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現代数学解説
文献あり

多重ゼータ値のインデックスに対応する微分と微分関係式

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前置き

今回の目標は多重ゼータ値のインデックスに「微分」を定義し、そこから多重ゼータ値の関係式を導出することです。

この記事では多重ゼータ値を左向き、つまり

ζ(k1,kr):=0<mr<<m11m1k1mrkr

とします。

そしてインデックスの微分を定義します。

インデックスの微分

k=(k1,,kr) をインデックスとし、Inを重さがn のインデックスのQ上の線形結合からなる集合とする。線形写像 d:InIn+1 を次で定義する:

dk:=i=1rki(k1,,ki+1,,kr)

たとえば d(2,1)=2(3,1)+(2,2) です。

このとき次の定理が成立します:

微分関係式

kを許容インデックス、kkの双対インデックス、を調和積とする。次が成り立つ:

ζ(((1)k(1,k)))=ζ(dk).

この定理を示すのが今回の目標です。

さっそくいきましょう。

多重ゼータ値の級数展開

まずは関数や記法を定義していきます。

差分作用素

差分作用素 Δs を次で定義する:

Δs(f(s))=f(s+1)f(s).

多重調和和

3つの多重調和和を次で定義する:

ζs(k1,kr):=0<mr<<m1s1m1k1mrkr,

ζ>s(k1,kr):=s<mr<<m11m1k1mrkr,

ζ=s(k1,kr):=0<mr<<m1=s1m1k1mrkr.

除去インデックス

k=(k1,,kr) とする。除去インデックスを次で定義する:

k[i]:=(k1,,ki),

k[i]:=(ki+1,,kr).

多重ゼータ値の級数

Γをガンマ関数とする。許容インデックス k=(k1,,kr) 及びsZ<0に対して次が成立する:

ζ(k)ζs(k)=j=0i=1rAi,jζs(k[i])j+k11Γ(s+1)Γ(s+j+k1).
ここで、Ai,jxについての次の恒等式を帰納的に満たす:
j=0Ai+1,jΓ(x+1)Γ(x+j+k1+1)=j=0Ai,j(j+k11)(x+1)ki+11Γ(x+1)Γ(x+j+k1+1)(1im1),A1,j=(j+k12)!ζj+k12({1}k12).

s で両辺は等しい。あとは両辺の差分作用素が等しいことを証明すればよい。

左辺の差分は

Δs(ζ(k)ζs(k))=mr=1smr1=mr+1sm2=m3+1s(m1=m2+1s+1m1=m2+1s)1m1k1mrkr=ζs(k[1])(s+1)k1.

右辺はζs(k)の差分を使って計算を進めると、

Δs(j=0i=1rAi,jζs(k[i])j+k11Γ(s+1)Γ(s+j+k1))=j=0ζs(k[1])(j+k12)!ζj+k12({1}k12)Γ(s+1)Γ(s+j+k1+1)j=0i=2r(Ai,jAi1,j(j+k11)(s+1)ki1)ζs(k[i])Γ(s+1)Γ(s+j+k1+1)=ζs(k[1])(s+1)k1j=0i=2r(Ai,jAi1,j(j+k11)(s+1)ki1)ζs(k[i])Γ(s+1)Γ(s+j+k1+1).

ここでAi,jの漸化式の仮定より、x=sとすれば第2項は0になる。

次が成立:
j=0Ai,jj+k11Γ(s+1)Γ(s+j+k1)=ζ>s(k[i]).

両辺に差分作用素を適用する。左辺は
Δs(j=0Ai+1,jj+k11Γ(s+1)Γ(s+j+k1))=j=0Ai+1,jΓ(s+1)Γ(s+j+k1+1)=1(s+1)ki+1j=0Ai,j(j+k11)Γ(s+2)Γ(s+j+k1+1)であり、右辺は
Δs(ζ>s(k[i+1]))=1(s+1)ki+1ζ>s+1(k[i]).
よく見ると同じ漸化式を満たしていることがわかる。

i=1のときは簡単に確認できて、s で両辺は0に収束するから証明は終了する。

sZ<0で次が成立する:
ζ(k)=i=0rζ>s(k[i])ζs(k[i]).

展開係数の明示公式

ここでこの証明の一番の要である定理を示します。教えてくださったたけのこ赤軍さんに感謝します。

展開係数の明示公式

定理2のAi,jについて次が成り立つ:
Ai,j=(j+k12)!(j+k11)((k[i]))12ζj+k12(((k[i]))[1]).

ここで k=(k1,,kr) がインデックスであるとき、ki はスカラーであり ki=ki とする。
はインデックスの双対を表す。

i=1のとき成立することは (k1)=(2,{1}k12) であることから従う。

示したい等号の右辺を

Bi,j:=(j+k12)!(j+k11)((k[i]))12ζj+k12(((k[i]))[1])

と書き、1im1に対して

Li(x)=j=0Bi+1,jΓ(x+1)Γ(x+j+k1+1),

Ri(x)=j=0Bi,j(j+k11)(x+1)ki+11Γ(x+1)Γ(x+j+k1+1)

と定める。

Ai,jの定義より、すべての1im1Li(x)=Ri(x)を示すのが目標である。

このとき Bi,j=(j+k11)!ζ=j+k11(((k[i]))) と書ける。
ここで(k1,,kr):=(k11,k2,,kr)とした。

実際

ζ=N(k)=Δs(ζs(k))|s=N1=ζN1(k[1])Nk1

であるからBi,j=(j+k11)!ζ=j+k11(((k[i])))がわかる。

l:=(k[i])=(l1,,lq) としてRi(x)を計算し

Ri(x)=j=0(0<nq<<n1=j+k11(j+k11)!n1l11n2l2nqlq)1(j+k11)(x+1)ki+11Γ(x+1)Γ(x+j+k1+1)=0<nq<<n1n1!n1l1n2l2nqlq1(x+1)ki+11Γ(x+1)Γ(x+n1+2).

2行目の等号でj+k11=n1を使いシグマを交換した。

一方で双対インデックスの定義より、

(k[i+1])={(1+l1,l2,,lq)ifki+1=1(2,{1}ki+12,l1,,lq)ifki+12

なので場合分けして考える。

ki+1=1のときは再びシグマを交換し、

Li(x)=j=0(0<nq<<n1=j+k11(j+k11)!n11+l11n2l2nqlq)Γ(x+1)Γ(x+j+k1+1)=0<nq<<n1n1!n1l1n2l2nqlqΓ(x+1)Γ(x+n1+2)

より Li(x)=Ri(x)が言える。

ki+12のときはl:=ki+11とおくと、

Li(x)=j=0(0<nq<<n1<ml<<m1=j+k11(j+k11)!m121m2ml1n11+l11n2l2nqlq)Γ(x+1)Γ(x+j+k1+1)=0<nq<<n1<ml<<m1m1!m1ml1n1l1nqlqΓ(x+1)Γ(x+m1+2).

Ri(x)の式と見比べると、正整数l,n1に対して

n1<ml<<m1m1!m1mlΓ(x+1)Γ(x+m1+2)=n1!(x+1)lΓ(x+1)Γ(x+n1+2)

を示せば証明は完了する。

ここで、固定されたm0に対して

m0<mm!m1Γ(x+m+2)=m0<m1x+1((m1)!Γ(x+m+1)m!Γ(x+m+2))=1x+1m0!Γ(x+m0+2)

である。これをl回適用し

n1<ml<<m2<m1m1!m1mlΓ(x+1)Γ(x+m1+2)=n1<ml<<m21x+1m2!m2mlΓ(x+1)Γ(x+m2+1)==n1!(x+1)lΓ(x+1)Γ(x+n1+2).

級数の微分

定理3に定理4の式を代入すると次の展開公式が得られます。

MZV展開公式

次が成り立つ:

ζ>s(k)=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k11Γ(s+1)Γ(s+j+k1).

kを許容インデックスとする。次が成り立つ:

ζ(k)=ζ(k).

定理5は次のように書き換えられる:

ζ>s(k)=j=0(j+k11)!ΔN(ζN(k))|N=j+k12Γ(s+1)Γ(s+j+k1).

両辺s=0とすれば差分作用素の性質よりζ(k)=ζ(k)が得られる。

多重調和和の微分係数(1)

次が成り立つ:

ddsζ>s(k)|s=0=ζ(((1)k(1,k))).

ddsζ>s(k)|s=0=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k11ddsΓ(s+1)Γ(s+j+k1)|s=0=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k11Γ(s+1)Γ(s+j+k1)(ζs(1)ζs+j+k11(1))|s=0=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])ζj+k11(1)(j+k11)k111Γ(j+k1)=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k111Γ(j+k1)(ζj+k12(1)+1j+k11)=ζ((k1,(k)[1](1)))+ζ((k1+1,(k)[1])).

ここで、(k)=kおよび多重調和和は調和積に関して準同型であることを使った。

調和積の性質より(k1,(k)[1](1))+(k1+1,(k)[1])=(1)k(1,k) が導かれる。

最後に、この定理の証明で微分関係式の証明は完成します。

多重調和和の微分係数(2)

次が成り立つ:

ddsζ>s(k)|s=0=ζ(dk).

差分作用素と微分作用素が可換であることを使う。

具体的には、

ddsΔs(ζ>s(k))=Δsdds(ζ>s(k)).

ここで次の式を示したい:

ddsζ>s(k)=ζ>s(dk).

k=(k1,,kr)としてrに関する帰納法で示す。

(i) r=1のとき

左辺は

dds(ζ>s(k1))=k1ζ>s(k1+1).

右辺は

ζ>s(dk)=k1ζ>s(k1+1).

よって主張は正しい。

(ii) r=nのとき成立 r=n+1のとき成立 (1n)

s で両辺は等しい。よって次の式を示せばよい:

ddsΔs(ζ>s(k))=Δs(ζ>s(dk)).

仮定より、

ddsΔs(ζ>s(k1,,kn+1))=ddsζ>s+1(k1,,kn)(s+1)kn+1=kn+1(s+1)kn+1ζ>s+1(k1,,kn)1(s+1)kn+1ddsζ>s+1(k1,,kn)=kn+1(s+1)kn+1ζ>s+1(k1,,kn)+1(s+1)kn+1ζ>s+1(d(k1,,kn))=Δs(ζ>s(d(k1,,kn+1))).

以上より主張は正しい。

いま、

ddsζ>s(k)=ζ>s(dk)

より両辺 s=0 とすれば所望の式を得る。

これで微分関係式の証明は終了です:

微分関係式(再掲)

kを許容インデックス、kkの双対インデックス、を調和積とする。次が成り立つ:

ζ(((1)k(1,k)))=ζ(dk).

定理6と定理7から得られる。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

P.S.

この証明のあとに微分関係式の拡張を思いついたので書いてみます。

2つのインデックスの間の微分関係式

定理7の証明の途中で次の式が得られました:

ddsζ>s(k)=ζ>s(dk).

ここでlを新たな許容インデックスとし、ζ>s(k)ζ>s(l)の微分を考えてみると、

dds(ζ>s(k)ζ>s(l))=ddsζ>s(k)ζ>s(l)ζ>s(k)ddsζ>s(l)=ζ>s(dk)ζ>s(l)ζ>s(k)ζ>s(dl)=ζ>s(dkl+kdl).

一方、

dds(ζ>s(k)ζ>s(l))=dds(ζ>s(kl))=ζ>s(d(kl)).

任意のsでこれが成り立つことから、d(kl)=dkl+kdl が言えます。

これは多重ゼータ値間の等式ではなく、純粋なインデックス間の等式です。

s=0のとき、この式のインデックスの微分を微分関係式により取り替えることで次の定理が得られます:

微分関係式(2つのインデックス)

k,lを任意の許容インデックスとする。次が成り立つ:

ζ(d(kl))=ζ((((1)k(1,k)))l+k(((1)l(1,l))))

空インデックスも許容インデックスとし、d=(1)(1,)=0 と定めることによりl=の場合に微分関係式を含むことが分かります。

微分関係式にはもう一つの拡張の仕方があります。

n階微分関係式

次の数を考えてみましょう:

dndsnζ>s(k)|s=0

これも2通りの表示ができそうな気がします。

多重調和和のn階微分係数(2)

dnk:=d(d((dk))) (dn個) とする。1nで次が成り立つ:
(1)ndndsnζ>s(k)|s=0=ζ(dnk).

ddsζ>s(k)=ζ>s(dk)

より、

dndsnζ>s(k)|s=0=dn1dsn1(ζ>s(dk))|s=0==(1)nζ>s(dnk)|s=0=(1)nζ(dnk).

問題は(1)のほうです。煩雑になるのが目に見えてますね。

一般のnに対する関係式を与えるのは難しそうなのでまずはn=2で計算してみます。

多重調和和の2階微分係数(1)

次が成立:

d2ds2ζ>s(k)|s=0=ζ((k1,(k)[1](1)(1)))+ζ((k1,(k)[1](2)))+2ζ((k1+1,(k)[1](1)))+2ζ((k1+2,(k)[1])).

d2ds2ζ>s(k)|s=0=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k11d2ds2Γ(s+1)Γ(s+j+k1)|s=0=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k11Γ(s+1)Γ(s+j+k1)((ζs+j+k11(1)ζs(1))2+(ζs+j+k11(2)ζs(2)))|s=0=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k11(ζj+k11(1)2+ζj+k11(2))1Γ(j+k1)=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k11((ζj+k12(1)+1j+k11)2+ζj+k12(2)+1(j+k11)2)1Γ(j+k1)=j=0(j+k12)!ζj+k12((k)[1])(j+k11)k11(ζj+k12(1)2+2ζj+k12(1)j+k11+ζj+k12(2)+2(j+k11)2)1Γ(j+k1)=ζ((k1,(k)[1](1)(1)))+ζ((k1,(k)[1](2)))+2ζ((k1+1,(k)[1](1)))+2ζ((k1+2,(k)[1])).

よって次の定理が得られます:

n階微分関係式(n=2)

kを許容インデックスとする。次が成り立つ:

ζ(d2k)=ζ((k1,(k)[1](1)(1)))+ζ((k1,(k)[1](2)))+2ζ((k1+1,(k)[1](1)))+2ζ((k1+2,(k)[1])).

試しにk=(2)としてみると、

左辺は

ζ(d2(2))=2ζ(d(3))=6ζ(4).

右辺は (k)[1]=より

ζ((2,(1)(1)))+ζ((2,2))+2ζ((3,1))+2ζ((4))=2ζ(4)+2ζ(2,2)+2ζ(3,1)+2ζ(2,1,1).

よって 2ζ(4)=ζ(2,2)+ζ(3,1)+ζ(2,1,1) が得られました。

これは数値的に正しい式です。

さらに、1階の微分関係式 ζ(dk)=ζ(((1)k(1,k))).

k=d(2)=2(3)を代入すれば、

ζ(d2(2))=6ζ(4)=2ζ(2,2)+2ζ(3,1)+4ζ(2,2,1).

これを先程の結果と比較することでさらなる関係式が得られます。

一般のnを考えることで数多の関係式を得ることができそうですね。

進展があったら報告します。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

参考文献

投稿日:124
更新日:125
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みつき
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数学が好きな大学1年生です。

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  1. 前置き
  2. 多重ゼータ値の級数展開
  3. 展開係数の明示公式
  4. 級数の微分
  5. 2つのインデックスの間の微分関係式
  6. n階微分関係式
  7. 参考文献