先日呟いたツイート で、以下のような問題を考えました:
$M_n( \mathbb{R} )$に真に含まれる部分空間$V$が行列の積について閉じているとき, $V$の次元としてありうる最大値は?
問題設定はシンプルながら決して簡単ではなく, 色々調べてみたり試行錯誤してみた結果, この問題に対する一つの解法を見つけたため, ここにまとめておくことにしました. 以下$n\geq 2$のもとで考えます.
体$K$上の線型空間$A$に結合法則を満たす双線型な積$A\times A\to A$が与えられているとき, $A$を$K$上の結合的代数という.
結合的代数$A$がこの積についての単位元を持つとき, $A$を単位的であるという.
単位的な結合的代数を以下単に代数と呼ぶ.
代数$A$の部分空間$B$が単位元を持ち, この積について閉じているとき, $B$を$A$の部分代数という.
$V$が$K$上の線型空間のとき, 線型写像$f:V\to V$の全体$\mathrm{End}(V)$は$K$上の線型空間をなし, 写像の合成によって$K$上の代数となっている. $V$が有限次元のとき, $n:=\mathrm{dim}\:V$ とすると $ M_n(K)\cong \mathrm{End}(V) $である.
$\mathrm{End}(V)$の部分代数$A$および$V$の部分空間$W$について, $W$が$A$不変であるとは, 任意の$f\in A$について$f(W)\subset W$となることをいう. $\{0\}, V$は$A$不変である.
まず, $\mathbb{R}$上の代数$ M_n( \mathbb{R} ) $の代わりに$ \mathbb{C} $上の代数$M_n( \mathbb{C} )$で同じ問題を考えると, その答えは元の問題の答え以上になることがいえます. 以下$\mathbb{C}$上で考えます. $V$を$n$次元$\mathbb{C}$線型空間とし, $\mathrm{End}(V)$の部分代数$A$について考えます(元の問題では$\mathrm{End}(V)$の部分空間が単位的であることを要求していませんでしたが, 少し考えれば単位的な場合を考えれば良いことがわかります). ここで以下の定理を用います:
$A$不変な$V$の部分空間が$\{0\}, V$のみならば$A=\mathrm{End}(V)$.
つまり$V$が$A$の既約表現であれば$A=\mathrm{End}(V)$ということです. (この定理は
こちらのツイート
でも述べられています.)
$A$として$\mathrm{End}(V)$に真に含まれる部分代数を考えていたので, 定理$1$の対偶をとると, $A$不変な$V$の部分空間であって$\{0\}, V$でないものの存在がわかります. これを$W$とおき, $W$の基底を延長して$V$の基底をとって, それらについて$A$の元を行列表示することを考えれば, $A$の元は
$$
\begin{bmatrix}
* & * \\
O & *
\end{bmatrix}
$$
と表せます(ここで左上の$*$は正方行列です). $O$が$1\times (n-1)$行列のとき$A$の次元の最大値は達成され, それは$n^2-n+1$に等しいことがわかります. $\mathbb{R}$上で考えても同様の構成をすれば$n^2-n+1$次元の部分代数$A$が実現できるので, 答えは$n^2-n+1$です.
以下問題に対する解答を述べる. 前半では定理$1$を用いるまでに至るいくつかの命題を示し, 後半で定理$1$を示す.(なお, 後半部分が圧倒的に解答の本質なので前半は読み飛ばして構いません.)
$L$を$K$の拡大体とする. 以下の命題を示せばよい:
$A$を$K$上の有限次元代数とする. $A$に真に含まれる$K$部分代数の次元の最大値を$M$とし, $L$上の代数$A_{L}:=A\otimes_K L$に真に含まれる$L$部分代数の次元の最大値を$M'$とすると, $M\leq M'$.
ここで, $A_{L}$に対して$L$の作用を
$$\lambda(a\otimes \mu):=a\otimes (\lambda\mu)\:(\lambda, \mu\in L, a\in A)$$
のように定め, $A_{L}$上の積は
$$(a\otimes \lambda)(a'\otimes\mu):=(aa')\otimes(\lambda\mu)$$
のように定めている.
$A$に真に含まれる$K$部分代数$B$について, $B_{L}:=B\otimes_K L $は$A_{L}$の部分代数になっていることが確認できる. $A$の$K$上の基底を$\{a_i\}_{1\leq i\leq n}$とおくと, $A_{L}$の$L$上の基底は$\{a_i\otimes 1\}_{1\leq i\leq n}$で与えられるので$ \mathrm{dim}_KA=\mathrm{dim}_{L}A_{L} $が成立し, $B$についても同様のことが成り立つので, $B_{L}$は$A_{L}$に真に含まれる. 任意の$B$について, $B$と同じ次元の$A_{L}$の部分代数が存在するので$M\leq M'$である. (証明終)
以下$\mathbb{C}$上で議論する. $V$を$n$次元$\mathbb{C}$線型空間とする.
$\mathrm{id}_V\in \mathrm{End}(V)$の張る$\mathrm{End}(V)$の$1$次元部分空間を$I$とおく.
$\mathrm{End}(V)$の部分空間$A$が積について閉じているとき, $A+I$も積について閉じている.
$a, a'\in A, c, c'\in \mathbb{C} $について, $A$が積について閉じていることから
$$(a+c\cdot \mathrm{id}_V)(a'+c'\cdot \mathrm{id}_V)=aa'+c'a+ca'+cc'\cdot\mathrm{id}_V\in A+I$$
となるのでよい. (証明終)
次に, $n\geq 2$において$\mathrm{End}(V)$に真に含まれる部分空間$A$が積について閉じているとき, $A+I=\mathrm{End}(V)$となることがないことを示す. $\mathrm{End}(V)$の部分空間$A$が積について閉じており, かつ $\mathrm{End}(V)=A\oplus I$となったと仮定して矛盾を導けばよい.
ある$a\in A$が存在して$a$は正則である.
$A$のすべての元が正則でないと仮定する. $A\oplus I$の第二成分を取り出す写像$\pi:A\oplus I\to I$を考えるとこれは線型で, 線型写像$\lambda:\mathrm{End}(V)\to \mathbb{C}$を用いて
$$\pi(f)=\lambda(f)\cdot\mathrm{id}_V \quad(f\in\mathrm{End}(V))$$
と書ける. $\lambda(f)$は$f$の固有値になっている. このような$\lambda$が存在しないことを示す.
$P$を対角成分より上側の成分がすべて$1$に等しく他の成分は$0$である上三角行列とし, $Q$を対角成分より下側の成分がすべて$1$に等しく他の成分は$0$である下三角行列とする. つまり
$$P=
\begin{bmatrix}
& 1 & \cdots & 1 \\
& & \ddots & \vdots \\
& \text{\huge{O}} & &1 \\
& & &
\end{bmatrix},
Q=
\begin{bmatrix}
& & & \\
1 & & \text{\huge{O}} & \\
\vdots & \ddots & & \\
1 & \cdots & 1 &
\end{bmatrix}
$$
である. 行列$X$により引き起こされる線型写像を$f_X$で表す. 三角行列は対角成分に固有値が並ぶので, $P, Q$の固有値は$0$のみであり, $\lambda(f_P)=\lambda(f_Q)=0$.
一方, $f_{P+Q}=f_P+f_Q$の固有値を考えるとこれは$0$にはならない. 実際, $E$を単位行列として行列$X=P+Q-xE$を考えると, $x=-1$のときは$\rank X=1$より$\dim\: \mathrm{Ker}\:X=n-1$となり, $x=n-1$のときはすべての成分が$1$となる$\mathbb{C}^n$のベクトルが固有ベクトルになるので, $P+Q$の固有多項式が$(x+1)^{n-1}(x-n+1)$と求まり, $f_{P+Q}$の固有値は$0$でない. したがって$\lambda(f_P)+\lambda(f_Q)\neq\lambda(f_P+f_Q)$となり$\lambda$が線型写像であったことと矛盾する. (証明終)
命題$4$より, ある$a\in A$が存在して$a$は正則である. $a$の固有多項式を$p(x)=x^n+c_{n-1}x^{n-1}+\cdots+c_1x+c_0$とおくと, $a$は正則なので$c_0\neq 0$. ケイリー・ハミルトンの定理より,
\begin{align}
a^n+c_{n-1}a^{n-1}+\cdots+c_1a+c_0\cdot\mathrm{id}_V&=0 \\
\therefore\: a^n+c_{n-1}a^{n-1}+\cdots+c_1a&=-c_0\cdot\mathrm{id}_V
\end{align}
左辺は$A$の元, 右辺は$I$の元なのでこれは零写像を表すが, このことは$c_0\neq 0$に矛盾する. したがって$\mathrm{End}(V)=A\oplus I$となったという仮定が誤りである.
以上のことより, $\mathrm{End}(V)$に真に含まれる部分空間$A$が積について閉じているとき, $A+I$も$\mathrm{End}(V)$に真に含まれる部分空間であって積について閉じたものとなるから, $A$は単位的であるとして考えてよい.
定理$1$を示す. $A$を$\mathrm{End}(V)$の部分代数とし, $A$不変な$V$の部分空間が$\{0\}, V$のみであるとする. $x\in V\setminus\{0\}$について$\{f(x)\mid f\in A\}$は$\{0\}$を真に含む$A$不変な$V$の部分空間となるので$V$と一致する. ($\{f(x)\mid f\in A\}$は$\{0\}$を真に含むという部分に$A$が単位的であることを用いている.)よって以下が得られる:
$x\in V\setminus\{0\}, y\in V$について$y=f(x)$をみたす$f\in A$が存在する.
定理$1$の証明の流れを述べる. まず$\rank f=1$となる$f\in A$の存在を示し, 次にそのような$f$がすべて$A$に入ることをいう. 任意の$f\in \mathrm{End}(V)$は$\rank$が$1$の線型写像の和で書けるので(写像を行列表示して行ごとの和に分解すればよい), $A=\mathrm{End}(V)$となる.
ある$F_0\in A$が存在して$\rank F_0=1$.
$f\in A\setminus\{0\}$をとる. $d:=\rank f$とおく. $d\geq 2$のとき, $\Im f$から線型独立な元$y_1, y_2$をとれる. $x_1, x_2\in V$が存在して$y_1=f(x_1), y_2=f(x_2)$と書ける. $y_1\neq 0$より, ある$g\in A$が存在して$g(y_1)=x_2$. つまり$f(x_1), f\circ g\circ f(x_1)$が線型独立なので, 任意の$\lambda\in \mathbb{C} $について$f\circ g\circ f-\lambda f\neq 0$である. 一方, $\mathbb{C}$は代数閉包なので, 固有多項式を考えれば$f\circ g-\lambda_0\cdot\mathrm{id}_V$が$\Im f$において正則とはならないような$\lambda_0$がとれる. 以上より, $f\circ g\circ f-\lambda_0 f=(f\circ g-\lambda_0\cdot\mathrm{id}_V)\circ f$の$\rank$を$d'$とおけば, $0< d'< d$が成立する. すなわち$d\geq 2$ならば$\rank$が$d$未満の零写像でない線型写像$ F\in A$がとれる. これは$\rank F_0=1$となる$F_0\in A$の存在を示している. (証明終)
$\Im F_0$の基底を一つとり$y_0$とおく. $V^*$で$V$の双対空間を表す. $\phi_0\in V^*\setminus\{0\}$を用いて$F_0(x)=\phi_0(x)y_0$と書ける. また, $F_{\phi}(x):=\phi(x)y_0$で定義される$F_{\phi}\in \mathrm{End}(V)$が$A$の元となるような$\phi$全体の集合を$\Phi$とおくと, これは$V^*$の部分空間となることが確認できる.
$V^*$の部分空間$W$に対して, 被零化空間と呼ばれる$V$の部分空間$W^\top:=\{x\in V\mid f\in W\text{ならば}f(x)=0 \}$ が定まり, $\dim W^\top=\dim V-\dim W$ が成り立つ.
$W$の基底$\{v_1, \dots, v_m\}$を延長して$V^*$の基底$\{v_1, \dots, v_n\}$を得る. $F:V\to \mathbb{C}^n $を$v_1, \dots, v_n$が定める同型とし, $x_1, \dots, x_n\in V$を$F$による標準基底の逆像とすると, $V^*$の基底$\{v_1, \dots, v_n\}$は$V$の基底$\{x_1, \dots, x_n\}$の双対基底になっている. よって$W^\top=\langle x_{m+1}, \dots, x_n \rangle$であり, $\dim W^\top=\dim V-\dim W$ が成り立つ.
任意の$x\in V\setminus \{0\}$についてある$\phi\in V^*$が存在し, $\phi(x)\neq 0$ かつ $F_{\phi}\in A$.
$\phi_0(y)\neq 0$をみたす$y\in V$を一つとる. 任意の$x\in V\setminus \{0\}$についてある$f\in A$が存在して$y=f(x)$であり, $\phi:=\phi_0\circ f$と定めると$\phi(x)=\phi_0(y)\neq 0 $かつ$F_{\phi}=F_0\circ f\in A$.
命題$8$より$\Phi$の被零化空間は$\{0\}$となり, 命題$7$より$0=\dim \Phi^\top=\dim V-\dim \Phi$, すなわち$\Phi=V^*$が得られる. よって, 任意の$\phi\in V^*$について$F_{\phi}\in A$.
いま, 任意の$y\in V, \phi\in V^*$について$F(x):=\phi(x)y$で定まる$F\in \mathrm{End}(V)$は$A$の元である. 実際, $f(y_0)=y$をみたす$f\in A$が存在し, $F=f\circ F_{\phi}\in A$.
逆に, $\rank F=1$となる任意の$F\in \mathrm{End}(V)$は, $y\in V, \phi\in V^*$を用いて$F(x)=\phi(x)y$と表せるから, $A$の元である. したがって任意の$f\in \mathrm{End}(V)$は$\rank$が$1$の線型写像の和で書けるので, $A=\mathrm{End}(V)$となる. (証明終)
あとは前述したように議論を進めればよい. もう一度述べておくと, $A$不変な$V$の部分空間であって$\{0\}, V$でないもの$W$の存在がわかり, $W$の基底を延長して得られる$V$の基底について$A$の元を行列表示することを考えれば, $A$の元は
$$
\begin{bmatrix}
* & * \\
O & *
\end{bmatrix}
$$
と表せる(左上の$*$は正方行列). $O$が$1\times (n-1)$行列のとき$A$の次元の最大値は達成され, それは$n^2-n+1$に等しい. $\mathbb{R}$上で考えても同様の構成をすれば$n^2-n+1$次元の部分代数$A$が実現できるので, 問題の答えは$n^2-n+1$である.
ある対象の構造を調べるときに, それが作用する空間について考察することで元の対象についての情報も得られるという流れはやはり面白いなと感じました. アルティン・ウェダーバーンの定理などを駆使して代数的な構造にのみ注目する方針もあるようなので, そちらも追ってみたいです(体力があれば...). 何か間違いがあったら教えてくださると助かります.