懸垂線を変分法で求める際のひもの長さの取り扱いに関するちょっとしたコメントです。
ひもを垂らしたときの形は懸垂線と呼ばれます。なんとなく放物線のようにも思えますが、実際にはその関数形は$\cosh$で表されます。
この関数形を求めるためには主に2つ方法があります。ひとつはひもの各点での力の釣り合いから求める方法です。もうひとつは変分法によるものです。この方法ではひもの関数形の汎関数として位置エネルギーを計算し、その極(小)値条件を求めることでひもが満たす方程式を導きます。ここではこちらの方法を扱います。
変分法による懸垂線の導出では、ひもの長さを考慮する場合としない場合があります。考慮していない導出はどれほど「悪い」のでしょうか。逆に考慮している導出はどれほど「良い」のでしょうか。本記事ではこれに関して議論します。
まずひもの長さを考慮しない場合の議論を概観します。$x\text{-}y$座標を設け、ひもの端を$x_0,x_1$において固定します。
懸垂線。端点を$x_0,x_1$で固定する。
ひもに沿った座標を$s$とすると、下図より
\begin{align}
ds=\sqrt{dx^2+dy^2}=\sqrt{1+y'^2}dx
\end{align}
$ds$と$dx,dy$の関係
です。プライムは$x$微分を表します。$s$から$s+ds$におけるひもの位置エネルギーは、ひもの線密度を$\rho$、重力加速度を$g$とすると$\rho g yds$です。よってひも全体の位置エネルギーは
\begin{align}
E(y)=\rho g\int_{s_{\textrm{init}}}^{s_{\textrm{fin}}} y(s)ds=\rho g\int_{x_0}^{x_1}y(x)\sqrt{1+y'^2}dx
\end{align}
となります。ここでは簡単のため$\rho g=1$とします。$y(x)$による$E(y)$の変分は$K:=y\sqrt{1+y'^2}$として$\delta y(x)$の1次までとると
\begin{align}
\delta E(y)&=\int \left[
\frac{\partial K}{\partial y} \delta y
+\frac{\partial K}{\partial y'}\delta y'
\right]dx\\
&=\int \left[
\frac{\partial K}{\partial y}-\partial_x\left(\frac{\partial K}{\partial y'}\right)
\right]\delta y dx\ \ \ \ (\text{部分積分。積分の端で$\delta y(x)$はゼロとする。})
\end{align}
であり、これが任意の変分$\delta y(x)$に対してゼロになるためには
\begin{align}
\frac{\partial K}{\partial y}-\partial_x\left(\frac{\partial K}{\partial y'}\right)=0
\end{align}
が各$x$で成立する必要があります。これはいわゆるEuler-Lagrange方程式 (EL-eq.) です。あとはこの方程式を実際にたてて解けば、関数形が$\cosh$であることがわかります。ただし上記のEL-eq.をそのまま解くよりこれを一回積分した形である
\begin{align}
\frac{\partial K(q')}{\partial q'}q'-K(q')=\text{constant}
\end{align}
を使うほうが簡単です。一般に$q_r(t),\dot q_r(t) \ \ \ (r=1,\ldots, N)$に依存し$t$に陽に依存しない量$L(q,\dot q)$(ドットは$t$微分)の変分がゼロになるとき
\begin{align}
\sum_r\frac{\partial L(q,\dot q)}{\partial \dot q_r}\dot q_r-L(q,\dot q)=\text{constant}\tag{1}\label{eq1}
\end{align}
が成立します(Ref.Ohnuki)。
懸垂線の形が$\cosh$であることを論ずるには上記議論で十分です。ただひもの長さの情報が入っていないので、一般には懸垂線の形を定めることはできません。
上記議論においてEq-eq.は
\begin{align}
\frac{\partial K}{\partial y}-\partial_x\left(\frac{\partial K}{\partial y'}\right)=0&\leftrightarrow 1+y'^2-y''y=0
\\&\leftrightarrow\frac{y''y}{(1+y'^2)}=1\\
&\leftrightarrow \left(\frac{y}{\sqrt{1+y'^2}}\right)'=0\\
&\leftrightarrow \frac{y}{\sqrt{1+y'^2}}=C
\end{align}
となります(Eq.\eqref{eq1}を用いると直接最後の表式を得ます)。これは簡単に積分できて
\begin{align}
y=C\cosh\left(\frac{x-A}{C}\right)
\end{align}
を得ます。これより懸垂線が通る2点を指定すれば$C,A$が定まり形が確定します。でもそれはヘンです。ひもを実際に両手で持ちその位置を定めれば懸垂線が通る2点が決まりますが、ひもの長さを変えれば垂れ方はいくらでも変化します。ひもの長さの情報が入っていないのに形が定まることはないように思えます。
そこでひもの長さを考慮します。この長さを固定するにはLagrange multiplierを用いるのが一般的です。ひもの長さを$L$とすると、$y(x)$は拘束条件
\begin{align}
\int_{x_0}^{x_1}\sqrt{1+y'^2}dx=L
\end{align}
に従います。Lagrange multiplierを$\lambda$として
\begin{align}
\tilde E=\int y\sqrt{1+y'^2}dx-\lambda\left(\int \sqrt{1+y'^2}dx-L\right)
\end{align}
を$y$に関して変分してゼロとなる条件(および$\tilde E$の$\lambda$微分=0)を課すことでひもの長さを$L$に固定します。これを用いてEL-eq.を求めると
\begin{align}
1+y'^2-y''(y-\lambda)=0
\end{align}
となります。この式で$\tilde y:=y-\lambda$とすれば
\begin{align}
1+\tilde y'^2-\tilde y''\tilde y=0
\end{align}
となり、上で求めた$\lambda$ぬきのEL-eq.を得ます。よって
\begin{align}
\tilde y&=C\cosh\left(\frac{x-A}{C}\right)\\
\therefore y&=C\cosh\left(\frac{x-A}{C}\right)+\lambda
\end{align}
になります。このようにLagrange multiplier $\lambda$は高さの調節ファクターを導入します。$A$は横方向の並進ファクター、そして$C$が懸垂線の「開き方」を決定するファクターです。この$y$は3点を定めないと決まりません。2点+ひもの長さを指定することは、ひもが通る3点を指定することと等価です(ひもを両手でもって両手の位置を指定された2点に固定し、ひもの長さを変え指定されたもう一点を通るようにすればよい)。$\int_{x_0}^{x_1}\sqrt{1+y'^2}dx=L$に上記の解を代入することで1つの条件式が得られ、あと2点$y(x=x_0)=h_0,y(x=x_1)=h_1$を与えることで更に2つ条件式が得られます(Ref.Imoto)。これで$C,A,\lambda$が定まります。
まあしかし、 $\lambda$が無くても$y$方向の並進を無視すれば任意の懸垂線の形を再現できます。ひもの長さとそれが通る2点から懸垂線を計算するようなことをしない限り、ひもの長さを固定することはそれほど重要なことでもない気がします。
また$\tilde E$をよく見ると、変分には無関係な定数項を除けば
\begin{align}
\tilde E=\int \tilde y\sqrt{1+\tilde y'^2}dx, \ \ \ \tilde y:=y-\lambda
\end{align}
であり、$\lambda$の効果が$y\to\tilde y$の置換で吸収できることがわかります。なのでひもの長さを考慮してもしなくてもEL-eq.は本質的には変わらないことはけっこうすぐ気づくことかもしれません。
おしまい。${}_\blacksquare$