こんにちは,itouです.
前回は
ハイパーグラフ除去補題
多次元コーナー定理
有限版多次元セメレディの定理
を確認しました.今回からついにハイパーグラフ除去補題の証明に入ります.
その大筋は
です.つまり,2つの補題:正則化補題,数え上げ補題を用いてハイパーグラフ除去補題を証明します.
ハイパーグラフ除去補題を示すために,まずハイパーグラフ除去補題を別の道具を使って翻訳します.
道具とは以下です.
道具:
加法族,空間,条件付き期待値作用素,食い違い距離
せっかくハイパーグラフを理解したのにまた新しい道具が出てきます.とは言え,加法族は有限集合に対するものしか扱いませんし,ここでの期待値は相加平均にすぎません.今回はこれらの道具を紹介していきます.
定義&補題
前半
全部で20個ぐらいあります.本書とは少し順番が違います.サクサク行きましょう.
期待値
を空でない集合とする.上で定義された関数と空でない有限部分集合に対し,のにおける期待値を,または変数付きでと表し,
と定義する.
を空でない有限集合,を上で定義された関数とし,写像は一様被覆であるとする.このとき,
が成り立つ.ここで,任意のに対しては一様被覆であるという.
期待値といっていますが相加平均とってるだけですね.一様被覆とは,全射な関数においての元のうちちょうど個だけが同じ行き先だということです.
分割
を集合とする.がの分割であるとは,
(1)
(2)
(3)
が成り立つときをいう.
集合の分割の正式な定義がこれです.
分割をより細かくしたものを細分といいます.
細分
をともにの分割とする.がの細分であるとは,任意のに対して,あるが存在して,が成り立つことをいう.
さて,分割に対応する概念である加法族を導入します.
加法族
を有限集合とする.
(1)の部分集合族が上の加法族であるとは,
が成り立つことをいう.
(2)は後述.
(3)の部分集合族に対して,を含むような上の加法族のうち包含関係に関して最小であるものを,が生成する上の加法族とよぶ.
(4)も後述.
(5)とし,を上の加法族とする.における包含関係に関する極小元を,のアトムという.のアトム全体の集合をと表す.
ちなみにのとき,です.
なおより.
加法族
とします.上の加法族をいくつか並べてみます.
すべてが含まれています.
との元をいくつか取ってきて,和集合をとる演算と補集合をとる演算に関して閉じているようにしたのが加法族です.はじめに取ってきたの元から加法族ができたので,これをが生成する上加法族といいます.同じ加法族を生成するような集合は複数ありえます.
さらに,上の例においてアトム全体の集合を順に列挙します.
アトム全体の集合はの分割となっています.これが加法族を考える理由です.
上の例で確かめたことは以下のように表現されます.
を上の加法族とする.
(1)各に対して,が属するのアトムが一意的に定まる.
(2)任意のにたいして,が成立.ただし,が属するのアトムをと表す.
を上の加法族とする.このとき,任意のは,ある部分集合を用いて,と表される.このようなは一意的に定まる.
をの分割とする.このとき,が成り立つような上の加法族が一意的に存在する.
加法族のイメージがつかめたでしょうか.分割と加法族は1対1対応するというのが重要です.さらに,細分と部分加法族が1対1対応します.
部分加法族
がともに上の加法族であり,であるとき,はの部分加法族であるという.
複数の加法族が生成する加法族
(4)がともに上の加法族であるとき,が生成する上の加法族をと表す.同様に,上の加法族の列に対して,が生成する上の加法族をと表す.
細分と部分加法族
例1に出てきた2つの加法族
において,上の加法族は下の加法族の部分加法族です.
それぞれのアトム全体の集合は
でした.下の分割が上の分割の細分になっています.
複数の加法族が生成する加法族
とすると,は
であり,は
となります.はそれぞれ,
です.2つのの分割の切れ目を引き継いでいる(それぞれの細分になっている)ことが分かります.
上の例で確認したことが以下の補題4です.
(1)を上の加法族とする.このとき,がの部分加法族であることは,がの細分になることに同値.
(2)上の加法族に対して,
が成り立ち,の元は一意的である.
さて,加法族に対して複雑度という量を定義します.
複雑度
を上の加法族とする.であって,が生成する上の加法族がとなるものを考えるとき,として取り得る最小値
をの複雑度といい,と表す.とくに,である.
のとき
なる(つまり)の複雑度は,
がを生成するので
.
が成立するだろうか
ある加法族を生成するような集合のうち,もっとも要素が少ないものを取ってきて,その要素の個数を複雑度といいます.つまり,「材料が少ない」加法族ほど複雑度が小さいです.
休憩
ここまで一気に駆け抜けてきました.簡単なものを片付けておきます.
考えている集合にが入っているなら1,入っていないなら0を返す関数を特性関数といいます.
定義通り計算するとわかります.
さて,ここから後半戦です.
後半
まず関数からなる空間を用意します.
空間
を定義域がで終域がであるような関数全体からなり,内積がで定まる実内積空間であるとする.つまり,はベクトル空間であり,内積について,次の性質が成り立つ.
(1)任意のに対して,であり,.
(2)任意のに対して,.
(3)任意のに対して,.
のノルムであり,で定義する.このとき,ノルムについて,次の性質が成り立つ.
(1)任意のに対して,であり,.
(2)任意のに対して,.
(3)任意のに対して,.(コーシー・シュワルツの不等式)
の部分空間に対し,の直行補空間を
と定義する.
関数たちの集まりに期待値で距離を入れた空間を扱っていきます.
可測関数
を上の加法族とする.が可測関数であるとは,任意のに対してが定数関数であるときをいう.可測関数全体のなすの部分空間をと表す.
の中でも性質がいいものを可測関数と名付けておきます.
条件付き期待値作用素
を上の加法族とする.このとき,条件付き期待値作用素をに対して関数を
と定めることによって定義する.
つまりをを「変数」にもち,関数を返す写像として考えていきます.うれしいことに,について以下の性質が成立します.
条件付き期待値作用素は線形,冪等,自己随伴な写像
とする.以下の(1)~(3)が成立する.
(1)線形性:
(2)冪等性:
(3)自己随伴性:
線形はいいでしょう.冪等という言葉は聞きなじみがないですが,にを何度作用しても1度作用するのと同じという意味です.自己随伴はノルムに関する性質です.
直行補空間について以下の通りです.(
直行補空間の性質|高校数学の美しい物語
も参照のこと.)
があればの元をすべて表現できます.
を上の加法族,をの部分加法族とする.に対して,
が成り立つ.
ノルムに関して以下が成立します.
(三平方の定理)
を上の加法族,をの部分加法族とする.このとき,に対して,
面白いですね.このノルムがかなり性質がいいというのがよく分かります.
最後に重要な概念を定義しておきます.これは第6章にも出てきます.
食い違い距離
を,を満たすの部分集合族とする.このとき,のに関する食い違い距離を
距離といっていますが,擬距離という距離の公理を弱めたものを満たす概念です.
もしであるなら,のときに
より
であり,は任意なので
です.逆も成立するので,この場合は食い違い距離は距離となっています.
感想
つかれました.
謝辞
誤植等指摘よろしくお願いいたします.