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大学数学基礎解説
文献あり

普遍性についての覚え書き

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圏論を勉強していると,よく「普遍性」という言葉が目に入ってきます.
この「普遍性」というものは非常に重要な概念であるようなのですが,その一方でやや分かりにくいような気がしてしまいます.
そこで,いくつかの例を通じて,普遍性について整理します.

そもそも普遍性とは

Leinsterには,次のような記述があります.

「ある条件を満たすなにがしがただ一つ存在する」という文言は,〔中略〕描写される対象〔中略〕が,それが住んでいる世界の全体〔中略〕とどのように関係しているか述べているので,「普遍性」とよばれる.

自分なりにこの文を解釈します.

普遍性の解釈

$C$を圏とし,$\mathrm{Ob}$をその対象とする.また,$a,\, b \in \mathrm{Ob}$に対し,$a$から$b$への射全体を$\mathrm{Hom}(a,\, b)$と書くことにする.
$a \in \mathrm{Ob}$を1つ固定したとき,任意の$b \in \mathrm{Ob}$に対して,$\mathrm{Hom}(a,\, b)$であって,特殊な性質(これは時と場合による)を満たすものがただ一つしかないのであれば,この$a$普遍性を持つということにする.

先ほど引用した文章と照らし合わせると,

  • 固定した$a \in \mathrm{Ob}$が『描写される対象』.
  • 任意の$b \in \mathrm{Ob}$が『それが住んでいる世界の全体』(の代表).
  • 『ある条件』$\mathrm{Hom}(a,\, b)$が『関係』.
    と捉えることができます.
    この後すぐ登場しますが,実際には『描写される対象』はただ1つの対象からなるとは限りません.しかしながら,その場合でも同じように普遍性を解釈することができそうです.

なぜ「普遍性」という名前なのか

あくまで私の解釈ですが,圏$C$における対象$a$が普遍性を持っているとき,どの対象$b$を持ってきたとしても,この$b$$a$との『関係』を持っていることになります.この意味で$a$は「普遍的に存在」しているので,普遍性と呼ばれています.多分.

普遍性の例その1 - 直積

集合の圏$\mathbf{Set}$

全ての集合の集まりを対象,集合間の写像を射とする圏を集合の圏$\mathbf{Set}$とよぶ.

普遍性の例で最もよく目にするのが,直積の普遍性だと思われます.先ほどの普遍性の解釈と照らし合わせて,よくよく観察してみることにします.

普遍性による直積の定義

$X,\, Y$を集合(すなわち$\mathbf{Set}$の対象)とする.集合$Z$および$\pi_1 \in \mathrm{Hom}(Z,\, X),\, \pi_2 \in \mathrm{Hom}(Z,\, Y)$からなる3つ組$(Z,\, \pi_1,\, \pi_2)$であって,次の性質:

  • 任意の集合$A$および$f_1 \in \mathrm{Hom}(A,\, X),\, f_2 \in \mathrm{Hom}(A,\, Y)$に対し,$\pi_1 \circ h = f_1,\, \pi_2 \circ h = f_2$を満たす$h \in \mathrm{Hom}(A,\, Z)$がただ一つ存在する.

を満たすものを,$X,\, Y$直積とよび,$Z = X \times Y$と表す.

この性質を直積の普遍性と呼ぶようです.これが本当に普遍性と呼ぶに相応しいものなのか,先ほどの解釈と照らし合わせて確認してみましょう.
まず,この場合における『描写される対象』とは,3つ組$(Z,\, \pi_1,\, \pi_2)$です.したがって,ここからはこの3つ組に注目して話を進めることとなります.
続いて,この対象が『住んでいる世界の全体』とはどこなのかを考えてみます.3つ組を考えているとはいえ,直積のメインは集合$Z$ですから,主に考えるべきはやはり$\mathbf{Set}$の対象でしょう.$\mathbf{Set}$の対象全員との関わりを考える必要があるので,普遍性は「任意の集合$A$」という文言からスタートします.
最後に,ここまで来れば『関係』が何なのかは明らかで,これは$\mathrm{Hom}(A,\, Z)$のことです.この『関係』がただ一つである,ということを普遍性は主張しています.
では,この場合に満たしてほしい「特殊な性質」とは何なのでしょうか.わざわざ直積を3つ組で定義していることからもわかるように,直積においては射影$\pi_1,\, \pi_2$が非常に重要な役割を演じます.$\pi_1 \circ h = f_1,\, \pi_2 \circ h = f_2$というのは,(おそらく)「射影の整合性」を要求していると考えて良さそうです.
以上のことをまとめると,

  • $(Z,\, \pi_1,\, \pi_2)$が『描写される対象』
  • 任意の集合$A$が『それが住んでいる世界の全体』(の代表)
  • 『ある条件』,すなわち射影との整合性が取れる$h : A \to Z$$A$$Z$の『関係』

と捉えられます.したがって,この性質は普遍性と呼んで差し支え無さそうです.

普遍性の例その2 - 相対位相

位相空間の圏論$\mathbf{Top}$

全ての位相空間の集まりを対象,位相空間の間の連続写像を射とする圏を位相空間の圏$\mathbf{Top}$とよぶ.

この記事を書くきっかけとなったのが,次の定義で躓いたことでした.

普遍性による相対位相の定義

$(X,\, \mathcal{O}_X)$を位相空間とし,$Y \subseteq X$とする.また,$\iota : Y \to X$を包含写像とする.このとき,$Y$の位相$\mathcal{O}_Y$であって,次の性質:

  • 任意の位相空間$(Z,\, \mathcal{O}_Z)$および任意の写像$f : Z \to Y$について,「$f$が連続 $\iff$ $\iota \circ f$が連続」が成立する.

を満たすものを,$Y$の相対位相と呼ぶ.

これも解釈と照らし合わせると,

  • $\mathcal{O}_Y$が『描写される対象』
  • 任意の位相空間$(Z,\, \mathcal{O}_Z)$が『それが住んでいる世界の全体』(の代表)
  • 『ある条件』,すなわち包含写像との整合性が取れる$f : Z \to Y$$Z$$Y$の『関係』

と捉えることができます.よってこれも普遍性と呼んで差し支え無さそうです.

まとめ

よくよく観察してみると普遍性とは確かに「普遍性」と呼ばれるに相応しい概念であり,さらに周辺の対象や射との整合性を要求する,非常に強い性質であることがわかりました.
普遍性を用いることにより,集合論や位相空間論,更には代数の様々な概念を特徴付け,統一的に扱うことができるようです.普遍性に恐れずに圏論に挑んでいきたいですね.

圏論については学び始めたばかりであり,認識が曖昧な点が多く,誤った記述が含まれている可能性があります.お気づきの点などございましたらご指摘いただけますと幸いです.

参考文献

[1]
T.レンスター, ベーシック圏論, 丸善出版, 2019, 2
投稿日:20231011

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