3次元空間でベクトルの話をするとき、「ベクトル」には「軸性ベクトル」と「極性ベクトル」という2種類のベクトルを考えることができるという話です。
だいたいこんな話をするつもりです。
安達でベクトル解析を勉強していた時に軸性ベクトルというという概念に初めて触れため、自分の頭を整理するために書いています。また「微小面積」や「微小面積」という言い方に対して「なんかはっきりとしなくて気持ち悪い」という抵抗が弱まったため、同じような気分になっている人がすっきりできるようになることを目指しました。
さて、本題に入りましょう。「ベクトル」という考えの説明として「大きさと方向を持った量だ」というような言い方を私は聞いてきました。そしてその具体例は「矢印」ですと。しかし方向と大きさという量を同時に与えられる図形は次のように他にも存在します。
3次元空間内のある平面内に円があり円周は向きづけられています。このとき
と2つの量を考えるとこれも「方向」と「大きさ」を備えた量と言えそうです。これを仮に「円の面積ベクトル」と呼びます。
このような量を図示する方法としても矢印が使えそうです。「円周の向きに対して右ネジの関係にある法線を、円の中心を基点に面積に比例する長さの矢印を描く」という方法がとれそうです。
元の図形が円そのものであることは重要ではありません。面積と図形の向きががあれば右ネジの関係から方向が決められます。そのため、このような量はもう少し広範な図形に対して決められそうです。例えば、平行四辺形や多角形のように$\mathcal{S}^1$ を区分的になめらかに平面内に書いて得られる図形ぐらいまでは、この考えを拡げられそうです。ただ、これらの図形に対してのこの「ベクトル」の矢印による図示の方法は捨て置きます。図形のどこを矢印の基点にするかが選びづらそうです。
円の面積ベクトルと、よく考えている素朴な「矢印」によるベクトルを定式化し、その定式化を通してある現象(軸の反転)を観察していきます。
図形の置き場所は3次元空間としましょう。これを$U$と書きます。今後、縦ベクトルと横ベクトルを少し意識して使い分けるため記号を別に用意します。
また、反転という操作をほどこしそれによる図形の変化を観察します。反転を記述するためにいくつかの記号を準備しておきます
$ \mathbb{R}^3_+ $で基底 $ \mathcal{E}_+ := (e_1^+ ,e_2^+, e_3^+)$ を備えた実ベクトル空間$\mathbb{R}^3$を表すとします。
$ \mathbb{R}^3_- $で基底 $ \mathcal{E}_- := (e_1^- ,e_2^-, e_3^-)$ を備えた実ベクトル空間$ \mathbb{R}^3 $を表すとします。
$\boldsymbol{v} \in \mathbb{R}^3 $ と$ \mathbb{R}^3$の基底$\mathcal{E}$に対してこの基底による$ \boldsymbol{v}$ の座標を$[\alpha, \beta, \gamma]$と[]の数3つ組で表します。座標を座標ベクトルとも言うことにします。
とりあえず使いそうな記号の用意は完了です。次は反転操作を観察してみましょう
$P \in U $に対して、$O \in U$について点対象の位置にうつす操作を$T$と書いて、これを反転操作と呼ぶことにします。点$P$に対して$T$により操作した結果を$TP$と書きます。
$U$内の点として見ましょう$P = (a, b, c)$とすると$TP = (-a, -b, -c)$ですから、座標ベクトルは次のようになります。
つまり、座標ベクトルは反転操作$T$により方向が反転されます。
「操作$T$により基底も変更される」という考え方もあり得ます。この場合は座標を取るための基底は$\mathcal{E}_+$から$\mathcal{E}_-$に変更されます。この場合、上述のように座標ベクトルは反転操作に対して不変です。
どちらでの考え方でもいいのですが反転・不変の結論が互いに入れ替わるため操作$T$により基底が入れ替わるかは選び決めておきましょう。簡単のためこの観察では操作$T$により基底は変えず、座標ベクトルは常に基底$\mathcal{E}_+$から取ります。
座標ベクトルと同じように円の面積ベクトルが反転操作でどうなるか見ていきます。
$U$内の$xy$平面上に半径$1$の円周$S^1$を描きます。円周には原点が左側になるよう向きを考えます。円の面積ベクトルをると次のようになります。
この図形に対して、操作$T$を加えます。
$$
P = (x,y,0) \in S^1 \mapsto TP = (-x, -y, 0)
$$
一方、$P \in S^1$より
\begin{eqnarray}
(-x)^2 + (-y)^2 + 0^2 &=& x^2 + y^2 \\
&=& 1
\end{eqnarray}
です。ゆえに$TP \in S^1$です。続いて円周の向きの変化を確認します。原点を左側とするのが円周の向きです。これは$R:[0, 2\pi] \rightarrow S^1; t \mapsto (\cos t, \sin t, 0)$と表せます。これに反転操作を加えると
\begin{eqnarray} TR(t) &=& (-\cos t, -\sin t ,0) \\ &=& (\ cos (t+\pi), \sin (t+\pi)), 0) \end{eqnarray}
この式から反転操作は円周を描く開始地点を変えるが円周の向きは変更していないことが観られます。また、この表示から反転操作による$S^1$の像は$S^1$に一致することが分かり、反転操作は面積も変えないことが確認できます。つまり、円の面積ベクトルは反転操作$T$で不変です。
これも基底の変換を考慮に入れた場合には結論が逆になります。座標ベクトルで考えても円周の向きは変更されませんが、基底$\mathcal{E}_-$においては$e_1^-, e_2^-$と右ネジの関係にあるのはz軸の負の方向のため、円の面積ベクトルの方向は座標軸($e_1^-, e_2^-$)とは左ネジの関係になります。
座標ベクトルと円の面積ベクトルの方向が反転操作に対してどう振舞うかをまとめると次の表のようになります。
ベクトル\基底の変換 | しない | する |
---|---|---|
座標ベクトル | 反転 | 不変 |
円の面積ベクトル | 不変 | 反転 |
このように、操作に対して基底の変換までするか、しないかで結論が逆になります。ご注意ください。ちなみにベクトルの大きさは反転操作で常に不変です。
ただし、反転操作は基底の変化を考慮しません。座標ベクトルの取り方(基底)は常に一定とします。基底の変化を考慮すると定義が逆になります。
ベクトル空間$\mathbb{R}^3_+, \mathbb{R}^3_-$を考えます。$P \in U$に対してそれぞれの基底により得られる座標ベクトル$\overrightarrow{OP}$は極性ベクトルです。
$\mathbb{R}^3_+$上で考えます。二つの縦ベクトル $\boldsymbol{a} ,\boldsymbol{b} $に対して外積ベクトル
$$
\boldsymbol{a} \times \boldsymbol{b}
$$
は軸性ベクトルです。
$U$上の平面を考え、区分的になめらかで自己交叉のない$S^1$のこの平面への埋め込みを考えます。$S^1$の向きは内側を左側になるようにします。このとき平面に垂直、右ネジと整合する向きを方向、大きさを面積とするベクトルは軸性ベクトルとなります。
3次元空間における曲面上の関数に対して、積分やリーマン和を考えている時に微小量$dS$と書き横に図で小さい図形が書いてあるシーンがあります。これは$dS$は面積ベクトル(的なもの)とみると考えやすいでしょう。実際、面積分を考えるときにとるリーマン和は曲面を分割し、分割のうちの最大面積を$0$とする分割の極限を考えます。この時考える分割でその形は重要ではなく、
の2点です。これはまさに面積ベクトル的な考え方になります。
「的」といっているのは積分内に登場する$dS$の面積の大きさは「無限に小さい」と形容するような気持ちであり、前述のような$S^1$の埋め込みがある訳ではないため濁しています。
結局のところは$dS$というのは「非常に小さい領域に対して「符号付きの面積」を与えるようなもの」と考えられます。これは接平面というベクトル空間上の実数値関数で交代性と多重線形性を持っているものを考えていることにあたり、確かに微分形式だと言えるかと思います。
$dS$をきちんと定義する話は多様体や微分形式の書籍にゆずり、この話は面積ベクトルというものを観察してみた話でした。