前回は 表現論から見る微分作用素 と題して,外微分や余微分を表現論的な言葉で説明しました.今回は同じようなことをキリングベクトル場でやってみたいと思います.
キリングベクトル場はリーマン多様体$(M,g)$上に定義されるベクトル場で,計量$g$の対称性を表すようなものです.
リーマン多様体$(M,g)$上のベクトル場$V \in \mathfrak{X}(M)$がキリングベクトル場であるとは$\mathcal{L}_V g = 0$を満たすことをいう.ここで$\mathcal{L}$はリー微分を表す.
つまり計量$g$を$V$方向に動かしても変わらないとき,$V$をキリングベクトル場というわけです.また,キリングベクトル場全体はカッコ積で閉じていてリー代数になります.このリー代数は,$(M,g)$の等長変換群のリー代数になっています.
この方程式はリー微分を用いて書かれていますが,Levi-Civita接続$\nabla$を用いて書き直すことができます.実際,任意のベクトル場$X,Y \in \mathfrak{X}(M)$に対して
$$
\begin{align*}
(\mathcal{L}_V g)(X,Y) &= V(g(X,Y)) - g(\mathcal{L}_V X, Y) - g(X, \mathcal{L}_V Y)\\
&= V(g(X,Y)) - g([V,X], Y) - g(X, [V,Y])\\
&= g(\nabla_V X,Y) + g(X,\nabla_V Y) - g([V,X], Y) - g(X, [V,Y])\\
&= g(\nabla_V X - [V,X],Y) + g(X,\nabla_V Y - [V,Y])\\
&= g(\nabla_X V,Y) + g(X,\nabla_Y V)
\end{align*}
$$
です.したがって次が成り立ちます.
$V \in \mathfrak{X}(M)$をリーマン多様体$(M,g)$上のベクトル場とする.$V$がキリングベクトル場であるための必要十分条件は,任意のベクトル場$X,Y \in \mathfrak{X}(M)$に対して$g(\nabla_X V,Y) + g(X,\nabla_Y V) = 0$が成り立つことである.
$\SO(n)$の表現として自然表現$\R^n$とその双対表現$(\R^n)^{\ast}$は,標準内積による同型で同値な表現になります.そこで$\R^n$と$(\R^n)^{\ast}$は区別しないことにします.
さて今回も表現を分解します.今回は$\SO(n)$の自然表現の2階テンソル積表現$\R^n \otimes \R^n$です.この既約分解はとても簡単です.まずすぐにわかることとして対称・反対称の部分に分けることができます:
$$
\R^n \otimes \R^n = \Sym^2\R^n \oplus \bw{2}\R^n.
$$
反対称部分はこれで既約になっています.一方で対称部分はまだ分解できて,トレース部分とトレースレス部分に分けることができます.ここで$S \in \Sym^2\R^n$に対して,トレースは
$$
\tr(S) = \sum_{i=1}^n S(e_i, e_i)
$$
で計算できます.トレースレス部分を$\Sym^2_0\R^n = \{S \in \Sym^2\R^n \mid \tr{S}=0\}$と書くことにします.トレース部分は自明表現$\R$と同じなので結局
$$
\R^n \otimes \R^n = \Sym^2_0\R^n \oplus \R \oplus \bw{2}\R^n
$$
と分解できました.これは既約分解になっています.それぞれへの射影を
$$
\begin{align*}
&\Pi_1 \colon \R^n \otimes \R^n \to \Sym^2_0\R^n\\
&\Pi_2 \colon \R^n \otimes \R^n \to \R\\
&\Pi_3 \colon \R^n \otimes \R^n \to \bw{2}\R^n
\end{align*}
$$
としましょう.
$(M^n,g)$を向き付けられたリーマン多様体とし,$P_{\SO}M \to M$を正規直交フレーム束(主$\SO(n)$-束)とします.$M$上のベクトル場というのは接束$TM$の切断でした.接束は同伴ベクトル束として
$$
TM \cong P_{\SO}M \times_{\SO(n)} \R^n
$$
と実現できます.
Levi-Civita接続$\nabla$は
$$
\nabla \colon \Gamma\left(TM\right) \to \Gamma\left(T^{\ast}M \otimes TM\right)
$$
という写像と思えます.行き先の方のベクトル束は,これまでの議論から
$$
\begin{align*}
T^{\ast}M \otimes TM &\cong P_{\SO}M \times_{\SO(n)} (\R^n \otimes \R^n)\\
&\cong P_{\SO}M \times_{\SO(n)} (\Sym^2_0\R^n \oplus \R \oplus \bw{2}\R^n)\\
& \cong \Sym^2_0 TM \oplus \underline{\R} \oplus \bw{2}TM
\end{align*}
$$
という形にベクトル束として分解できることがわかります.ここで$\underline{\R}$はランク1の自明束です.
さて,ベクトル場$V$に対して$\nabla V$を各成分に射影したとき$\Pi_1(\nabla V) = 0,\, \Pi_2(\nabla V) = 0$となったとしましょう.これはつまり$\nabla V$の1番目と2番目の成分がないということなので$\nabla V \in \Gamma\left(\bw{2}TM\right)$ということです.言い換えると,任意のベクトル場$X,Y$に対して
$$
\begin{align*}
0 = (\nabla V)(X,Y) + (\nabla V)(Y,X) = g(\nabla_X V, Y) + g(\nabla_Y V, X)
\end{align*}
$$
です.これは$V$がキリングベクトル場であることを意味しています.逆に$V$がキリングベクトル場なら,この議論を逆に辿ることで$\Pi_1(\nabla V) = 0,\, \Pi_2(\nabla V) = 0$となることがわかります.したがって次の結論が得られました.
$V \in \mathfrak{X}(M)$をリーマン多様体$(M,g)$上のベクトル場とする.$V$がキリングベクトル場であるための必要十分条件は,$\Pi_1(\nabla V) = 0,\, \Pi_2(\nabla V) = 0$が成り立つことである.
この特徴付けは,一般のトレースレスキリングテンソル場に対しても全く同じことが成り立ちます.