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現代数学解説
文献あり

スピン群入門の入門

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$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{Cl}[0]{\mathrm{C}l} \newcommand{GL}[0]{\mathrm{GL}} \newcommand{H}[0]{\mathbb{H}} \newcommand{O}[0]{\mathrm{O}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Ref}[0]{\mathrm{Ref}} \newcommand{SO}[0]{\mathrm{SO}} \newcommand{Sp}[0]{\mathrm{Sp}} \newcommand{Spin}[0]{\mathrm{Spin}} \newcommand{SU}[0]{\mathrm{SU}} \newcommand{U}[0]{\mathrm{U}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

サークルのアドカレ企画 で記事を書くことになったので,スピン群の紹介記事を書きます.
自分はスピン幾何を専門として勉強してる修士1年です.スピン幾何を勉強する仲間が増えたら嬉しいです.

スピン群とは特殊直交群$\SO(n)$の二重被覆群のことです.(詳細は後述)
この記事ではスピン群を具体的に構成し,簡単に性質などを説明することを目標とします.
スピン群を定義するために,まずクリフォード代数について説明します.

この記事読むための最低限の前提知識は代数の基本的な知識です.知識のある人のために途中で少し発展的な話も混じっていますが,その辺は適当に読み飛ばしてもらって大丈夫です.

記法

$e_1, \cdots, e_n \in \R^n$を標準基底とします.$\R^n$の通常の内積を$\langle v, w\rangle$のようにカッコで表します.$n\times n$の正則な実行列全体がなす群を一般線形群と呼び$\GL(\R^n)$と表します.また
$$ \O(n) = \{A \in \GL(\R^n) \mid {}^tAA = I\}$$
直交群と言います.直交群の要素は行列式が$\pm 1$になっていますが,そのうち行列式が1のものだけからなる群を特殊直交群と言い$\SO(n)$と表します.
$$\SO(n) = \{A \in \GL(\R^n) \mid {}^tAA = I, \det(A) = 1\}$$

クリフォード代数

定義

まずクリフォード代数の定義を雑に説明します.代数の知識がある人のためにちゃんとした(厳密な)定義を後で与えます.
ベクトル$v,w \in \R^n$に対して,それらの積$vw$を考えます.この積は内積や外積ではなく,2つのベクトルを形式的に並べているだけです.ただし次のような計算規則を与えます.
$$ vw + wv = -2\langle v, w\rangle$$
この計算規則の意味を理解するために,$v=e_i, w=e_j$の場合を考えてみると
$i \neq j$のとき$e_ie_j + e_je_i = 0$,すなわち$e_ie_j = -e_je_i$となります.一方で$i=j$のとき$e_ie_i + e_ie_i = -2$,すなわち$e_ie_i = -1$となります.

$e_ie_j = -e_je_i \quad (i \neq j)$
$e_ie_i = -1 \quad\quad (i=j)$

クリフォード代数の計算1

\begin{eqnarray} (2e_1 &+& 3e_2 - e_3)(e_1 - e_3)\\ \quad&=& 2e_1e_1 + 3e_2e_1 - e_3e_1 - 2e_1e_3 - 3e_2e_3 + e_3e_3\\ \quad&=& -e_1e_2 - e_1e_3 - 3e_2e_3 - 1 \end{eqnarray}

クリフォード代数の計算2

\begin{eqnarray} (e_1&+&e_2)(e_2+e_3)(e_2+e_4)\\ \quad &=& (e_1e_2 + e_1e_3 + e_2e_2 + e_2e_3)(e_2 + e_4)\\ \quad &=& e_1e_2e_2+e_1e_2e_4 + e_1e_3e_2 + e_1e_3e_4 - e_2 - e_4 + e_2e_3e_2 + e_2e_3e_4\\ \quad &=& -e_1 + e_1e_2e_4 - e_1e_2e_3 + e_1e_3e_4 - e_2 -e_4 + e_3 + e_2e_3e_4\\ \quad &=& -e_1 -e_2 +e_3 -e_4 - e_1e_2e_3 + e_1e_2e_4 + e_1e_3e_4 + e_2e_3e_4 \end{eqnarray}

このような積を考えることで作られる要素全部を集めた集合をクリフォード代数といい$\Cl_n$と表します.クリフォード代数は和とスカラー倍が定義されていてベクトル空間になります.例えば次は$\Cl_3$の基底になります.
$$ 1,\, e_1,\, e_2,\, e_3,\, e_1e_2,\, e_1e_3,\, e_2e_3,\, e_1e_2e_3$$
したがって$\Cl_3$はベクトル空間としては8次元です.一般の$n$でも同じように基底が作れて,$\Cl_n$$2^n$次元のベクトル空間になります.またこれからわかる通り自然に$\R^n \subset \Cl_n$とみなせます.

クリフォード代数のちゃんとした定義

今回の記事ではなんとなく意味がわかれば問題ないのですが,上のような説明だとモヤモヤする人もいると思うのでちゃんとした定義を書いておきます.
$V$を計量ベクトル空間として,$T(V)$$V$から得られるテンソル代数を表すことにします.そして$T(V)$の部分集合
$\{v \otimes v + \langle v,v\rangle \in T(V)\mid v \in V\}$
から生成される両側イデアルを$I$と書くことにします.そしてクリフォード代数$\Cl(V)$を商代数
$$\Cl(V) = T(V) / I$$
によって定義します.これによって$\Cl(V)$には自然にベクトル空間の構造が入り,さらにテンソル代数の積から誘導される積が$\Cl(V)$に入ります.この積こそが上で定義した積です.$V=\R^n$のとき$\Cl(V)$$\Cl_n$と書きます.

鏡映

クリフォード代数には色々な面白い性質があるのですが,その中でも今回の内容に関連する性質を1つ紹介しておきます.
$v,a \in \R^n\,\, (a \neq 0)$とし,$a$に直交する超平面($(n-1)$次元部分空間)に関する$v$の鏡映を$\Ref_a(v) \in \R^n$と表します. 鏡映 鏡映
線形代数でよく知られていることですが
$$ \Ref_a(v) = v - 2\frac{\langle v, a\rangle}{\|a\|^2}a$$
と表すことができます(知らない人は図を見ながら考えてみてください).実はこれはクリフォード代数を用いるともっと簡潔に表すことができます.

$a \in \R^n \setminus \{0\}$とする.クリフォード代数の中で次が成り立つ.
$$ a^{-1} = -\frac{a}{\|a\|^2}$$

$$-\frac{a}{\|a\|^2} \cdot a = \frac{\|a\|^2}{\|a\|^2} = 1$$
なので
$$-\frac{a}{\|a\|^2}$$
$a$の逆元である.

鏡映

上の状況で次が成り立つ.
$$\Ref_a(v) = -ava^{-1}$$

\begin{eqnarray} \Ref_a(v) &=& v - 2\frac{\langle v, a\rangle}{\|a\|^2}a\\ &=& v + 2\langle v, a\rangle a^{-1}\\ &=& v - (va + av)a^{-1}\\ &=& v - v - ava^{-1}\\ &=& - ava^{-1} \end{eqnarray}

スピン群

定義

まずスピン群$\Spin(n)$の定義を与えます.

スピン群

$\Cl_n$の元のうち,偶数個の単位ベクトルの積からなるもの全体を$n$次スピン群といい$\Spin(n)$と表す.
$$\Spin(n) = \{a_1a_2 \cdots a_{2m} \in \Cl_n \mid m \in \Z_{\geq 0}, \|a_i\| = 1\}$$
$\Spin(n)$$\Cl_n$の乗法に関する部分群である.

例えば$e_1e_1 = -1$なので$-1 \in \Spin(n)$です.したがって$1 = (-1)(-1) \in \Spin(n)$でもあります.$1$$\Spin(n)$の単位元です.逆元に関しては上の補題1を参考にしてください.

定義だけ見てもよくわからないかもしれないですが,実はこれは$\SO(n)$の二重被覆になっています.すなわち(局所微分同相な)2:1の全射群準同型$\xi \colon \Spin(n) \to \SO(n)$が存在します.

二重被覆であること

ではどうやってこの二重被覆$\xi$を得るかですが,これに上で述べた鏡映の話が関わってきます.$a \in \R^n \setminus\{0\}$に対して$\Ref_a \colon \R^n \to \R^n$は全単射なので線形同型です.すなわち$\Ref_a \in \GL(\R^n)$です.さらに$\Ref_a$は反射させているだけなので内積を保ちます:
$$\langle \Ref_a(v) ,\Ref_a(w)\rangle = \langle v,w\rangle \quad (\forall v,w \in \R^n).$$
したがって$\Ref_a \in \O(n)$です.しかしながら鏡映は"向き"を変えてしまうので$\Ref_a \notin \SO(n)$です.(直感的には右手と左手は鏡映の関係にあり,重ねることはできないのと同じです.)結局次がわかります.

$\det(\Ref_a) = -1$

ということはベクトルを2つ$a_1,a_2 \in \R^n \setminus \{0\}$用意すれば$$ \det(\Ref_{a_1} \circ \Ref_{a_2}) = (-1)^2 = 1$$
なので$$ \Ref_{a_1} \circ \Ref_{a_2} \in \SO(n)$$となります!
そこで$\xi \colon \Spin(n) \to \SO(n)$を次のように定めます.

被覆写像$\Spin(n) \to \SO(n)$

$\xi \colon \Spin(n) \to \SO(n)$$\xi(a_1a_2 \cdots a_{2m}) = \Ref_{a_1} \circ \Ref_{a_2} \circ \cdots \circ \Ref_{a_{2m}}$で定める.これは群準同型である.

スピン群の元はベクトルの偶数個の積で表されていたので,必ず$\xi(a_1a_2 \cdots a_{2m}) \in \SO(n)$となります.

本当は$\xi$がwell-definedかどうか確認する必要がありますが今回はスキップします.
また,$\Spin(n)$$\SO(n)$は共にLie群であり,そのように見た場合は$\xi$$C^\infty$級なのでLie群の準同型にもなっています.

そして$\ker \xi = \{\pm 1\}$なので$\xi$は2:1の写像になっています.つまり$g \in \Spin(n)$に対して$\xi(g) = \xi(-g)$というわけです.また$\xi$が全射であることは次の Cartan–Dieudonnéの定理 から従います.

Cartan–Dieudonné (カルタン・デュドネ)

$\O(n)$の任意の元は$n$個以下の鏡映の合成で表せる.

よく知られている群との同型

とりあえずスピン群の定義はできたわけですが,これだけだとその正体はいまいち掴めません.実は低次のスピン群はよく知られている群と同型になります.

古典群との同型

$\Spin(1) \cong \{\pm 1\}$
$\Spin(2) \cong S^1 \cong \U(1)$
$\Spin(3) \cong S^3 \cong \SU(2) \cong \Sp(1)$
$\Spin(4) \cong \Sp(1) \times \Sp(1)$
$\Spin(5) \cong \Sp(2)$
$\Spin(6) \cong \SU(4)$

ここで$S^n$$n$次元球面
$$ S^n = \{(x_1, \cdots, x_{n+1}) \in \R^{n+1} \mid x_1^2 + \cdots + x_{n+1}^2 = 1\},$$
$\U(n), \SU(n)$はそれぞれ$n$次ユニタリ群,$n$次特殊ユニタリ群
\begin{eqnarray} \U(n) &=& \{A \in \GL(\C^n) \mid {}^t\bar{A}A = I\},\\ \SU(n) &=& \{A \in \GL(\C^n) \mid {}^t\bar{A}A = I, \,\,\det(A) = 1\}, \end{eqnarray}
$\Sp(n)$$n$次シンプレクティック群
$$ \Sp(n) = \{A \in \GL(\H^n) \mid {}^t\bar{A}A = I\},$$
を表します.シンプレクティック群はあまり馴染みがないかもしれませんが,直交群やユニタリ群と同様に$\H^n$上の四元数エルミート内積を保つもの全体のことです.特に$\Sp(1)$
$$ \Sp(1) = \{a+bi+cj+dk \in \H \mid a^2+b^2+c^2+d^2=1\}$$
です.このことから$S^3 \cong \Sp(1)$であることは明らかです.

よりイメージを掴みやすくするために$n=1,2,3$の場合についてもう少し詳しく説明します.

$\Spin(1)$

$\Spin(1) = \{\pm 1\}$です.$\SO(1) = \{1\}$なので,これはちゃんと二重被覆になっています.
!FORMULA[125][823618585][0] $\Spin(1) \to \SO(1)$

$\Spin(2)$

$\Spin(2) \cong S^1 (\cong \U(1)$)です.$\SO(2) \cong S^1$なので,これだけ見ると二重になってないように思ってしまうかもしれませんがそうではありません.$S^1 = \{z \in \C \mid |z| = 1\}$で表したとき,$\xi$$z^2$になります.つまり
$$\xi \colon \Spin(2) \cong S^1 \to S^1 \cong \SO(2), \quad \xi(z) = z^2$$
です.図で表すと次のような感じになります. !FORMULA[133][318060921][0] $\Spin(2) \to \SO(2)$

$\Spin(3)$

このへんからは図が描けないので,ある程度知識がある方向けの説明になります.ですが,スピン群のカタチを理解するにはこの例を理解するのが一番わかりやすいと思います.
$\Spin(3) \cong S^3$です.一方で$\SO(3) \cong \R P^3$(実射影空間)ということが知られています.射影空間の定義を思い出すと,$S^3$の中心を挟んだ反対側の点どうしを同一視して得られる空間が$\R P^3$でした. !FORMULA[139][742240933][0](!FORMULA[140][35811360][0]は描けないので!FORMULA[141][35811329][0]で!FORMULA[142][35811360][0]を表しています.) $\R P^3$($S^3$は描けないので$S^2$$S^3$を表しています.)
なので定義からして$S^3$$\R P^3$の二重被覆になっているわけです.逆に言えば,$\SO(3) (\cong \R P^3)$の重なっているところを引き剥がしたものが$\Spin(3) (\cong S^3)$であると思うこともできます.

スピン群の性質

まず重要なのは次の性質です.

  1. $\Spin(1)$は非連結.
  2. $\Spin(2)$は連結であるが単連結ではない.
  3. $n \geq 3$のとき$\Spin(n)$は連結かつ単連結である.

(i)と(ii)は上の例からわかる通りです.(iii)に関しては$n=3$の場合の具体例から納得できると思います.一般の$n$については少し難しいのですが,$n \geq 3$のとき$\SO(n)$の基本群は$\pi_1(\SO(n)) \cong \Z/2\Z$であるという事実があります.被覆空間の一般論からこれは$\SO(n)$が単連結な二重被覆を持つことを意味します.

スピン群はコンパクトLie群です.また上の具体例からもわかる通り$\Spin(n)$$\SO(n)$は局所的には同じものとみなせます.したがってそのLie代数は自然に同型になります.
\begin{eqnarray} \xi_{\ast} \colon \mathfrak{spin}(n) \cong \mathfrak{so}(n), \quad \xi_{\ast}(e_ie_j) = 2e_i \wedge e_j\\ (\mathrm{ただし}(e_i \wedge e_j)(x) = \langle e_j, x\rangle e_i - \langle e_i, x\rangle e_j) \end{eqnarray}
ここで$\xi_{\ast}$$\xi$の微分です.

$\xi$の微分は$\xi_{\ast}(e_ie_j) = e_i \wedge e_j$でなく,2倍がつきます.これは$n=2$のときに$\xi(z) = z^2$であったことを思い出せば納得できると思います.

スピン群の表現

最後におまけで表現について簡単に書いておきます.
Lie群$G$に対して,ベクトル空間$V$とLie群の準同型$\rho \colon G \to \GL(V)$の組$(V, \rho)$をLie群$G$表現と言います.$\SO(n)$の表現は$\xi$を通すことで自然に$\Spin(n)$の表現になります.すなわち$\rho' \colon \SO(n) \to \GL(V)$が与えられたとき,
$$ \rho := \rho' \circ \xi \colon \Spin(n) \to \GL(V)$$
$\Spin(n)$の表現です.逆は一般には言えません.$\Spin(n)$の表現$\rho \colon \Spin(n) \to \GL(V)$がもし$\rho(g) = \rho(-g) \, (\forall g \in \Spin(n))$を満たすなら$\rho$$\SO(n)$上の写像として定義できるので$\SO(n)$の表現になります.
クリフォード代数の既約表現を$\Spin(n)$に制限すると$\Spin(n)$の表現ができるのですが,この表現は上の条件を満たさないため$\SO(n)$の表現になりません.この$\Spin(n)$特有の表現をスピノール表現と言います.

参考文献

[1]
本間泰史, スピン幾何学 スピノール場の数学
[2]
Jean-Pierre Bourguinon, Oussama Hijiazi, Jean-Louis Milhorat, Andrei Moroianu, Sergiu Moroianu, A Spinorial Approach to Riemannian and Conformal Geometry
投稿日:2023121
更新日:2023121

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なつき
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