この記事は、「『有理数の稠密性』と呼ばれる主張と『実数の集合において有理数の集合が(位相空間論の意味で)稠密である』という主張が同値な命題であることを述べるもの」です。
内容のレベルは大学数学で、ジャンルは実数論・位相空間論です。
数学科の $1$ 年生は、解析学の講義の序盤に「実数の稠密性」と呼ばれる命題を学びます。
これは「勝手な相異なる $2$ つの実数の間には、必ずある有理数が存在する」ことを述べるもので、大変有用です。
さらに年次が進むと、集合と位相の講義で「位相空間」と呼ばれる概念を学びます。
講義の中では、位相空間の部分集合に関する多くの性質が定義されます。それらを詳しく調べることで、元の位相空間に関する洞察を得ていくことができます。
それら部分集合に関する性質の中に「稠密性」と呼ばれるものがあります。
これは、「その部分集合の閉包をとると、元の位相空間の台集合に一致する」ものとして定義されます。
ここで、かつて解析学で学んだ「有理数の稠密性」が頭をよぎります。この「部分集合の稠密性」は「有理数の稠密性」とどういう関係にあるのでしょうか?
以下では、この疑問について考えていきます。
まず、前提知識を揃えておきます。
最初に、「有理数の稠密性」と呼ばれる主張を述べます。
勝手な実数 $s, \ t$ について、$s < t$ ならば、有理数 $r$ で $s < r < t$ を満たすものが存在する。
今回この命題の証明は省略します。
次に、位相空間やその部分集合の稠密性周辺の概念の定義・命題の紹介をします。
$X$ を集合とする。$\mathcal{O}$ を $X$ の部分集合族とする。
$\mathcal{O}$ が $X$ の開集合系であるとは、次の $3$ 条件を満たすときをいう。
開集合系の要素のことを開集合と呼ぶ。
位相空間とは、ある集合とその上の開集合系の組のことをいう。位相空間 $(X, \mathcal{O})$ のことを単に $X$ と表すことがある。
$(X, \mathcal{O})$ を位相空間とする。そして、$x$ を $X$ の点、$U$ を $X$ の開集合とする。
$U$ が $x$ を含むとき、$U$ は $x$ の開近傍であるという。
$(X, \mathcal{O})$ を位相空間とする。$x$ を $X$ の点、 $A$ を $X$ の部分集合とする。
$x$ が $A$ の触点であるとは、勝手な $x$ の開近傍 $U$ に対して、$U \cap A \neq \emptyset$ が成り立つ時をいう。
$X$ における $A$ の触点の全体を $A$ の閉包と呼び、$\bar{A}$ で表す。
ここで細かい注意を一つ事実として述べておきます。
開集合と対をなす概念として「閉集合」というものがあります。
閉包について、「集合 $A$ の閉包は、$A$ を含む(包含の意味で)最小の閉集合である」という事実が成り立ちます。
$(X, \mathcal{O})$ を位相空間とする。 $A$ を $X$ の部分集合とする。
$A$ が $X$ において稠密であるとは、$\bar{A} = X$ が成り立つときをいう。
部分集合の稠密性の定義を述べました。
閉包についてある程度の知識があることを前提に、ある位相空間において稠密である・ない部分集合の例を挙げておきます。
実数の集合 $\mathbb{R}$ に自然な位相を入れる(わからない場合は後の「レベルを揃える」の章の命題 $2$ を参照。ここでは結果だけを簡単に扱う)。
そして、$\mathbb{R}$ における、中心 $0$ 、半径 $1$ の閉球を $C$ で表す。区間の表記を用いれば $C = [-1, 1]$ である。$C$ に $\mathbb{R}$ からの誘導位相を入れる。
$C$ において、部分集合 $(-1, 1)$ と $\{0\}$ を考える。
$(-1, 1)$ は閉包をとると $\overline{(-1, 1)} = [-1, 1] = C$ となる。よって、$(-1, 1)$ は $C$ において稠密である。
一方、$\{0\}$ は閉包をとると $\overline{\{0\}} = \{0\} \neq C$ となる。よって、$\{0\}$ は $C$ において稠密ではない。
稠密である・ないというのは、全体となる集合やその上の開集合の取り方に依存して決まることに注意しておきます。
例えば、上で稠密である部分集合の例として提示した $(-1, 1)$ は $\mathbb{R}$ において稠密ではありません。
また、仮に全体の集合が $C$ のままであっても、その上に入っている位相によっては稠密性が成り立つ部分集合が変わってきます。
例えば、設定した位相が離散位相であれば $\overline{(-1, 1)} = (-1, 1) \neq C$ であり、稠密でなくなってしまいます。このことは、先の閉包の定義直後の注意を用いれば、「離散位相の下では、すべての集合が閉集合となるので、自分自身以外に稠密な部分集合が存在しえない」と説明できます。
また、$C$ に密着位相を入れれば、今度は先ほどまで稠密でなかった一点集合 $\{0\}$ が稠密となります。こちらについては、「密着位相の下では、非空閉集合が全体しかないので、空でない部分集合すべてが稠密となる」と説明できます。
さて、必要な知識が揃ったので、改めて当初の疑問を考えていきます。
位相空間における「部分集合の稠密性」という性質は、実数論で述べられた「有理数の稠密性」とどのような関係があるのか?
「関係があるのか」では数学の問題として扱いづらいです。どうにかある命題の形に落とし込んで、「その命題は真であるのか」を問う形式に帰着したいと考えます。
しかし一方で、こう書いてみると元の問題は、2対象の関連性を問うにしては抽象度があっていないことにも気づきます。
「部分集合の稠密性」は位相空間とその部分集合一般に関する性質です。そして、「有理数の稠密性」は実数とその一要素である有理数に関する命題です。
「部分集合『一般』に関する性質」と「実数と有理数という『特定』の対象に関する命題」を比較しています。抽象的の度合いが合っていません。このせいで、関連性が見えづらく、検討可能な命題に帰着しづらくなっています。そこで、「部分集合の稠密性」を「実数と有理数の何らかの関係」と関連性が見いだせるくらいに具体化することを試みます。
実数全体のなす集合 $\mathbb{R}$ は、その上に定まる自然な距離によって、位相空間となるのでした。これに関連する詳細を思い出しておきます。
実数 $x$ の絶対値を $|x|$ で表す。
写像 $d: \mathbb{R} \times \mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R}: (x,\ y) \ \mapsto |x - y|$ を実数上に定まる自然な距離という。
実数 $a$ と正数 $\epsilon$ について、「$a$ の $\epsilon$ 近傍」と呼ばれる $\mathbb{R}$ の部分集合 $U(a ; \epsilon)$ を次のように定義する。:
$$U(a ; \epsilon) := \{x \in \mathbb{R} \mid d(x, a) < \epsilon \}$$
$a$ の $\epsilon$ 近傍とは、「点 $a$ との距離が $\epsilon$ 未満であるような点の集合」です。また、$\epsilon$ 近傍の条件式「$d(x, a) < \epsilon$」はもちろん「$a - \epsilon < x < a + \epsilon$」とも書けます。
実数の部分集合 $O \subseteq \mathbb{R}$ について、$O$ が($\mathbb{R}$ 上の)開集合であるとは、勝手な自身の点 $x$ について、$x$ の適当な $\epsilon$ 近傍が $O$ に部分集合として含まれているときを言う。
この上で、$\mathbb{R}$ の開集合全体がなす族を $\mathcal{O}$ と書く。すると、$\mathcal{O}$ は $\mathbb{R}$ の開集合系をなす。
このようにして $\mathbb{R}$ に定まる位相を、($\mathbb{R}$ に定まる)自然な位相という。
細かい注意として、上記の「開集合である」ことの定義において、$O$ が空である場合も問題なく「開集合である」と判定されることに注意しておきます。この点は、条件を数式で表現すると明確です。
この条件は $x \in O \Rightarrow \exists_{\epsilon > 0} ; U(x; \epsilon) \subseteq O$ と書けるのですが、$O$ が空なら仮定は偽であり、条件文全体としては真です。
また、点 $x$ の勝手な $\epsilon$ 近傍はそれ自身開集合の一つです。もちろん $x$ の開近傍であるとも言えます。
実際このことは次のようにしてわかります。
$x$ の $\epsilon$ 近傍 $U(x; \epsilon)$ の点 $a$ を任意にとります。このとき、適当な正数 $\delta$ について $U(a; \delta) \subseteq U(x; \epsilon)$ を示せば良いのですが、$\delta := \epsilon - d(a, x)$ が条件を満たしています。
さて、ここまでのことを思い出せば、「有理数の稠密性の類似として、『部分集合の稠密性の具体化』をどう設定すればよいか」という問いには、次のように答えを出せます。
実数の集合を、自然な位相によって位相空間とみなしたものを $(\mathbb{R},\ \mathcal{O})$ と表す。
このとき、$\mathbb{Q} \subseteq \mathbb{R}$ は $\mathbb{R}$ において稠密である。
そして、この節の冒頭にあげた問い「位相空間における「部分集合の稠密性」という性質は、実数論で述べられた「有理数の稠密性」とどのような関係があるのか?」は、次の命題へ帰着されます。
有理数の稠密性は、「$\mathbb{Q} \subseteq \mathbb{R}$ は $\mathbb{R}$ において稠密である」という主張と同値である。
これが、結局のところ本当に考えたかったことなのでした。
仮にこれが真であれば、「位相空間論における稠密性は、有理数の稠密性を拡張したものだ」という知見が得られます。また、仮にこれが偽であれば、「位相空間論における稠密性は、有理数の稠密性のどの部分につながっているのか?」という疑問につながります。あるいは、最終的に「位相空間における稠密性と有理数の稠密性は名前だけ同じでなんの関係もない」ということがわかるかもしれません。
実際には、ここで掲げた命題は真です。次の章で、その証明を与えます。
先の命題の証明をします。
まずは、証明のサポートとなる命題を一つ用意しておきます。
$\mathbb{R}$ を自然な位相によって位相空間とみなす。$A$ を $\mathbb{R}$ の部分集合とする。
このとき、$\mathbb{R}$ の点 $x$ について次が成り立つ。:
$$x \in \bar{A}\ \ (\text{即ち、$x$ が $A$ の触点}) \Leftrightarrow \text{勝手な $\epsilon > 0$ について、}\ \ U(x ; \epsilon) \cap A \neq \emptyset$$
即ち、触点の定義において「勝手な $x$ の開近傍と $A$ の交わりが空でない」という条件を、「勝手な $x$ の$\epsilon$ 近傍と $A$ の交わりが空でない」という条件に置き換えてよい。
「$\text{勝手な $x$ の開近傍 $O_{x}$ について、}\ \ O_{x} \cap A \neq \emptyset \Leftrightarrow \text{勝手な $\epsilon > 0$ について、}\ \ U(x ; \epsilon) \cap A \neq \emptyset$」を示す。
$(\Rightarrow)$ は明らかである($\epsilon$ 近傍は開近傍の一種だった)。よって $(\Leftarrow)$ を示す。
勝手な $x$ の開近傍 $O_{x}$ をとる。これは開集合なので、適当な $x$ の $\epsilon$ 近傍 $U(x ; \epsilon)$ を部分集合として含む。
仮定から、$U(x ; \epsilon) \cap A$ に何らかの元があるが、これは $O_{x} \cap A$ の元でもある。即ち、$O_{x} \cap A \neq \emptyset$ である。
さて、準備が整いました。本題である命題 $4$ の証明を行います。
「有理数の稠密性 $\Leftrightarrow \ \bar{\mathbb{Q}} = \mathbb{R}$」を証明する。
始めに、命題 $\bar{\mathbb{Q}} = \mathbb{R}$ を同値変形で扱いやすい形に変形していく。
$\begin{align} \bar{\mathbb{Q}} = \mathbb{R} &\Leftrightarrow \mathbb{R} \subseteq \bar{\mathbb{Q}} \\ &\Leftrightarrow \forall_{x \in \mathbb{R}}, \ x \in\bar{\mathbb{Q}} \\ &\Leftrightarrow \forall_{x \in \mathbb{R}},\ \forall_{\epsilon > 0}, \ U(x ; \epsilon) \cap \mathbb{Q} \neq \emptyset\\ &\Leftrightarrow \forall_{x \in \mathbb{R}, \ \ \epsilon > 0},\ \exists_{r \in \mathbb{Q}};\ r \in U(x ; \epsilon) \\ &\Leftrightarrow \forall_{x \in \mathbb{R}, \ \ \epsilon > 0},\ \exists_{r \in \mathbb{Q}};\ x - \epsilon < r < x + \epsilon \\ \end{align}$
ただし、$3$ つめの同値変形には命題 $5$ を用いた。
ここまでの同値変形から、もともとの検討内容であった命題「有理数の稠密性 $\Leftrightarrow \ \bar{\mathbb{Q}} = \mathbb{R}$」は、次に帰着できる。
\begin{gather} \text{勝手な実数 $s < t$ に対し、適当な有理数 $r$ が存在して、} s < r < t \\ \Leftrightarrow \text{勝手な実数 $x$ 及び $\epsilon > 0$ に対し、適当な有理数 $r$ が存在して、} x - \epsilon < r < x + \epsilon \end{gather}
$(\Rightarrow)$ $s := x - \epsilon, \ t := x + \epsilon$ と置けばよい。
$(\Leftarrow)$ $x := (t + s) / 2, \ \epsilon := (t - s) / 2$ と置けばよい。$s < t$ より $\epsilon > 0$ である。また、$x - \epsilon = s, \ x + \epsilon = t$ であるから、$x - \epsilon < r < x + \epsilon$ であることもわかる。
無事に当初の疑問を命題として記述し、それを証明することができました。
この記事は、冒頭に記述した「かつての自分の疑問」をある時思い出したことから始まりました。改めて取り組んでみると、現在の自分はこれに苦も無く回答を出すことができました。
当時の自分ではなぜ解決できなかったのだろうかと考えてみたのですが、結局のところ上記「抽象度を揃える」で記載した内容がよくわかっていなかったのだろうと思い至りました。
数学の中で生じた疑問はどういうものであれ、何らかの命題に落とし込まないと詳細な検討ができません。そのためには、自分が考えたいものに対する考察が必要です。当時の自分はこの力、より詳しくは「有理数の稠密性と同じくらいに位相空間の稠密性を具体化する力」が足りていなかったのでした。
いい機会なのでこの気づきを記事にすることにしました。かつての自分が今の自分に質問しに来たとして、このどのように回答するだろうかということを考えました。
稠密性や位相空間に関する知識を一通りさらった後、位相空間の稠密性の具体化をきっと図るのでしょう。その上で命題の形に冒頭の疑問を帰着させ、その証明を考えさせると思います。
ふわっとした疑問を具体的な命題に落とすには具体化・抽象化の行き来が必要です。当時の自分にはこれを伝えたいと思います。
もちろん当時の自分は今はもういません。それにしても、同じように疑問を持った誰かの役に立つことがあるかもしれないなと思っています。
誤字・脱字・誤り・コメントのある方はぜひお寄せください。
(2023.12.8)コメント欄にてハッピーターンさんに「勝手な点の $\epsilon$ 近傍が開集合となる」主張の説明に誤りがあることをご指摘いただきました。どうもありがとうございました。