サークルのアドカレ企画
で記事を書くことになったので,スピン群の紹介記事を書きます.
自分はスピン幾何を専門として勉強してる修士1年です.スピン幾何を勉強する仲間が増えたら嬉しいです.
スピン群とは特殊直交群の二重被覆群のことです.(詳細は後述)
この記事ではスピン群を具体的に構成し,簡単に性質などを説明することを目標とします.
スピン群を定義するために,まずクリフォード代数について説明します.
この記事読むための最低限の前提知識は代数の基本的な知識です.知識のある人のために途中で少し発展的な話も混じっていますが,その辺は適当に読み飛ばしてもらって大丈夫です.
記法
を標準基底とします.の通常の内積をのようにカッコで表します.の正則な実行列全体がなす群を一般線形群と呼びと表します.また
を直交群と言います.直交群の要素は行列式がになっていますが,そのうち行列式が1のものだけからなる群を特殊直交群と言いと表します.
クリフォード代数
定義
まずクリフォード代数の定義を雑に説明します.代数の知識がある人のためにちゃんとした(厳密な)定義を後で与えます.
ベクトルに対して,それらの積を考えます.この積は内積や外積ではなく,2つのベクトルを形式的に並べているだけです.ただし次のような計算規則を与えます.
この計算規則の意味を理解するために,の場合を考えてみると
のとき,すなわちとなります.一方でのとき,すなわちとなります.
このような積を考えることで作られる要素全部を集めた集合をクリフォード代数といいと表します.クリフォード代数は和とスカラー倍が定義されていてベクトル空間になります.例えば次はの基底になります.
したがってはベクトル空間としては8次元です.一般のでも同じように基底が作れて,は次元のベクトル空間になります.またこれからわかる通り自然にとみなせます.
クリフォード代数のちゃんとした定義
今回の記事ではなんとなく意味がわかれば問題ないのですが,上のような説明だとモヤモヤする人もいると思うのでちゃんとした定義を書いておきます.
を計量ベクトル空間として,でから得られるテンソル代数を表すことにします.そしての部分集合
から生成される両側イデアルをと書くことにします.そしてクリフォード代数を商代数
によって定義します.これによってには自然にベクトル空間の構造が入り,さらにテンソル代数の積から誘導される積がに入ります.この積こそが上で定義した積です.のときをと書きます.
鏡映
クリフォード代数には色々な面白い性質があるのですが,その中でも今回の内容に関連する性質を1つ紹介しておきます.
とし,に直交する超平面(次元部分空間)に関するの鏡映をと表します.
鏡映
線形代数でよく知られていることですが
と表すことができます(知らない人は図を見ながら考えてみてください).実はこれはクリフォード代数を用いるともっと簡潔に表すことができます.
スピン群
定義
まずスピン群の定義を与えます.
スピン群
の元のうち,偶数個の単位ベクトルの積からなるもの全体を次スピン群といいと表す.
はの乗法に関する部分群である.
例えばなのでです.したがってでもあります.がの単位元です.逆元に関しては上の補題1を参考にしてください.
定義だけ見てもよくわからないかもしれないですが,実はこれはの二重被覆になっています.すなわち(局所微分同相な)2:1の全射群準同型が存在します.
二重被覆であること
ではどうやってこの二重被覆を得るかですが,これに上で述べた鏡映の話が関わってきます.に対しては全単射なので線形同型です.すなわちです.さらには反射させているだけなので内積を保ちます:
したがってです.しかしながら鏡映は"向き"を変えてしまうのでです.(直感的には右手と左手は鏡映の関係にあり,重ねることはできないのと同じです.)結局次がわかります.
ということはベクトルを2つ用意すれば
なのでとなります!
そこでを次のように定めます.
スピン群の元はベクトルの偶数個の積で表されていたので,必ずとなります.
本当はがwell-definedかどうか確認する必要がありますが今回はスキップします.
また,とは共にLie群であり,そのように見た場合はは級なのでLie群の準同型にもなっています.
そしてなのでは2:1の写像になっています.つまりに対してというわけです.またが全射であることは次の
Cartan–Dieudonnéの定理
から従います.
Cartan–Dieudonné (カルタン・デュドネ)
よく知られている群との同型
とりあえずスピン群の定義はできたわけですが,これだけだとその正体はいまいち掴めません.実は低次のスピン群はよく知られている群と同型になります.
ここでは次元球面
はそれぞれ次ユニタリ群,次特殊ユニタリ群
は次シンプレクティック群
を表します.シンプレクティック群はあまり馴染みがないかもしれませんが,直交群やユニタリ群と同様に上の四元数エルミート内積を保つもの全体のことです.特には
です.このことからであることは明らかです.
よりイメージを掴みやすくするためにの場合についてもう少し詳しく説明します.
です.なので,これはちゃんと二重被覆になっています.
)です.なので,これだけ見ると二重になってないように思ってしまうかもしれませんがそうではありません.で表したとき,はになります.つまり
です.図で表すと次のような感じになります.
このへんからは図が描けないので,ある程度知識がある方向けの説明になります.ですが,スピン群のカタチを理解するにはこの例を理解するのが一番わかりやすいと思います.
です.一方で(実射影空間)ということが知られています.射影空間の定義を思い出すと,の中心を挟んだ反対側の点どうしを同一視して得られる空間がでした.
(は描けないのででを表しています.)
なので定義からしてはの二重被覆になっているわけです.逆に言えば,の重なっているところを引き剥がしたものがであると思うこともできます.
スピン群の性質
まず重要なのは次の性質です.
- は非連結.
- は連結であるが単連結ではない.
- のときは連結かつ単連結である.
(i)と(ii)は上の例からわかる通りです.(iii)に関してはの場合の具体例から納得できると思います.一般のについては少し難しいのですが,のときの基本群はであるという事実があります.被覆空間の一般論からこれはが単連結な二重被覆を持つことを意味します.
スピン群はコンパクトLie群です.また上の具体例からもわかる通りとは局所的には同じものとみなせます.したがってそのLie代数は自然に同型になります.
ここではの微分です.
の微分はでなく,2倍がつきます.これはのときにであったことを思い出せば納得できると思います.
スピン群の表現
最後におまけで表現について簡単に書いておきます.
Lie群に対して,ベクトル空間とLie群の準同型の組をLie群の表現と言います.の表現はを通すことで自然にの表現になります.すなわちが与えられたとき,
はの表現です.逆は一般には言えません.の表現がもしを満たすならは上の写像として定義できるのでの表現になります.
クリフォード代数の既約表現をに制限するとの表現ができるのですが,この表現は上の条件を満たさないための表現になりません.この特有の表現をスピノール表現と言います.