はじめまして!東京大学理科一類1年のyuutinと申します。
駒場祭に向けて、駒場理数サークルのアドカレ16日目の記事を書いていこうと思います。(記事の公開が遅れてしまい申し訳ないです。)
他の方の記事は 駒場理数 Advent Calendar から読むことができます!
この記事では、電磁気学の基本方程式「マクスウェル方程式」が、場の解析力学を基盤として、ラグランジアン密度にU1ゲージ不変性,相対論的不変性を課すことで理論的に導出できてしまうということを紹介していきます。
電磁気学を勉強したことがない人でも、マクスウェル方程式とはどのような方程式で、どんな仮定の下で導出できるのかを理解し、その美しさを体感できることを目指して書きました。
ただし、ベクトル解析の公式と解析力学の基本的な知識(変分原理、ラグランジアンなど)は仮定しています。
以下が記事の流れです。
1.マクスウェル方程式の紹介
2.ベクトルポテンシャルとゲージ変換
3.相対論的表記のマクスウェル方程式
4.自然単位系と場の解析力学の導入
5.真空中でのU(1)ゲージ場(電磁場)のラグランジアン密度
6.ゲージ不変性と最小結合(相互作用するラグランジアン密度の決定)
7.マクスウェル方程式の導出!
この記事は、 坂本QFT1 のマクスウェル方程式に関係する部分を主に参照して書かれています。興味を持った方、もっと詳しく知りたい方は是非読んでみてください。
では、早速始めていきましょう。
まず、マクスウェル方程式は以下の4つの式で構成されます。
$(1)\nabla \cdot \vb*{E}(\vb*{x}, t) = \frac{\rho(\vb*{x}, t)}{\varepsilon_0} $
$(2)\nabla \cdot \vb*{B}(\vb*{x}, t) = 0 $
$(3)\nabla \times \vb*{E}(\vb*{x}, t)=-\pdv{\vb*{B}}{t}(\vb*{x}, t) $
$(4)\nabla \times \vb*{B}(\vb*{x}, t) = \mu_0 \left( \vb*{j}(\vb*{x}, t) + \varepsilon_0 \frac{\partial \vb*{E}(\vb*{x}, t)}{\partial t} \right)$
(注:$\nabla \equiv \begin{pmatrix} \frac{\partial}{\partial x}, \frac{\partial}{\partial y} , \frac{\partial}{\partial z} \end{pmatrix}=(\partial_x, \partial_y, \partial_z)$ はナブラと呼ばれ、$\nabla \cdot$は発散(div)、$\nabla \times$は回転(rot)を表します。)
ここで式に登場する物理量について説明します。この説明はすべて実験ベースである事に注意してください。
$\vb*E(\vb*{x}, t)$ : 電場 (ベクトル場)
空間の各点に観測者からみて静止する単位電荷を置いたとき、それが空間の各点で受ける力の向きと強さを表すベクトル場。
イメージ: プラスの電荷から湧き出し、マイナスの電荷に吸い込まれる流れの場。
$\vb*B(\vb*{x}, t)$ : 磁場 (ベクトル場)
観測者から見て電場がない状態で、速度$\vb*v$で運動する単位電荷の受ける力が、$ \vb*v \times \vb*B$となるようなベクトル場。
仮に磁荷が存在したとすると、プラスの磁荷から湧き出す。
イメージ: 磁石のN極から出てS極に入る流れの場。
$\rho(\vb*{x}, t)$ : 電荷密度 (スカラー場)
空間の各点における電荷の密度を表します。
$\vb*j(\vb*{x}, t)$ : 電流密度 (ベクトル場)
空間の各点における、電荷の流れの強さと向きを表します。
電流を空間的な流れの場として表現したものです。
$\epsilon_0, \mu_0$ :真空の誘電率、透磁率
物理的な単位を調整するための定数です。
以上を踏まえて式の意味をそれぞれ一言で説明すると、
電荷が電場の湧き出しになる。
磁場の湧き出しは存在しない。
磁場の変化が電場の渦を作る。
電流や電場の変化が磁場の渦を作る。
となります。
また、電場や磁場の説明の時に力の話が出てきましたが、これはローレンツ力の表式を暗に仮定しています。($\vb*F=q(\vb*E+\vb*v \times \vb*B)$)
電磁気学では、この4つの式とローレンツ力を組み合わせたり、実際に解くことで電場や磁場を求めたりして様々な現象を説明できます。
具体例として、真空中($\rho(\vb*{x}, t)=0,\vb*j(\vb*{x}, t)=\vb*0$)における電磁波を導出してみましょう。
(3)式の両辺にrot($\nabla \times$)をかけると、
$\nabla \times(\nabla \times \vb*{E}(\vb*{x}, t))=-\nabla \times\pdv{\vb*{B}}{t}(\vb*{x}, t) $
ベクトル解析の公式$ \nabla \times(\nabla \times \vb*A)=\nabla(\nabla\cdot \vb*A)-\nabla^2\vb*A$ と、$ \nabla\cdot \vb*E=0$,$\nabla \times \vb*{B}(\vb*{x}, t) = \mu_0 \varepsilon_0 \frac{\partial \vb*{E}(\vb*{x}, t)}{\partial t} $より
$-\nabla^2\vb*E(\vb*{x}, t)=-\mu_0\varepsilon_0\frac{\partial^2 \vb*{E}(\vb*{x}, t)} {\partial t^2} $
($ \nabla \times\pdv{\vb*{B}}{t}(\vb*{x}, t)=\frac{\partial}{\partial t}(\nabla \times \vb*{B}(\vb*{x}, t))$ を使いました。)
$ \therefore (\mu_0 \varepsilon_0\frac{\partial^2}{\partial t^2} - \nabla^2)\vb*E(\vb*{x}, t) =\vb*0$
同様にして、
$(\mu_0 \varepsilon_0\frac{\partial^2}{\partial t^2} - \nabla^2)\vb*B(\vb*{x}, t) =\vb*0$
これは、波動方程式$(\frac{1}{c^2} \frac{\partial^2}{\partial t^2} - \nabla^2)\vb*u=\vb*0$の形になっています。
実験で$c=\frac{1}{\sqrt{\mu_0 \varepsilon_0}}$ は光速と一致することが確かめられており、実は光とは電場と磁場が振動して伝わる電磁波である事が分かります!
さらに、$\mu_0,\varepsilon_0$は定数なので、光速度はいつでも不変であることが分かります。
電場や磁場の説明が観測者に依存していたり、電磁波から光速度が不変であることが示せていますが、これは実は(特殊)相対性理論の基礎になっています。
しかし、今のマクスウェル方程式では物理量が天下り的に(実験事実から)導入されており、このままでは理論的にはあまり美しくありません。
ここからは、それぞれの物理量をもう少し統一的に扱えるようにベクトルポテンシャル、スカラーポテンシャルを導入し、相対論的な記法でマクスウェル方程式は一つの式で表せられることを紹介していきます。
ベクトルポテンシャル $\vb*{A}(\vb*x,t)$、スカラーポテンシャル $A^0(\vb*x,t)$ とは以下を満たす場。
$$\vb*{B} = \nabla \times \vb*{A}$$$$\vb*{E} = -\nabla A^0 - \pdv{\vb*{A}}{t}$$
まず、これらがマクスウェル方程式(の一部)を既に満たしていることを確認してみましょう。
$(2) \nabla \cdot \vb*{B} = \nabla \cdot (\nabla \times \vb*{A}) = 0~~~~~~~~$
$(3) \nabla\times\vb*{E} = \nabla \times (-\nabla A^0 - \dot{\vb*{A}}) = -\nabla \times \dot{\vb*{A}} =-\pdv{}{t}(\nabla \times \vb*{A}) = -\pdv{\vb*{B}}{t}$
($ \nabla \times \nabla A^0=0 $を使いました)
つまり、$\vb*{E}, \vb*{B}$ という6つの成分を扱う代わりに、$A^0, \vb*{A}$ という4つの成分を考えれば、基礎方程式の半分は自動的に満たされてしまうのです。
ここで重要なのがポテンシャルの選び方は一通りではないということです。
任意のスカラー関数 $\chi(\boldsymbol{x}, t)$ を使って、以下のようにポテンシャルを変換(ゲージ変換)してみましょう。
$$\boldsymbol{A}' = \boldsymbol{A} + \nabla \chi$$
$${A^0}' = A^0 - \frac{\partial \chi}{\partial t}$$
この新しいポテンシャル $\boldsymbol{A}', {A^0}'$ から電場と磁場を計算すると、
$$\boldsymbol{B}' = \nabla \times (\boldsymbol{A} + \nabla \chi) = \boldsymbol{B}$$
$$\boldsymbol{E}' = -\nabla(A^0 - \dot{\chi}) - \frac{\partial}{\partial t}(\boldsymbol{A} + \nabla \chi) = \boldsymbol{E}$$
($\nabla \times \nabla\chi=0$を使いました)
となり、物理量である電磁場は全く変化しません。
この「ポテンシャルには不定性がある(ゲージ自由度がある)」という性質こそが、現代物理学における重要な概念、ゲージ不変性の基礎となります。
(※普段見える現象は電場や磁場で記述できるのに、ベクトルポテンシャルを導入する必要があるのかと思うかもしれませんが、実はベクトルポテンシャルの存在を仮定しないと説明できないアハラノフ・ボーム効果という量子論的現象があります。詳しくは 坂本QFT1 や JJサクライ などを参照してください。)
電磁気学は相対性理論と非常に相性が良い理論です。4次元時空の言葉を使うと、マクスウェル方程式は驚くほど美しくまとまります。
まずは、相対論的な記法の説明をしておきます。
アインシュタインの縮約:
同じ文字の添字が上付きと下付きでペアで現れた場合、$\mu=0, 1, 2, 3$ についての和($\sum$)を自動的に取るものとします。
$$A_\mu B^\mu = \sum_{\mu=0}^3 A_\mu B^\mu = A_0 B^0 + A_1 B^1 + A_2 B^2 + A_3 B^3$$
4元ベクトルの定義:(計量テンソル $\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(1, -1, -1, -1)$)
$$x^\mu = (x^0, x^1, x^2, x^3) = (ct, x, y, z) = (ct, \vb*{x})$$
$$x_\mu = \eta_{\mu\nu} x^\nu = (ct, -x, -y, -z) = (ct, -\vb*{x})$$
4元偏微分:
下付きの微分演算子 $\partial_\mu$ は、$x^\mu$による微分として定義されます。
$$\partial_\mu = \frac{\partial}{\partial x^\mu} = \left(\frac{\partial}{\partial x^0}, \frac{\partial}{\partial x^1}, \frac{\partial}{\partial x^2}, \frac{\partial}{\partial x^3}\right) = \left(\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, \nabla\right)$$
上付きの微分演算子 $\partial^\mu$ は、$x_\mu$による微分として定義されます(あるいは $\partial^\mu = \eta^{\mu\nu}\partial_\nu$)。
では、相対論的なマクスウェル方程式を求めてみましょう。
まず、ポテンシャルを4元ベクトルとして定義します。
この$A^\mu$の事をゲージ場と言います。
$$\quad A^\mu = (A^0/c, \vb*{A})$$
ここで、電場と磁場をひとまとめにした電磁場テンソル $F_{\mu\nu}$ を以下のように定義します。
$$F_{\mu\nu} \equiv \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu$$
具体的に成分を計算してみると、電場と磁場が綺麗に収納されていることが分かります。
(例:$F_{01} = \partial_0 A_1 - \partial_1 A_0 = \frac{1}{c}\partial_t (-A_x) - \partial_x (A_0/c) = \frac{E_x}{c}$
$F_{21}=\partial_2A_1-\partial_1A_2=\partial_yA_x-\partial_xA_y=-\varepsilon^{3jk}\partial_jA_k=B_z$)
$$F_{\mu\nu} = \begin{pmatrix} 0 & E_x/c & E_y/c & E_z/c \\ -E_x/c & 0 & -B_z & B_y \\ -E_y/c & B_z & 0 & -B_x \\ -E_z/c & -B_y & B_x & 0 \end{pmatrix}$$
また、この $F_{\mu\nu}$ はゲージ変換 $A_\mu \to A_\mu + \partial_\mu \chi$ に対して不変です。($\partial_\mu \partial_\nu \chi - \partial_\nu \partial_\mu \chi = 0$ なので)
このテンソルを使うと、マクスウェル方程式の(1)と(4)は、たった1つの式にまとめられます!
相対論的記法のマクスウェル方程式
$$\partial_\mu F^{\mu\nu} = \mu_0 j^\nu$$
ここで $j^\nu = (c\rho, \vb*{j})$ は4元電流密度です。
このマクスウェル方程式に$\partial_\nu$を左から作用させると、
$F_{\mu\nu}$の反対称性から
流れの保存 $\partial_\mu j^\mu=0 $
を導くことができます。
実際に $\nu=0$ (時間成分) を計算するとガウスの法則 $\nabla \cdot \vb*{E} = \rho/\varepsilon_0$ が、$\nu=1,2,3$ (空間成分) を計算するとアンペール・マクスウェルの法則(4)が出てきます。
$A^\mu$の定義によって(2),(3)は自然と満たされているので、この式のみでマクスウェル方程式すべてを表現できていることになります!
(
ヨビノリの動画
でも同じ内容が扱われているので、理解の助けにしてみてください!)
相対論的な形式にすることで、必要な場は$ A^\mu$と$j^\nu$のみになりました。
では、この2つの場はどこからやってきたのでしょうか?
これから先はその謎を知るべく、この式を対称性から導いていきます。
この世界には、基本的な物理定数として光速 $c$(相対論)とプランク定数 $\hbar$(量子論)があります。これらを$$c = \hbar = 1$$ とおく単位系を自然単位系と呼びます。
さらに、今回は$\mu_0=\varepsilon_0=1$も仮定します。
これにより、物理量の次元はすべて質量次元だけで表せるようになります。本記事では質量次元を $[M]=1$ のように表記します。
質量次元まとめ
速度 $[v]=0 $
時間・長さ : $[L] = [T] = -1$
微分演算子 $[\partial_\mu]=1$ : (長さの逆数だから)
作用 $ [S]=0 $
場の解析力学とは、その名の通り解析力学を場の理論に拡張したものです。作用 $S$ をラグランジアン密度 $\mathcal{L}(\phi, \partial_\mu \phi)$ の積分で定義します。
$$S = \int d^4x \mathcal{L}(\phi, \partial_\mu \phi)$$
変分原理 $\delta S = 0$ から、運動方程式(オイラー・ラグランジュ方程式)が導かれます。(今回はオイラーラグランジュ方程式は使わず、変分のみで議論します。)
作用 $S$ が無次元であることから、ラグランジアン密度 $\mathcal{L}$ の次元が決まります。
積分測度 $d^4x$ は $[L]^4$ すなわち次元 -4 を持つため、$\mathcal{L}$ はそれを打ち消すために 次元 4 を持たなくてはなりません。
スカラー場 $\phi$ の次元: 運動項 $(\partial_\mu \phi)^2$ が次元 4 になるためには、$[\partial_\mu]=1 $なので、$\phi$ の次元は1です。
ゲージ場 $A_\mu$ の次元: 後述する共変微分 $D_\mu = \partial_\mu + iq A_\mu$ において、$\partial_\mu$ と $q A_\mu$ は同じ次元を持つ必要があります。結合定数 $q$ を無次元とすると、$A_\mu$ の次元は 1となります。
このラグランジアン密度の次元は4でなければならないという制約が、理論を一意に決定する強力な武器になります。
では、電磁場(ゲージ場$A_\mu$)のラグランジアン密度 $\mathcal{L}_{\text{EM}}$ を決定しましょう。
ラグランジアン密度に課す条件は以下の3つです。
($\partial_\mu A^\mu$,$F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}$のように上付き添え字と下付き添え字、全て縮約が取られている時に満たさます。)
(※次章で述べるU(1)ゲージ不変性の定義から、この条件を導くことができます。)
ラグランジアン密度 $\mathcal{L}$ を構成する項の質量次元 が 4 を超えると、その係数は負の質量次元を持たなければなりません。この時、そのような項は低エネルギーでは重要ではない、または無限のエネルギーまで理論が適用可能だとしたとき、その寄与は無視できるという理論(低エネルギー有効理論)があります。この考えに基づき、ラグランジアン密度の各項を「次元を4以下(係数を無次元または正の質量次元)にする」という強い制約(くりこみ可能性)が課されます。厳密なくりこみ可能性の証明については、 九後ゲージⅡ などを参照してください。
$\partial_\muとA_\mu$で作りうる項全パターンを試してみると、条件を満たすラグランジアン密度は(係数を $-1/4$ とすると)一意に決定されてしまいます!
$$\mathcal{L}_{\text{EM}} = -\frac{1}{4} F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}$$
次に物質場として、電荷を持った複素スカラー場 $\phi(x)$ を導入し、そのラグランジアン密度を決定していきましょう。(※電子などはディラック場で記述されますが、議論の本質は同じなので、簡単のためにスカラー場を用います。)
複素スカラー場$\phi(x)$において現実に観測可能な物理量は、確率密度 $|\phi(x)|^2$ のような場の絶対値の2乗であり、複素数の位相そのものは直接観測できません。
したがって、すべての点において一斉に位相を定数 $\theta$ だけずらす変換(大域的変換): $$\phi(x) \to \phi'(x) = e^{-iq\theta} \phi(x)$$
を行ってもラグランジアンは変わりません。
しかし、位相の変換は、全ての点で独立に行っても良いはずだと考えるとどうでしょうか?
つまり、場所 $x$ ごとに異なる位相 $\chi(x)$ で変換する局所的変換(ゲージ変換)です。
$$\phi(x) \to \phi'(x) = e^{-iq\chi(x)} \phi(x)$$
ラグランジアンがこの変換でも不変である事を、U(1)ゲージ不変性を持つと言います。(U(1)とは、1次のユニタリ群という意味です。$e^{-iq\chi(x)}$が、U(1)の元になっています。)
しかし、後述するように通常の微分 $\partial_\mu$ はこの変換と相性が悪く、不変性を保つためにはゲージ場(電磁場)の導入が必然となります。
ちなみに、電磁場は U(1) 対称性(位相の回転)を持つゲージ場ですが、これ以外の対称性(SU(2), SU(3)など)を考えると、弱い力や強い力との相互作用を記述できます(ヤン=ミルズ理論)。
幾何学的に言えば、各点ごとのファイバーをつなぐ接続が必要になるという話に帰着します。
(※もう少し幾何学とゲージ理論の関係について知りたい方は、
soleilさんの
この記事
などを参照してみてください。)
では、実際に自由な(何とも相互作用していない)複素スカラー場から出発し、ゲージ不変性を課すことで電磁場との相互作用(最小結合)を導いていきます。
質量$m$の複素スカラー場のラグランジアン密度は以下で与えられます。
$$\mathcal{L}_{\text{free}} = (\partial_\mu \phi)^* (\partial^\mu \phi) - m^2 \phi^* \phi$$
このラグランジアン密度は、$\phi $について変分を取ると相対論的量子力学で最も基本的である、 クライン・ゴルドン方程式
$$(\partial_\mu \partial^\mu + m^2)\phi = 0$$
を導けることからきました。
これに局所ゲージ変換 $\phi(x) \to e^{-iq\chi(x)} \phi(x)$ を施します。
質量項 $m^2 \phi^* \phi$ では $e^{-iq\chi}$ と $e^{iq\chi}$ が相殺して不変ですが、運動項で問題が起きます。積の微分により、
$$\begin{aligned} \partial_\mu \phi' &= \partial_\mu (e^{-iq\chi(x)} \phi) \\ &= e^{-iq\chi(x)} \partial_\mu \phi + \left( \partial_\mu e^{-iq\chi(x)} \right) \phi \\ &= e^{-iq\chi(x)} \left( \partial_\mu - iq (\partial_\mu \chi) \right) \phi \end{aligned}$$
余計な項 $- iq (\partial_\mu \chi) \phi$ が出てくるため、単純な偏微分 $\partial_\mu$ は共変性(変換後の場が、変換前の場の定数倍になる性質)を持ちません。その結果、ラグランジアン密度も不変になりません。
この余計な項を打ち消すために、新しい場(ゲージ場)$A_\mu(x)$ を導入し、偏微分 $\partial_\mu$ を共変微分 $D_\mu$ に置き換えます。
$$D_\mu \equiv \partial_\mu + iq A_\mu$$
この、$\partial_\mu$ を $D_\mu$ に置き換える手続きを最小結合と呼びます。
こ$A_\mu$ が、場の変換に合わせて適切に変換すると仮定します。
目標は、変換後の共変微分 $D'_\mu \phi'$ が、余計な項を出さずに、元の位相因子 $e^{-iq\chi}$ 倍になることです。($D'_\mu=\partial_\mu + iq A'_\mu$ です。)
つまり、以下の共変性を要請します。
$$D'_\mu \phi' = e^{-iq\chi(x)} D_\mu \phi$$
実際に左辺を計算し、ゲージ場 $A_\mu$ が満たすべき変換則 $A_\mu \to A'_\mu$ を決定します。
$$\begin{aligned} D'_\mu \phi' &= (\partial_\mu + iq A'_\mu) (e^{-iq\chi} \phi) \\ &= \partial_\mu (e^{-iq\chi} \phi) + iq A'_\mu e^{-iq\chi} \phi \\ &= \left[ e^{-iq\chi} \partial_\mu \phi - iq (\partial_\mu \chi) e^{-iq\chi} \phi \right] + iq A'_\mu e^{-iq\chi} \phi \\ &= e^{-iq\chi} \left[ \partial_\mu \phi - iq (\partial_\mu \chi) \phi + iq A'_\mu \phi \right] \end{aligned}$$
これが、目標である $e^{-iq\chi} D_\mu \phi = e^{-iq\chi} (\partial_\mu \phi + iq A_\mu \phi)$ と一致するためには、括弧の中身が一致する必要があります。
$$- iq (\partial_\mu \chi) + iq A'_\mu = iq A_\mu$$
両辺を $iq$ で割って整理すると、
$$A'_\mu = A_\mu + \partial_\mu \chi$$
これにより、よく知られたゲージ場のゲージ変換則が理論的に導かれました!
Step 4: 最小結合後のラグランジアン
これに電磁場自身の運動項である $-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}$ を加えると、電磁場中における複素スカラー場のラグランジアン密度が得られます。
$$\mathcal{L} = (D_\mu \phi)^* (D^\mu \phi) - m^2 \phi^* \phi - \frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}$$
ここで、電磁場テンソル $F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu$ はゲージ不変です。
なお、自然単位系では質量次元を $[M]=1$ とすると、長さの次元は $[L]=-1$ となります。
ラグランジアン密度 $\mathcal{L}$ の次元は $[L]^{-4} = 4$ です。
場の次元は $[\phi]=1, [A_\mu]=1$ であり、上記の各項はすべて次元4を満たしています。
6.3 全ラグランジアンの決定
スカラー場のラグランジアン密度は、一般に運動項とポテンシャル項の差で書かれます。(運動項は先ほど入れた最小結合がそのまま使えます。)
$$\mathcal{L}_{\text{matter}} = (D_\mu \phi)^* (D^\mu \phi) - V(\phi)$$
ポテンシャル項 $V(\phi)$ について、ゲージ不変性($|\phi|$の関数)と次元の制約(次元4以下)から、許されるのは質量項 $m^2|\phi|^2$ と 自己相互作用項 $\lambda|\phi|^4$ だけです。
よって、電磁相互作用を含む全系のラグランジアン密度は以下のように一意に確定します。
$$\mathcal{L}_{\text{total}} = -\frac{1}{4} F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} + (D_\mu \phi)^* (D^\mu \phi) - m^2 \phi^* \phi - \frac{\lambda}{4} |\phi|^4$$
このラグランジアン密度には、まだ電流$j$は定義されていません。あるのは場$\phi$とゲージ場$A$、そしてそれをつなぐ共変微分$D$だけです。
いよいよクライマックスです。
ラグランジアン密度 $\mathcal{L}_{\text{total}}$ を、ゲージ場 $A_\nu$ で直接変分して、変分原理 $\delta S = 0$ を適用します。
$$S = \int d^4x \mathcal{L}_{\text{total}}$$
ゲージ場を微小に変化させ、その時の変化を見ます。
$A_\mu \to A_\mu + \delta A_\mu$。
電磁場の運動項 $-\frac{1}{4}F_{\mu\nu} F^{\mu\nu}$ の変分です。部分積分と $F^{\mu\nu}$ の反対称性を用いると、計算は以下のようになります。
$$\begin{aligned} \delta S_{\text{EM}} &= -\frac{1}{4} \int d^4x \delta (F_{\mu\nu} F^{\mu\nu}) \\ &= -\frac{1}{2} \int d^4x F^{\mu\nu} (\partial_\mu \delta A_\nu - \partial_\nu \delta A_\mu) \\ &= -\int d^4x F^{\mu\nu} \partial_\mu \delta A_\nu \\ &= \int d^4x (\partial_\mu F^{\mu\nu}) \delta A_\nu \end{aligned}$$
物質場の運動項 $(D_\mu \phi)^* (D^\mu \phi)$ の変分を考えます。(ポテンシャル項は $A_\mu$ に依存していない)
$D_\mu$ の中に $A_\mu$ が含まれているため、$\delta (D_\mu \phi) = iq (\delta A_\mu) \phi$ となります。
これを用いて、ライプニッツ則に従って変分を計算します。
$$\begin{aligned} \delta S_{\text{matter}} &= \int d^4x \delta \left[ (D_\mu \phi)^* (D^\mu \phi) \right] \\ &= \int d^4x \left[ \underbrace{\delta (D_\mu \phi)^*}_{-iq (\delta A_\mu) \phi^*} (D^\mu \phi) + (D_\mu \phi)^* \underbrace{\delta (D^\mu \phi)}_{iq (\delta A^\mu) \phi} \right] \\ &= \int d^4x \left[ -iq (\delta A_\mu) \phi^* (D^\mu \phi) + (D_\mu \phi)^* iq (\delta A^\mu) \phi \right] \end{aligned}$$
ここで、$\delta A$ でくくるために添字を整理します。第2項の縮約は $(D_\mu \phi)^* \delta A^\mu = (D^\mu \phi)^* \delta A_\mu$ と書けるので、ダミー添字 $\mu$ をすべて $\nu$ に書き換えてまとめると、
$$\begin{aligned} &= \int d^4x \left[ -iq \phi^* (D^\nu \phi) \delta A_\nu + iq (D^\nu \phi)^* \phi \delta A_\nu \right] \\ &= \int d^4x \left[ -iq \left( \phi^* (D^\nu \phi) - (D^\nu \phi)^* \phi \right) \right] \delta A_\nu \end{aligned}$$
Step 1 と Step 2 を合わせて $\delta S = 0$ と置きます。
$$\int d^4x \left( \partial_\mu F^{\mu\nu} - iq \left[ \phi^* (D^\nu \phi) - (D^\nu \phi)^* \phi \right] \right) \delta A_\nu = 0$$
これが任意の $\delta A_\nu$ で成り立つためには、括弧の中身が $0$ でなければなりません。
つまり
$\partial_\mu F^{\mu\nu} - iq (\phi^* (D^\nu \phi) - (D^\nu \phi)^* \phi)=0 $
$\therefore \partial_\mu F^{\mu\nu} = iq (\phi^* (D^\nu \phi) - (D^\nu \phi)^* \phi)$
ここで、右辺に出てきた項を $j^\nu$ と名付けましょう!
$$j^\nu \equiv iq \left( \phi^* (D^\nu \phi) - (D^\nu \phi)^* \phi \right)$$
ここで、$j^\nu=iq \left( \phi^* (D^\nu \phi) - (D^\nu \phi)^* \phi \right)$
は流れの保存
$\partial_\mu j^\mu=0 $ を満たしていて、電流と呼ぶのにふさわしい項です。
すると、方程式はおなじみの形になります。
$$\partial_\mu F^{\mu\nu} = j^\nu$$
これで、マクスウェル方程式を導出することができました!
ゲージ不変性を持つように相互作用を入れたラグランジアン密度から、自然と電流の項が出てきたのです!
これは、かなり驚きではないでしょうか?
いかがでしたでしょうか?
今回の記事で示したかった事は以下の通りです。
1.場を用意して、対称性(ゲージ不変性・相対論的不変性)とくりこみ可能性を要請する。
2.すると、許されるラグランジアンの形は一意に決まってしまう。
3.そこから変分原理を使えば、必然的にマクスウェル方程式(と電流の定義)が導かれる。
つまり、我々が知っている電磁気学の法則は、U(1)ゲージ対称性を持つ、もっともシンプルな理論として記述されていたのです。
ここから電磁場を量子化したり、微分形式で記述したりと、まだまだ理論を発展させていくことはできますが、ここまででも現代の理論物理学の思想が、少しは感じられたのではないでしょうか?
少しでもこの感動が伝わったら嬉しいです。
今回は複素スカラー場で電磁場との相互作用を議論しましたが、ディラック場の場合はどうなるかが気になった方もいると思います。
実は、場が変わっても変分を取ると電流が出てくるという構造は全く同じです。詳細を解説するのはかなり大変なので、式だけ簡単に紹介します。
電子を表すディラック場 $\psi$ と電磁場のラグランジアン密度は以下の通りです。
$$\mathcal{L}_{\text{Dirac}} = \bar{\psi}(i\gamma^\mu D_\mu - m)\psi - \frac{1}{4}F_{\mu\nu} F^{\mu\nu}$$
($\gamma^\mu$ はガンマ行列、$\bar{\psi}$ は随伴スピノル)
$\psi$について変分をとると、相互作用を持つディラック方程式
$(i\gamma^\mu D_\mu - m)\psi$=0 が導かれます。
このラグランジアン密度を本編同様に $A_\nu$ で変分すると、共変微分 $D_\mu$ の中の $A_\mu$ だけが効いてきます。
$$\delta \mathcal{L}_{\text{Dirac}} = \bar{\psi} (i\gamma^\mu (iq \delta A_\mu)) \psi = -q \bar{\psi} \gamma^\mu \psi \delta A_\mu$$
よって、導かれる方程式は
$$\partial_\mu F^{\mu\nu} = q \bar{\psi} \gamma^\nu \psi$$
となります。
ここでも右辺を $j^\nu \equiv q \bar{\psi} \gamma^\nu \psi$ と名付ければ、やはりマクスウェル方程式 $\partial_\mu F^{\mu\nu} = j^\nu$ に帰着します。