このノートでは、q-modular形式の定義について考える。はじめに普通のモジュラー形式の定義を復習し、重要な$\sigma,\tau$作用を見る。
そしてリー代数構造のq類似を考えることで$\sigma,\tau$作用のq類似を提案する。1の冪根,$\hbar \sim 0$のケースでq-modular形式の変形について考察する。
本稿執筆段階では定義や解を構成できていないが、アイデアの共有を目的としている。
対称な流儀を用いる。
\begin{align*}
\binom{n}{m}=\frac{n!}{m!(n-m)!}
\end{align*}
\begin{equation}
[n]_q=\frac{q^n-q^{-n}}{q-q^{-1}},
\quad [n]_q!=\prod_{k=1}^n [k]_q,
\quad \qbinom{n}{k}_q=\frac{[n]_q!}{[k]_q![n-k]_q!}
\end{equation}
\begin{align*}
&\exp_q[x]=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{q^{\binom n2}}{[n]_q!}x^n
\end{align*}
N項での打ち切り
\begin{align*}
&\exp_q^{(N)}[x]=\sum_{n=0}^{N-1}\frac{q^{\binom n2}}{[n]_q!}x^n
\end{align*}
\begin{equation} \partial=\frac{\partial}{\partial z},\quad \theta=z\partial \end{equation}
\begin{equation}
SL_2(\mathbb{R})=\left\{
\left(\begin{array}{ll}
a & b \\
c & d
\end{array}
\right);
\begin{array}{l}
a,b,c,d\in\mathbb{R}\\
ad-bc=1
\end{array}
\right\},\quad
SL_2(\mathbb{Z})=\left\{
\left(\begin{array}{ll}
a & b \\
c & d
\end{array}
\right);
\begin{array}{l}
a,b,c,d\in\mathbb{Z}\\
ad-bc=1
\end{array}
\right\}
\end{equation}
\begin{equation}
\tau=\left(\begin{array}{ll}
1 & 1 \\
0 & 1
\end{array}\right),\quad
\sigma=\left(\begin{array}{ll}
0 & -1 \\
1 & 0
\end{array}\right),\quad
\upsilon=\left(\begin{array}{ll}
-1 & 0 \\
0 & -1
\end{array}\right)\quad \in SL_2(\mathbb{Z})
\end{equation}
保型形式の定義を思い出す。
$\gamma \in SL_2(\mathbb{R})$の関数への作用$\rho$を次のように構成する。
\begin{align*}
&\rho(\gamma):f(z)\mapsto\left(cz+d\right)^{-\lambda }f\left(\frac{az+b}{cz+d}\right),\\
&\gamma=\left(\begin{array}{ll}
a & b \\
c & d
\end{array}\right)
\in SL_2(\mathbb{R})
\end{align*}
$\lambda$を重みという。$\rho$は準同型であり、メビウス変換、一次分数変換などと呼ばれる。
$f(z)$が重み$\lambda$の保型形式であるとは、
(1) $f$が保型性($\rho(SL_2(\mathbb{Z}))$作用の不変性)を持ち
(2) 正則性の条件($z\rightarrow i\infty$及び上半平面で正則)を満たす
ことをいう。
$SL_2(\mathbb{Z})$全体の保型性(フルモジュラー)という条件をゆるめた”レベル”の概念は今回説明しない。
$\tau,\sigma,\upsilon$によって$SL_2(\mathbb{Z})$は生成される。
このことから、保型性は次の3条件に言い換えられる。
\begin{align*}
\rho(\tau)f(z)=f(z+1)=f(z),\\
\quad \rho(\sigma)f(z)=z^{-\lambda}f\left(-\frac{1}{z}\right)=f\left(z\right),\\
\quad \rho(\upsilon)f(z)=\left(-1\right)^{-\lambda}f(-z)=f(z)
\end{align*}
さて、リー群$SL_2(\mathbb R)$の表現$\rho$の微分表現を考える。
つまり次のようにリー代数$sl_2(\mathbb R)$の表現$\rho$を構成する。
\begin{align*} &\rho(h)=2\theta+\lambda,\\ &\rho(e)=-z^2\partial-\lambda z,\\ &\rho(f)= \partial \end{align*}
これはsl2-tripleの表現である。これが満たす関係式は
\begin{align*}
&[\rho(h),\rho(e)]=2\rho(e),\\
&[\rho(h),\rho(f)]=-2\rho(f),\\
&[\rho(e),\rho(f)]=\rho(h)
\end{align*}
である。メビウス変換と微分演算子に関する計算はすでにmathlogに書いている:aka
$\sigma$の作用は、組紐群の自己同型としての作用と実は一致する。
$\sigma$の作用は、$SL_2(\mathbb R)$のoscillator表現におけるフーリエ変換であるように、非自明さの根源となる。
$sl_2$の生成元を用いると、$\sigma$の作用は次のように書ける。
$$
\rho(\sigma)=\exp\left(\rho(e)\right)\exp\left(-\rho(f)\right)\exp\left(\rho(e)\right)
$$
これはルートベクトルに関する鏡映変換に対応する自己同型でもある。
(まぁ正確には、局所冪零な作用になってないのでwell-def性は怪しいが、形式的にはかなり素性のよい演算子である)
そして、$f$は作用$\tau$のリー代数としての生成子である:
\begin{align*}
\rho(\tau)=\exp\left(\rho(f)\right)
\end{align*}
偶数ウェイト$\lambda$の保型性は$f(z)$を言い換えると、$\sigma,\tau$作用の不変性、つまり組紐群作用不変かつ1の周期性を持つこととなる。
(なお、奇数ウェイトの場合、モジュラー形式はゼロのみとなるのでつまらない。)
以上のリー代数構造のq類似としてq-modular formを与える方程式を考える。
量子モジュラー形式のサーベイを参考に計算しているmur
現在、q-modular形式は明確な定義はないが、ここでは$\sigma,\tau$の適切なq類似の作用での不変性を持つことを要請する。
$sl_2(\mathbb R)$の(普遍展開環の)量子化は神保・ドリンフェルトの量子群$U_q=U_q(sl_2)$である。
表現の量子化は、$q$-微分作用素を用いて次のように定義される。
\begin{align*}
\rho(h)&=2\theta+\lambda,\\
\rho(e)&=-z[\theta+\lambda z],\\
\rho(f)&= \frac 1z[\theta],\\
k^{\pm 1}&=q^{\pm h}
\end{align*}
量子群の表現の満たす関係式は
\begin{align*}
&[\rho(h),\rho(e)]=2\rho(e),\\
&[\rho(h),\rho(f)]=-2\rho(f),\\
&[\rho(e),\rho(f)]=[\rho(h)]_q
\end{align*}
である。
以下、$\rho$は省略する。
$U_q$への組紐群の自己同型としての作用は、次のように定義される:
\begin{align*}
\sigma=\exp_{q^{-1}}\left[eq^{-1}k^{-1}\right]\exp_{q^{-1}}\left[-f\right]\exp_{q^{-1}}\left[eqk\right]q^{\frac 12 h(h+1)}
\end{align*}
nak,saiを参考にした。$t_i\rightarrow k_i$と置き換えている。
$\tau$の作用については、まだ"適切さ"がわかっていない。「1の周期性」または、「$\tau=\exp(f)$を$\exp\rightarrow \exp_{q^{-1}}$に置き換えた作用の不変性」のどちらかを選択する必要がある。
Cauchyの二項定理によれば、
\begin{align}
\exp_q\left[\frac az[\theta]q^{\theta}\right]\cdot x^M=&\sum_{n\geq 0}a^nq^{nM}\qbinom{M}{n}_qx^{M-n}\\
=&\sum_{n\geq 0}q^{-2\binom n2}\binom{M}{n}_{q^{-2}}q^{n(2M-1)}a^nx^{M-n}\\
=&\prod_{n=0}^{M-1}\left(x+aq^{2n+1}\right)
\end{align}
のように並進移動のq類似が得られる。因子ごとに$q^2$倍だけ違う幅だけ並進移動する、と解釈できる。しかし、なにが"良い"q類似なのか、という答えは不明なままである。代数的に答えを探したい。
量子群のmodule algebraを考察する際に、関数環が非可換化、変形されることを踏まえると、この場合も関数環に特殊な積を導入する必要があるかもしれない。しかし、module algは重さ0の場合でしか存在しない。(多分)
いずれにせよ、$\sigma$作用はほぼ確定的で、かなり非自明な関数の等式を強制するので、まずは$\sigma$作用の不変性をもつ関数を考えることが先決である。
上記のq類似の$\sigma$作用で不変な関数はあるか?
もし上記の$\sigma,\tau$から生成される変換q-mebius変換が良い収束性を示すならば、ラマヌジャンが発見していてもおかしくない。
後に記述するように、これは収束性が悪く、具体的な関数への作用を考えることの障壁となる。それが、今日までq-modularが定式化されていない理由だと考えている。量子群の発見自体が1980年ごろなので、まぁRamanujanは知らないだろうけど。
単に$sl_2$の表現の観点から見てきたが、そもそも関数方程式としてはq-modularは強すぎて存在し得ない可能性もある。特殊値としての等式が導かれる現象を捉えるという方向性が考えられると思う。
q類似であるので、$q\rightarrow 1$の極限で普通のモジュラー形式に帰着すると期待される。しかし、対応関係が奇妙だが、保型形式はもとからqが現れている。
(別のqと思えばよいのかもしれないが)
もう一つの方向性として、$q\rightarrow \zeta_N=\exp\left({2\pi i}/{N}\right)$の極限を考える。
これにより、$[N]_q=0$となるので、式が幾らか簡単になるはず(と思ったが、逆に組み合わせ的に複雑になった)。
\begin{align*}
\exp_{q^{-1}}\left[-f\right]=\sum_{n=0}^\infty q^{-\binom n2}\left(-\frac 1z\right)^n\qbinom{\theta}{n}_q
\end{align*}
のように計算される。q二項係数に関して次の公式が成立する(と思う)
$k=k_1N+k_0,~~n=n_1N+n_0,~~0\leq n_0,k_0< N,~~n\geq k, q=\zeta_N,\quad $
$$\binom nk_q=\binom{n_1}{k_1} \binom {n_0}{k_0}_q$$
これを用いれば、有限和のケースを考えることができる。しかし、すべてを級数で計算すると、収束半径に問題が生じる。$\exp_q[-f]$の場合は、二項係数の公式により、
$$\sum_{n_1=0}^\infty (-1/z)^{n_1N}\binom{k+n_1}{n_1}$$
のような級数が出る。しかし、$\exp_q[eqk]$の場合は、
$$\sum_{n_1=0}^\infty z^{n_1N}\binom{k+n_1}{n_1}$$
のような級数となる。2つの級数の収束域が$\abs{z}>1,\abs{z}<1$なので、解析接続が必要となる。
このあたりの計算は難しくないが、煩雑な計算を要するので、コンピュータに任せて解析したい所存である。通常のメビウス変換の場合は、$z^n$への作用が級数で明確に得られたが、今回の場合はq級数の議論が煩雑なため、能力が足りない(し、解析接続が必要なので、ただの級数計算では解決できない)。
$$q^z=1+\hbar z+\frac{\hbar^2}2z^2+\cdots$$
$$[z]=z+\frac{\hbar^2}{6} (z^3-z)+\frac{\hbar^4}{360}(z^3-z)(3z^2-7)+\cdots$$
$$\exp_{q^{\pm 1}}[z]=e^z\left(1\pm\frac{\hbar}2z^2+\cdots\right)$$
(これより上の項の計算結果ってどっかに載ってないのかな)
古典のsl2-tripleを$(e_0,h_0,f_0)$、$\sigma_0=\exp(e_0)\exp(-f_0)\exp(e_0)$とすると、
$$\sigma=(1+\hbar f_0e_0+O(\hbar^2))\sigma_0$$
となる。(計算途中は面倒なので略)
古典的な保型形式に比べ、$f_0e_0=(\theta+1)(\theta+\lambda)$の分の変形が入っている。これがmockの成分として入るような関数を考えられないだろうか?q-modular関数$g=g_0+\hbar g_1$は$\sigma$の固有関数だとすると、
$f_0e_0g_0=(1-\sigma_0)g_1$
という関数方程式を満たさなければならない。このように、$\hbar^n$に関する展開から微分方程式を立てて精密化する、という方向性もあると思うが、n=2でさえやる気が起きないレベルなので困った。一応$e_0,h_0,f_0$の多項式程度の式で書ける。
計算が複雑すぎて、コンピュータで実装できるまで放置しているが、次のような表現の理解が自分には足りていない。
量子群のAd表現は作用素的にはどのように解釈できるか?
$\sigma$と$e,f,h $との交換関係は?
今回もっとも伝えたかったのは、この組紐群作用の表現である。それは古典ケースの場合では、フーリエ変換や$z\mapsto -1/z$という非自明な変換を作り出す。フーリエ変換自体がかなり強い道具であるし、ポアソン和公式もかなり強力である。そのような古典的な道具のq類似を作りだせないか?というのは自然な動機であると思う。
q-Fourier変換は存在するか?
いくつか論文はヒットするが、量子群の表現の観点から説明するものにはまだ出会っていない。$U_q(sl_2)$のoscillator表現はかなり前から知られているので、そこから組紐群作用を計算することで、q-Fourier変換は計算できそうに思う。しかし、代数的な方法(級数計算)では発散を避けられない(実際、$~_2\phi_0$などという級数が出てきて死ぬ)。漸近展開のレベルでの等式としては得られそうである。
q-Fourier変換の(q-)積分表示と微分演算子の表現との対応は?
q-Fourier変換の具体例は?
$q=\zeta_N$の特殊化は何をもたらすか?
Poisson和公式のq類似はあるか?
Peter-Weyl定理との関連は?