今回の記事は線型代数学の教科書を眺めていてふと思った次の事柄についてです:
ジョルダン標準形の存在というのは,行列の集合を図形と考えたときのパラメータ表示の全射性を意味しているのではないか?
この考えに基づいて何か面白いことはできないかと思い,とりあえず一つの具体例を考えてみました。
早速ですが,複素数を成分に持つ$2$次正方行列$\begin{pmatrix} X & Y \\ Z & W \end{pmatrix}$が重複度$2$の固有値$\lambda \in \mathbb{C}$を持つとしましょう。
このとき,固有多項式$t^2-(X+W)t+(XW-YZ)$の判別式を考えることにより,斉次方程式
$$(X-W)^2+4YZ=0$$
が得られます。(これにより,$\mathbb{P}^3$内の曲面が定まります。)
このような$\begin{pmatrix} X & Y \\ Z & W \end{pmatrix}$のうち,まずは対角化不可能なものに着目してみましょう。
そうすると,$\begin{pmatrix} X & Y \\ Z & W \end{pmatrix}$はジョルダン標準形$\begin{pmatrix} \lambda & 1 \\ 0 & \lambda \end{pmatrix}$に相似なので,
$$\begin{pmatrix} X & Y \\ Z & W \end{pmatrix} = Q^{-1} \begin{pmatrix} \lambda & 1 \\ 0 & \lambda \end{pmatrix} Q$$
となるような正則行列$Q$が存在します。
ここで,天下り的ではありますが,基底の変換行列が$Q = \begin{pmatrix} 1/\lambda & 1/\lambda \\ r & s \end{pmatrix}$, $\lambda \neq 0$, $r \neq s$という形をしている場合に$Q^{-1} \begin{pmatrix} \lambda & 1 \\ 0 & \lambda \end{pmatrix} Q$がどうなるかを調べてみます。
実際に計算すると,
$$Q^{-1} \begin{pmatrix} \lambda & 1 \\ 0 & \lambda \end{pmatrix} Q = \frac{\lambda}{-r+s} \begin{pmatrix} -r+s+rs & s^2 \\ -r^2 & -r+s-rs \end{pmatrix}$$
ですね。
これで曲面$(X-W)^2+4YZ=0$のパラメータ表示に当たりを付けることができました。
$\begin{pmatrix} X & Y \\ Z & W \end{pmatrix}$から逆に$(\lambda, r, s)$を求めるには,まず$\lambda$を固有値として求め,次に連立方程式
\begin{equation}
\left\{
\begin{alignedat}{3}
& Y & {} + {} & Z & & = \lambda (r+s) \\
- X + {} & Y & {} - {} & Z & {} + W & = \lambda (-r+s)
\end{alignedat}
\right.
\end{equation}
を解きます。
実際に計算すると,
$$(\lambda, r, s) = \left( \frac{X+W}{2}, \frac{X+2Z-W}{X+W}, \frac{-X+2Y+W}{X+W} \right)$$
となりますが,これは確かに
$$\begin{pmatrix} X & Y \\ Z & W \end{pmatrix} = \frac{\lambda}{-r+s} \begin{pmatrix} -r+s+rs & s^2 \\ -r^2 & -r+s-rs \end{pmatrix}$$
を満たします。
(代入して計算すれば確かめられますが,分母がゼロになるのを避けるために$-X+Y-Z+W \neq 0$と仮定します。)
以上の議論から分かったことを定理としてまとめると次のようになります。
二つの集合
\begin{equation}
S = \left\{
\begin{pmatrix}
X & Y \\
Z & W
\end{pmatrix} \in \operatorname{M}_2 (\mathbb{C});
\begin{gathered}
(X-W)^2+4YZ=0 \\
X+W \neq 0 \\
-X+Y-Z+W \neq 0
\end{gathered}
\right\}
\end{equation}
$$S' = \{ (\lambda, r, s) \in \mathbb{C}^3; \lambda \neq 0, r \neq s \}$$
を考える。
このとき,以下の写像は互いに逆写像の関係にある:
$$S \ni \begin{pmatrix} X & Y \\ Z & W \end{pmatrix} \mapsto \left( \frac{X+W}{2}, \frac{X+2Z-W}{X+W}, \frac{-X+2Y+W}{X+W} \right) \in S'$$
$$S' \ni (\lambda, r, s) \mapsto \frac{\lambda}{-r+s} \begin{pmatrix} -r+s+rs & s^2 \\ -r^2 & -r+s-rs \end{pmatrix} \in S$$
次に,楕円錐面$(x-1)^2+4yz=0$について考えます。
曲面$(X-W)^2+4YZ=0$上の点$\begin{pmatrix} X & Y \\ Z & W \end{pmatrix} = \dfrac{\lambda}{-r+s} \begin{pmatrix} -r+s+rs & s^2 \\ -r^2 & -r+s-rs \end{pmatrix}$に対し,
$$(x, y, z) = \left( \dfrac{X}{W}, \dfrac{Y}{W}, \dfrac{Z}{W} \right) = \left( \frac{-r+s+rs}{-r+s-rs}, \frac{s^2}{-r+s-rs}, \frac{-r^2}{-r+s-rs} \right)$$
と置くと,これは$(x-1)^2+4yz=0$を満たしますね。
逆の対応は
$$(r, s) = \left( \frac{x+2z-1}{x+1}, \frac{-x+2y+1}{x+1} \right)$$
によって与えられます。
これも定理としてまとめておきましょう。
二つの集合
\begin{equation}
R = \left\{
(x, y, z) \in \mathbb{C}^3;
\begin{gathered}
(x-1)^2+4yz=0 \\
x+1 \neq 0 \\
x-y+z-1 \neq 0
\end{gathered}
\right\}
\end{equation}
$$R' = \{ (r, s) \in \mathbb{C}^2; r \neq s, -r+s-rs \neq 0 \}$$
を考える。
このとき,以下の写像は互いに逆写像の関係にある:
$$R \ni (x, y, z) \mapsto \left( \frac{x+2z-1}{x+1}, \frac{-x+2y+1}{x+1} \right) \in R'$$
$$R' \ni (r, s) \mapsto \left( \frac{-r+s+rs}{-r+s-rs}, \frac{s^2}{-r+s-rs}, \frac{-r^2}{-r+s-rs} \right) \in R$$
さて,ここから先は余談です。
まず,楕円錐面$(x-1)^2+4yz=0$を見やすくするために$y=u-v$, $z=u+v$と変数変換し,方程式を$(x-1)^2+(2u)^2=(2v)^2$の形にしておきます。
これについて,パラメータ表示
$$(x-1, 2u, 2v) = \left( \frac{2rs}{-r+s-rs}, \frac{-r^2+s^2}{-r+s-rs}, \frac{-r^2-s^2}{-r+s-rs} \right)$$
が得られているわけです。
ここで,$2v=1$という制限を加え,単位円周の部分に着目してみます。
そうすると,パラメータ表示は
$$(x-1, 2u) = \left( \frac{-2rs}{r^2+s^2}, \frac{r^2-s^2}{r^2+s^2} \right) = \left( \frac{2t}{1+t^2}, \frac{1-t^2}{1+t^2} \right)$$
という有名な形に一致します。
($t=\dfrac{s}{-r}$と置きました。$(r, s) \in R'$が$r \neq 0$かつ$\dfrac{-r^2-s^2}{-r+s-rs} = 1$を満たしながら動くとき,$t$は$
\left\{
t \in \mathbb{C};
\begin{gathered}
t \neq -1 \\
1+t^2 \neq 0 \\
1+t+t^2 \neq 0
\end{gathered}
\right\}
$の範囲を動きます。)
以上で,今回のお話は終わりです。
最後まで記事を読んで頂き,ありがとうございました。