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応用数学議論
文献あり

ベルトランの逆説と積分幾何学の紹介

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はじめに

こんにちはこんばんはおじゃめしです. Mathlog Advent Calender に参加してみたいと思ったので,最近興味をもっている話を書いていきます(実に2年以上 Mathlog に何も記事を投稿していないことにびっくりしてしまった).頑張って書いていこうと思いますので,最後までお付き合いいただければ幸いです.

ベルトランの逆説

まず,ベルトランの逆説について取り上げます.

(ベルトランの逆説)

座標平面上に円 $x^2+y^2=1$ があり,これを通るようにランダムに直線を引く.この直線の円内の長さ(弦の長さ)が $\sqrt{3}$ (これは円に内接する正三角形の一辺の大きさに対応)より大きくなる確率を求めよ.

直線がランダムに引かれるわけなのですが,どのようにランダムであることを表現すればいいでしょうか?ぜひ,解答集に目を通す前に,一度考えてみてください.

解答集

以下,座標平面の中心を $O$ とします.

解答1?

弦をなす $2$$P,Q$ が円周上に一様に分布すると考えます.$0 \leq \angle{POQ} \leq \pi$ ですが,条件を満たすためには $P$ をどこに固定した場合でも $2\pi/3 <\angle{POQ} <4\pi/3$ となっている必要があります.したがって,角度の分布が一様だとして,求める確率は $1/3$ です.

解答2?

弦の中点 $M$ が円内に一様に分布しているものとします.条件を満たすためには $M$ が領域 $x^2+y^2 <(1/2)^2$ に含まれていればよく,確率は $1/4$ です.

解答3?

弦の中点 $M$ が線分 $y=0\ (0\leq x \leq 1)$ 上に一様分布しているとします.条件を満たすためには $M$ が線分 $y=0\ (0\leq x < 1/2)$ 上にあればよく,確率は $1/2$ です.

解答4?

$P=(1,0)$ とします.点 $A$ が直線 $x=-1\ (y \geq 0)$ 全体を動くものとし,直線 $PA$ と円の交わりを考えます.$A$$y$ 座標を $2/\sqrt3$ より大きくしてしまえば弦の長さは $0$ に近づくので,求める確率は $0$ です.

とりあえず4つの考えを列挙しました.いずれの考えも間違いを含んでいるようには見えませんが,導出された値は異なってしまいましたね.こんなことがあっていいものなのでしょうか(反語).

理由の考察

とはいえ,こうなってしまったのは当然理由があります.解答 $i$ で仮定したランダムネスと解答 $j$ で仮定したランダムネス $(1\leq i< j\leq 4)$ は両立しないのです.参考文献[3]においては,解答1で仮定したランダムネスと解答2で仮定したランダムネスが一致しないことが述べられていますが,ここでは解答2での仮定のもとで解答3でのランダムネスがならないことを示します.

ランダムネスが一致しないことの具体例

解答2の形でランダムに直線を生成したとします.このとき,すべての直線は,図形を(位置関係を変えないように)必要なだけ回転させることで,その中点を半径 $y=0\ (0\leq x\leq 1)$ 上にもってくることができます.これは解答3の状況にほかなりません.
そこで,累積分布関数 $F(d)$ を「解答3の状況に直したとき $OM\leq d$ となる確率」とします(もちろん $0\leq d \leq 1$ です).$OM\leq d$ となるためには,解答2の仮定の下で直線を生成したとき,$M$ が領域 $x^2+y^2 \leq d^2$ 上にあることが必要十分なので,面積比を考えれば
$$F(d)=\dfrac{\pi d^2}{\pi}=d^2$$
と求められます.したがって,確率密度関数 $f(d)$
$$f(d)=F'(d)=2d$$
です.これはどういうことかというと 解答2の仮定を基準とすると,解答3においては $OM$ の値が大きくなるような直線がより多く引かれてしまっている (つまり,解答3で仮定した「半径上で中点が一様分布」というのがなりたっていない)ということを示唆しています.ランダムネスが両立していないから,両者の答えが一致しなかったのです.

まとめ?

というわけで,ベルトランの逆説は「逆説」などではなく,ランダムが定義されていないことによるものでした(これについてはベルトラン自身も見抜いていたらしいです).逆にこちらがランダムネスについて仮定すれば,相応な結果がただ一つに定まります.みんなもランダムの定義を自由に定めて楽しい数学ライフを送りましょう!!!

ではでは.

......という感じで終わっていては,既存のサイトの説明と何にも変わりません.ここではもう少し踏み込んだ説明をしましょう.先ほど「ランダムの定義を自由に定めて~」という話をしましたが,これは本当に大丈夫なのでしょうか?例えば,以下の画像は,解答1・3の仮定(弦の両端2点が円周上に一様に分布する)をもとに500本の直線をプログラムで引いたものなのですが,図1は本当に一様に引かれた直線なのでしょうか?(pythonの疑似乱数の仕組みについては詳しく知らないため,詭弁になってしまうかもしれませんが,図1は図2と比べて中心部がスカスカしているように見えないでしょうか?)

解答1の仮定をもとに引いた直線 解答1の仮定をもとに引いた直線

解答3の仮定をもとにひいた直線 解答3の仮定をもとにひいた直線

積分幾何学の紹介

いよいよここからは積分幾何学の話です.話したいことは山々ですが,そのほとんどが参考文献[1]の内容とかぶってしまいそうなので,ここでは積分幾何学という存在を紹介する程度の内容をお届けします.ちなみに,参考文献[1]の序章部分の内容が参考文献[4]に記載されているので,興味のある方はこれらを見てみるといいかなぁと思います.

点の集合の測度について

まず,簡単な例を出します.

座標平面上に領域 $D:x^2+y^2 \leq 4$$D':x^2+y^2 \leq 1$ がある.$D$ 内に点をランダムに落とすとき,それが $D'$ に含まれる確率はいくらか?

ほとんどの人は $D,D'$ の面積を求めて比を取り,$1/4$ と答えるはずです(というかさっきも同じ考えが出てきていたはずです).しかし「なんで面積比を考えるの?」と聞かれると返答に窮するはずです.

このような,当たり前にみえることから本質を抜き出そうとしたのが積分幾何学です.積分幾何学では,図形を構成する点の集合の測度(平たくいえば,どのくらい点が集まっているかについての量)に注目します.ためしに,点 $(x,y)$ の測度が $f(x,y)$ とおくことにすると,集合 $X$ の測度は
$$ \int_{X} f(x,y) dxdy $$
となります(集合$X$を構成するすべての点について,その測度を足し合わせるイメージ).さて $f(x,y)$ はどうすればいいでしょうか?次の問題を考えてみましょう.

座標平面上に領域 $D_0:(x-20)^2+(y-23)^2 \leq 4$$D_0':(x-20)^2+(y-23)^2 \leq 1$ がある.$D_0$ 内に点をランダムに落とすとき,それが $D'_0$ に含まれる確率はいくらか?

これを見て「問題2・3の答えは同じであってほしい(同じであるべきだ)」と思うのは自分だけではないはずです.だって,同じ図形を動かしただけなんだもん.

つまり,集合$X$を平行移動させたりある点を中心に回転移動させて,集合$X'$に移ったとしましょう.この集合$X'$ の測度と集合$X$ の測度は同じであってほしい,すなわち
$$ \int_{X} f(x,y) dxdy = \int_{X'} f(x',y') dx'dy' $$
が成立してほしいです.
さて,上の式ですが,積分する変数が違うので変数変換する必要がありますね.一般に回転・平行移動をしたとき,移動前後の点の関係は次のように表すことができます.
$$ \begin{cases} x' &= x \cos\theta - y \sin\theta +a\\ y' &= x \sin\theta - y \cos\theta +b \end{cases} $$
したがって,ヤコビアンによる変数変換により(わからない人はへぇ~と思って読み飛ばせば大丈夫です)
$$ \int_{X} f(x,y) dxdy = \int_{X} f(x',y') dxdy $$
となります.これがどんな領域でも成り立っていてほしいのですから,$X$ が一つの点をもつ集合の場合を考えれば,
$$ f(x,y)=f(x',y') $$
でなければなりません.また,どんな回転&平行移動をしても成り立っていてほしいのですから,「座標平面上のすべての点においてその重みは同じ,すなわち $f(x,y)\equiv 1$としてよい」と思えるでしょう.以上の取り決めにしたがって問題2・3の確率を計算すると
$$ \dfrac{\int_{D'} 1 dxdy}{\int_{D} 1 dxdy} = \dfrac{\int_{D_0'} 1 dxdy}{\int_{D_0} 1 dxdy} =\dfrac{1}{4} $$
となります.今のはランダムな点の集合の測度に関する話でしたが,直感にしっくりくるなぁとは思っていただけたかと思います.

直線の集合について,ちょっとだけ

上記の事項はランダムな点の集合の測度の話でしたが,ランダムな直線の集合の測度について話を広げることができます.ここでは詳しく述べませんが,俗にいうベルトランの逆説に対する答えも得ることができます(ネタバレはしない方がいいんですかね,ひとまずここでは書かないでおきますが,参考文献[1]を読み進めればわかります).

おわりに

今回は,ベルトランの逆説という有名な問題を皮切りに積分幾何学のお話を書いてみました.ベルトランの逆説について多くの記事は「ベルトランの逆説からはランダムの定義をしっかりすべきということが学べる!終了!」という感じなので,このような記事を書くことができてよかったです.ただ,あくまで本記事は,砕けた言葉で積分幾何学を紹介するだけのものあり,新奇性などは一切ありません(参考文献にも同様な話が載っています).理論的なことに興味のある方は参考文献[1][4]をご覧ください.また,積分幾何学の応用例もいくつかあるので,そちらを知りたい方は参考文献[1][5]をご覧ください.
最後に,今回の記事を書いたもう一つの理由として「自分の復習のため」というものがありました.もちろん,適宜勉強しつつ,自分なりの理解をもとにして数学的に正しいことを書くよう努力したのですが,聡明な読者の方からすれば,曖昧さの残る点や誤りを含んでいる点があるかもしれません.もし,誤りや疑問点がありましたら気軽に教えていただけますと幸いです.

ではでは.

P.S. この記事を書くにあたって色々調べていたら,ゴリゴリ大学数学の視点による積分幾何学のPDF(参考文献[2])が見つかってしまい,途端に不安になってしまいました.これからも勉強します......

参考文献

投稿日:20231218
更新日:20231219

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