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グリーン・タオの定理5 ハイパーグラフ除去補題の証明①

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こんにちは,itouです.

前回は

ハイパーグラフ除去補題
多次元コーナー定理
有限版多次元セメレディの定理

を確認しました.今回からついにハイパーグラフ除去補題の証明に入ります.
その大筋は

正則化補題+数え上げ補題
ハイパーグラフ除去補題

です.つまり,2つの補題:正則化補題,数え上げ補題を用いてハイパーグラフ除去補題を証明します.
ハイパーグラフ除去補題を示すために,まずハイパーグラフ除去補題を別の道具を使って翻訳します.
道具とは以下です.

道具:
加法族,L2空間,条件付き期待値作用素,食い違い距離

せっかくハイパーグラフを理解したのにまた新しい道具が出てきます.とは言え,加法族は有限集合に対するものしか扱いませんし,ここでの期待値は相加平均にすぎません.今回はこれらの道具を紹介していきます.

定義&補題

前半

全部で20個ぐらいあります.本書とは少し順番が違います.サクサク行きましょう.

期待値

Xを空でない集合とする.X上で定義された関数f:XRと空でない有限部分集合aXに対し,fAにおける期待値をE(f|A),または変数付きでE(f(a)|aA)と表し,

E(f|A)=E(f(a)|aA)=1AaAf(a)

と定義する.

A,Bを空でない有限集合,f:BRB上で定義された関数とし,写像Φ:ABは一様被覆であるとする.このとき,
E(fΦ|A)=E(f|B)
が成り立つ.ここで,任意のbBに対してΦ1({b})=ABは一様被覆であるという.

期待値といっていますが相加平均とってるだけですね.一様被覆とは,全射な関数Φ:ABにおいてAの元のうちちょうどAB個だけが同じ行き先だということです.

分割

Xを集合とする.PXの分割であるとは,
(1)PB(X){}
(2)A,BP,ABAB=
(3)X=AP
が成り立つときをいう.

集合の分割の正式な定義がこれです.
分割をより細かくしたものを細分といいます.

細分

P,LをともにXの分割とする.PLの細分であるとは,任意のAPに対して,あるBLが存在して,ABが成り立つことをいう.

さて,分割に対応する概念である加法族を導入します.

加法族

Vを有限集合とする.
(1)Vの部分集合族BB(V)V上の加法族であるとは,

(a)B(b)A,BBABB(c)ABVAB

が成り立つことをいう.
(2)は後述.
(3)Vの部分集合族FB(V)に対して,Fを含むようなV上の加法族のうち包含関係に関して最小であるものを,Fが生成するV上の加法族とよぶ.
(4)も後述.
(5)Vとし,BV上の加法族とする.B{}における包含関係に関する極小元を,Bのアトムという.Bのアトム全体の集合をAtom(B)と表す.

ちなみにA,BBのとき,AB=(ACB)CBです.
なおAB=(ACBC)CよりABB.

加法族

V={1,2,3,4}とします.V上の加法族をいくつか並べてみます.

{,{1,2,3,4}}{,{1},{2,3,4},{1,2,3,4}}{,{1,2},{3,4},{1,2,3,4}}{,{2,3},{1,4},{1,2,3,4}}{,{1},{2},{1,2},{3,4},{2,3,4},{1,3,4},{1,2,3,4}}
すべて,Vが含まれています.
B(V)の元をいくつか取ってきて,和集合をとる演算と補集合をとる演算()Cに関して閉じているようにしたのが加法族です.はじめに取ってきたB(V)の元Fから加法族ができたので,これをFが生成するV上加法族といいます.同じ加法族を生成するような集合Fは複数ありえます.
さらに,上の例においてアトム全体の集合を順に列挙します.

{{1,2,3,4}}{{1},{2,3,4}}{{1,2},{3,4}}{{2,3},{1,4}}{{1},{2},{3,4}}
アトム全体の集合はVの分割となっています.これが加法族を考える理由です.

上の例で確かめたことは以下のように表現されます.

BV上の加法族とする.
(1)各xVに対して,xが属するBのアトムが一意的に定まる.
(2)任意のyB(x)にたいして,B(x)=B(y)が成立.ただし,xが属するBのアトムをB(x)と表す.

BV上の加法族とする.このとき,任意のBBは,ある部分集合AAtom(B)を用いて,B=AAAと表される.このようなAは一意的に定まる.

PVの分割とする.このとき,P=Atom(B)が成り立つようなV上の加法族Bが一意的に存在する.

加法族のイメージがつかめたでしょうか.分割と加法族は1対1対応するというのが重要です.さらに,細分と部分加法族が1対1対応します.

部分加法族

B,BがともにV上の加法族であり,BBであるとき,BBの部分加法族であるという.

複数の加法族が生成する加法族

(4)B1,B2がともにV上の加法族であるとき,B1B2が生成するV上の加法族をB1B2と表す.同様に,V上の加法族の列(Bi)iIに対して,iIBiが生成するV上の加法族をiIBiと表す.

細分と部分加法族

例1に出てきた2つの加法族
{,{1,2},{3,4},{1,2,3,4}}{,{1},{2},{1,2},{3,4},{2,3,4},{1,3,4},{1,2,3,4}}
において,上の加法族は下の加法族の部分加法族です.
それぞれのアトム全体の集合は
{{1,2},{3,4}}{{1},{2},{3,4}}

でした.下の分割が上の分割の細分になっています.

複数の加法族が生成する加法族

B1={,{1},{2,3,4},{1,2,3,4}}B2={,{2,3},{1,4},{1,2,3,4}}
とすると,B1B2
B1B2={,{1},{2,3},{1,4},{2,3,4},{1,2,3,4}}
であり,B1B2
B1B2={,{1},{4},{2,3},{1,4},{1,2,3},{2,3,4},{1,2,3,4}}
となります.Atom(B1),Atom(B2),Atom(B1B2)はそれぞれ,
{{1},{2,3,4}}{{2,3},{1,4}}{{1},{2,3},{4}}
です.2つのAtomの分割の切れ目を引き継いでいる(それぞれの細分になっている)ことが分かります.

上の例で確認したことが以下の補題4です.

(1)B,BV上の加法族とする.このとき,BBの部分加法族であることは,Atom(B)Atom(B)の細分になることに同値.
(2)V上の加法族B1,B2に対して,

Atom(B1B2)={AB:AAtom(B1),BAtom(B2),AB}
が成り立ち,Atom(B1B2)の元ABは一意的である.

さて,加法族に対して複雑度という量を定義します.

複雑度

Bv上の加法族とする.FB(V)であって,Fが生成するV上の加法族がBとなるものを考えるとき,Fとして取り得る最小値
Bの複雑度といい,cpx(B)と表す.とくに,cpx({,V})=0である.

V={1,2,3,4}のとき
Atom(B)={{1},{2},{3},{4}}なるB(つまり2V)の複雑度は,

F={{1,2},{1,3}}Bを生成するので
F=2.

V={1,2,3,4,5,6,7,8},Atom(B)={{1},{2},{3},{4},{5},{6},{7},{8}}なるB(つまり2V)の複雑度は,

F={{1,2,3,4},{1,2,5,6},{1,3,5,7}}Bを生成するので
F=3.

cpx(B)=log2(Atom(B))
が成立するだろうか

B1,B2,BV上の加法族とする.このとき,

(1)cpx(B1B2)cpx(B1)+cpx(B2)
(2)B=2Atom(B)22cpx(B)

ある加法族を生成するような集合Fのうち,もっとも要素が少ないものを取ってきて,その要素の個数を複雑度といいます.つまり,「材料が少ない」加法族ほど複雑度が小さいです.

休憩

ここまで一気に駆け抜けてきました.簡単なものを片付けておきます.

考えている集合Axが入っているなら1,入っていないなら0を返す関数を特性関数といいます.

特性関数

集合A,B,(AB)に対し,特性関数1A:BR
1A(x)={1(xA)0(xBA)
とする.

V上の加法族Bと関数f:VRに対して,
AAtom(B)E(f1A|V)=E(f|V)

定義通り計算するとわかります.

さて,ここから後半戦です.

後半

まず関数からなる空間を用意します.

L2空間

L2(V,R)を定義域がVで終域がRであるような関数全体からなり,内積がf,g=E(fg|V)で定まる実内積空間であるとする.つまり,L2(V,R)Rベクトル空間であり,内積について,次の性質が成り立つ.

(1)任意のfL2(V,R)に対して,f,f0であり,f,f=0f=0.
(2)任意のf,gL2(V,R)に対して,f,g=g,f.
(3)任意のλ,μR,f,f,gL2(V,R)に対して,λf+μf,g=λf,g+μf,g.

fL2(V,R)のノルムf0であり,f=f,fで定義する.このとき,ノルムについて,次の性質が成り立つ.

(1)任意のfL2(V,R)に対して,f0であり,f=0f=0.
(2)任意のλR,fL2(V,R)に対して,λf=λf.
(3)任意のf,gL2(V,R)に対して,|f,f|fg.(コーシー・シュワルツの不等式)

L2(V,R)の部分空間Wに対し,Wの直行補空間W
W={fL2(V,R):gW,f,g=0}
と定義する.

関数たちの集まりに期待値で距離を入れた空間を扱っていきます.

B可測関数

BV上の加法族とする.fL2(V,R)B可測関数であるとは,任意のAAtom(B)に対してf|Aが定数関数であるときをいう.B可測関数全体のなすL2(V,R)の部分空間をM(B)と表す.

fL2(V,R)の中でも性質がいいものをB可測関数と名付けておきます.

条件付き期待値作用素

BV上の加法族とする.このとき,条件付き期待値作用素(|B):L2(V,R)M(B)fL2(V,R)に対して関数E(f|B):VR
E(f|B)(x)=E(f|B(x))
と定めることによって定義する.

つまりE(f|A)f,Aを「変数」にもち,関数を返す写像として考えていきます.うれしいことに,E(f|A)について以下の性質が成立します.

条件付き期待値作用素は線形,冪等,自己随伴な写像

a,bR,f,gL2(V,R)とする.以下の(1)~(3)が成立する.
(1)線形性:E(af+bg|B)=aE(f|B)+bE(g|B)
(2)冪等性:E(E(f|B)|B)=E(f|B)

(3)自己随伴性:E(f|B),g=f,E(g|B)

線形はいいでしょう.冪等という言葉は聞きなじみがないですが,fE(f|A)を何度作用しても1度作用するのと同じという意味です.自己随伴はノルムに関する性質です.

直行補空間について以下の通りです.( 直行補空間の性質|高校数学の美しい物語 も参照のこと.)

BV上の加法族とし,fL2(V,R)とする.このとき,

fM(B)E(f|B)=0
が成り立つ.

BV上の加法族とし,fL2(V,R)
f=g+h, gM(B), hM(B)
と一意的に表示できる.

M(B),M(B)があればL2(V,R)の元をすべて表現できます.

BV上の加法族,BBの部分加法族とする.fL2(V,R)に対して,
E(E(f|B)B)=E(f|B)
が成り立つ.

ノルムに関して以下が成立します.

(三平方の定理)

BV上の加法族,BBの部分加法族とする.このとき,fL2(V,E)に対して,
E(f|B)2=E(f|B)2+E(f|B)E(f|B)2

面白いですね.このノルムがかなり性質がいいというのがよく分かります.

最後に重要な概念を定義しておきます.これは第6章にも出てきます.

食い違い距離

FB(V)を,VFを満たすVの部分集合族とする.このとき,f,fL2(V,R)Fに関する食い違い距離dF(f,f)

dF(f,f)=maxAF|ff,1A|=maxAF|E((ff)1A|V)|

距離といっていますが,擬距離という距離の公理を弱めたものを満たす概念です.

もし{{x}P(V):xV}Fであるなら,A={x}のときに
vV(ff)(v)1A(v)=(ff)(x)1=0
より
f(x)=f(x)であり,xVは任意なので
ffです.逆も成立するので,この場合は食い違い距離は距離となっています.

感想

つかれました.

謝辞

誤植等指摘よろしくお願いいたします.

投稿日:2024425
更新日:202461
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itou
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