば自然な直訳なので本稿では集合論的極限を採用しています.
位相空間 $\mathcal X$ の有向点族 $(x_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}$ を考える.$A \subset \mathcal X$ を部分集合とし,$x \in \mathcal X$ とする.
正確に言うと,Hausdorff でない位相での極限は一意に定まるとは限りません(Hausdorff 性と上の意味の収束先の一意性は同値です).したがって,数列や関数の極限と同じ極限記号 $\lim$ を使ってしまうと一般には紛らわしい可能性があります.ここでは Hausdorff 空間しか出て来ず誤解の恐れはないので,見慣れた記号を採用します.また,日本語での「ほとんど含まれる」という訳は定着している訳ではなく,英語の "eventually in" という表現が日本語でもそのまま使われる傾向があります.
直積位相についても定義しておきます.無限直積の場合はあまり使わなくて忘れたという人のために復習です.
$(\mathcal X_i)_{i \in \mathcal I}$ を位相空間の族とし,その直積集合を $\mathcal X \coloneqq \prod_{i \in \mathcal I} \mathcal X_i$ とおく.有限個の $i \in \mathcal I$ を除き $U_i = \mathcal X_i$ であるような開集合 $U_i \subseteq \mathcal X_i$ の族の直積集合 $\prod_{i \in \mathcal I} U_i$ を考え,この形の直積集合全てを開集合として生成した $\mathcal X$ の位相を $(\mathcal X_i)$ の直積位相と呼ぶ.
写像空間は,集合の各要素を添え字として離散空間を(無限)直積した $\two^X = \prod_{x \in X} \two$ と同一視できます.上の定義において $I \coloneqq X$, $\mathcal X_i = \two$ に設定した場合で,「各点で $0$ または $1$ の値をとる」ということですね.定義より $\two^X$ の位相は,$\two$ の非自明な開集合 $\set{0}$ または $\set{1}$ が有限回現れて他が全て二点空間全体 $\set{0, 1}$ であるような形の直積集合から生成されます.特に,部分集合 $A \subseteq X$ の指示関数 $\one_A$ の開近傍として,ある有限集合 $S \subset X$ 上で値が一致するような関数 $f \in \two^X$ 全体から為る集合を考えれば,この形の開集合全体は $\one_A$ の基本近傍系を為します.これを $\mathcal N_A$ と書くことにします:
\begin{equation}
\mathcal{N}_A \coloneqq \Bigl\{ U \subset \two^X \:\Big|\: \text{有限集合 $S \subset X$ が存在して全ての $f \in \two^X$ に対して,} f \in U \Longleftrightarrow f|_S = \one_A|_S \Bigr\}.
\end{equation}
さて,命題 1 を証明していきましょう.記法を思い出しておくと,集合 $X$ 上の部分集合族 $(A_\lambda)$ を考えていたのでした.
さて,関連してこの 各点収束位相が距離化可能かという話題 もあったので,これについても少しコメントしておきます.
まず,正則 Hausdorff コンパクト空間の直積なので写像空間 $\two^X$ も正則 Hausdorff コンパクトです.良い分離性を持つ位相空間は様々な条件の下で距離化できます.Urysohn の距離化定理より第二可算正則 Hausdorff 空間は距離化可能ですし,Nagata–Smirnov の距離化定理より $\sigma$-局所有限な基底を持つ正則 Hausdorff 空間も距離化可能です(なお,後者は必要十分条件です).例えば $X = \omega_0$ のとき,$\two^{\omega_0}$ はカントール集合で,無限二値列を三進法で実数に割り当てる対応で数直線の部分集合(the well-known カントール集合)への同相写像が作れます.ちなみに,$X$ が有限の場合は $\two^X$ も有限離散空間なのでもちろん距離化可能です.
こうなると,$X$ が非可算の場合が問題になります.段々力尽きて来たのであとは考えたことを雑多に述べるに留めます.
$\omega_1$ を最小の非可算順序数とすると,順序位相空間 $[0, \omega_1)$ は点列コンパクトかつ非コンパクトなので距離化不可能であることが知られています.距離空間では点列コンパクト性とコンパクト性が同値なので,片方を欠く $[0, \omega_1)$ は距離付けしようがないという理屈です.今考えている写像空間 $\two^X$ はコンパクトなので,こちらは点列コンパクトでないことを示せば同様に距離化不可能と分かりそうです.実は単位閉区間 $[0, 1]$ の非可算無限直積空間がまさに点列コンパクトでないコンパクト空間の例として知られています."Counterexamples in Topology" に載っているようです.当該書籍が手元にないので証明とかは分かりません.いったんこれを認めます.次に「点列コンパクト空間からの連続写像による像も点列コンパクト」の対偶を使います.つまり,$\two^X$ から $[0, 1]^X$ への全射連続写像があれば,像が非点列コンパクトであることから定義域も非点列コンパクトでないといけません.非可算無限集合 $X$ と $\omega_0 \times X$ の間に全単射を作って,$\two^{\omega_0}$ の二値無限列を二進法で $[0, 1]$ の実数値に対応させれば,連続全射が得られます.これで,$\two^X$ が非点列コンパクトで,したがって距離化不可能です.
部分列が収束しない点列を構成する方針でも,振動する周期が各点でバラバラな点列までは構想したんですが,反例かは確めていません.各点で振動周期がバラバラだと,部分列を一様に同じ取り方をして収束させるのが難しくなります.可算無限個程度までなら取り方を工夫して回避できます.非可算無限になるとこれができないというアイディアです(部分列でなく部分有向点族としてなら依然収束させられます).非可算無限個の各点で周期が異なる点列を作るには台空間が二点だけでは表現力が足りず少し不便です.それなら台空間デカくして $[0, 1]$ にするか,まで考えたところ,結局上の議論に落ち着きました.トポロジーは専門外ですが専門外なりに頑張って考察できた方だと思います.雑多に書き並べてみましたが,思考の履歴をこうやって残しておくのも悪くないですね.
あと精密化するのはプロ読者に任せます.(20240908追記) ↓ 色々コメントいただきました.
複数のプロ読者からいただいた第一可算性との関係についてです.
一体 3 つ目何なんですか.怖い.そうなの?
第一可算性は各点が高々可算な基本近傍系を持つという性質のことです.距離空間は第一可算的である必要があるので,第一可算性を持たない位相空間は距離化できないことが分かります.直積位相の定義から安直に作れる基本近傍系 $\mathcal N_A$ の形だけ見ても,確かに第一可算性は厳しそうに見えます(基本近傍系の性質を保ったまま可算個まで減らすのは困難そうという意味です).非可算無限直積空間が第一可算にならないことを示すには可算な基本近傍系を持つと仮定して背理法で矛盾を導きます.仮定と鳩ノ巣原理を組み合わせると,基本近傍系の要素の非可算無限個の射影が全て非自明な開集合に包まれるようにできます.しかし,直積位相の開基の定義から開集合の射影は有限個を除き自明でなければならないため矛盾するという流れです.
ところで実は,いくつかの場所で選択公理を暗に認めて使いまくっています.非可算無限とか言い出した時点で不可避ですねこれは.え? 詳しく? それは選択公理に詳しい @alg_d によろしく〜〜〜