1

exp(x) のフーリエ変換を意味付けしてみる

559
0

はじめに

かなり前になるが Twitter(当時) で 「ex が何らかの意味でフーリエ変換できるとしたらどういうものになるか?」が話題になっていた。その時でっち上げた意味付けを整理して紹介する。
本記事の目標は形式的に公式をあてはめて得られる F[ex](z)=δ(z+i/(2π)) を正当化することである。そのため初歩的な 複素解析 シュワルツ超関数 の知識を前提とする。また簡単のため関数の定義域は1次元 (RC の部分集合) とする。

テスト関数の空間 ES, HS

exδ(z+i/(2π)) を超関数として扱うために、まずテスト関数の空間を決める。

τ:0<τ< を固定する。関数 ϕC で、任意の m,nN に対し
pm,n(ϕ):=sup{|e2πyxϕ(m)(x)|:xR,|y|(12n)τ}<
となるものの全体を ESτ とおく。

また、帯状領域 {zC:|Imz|<τ} 上の正則関数 ψ で、任意の m,nN に対し
qm,n(ψ):=sup{|zmψ(z)|:|Imz|(12n)τ}<
となるものの全体を HSτ とおく。

ESτ 上に半ノルムの族 pm,n により次のような距離 d を定めて距離空間とする。
d(ϕ1,ϕ2):=m,n2mn1pm,n(ϕ1ϕ2)1+pm,n(ϕ1ϕ2) HSτ にも同様の距離を定める。

ESτ 上の関数列 ϕjϕESτ に収束するための必要十分条件は、各 m,nN それぞれに対して j のとき pm,n(ϕjϕ)0 が成り立つことである。 HSτ についても同様である。

距離の決め方から明らか。

ESτ, HSτ は上記で定めた距離 d について完備である。つまり ESτ, HSτ は半ノルムの族の定める フレシェ空間 である。

ESτ については割愛し HSτ について示す。 ψjHSτ(ψj) が半ノルム qm,n についてコーシー列をなす、つまり j,k のとき qm,n(ψjψk)0 であるとする。 (zmψj) は閉領域 |Imz|(12n)τ の上の関数として一様コーシー列をなすから、この閉領域で定義されたある関数 ψm,n に一様収束する。しかも各 zmψj は有界な正則関数であるから極限 ψm,n も有界かつ正則である。 ψm,n の決め方から、領域 |Imz|<τ 上で定義された共通の ψ が存在して ψm,n=zmψ となり、 ψHSτ が成り立つ。

ESτ, HSτ は集合としては シュワルツ空間 S に含まれ、 S の稠密な線形部分空間となっている。しかしここで ESτ, HSτ に定めた位相は S の相対位相よりも強いものである。

  • 1/coshxES1/(2π)HSπ/2
  • ex2(τ>0ESτ)(τ>0HSτ)
  • Cc(τ>0ESτ)(τ>0HSτ){0}

ESτ 上の微分作用素 ddx:ESτESτϕϕ によって定めると ddx は連続である。 HSτ 上でも同様である。

ESτ 上では pm,n(ϕ)=pm+1,n(ϕ) より明らか。 HSτ 上では |Imz|(12n)τ のときコーシーの積分表示より |zmψ(z)|=|12πi|wz|=2n1wmψ(w)(wz)2dw|2n+1qm,n+1(ψ) より qm,n(ψ)2n+1qm,n+1(ψ) であるから ddxHSτ の位相で連続である。

ESτHSτ はフーリエ変換・逆変換によって互いに移りあう。なおフーリエ変換の定義には複数の流儀があるが、ここでは次のものを採用する。f^(ξ):=F[f](ξ):=e2πixξf(x)dx F1[g](x):=e2πixξg(ξ)dξ

ϕ のフーリエ変換を ϕ^ とすると ϕESτϕ^HSτ, ψHSτψ^ESτ が成り立つ。しかもこの対応は同相写像である。

ϕESτ とする。 |η|<τ のとき ϕ^(ξ+iη)=e2πix(ξ+iη)ϕ(x)dx は収束して正則関数となる。さらに |η|(12n)τ のときは δ:=2n1τ とおくと (ξ+iη)mϕ^(ξ+iη)=1(2πi)me2πix(ξ+iη)ϕ(m)(x)dx=1(2πi)m0e2πixξ+2πxδe2πx(ηδ)ϕ(m)(x)dx+1(2πi)m0e2πixξ2πxδe2πx(η+δ)ϕ(m)(x)dx |(ξ+iη)mϕ^(ξ+iη)|pm,n+1(ϕ)(2π)m0e2πxδdx+pm,n+1(ϕ)(2π)m0e2πxδdx=2pm,n+1(ϕ)(2π)m+1δ=2n+2pm,n+1(ϕ)(2π)m+1τ qm,n(ϕ^)cm,npm,n+1(ϕ) よって ϕ^HSτ であり、かつ写像 ϕϕ^ は連続である。

次に ψHSτ とする。 |y|(12n)τ のとき ψ^(ξ)=e2πizξψ(z)dz e2πyξψ^(m)(ξ)=(2πiz)me2πi(z+iy)ξψ(z)dz=iyiy(2πiz)me2πi(z+iy)ξψ(z)dz=(2πi)miyiye2πi(z+iy)ξτ2zm+zm+2τ2+z2ψ(z)dz |e2πyξψ^(m)(ξ)|(2π)miyiyτ2|z|m+|z|m+2|τ2+z2||ψ(z)|dz(2π)m(τ2qm,n+qm+2,n)dx|τ2+(xiy)2|(2π)m(τ2qm,n+qm+2,n)dxτ2+(12n)2τ2+x2(2π)mπτ1(12n)2(τ2qm,n+qm+2,n) qm,n(ψ^)cm,n(τqm,n(ψ)+τ1qm+2,n(ψ)) よって ψ^ESτ であり、かつ写像 ψψ^ は連続である。

フーリエ逆変換についても同様であるから以上の逆も成り立ち、 ϕϕ^, ψψ^ は同相写像となる。

超関数の空間 ES', HS'

テスト関数の空間が良い性質を持つことが分かったので、シュワルツの 緩増加超関数 と同じ方法で超関数を定義する。

ESτ 連続的双対空間 ESτ で表す。つまり、ESτ から C への線型汎関数 S:ESτC で、 ESτ の位相で連続であるものの全体がなすベクトル空間を ESτ とする。 SESτϕESτ に作用させたもの S(ϕ)S,ϕ とも表す。 ESτ の位相としては通常は 強位相 をとる。HSτ も同様に定める。

αC,|Imα|<τ のとき、e2πiαx,ϕ:=e2πiαxϕ(x)dx と定めると e2πiαxESτ である。

簡単のため α は純虚数であるとして α=ia とおく。
まず a>0 の場合を考える。(12n)τa なる n をとると、|e2πax,ϕ|0e2πax|ϕ(x)|dx+0e2π(12n)τx|ϕ(x)|dxp0,0(ϕ)0e2πaxdx+p0,n+1(ϕ)0e2π2n1τxdx=p0,0(ϕ)2πa+2n+1p0,n+1(ϕ)2πτ よって e2πax,ϕ は well-defined で、 ESτ の位相で連続である。 a=0, a<0 の場合も同様である。

αC,|Imα|<τ のとき、δα,ψ:=ψ(α) と定めると δαHSτ である。

(12n)τ|Imα| なる n をとると |δα,ψ|q0,n(ψ) であるからこれは HSτ の位相で連続である。

δαδ(zα) とも表す。これが HSτ 上のディラックのデルタ関数である。シュワルツ空間 S と同様に HSτ でもデルタ関数はガウス関数の分布を狭くした極限として考えることができる。

αC,|Imα|<τ のとき、fα,σ2(z):=12πσe(zα)2/(2σ2) fα,σ2,ψ:=fα,σ2(z)ψ(z)dz と定めると fα,σ2HSτ であり、σ0 のとき fα,σ2δα に強収束する。

被積分関数は |Imz|<τ の範囲で正則で Rez± の極限で十分速く0に収束するから、積分路を iImα だけ平行移動することができる。すると fα,σ2,ψ=12πσ+iImα+iImαe(zα)2/(2σ2)ψ(z)dz=12πex2/2ψ(α+σx)dx (12n)τ|Imα| なる n をとると |fα,σ2,ψ|q0,n(ψ) だから fα,σ2HSτ である。σ0 の極限をとるとルベーグの収束定理より fα,σ2,ψψ(α) だから fα,σ2δα に弱収束する。さらにこの収束が強収束であることを示す。 σ1/2<2n2τ として積分区間を [σ1/2,σ1/2] とそれ以外に分割すると、計算は割愛するが |fα,σ2δα,ψ|{2erfc((2σ)1/2)+2n+2σ1/2}q0,n+1(ψ) が示される。 HSτ 上の任意の 有界集合 BHSτ を1つ固定する。 supψBq0,n+1(ψ)< であるから、σ0 の極限をとると、 ψB の範囲内で fα,σ2δα,ψ は 0 に一様収束する。 B は任意であったから、これは fα,σ2δα に強収束することを意味する。

いまの議論から分かるように、 δαHSτ は直観的には ψHSτz=α での値を 鞍点法 で拾ってくるような作用素である。

超関数のフーリエ変換

超関数の空間 ESτ, HSτ の上でフーリエ変換を定義する。これも要領はシュワルツの緩増加超関数 S の場合と同じである。

SESτ のフーリエ変換 S^:HSτCS^,ψ:=S,ψ^ で定める。同様に、 THSτ のフーリエ変換 T^:ESτCT^,ϕ:=T,ϕ^ で定める。 S^, T^F[S], F[T] とも表す。

SESτS^HSτ, THSτT^ESτ が成り立つ。しかもこの対応は ESτ, HSτ の強位相で同相である。

SESτ とする。 ψψ^, ψ^S,ψ^ の対応はともに連続だから ψS,ψ^ の対応も連続であり、従って S^HSτ である。

BHSτ の任意の有界集合とすると B^:={ψ^:ψB}ESτ の有界集合で、 S が0に強収束すれば S^,ψ=S,ψ^ は各 B 上で一様に0に収束するから、 S^HSτ の強位相で0に収束する。従って写像 SS^ESτ, HSτ の強位相で連続である。

次に、THSτ に対して写像 F[T]:ESτCF[T],ϕ:=T,F1[ϕ] で定める。すると先ほどと同様の議論により F[T]ESτ が示される。定義から F[F[S]]=S, F[F[T]]=T であるから FF の逆像である。さらに写像 TF[T]ESτ, HSτ の強位相で連続であることも分かる。連続な逆像が存在するので写像 SS^ は同相写像である。

THSτ から T^ への写像も同様である。

上記の議論で得られた F の逆像を超関数のフーリエ逆変換といい、 F1 で表す。

これで準備が揃ったので、最初の目標であった ex のフーリエ変換を計算する。

αC, Imα<τ のとき、F[e2πiαx]=δα

F[e2πiαx],ψ=e2πiαx,ψ^=e2πiαxψ^(x)dx=F1[ψ^](α)=ψ(α)=δα,ψ より示された。

α=i/(2π) を代入すると冒頭の式が得られる。

おわりに

テスト関数の空間を適当に差し替えることでシュワルツ超関数の枠組みをうまくカスタマイズ(?)することができた。この手法がどこまで通用するのか自分もよく分かっていないが、有用なものをご存じの方は教えてほしい。

追記

奏理音ムイ(Vtuber)様 (@mui_kanarine) から、よく似た設定で distribution の具体的な標準形まで求めている 荷見守助先生の論文 を紹介いただきました。この場を借りて感謝いたします。

投稿日:2023818
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中
  1. はじめに
  2. テスト関数の空間 ES, HS
  3. 超関数の空間 ES', HS'
  4. 超関数のフーリエ変換
  5. おわりに
  6. 追記