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大学数学基礎解説
文献あり

エネルギー運動量テンソルのいくつかの定義に関して

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【修正履歴】

  • 15Jun2023: Minkowski計量をημν=diag(1,1,1,1)とし、これに整合的になるように全ての式を変更しました。この場合、Einstein-Hilbert作用の係数が負のときに計量の変分に関して作用に極小値が存在します(Ref.[2]§93参照)。そのため作用の符号を負にしました。
  • 16Sep.2023: 電磁場のエネルギー・運動量テンソルの符号が間違っていたので修正しました
    【誤】 Tμν=FμαFνα14ημνFαβFαβ
    【正】 Tμν=FμαFνα+14ημνFαβFαβ
    (ashangさん、ご指摘ありがとうございました)



エネルギー運動量テンソル(Energy-Momentum Tensor, EMT)は「時間あるいは空間一定面を横切るエネルギーおよび運動量の流束を表す物理量」です(天文学辞典 https://astro-dic.jp/energy-momentum-tensor/ より)。これはまたニュートン力学における応力テンソルの相対論的拡張とも言えます。

本記事では、場の理論における3つの違うEMTの定義

  • 正準エネルギー運動量テンソル
  • 計量テンソルによる作用の変分で定義されたエネルギー運動量テンソル
  • Belinfante-Rosenfeld stress-energy tensor

に関して述べます。そして具体的にU(1)ゲージ理論

U(1)ゲージ理論

L=14FμνFμν,   Fμν:=μAννAμ,運動方程式(Equation of Motion): μFμν=0

に対してEMTを構成することで、それぞれのEMTの欠点・利点に言及します。

正準エネルギー運動量テンソル

エネルギーと運動量はそれぞれ時間並進および空間並進に対するネーターカレントです。正準エネルギー運動量テンソルは、座標の並進変換により定義される以下のEMTです。

正準エネルギー運動量テンソル

TCμν:=(L(μϕi))νϕiημνL

ϕiiを成分の足にもつ場であり、ηはMinkowski計量ημν=diag(1,1,1,1)です。Cはcanonicalを表します。以下このEMTを導出します(Ref.[1]に基づく)。

正準エネルギー運動量テンソルの導出

座標の微小な並進変換xμxμ=xμδxμに対し、ϕ(x)=ϕ(x)のように座標の変化を打ち消すように関数形が変換するものとする。このときϕ(x)=ϕ(x)δxννϕ(x)=ϕ(x)δxννϕ(x)であるから(δxνがかかると場の微小変化は無視できる)
ϕ(x)=ϕ(x)δxννϕ(x)=ϕ(x)
よって
δϕi(x):=ϕi(x)ϕi(x)=δxννϕi,δ(μϕi(x))=μ(δxννϕi)=δxν(μνϕi)+(μδxν)νϕi
となる。このδϕiは同一座標値点での場の変化であり、Lie微分と呼ばれる。
ここでLの変分を考える:
δL=Lϕiδϕi+L(μϕi)δ(μϕi)=Lϕiδxννϕi+L(μϕi)(δxν(μνϕi)+(μδxν)νϕi)=δxννL+L(μϕi)(μδxν)νϕi
よって
δS=d4xδL=d4x(δxννL+L(μϕi)(μδxν)νϕi)=d4x[νLμ(L(μϕi)νϕi)]δxν=d4x μ[δμνLL(μϕi)νϕi]δxν
これが任意のδxνでゼロになるから、μ[]の部分はゼロであり、[]は保存する。これより公式1のTCは保存し、ネーターカレントであることがわかる。

U(1)ゲージ理論に対しTCを計算すると以下を得ます。
TCμν=FμανAα+14ημνFαβFαβ

これをみると以下のような特徴があることがわかります:

  1. μνに対し対称でない
  2. ゲージ不変でない

canonical EMTはネーターカレントという「正統な」EMTではあるのですが、これらのあまり嬉しくない特徴を持ちます。さらに系によっては計算が次の章で紹介するEMTと比較して大変というおまけもつきます。これはその定義に場の微分が含まれることによります。もっともU(1)ゲージ理論の場合はcanonical EMTでも計算は簡単です。内部自由度が存在したり、非線形表現の場を含む理論のように場の運動項が単純ではない場合、計算が面倒になります。

計量テンソルの変分によるエネルギー運動量テンソル

Einstein-Hilbert作用に物質場を取り入れ、計量テンソルによる変分に関し停留条件を課し、これとEinstein 方程式を比較することでEMTを定義することができます。それが以下のEMTです。

計量テンソルによる変分から定義されるEMT

TGμν:=2ggLMgμν=2LMgμνgμνLM
ここでLMは物質場(電磁場等ゲージ場も含む)に計量テンソルを結合させたラグランジアン密度である。

以下TGの導出です。

Einstein-Hilbert作用からEMTを定義する

Einstein-Hilbert作用に物質場を取り入れたものは以下。
S=d4x(12κR+LM)g
これを変分すると次のようになる:
δS=d4x(12κδRg12κRδg+δ(gLM))=d4x(12κ(δgμνRμν+gμνδRμν)g12κRδg+δ(gLM))
クリストッフェル記号の変分δΓがテンソルであることを用いて計算すると、上式のgμνδRμνgの項は全微分の形で書けることがわかる(Ref.[2])。よってその積分は表面項となり、境界を無限遠に設定すれば積分には寄与しない。
δg=12ggμνδgμνを用いると、上の式は次のように書けることがわかる:
δS=d4x(12κδgμνRμνg12κRδg+δ(gLM))=d4x 12κ(Rμν12Rgμν2κggLMgμν)g δgμν
これが任意のδgμνに関し成立するから
Rμν12Rgμν=2κggLMgμν
であり、Einstein eq.と比較することで右辺が(κ×エネルギー運動量テンソル)に対応することがわかるから公式2を得る。

この定義から導かれるU(1)ゲージ理論のEMTは、LM=14gμαgνβFμνFαβとして計算すると
TGμν=FμαFνα+14ημνFαβFαβ
となります。ここでgμνをMinkowski metricημνに置き換えました。

この定義は大変よい性質を持ちます:

  1. μνに対し対称
  2. ゲージ不変

TG00を計算すると TG00=12(E2+B2)となります。これは電磁場のエネルギー密度であり、またゲージ不変です。TGは計算が簡単というおまけもつくので、使い勝手のよい定義です。

Belinfante-Rosenfeld stress-energy tensor

canonical EMTのimprovement

canonical EMTを改良します。EMTには全微分の不定性が存在することから、TCμνα(FμαAν)を足してもよいです。すると
T~Cμν:=TCμν+α(FμαAν)=TCμν+FμααAν   ( Equation of Motion)=FμαFνα+14ημνFαβFαβ
を得ます。これはTGμνに一致します。このように全微分の不定性を用いることで、canonical EMTがμνの対称性およびゲージ不変性を持つように改良することができます。

Belinfante tensor: canonical EMTの系統的な改良

上で付加した項は天下り的に導入しましたが、このような改良を系統的に行う方法が存在し、Belinfante improvementなどと呼びます。またこの方法で得られるEMTはBelinfante-Rosenfeld stress-energy tensorと呼ばれます。

Belinfante-Rosenfeld stress-energy tensor

Belinfante-Rosenfeld stress-energy tensor TBは以下のように定義される(Ref.[3]):

TBμν:=TCμν+αBαμν,Bαμν=12(ΠαΣμν+ΠμΣναΠνΣαμ)φ

ここでφは任意のLorentz表現の場である(Lorentzおよび内部自由度の添字やその積は非明示的になされているとする)。Πφの共役運動量であり、以下で定義される:

Πα:=L(αφ)

Σμνはスピン行列であり、Σμν=Σνμを満たす。また以下の交換関係を満たす:

[Σμν,Σλρ]=ημρΣνλημλΣνρ+ηνλΣμρηνρΣμλ
ここで[,]は交換子を表す。

具体的に、(0,0),(1,0),(2,0) tensorのΣの具体的な表式は以下のようになります:

Σμν=0,(Σμν)AB=ημAδνBηνAδμB(Σμν)ABCD=ημAδνCδBDηνAδμCδBD+ημBδνDδACηνBδμDδAC

spinorの場合は以下:

(Σμν)ψψ=14[γμ,γν]=i2σμν,(Σμν)ψ¯ψ¯=14[γμ,γν]=i2σμν,(Σμν)ψψ¯=0=(Σμν)ψ¯ψ,

ここで[,]±+が反交換子、が交換子を表す。またγμは以下を満たすClifford algebraの元です:

[γμ,γν]+=2ημν,   σμν=i2[γμ,γν]

以下Belinfante-Rosenfeld stress-energy tensorが対称になることを示します。

TBμνが対称になることの証明

以下Ref.[3]に基づく。
次が成立すると仮定する:

(1)TCμνTCνμ=αHαμν    (このとき Hαμν=Hανμ)

ここでBαμν

Bαμν=12(Hαμν+HμναHναμ)

で定義する。すると

Bαμν=Bμαν,   BαμνBανμ=Hαμν

が成立する。これらよりTBμν:=TCμν+αBαμνに対して

TBμνTBνμ=(TCμνTCνμ)+α(BαμνBανμ)=0

となることがわかる。よってこのときTBμνμνに対し対称になる。


さて、Lorentz変換に対する座標および場の変換性は無限小変換に対し以下である:

xμxμ=xμ+ωμνxν, |ωμν|1, ωμν=ωνμ,φA(x)φA(x)=[δAB+12ωμν(Σμν)AB]φB(x)

よってδφ(x)

δφ(x)=φ(x)φ(x)=12ωλρ[(xλρφxρλφ)+Σλρφ]

となる。この変換に対するネーターカレントは以下:

Mμλρ=(xλTCμρxρTCμλ)+ΠμΣλρφμMμλρ=0

これはλρに対して反対称。μMμλρ=0を用いると以下がわかる:

μMμλρ=0TCλρTCρλ=μ(ΠμΣλρφ)

よって、並進変換に関して不変な理論がLorentz 不変でもあれば、canonical EMTの反対称部分はμ(ΠμΣλρφ)のように全微分の形で具体的に与えられる。これとEq.(1)を見比べると、

Hαμν=ΠαΣμνφ

として、Bαμν

Bαμν=12(ΠαΣμν+ΠμΣναΠνΣαμ)φ

のように定めれば確かにTBμν:=TCμν+αBαμνは対称になる。

Belinfanteテンソルの構成は、Lorentz変換のネーターカレントである「4元角運動量」にcanonical EMTが出現し、その反対称部分が具体的に全微分で書けるという事実に基づきます。

U(1)ゲージ理論、すなわちφがvector field: Aμの場合を考えます。このとき

(Πμ)α:=L(μAα)=14[(μAα)+(αAμ)](Σμν)AB=ημAδνBηνAδμB

これらよりBαμνは以下のように計算できます:

Bαμν=12[(Πα)A(Σμν)ABAB+(Πμ)A(Σνα)ABAB(Πν)A(Σαμ)ABAB]=12{14[(αAA)+(AAα)](ημAδνBηνAδμB)AB+14[(μAA)+(AAμ)](ηνAδαBηαAδνB)AB14[(νAA)+(AAν)](ηαAδμBημAδαB)AB}=FαμAν

Canonical EMTは

TCμν=FμανAαημνL

であるから、TBμνは以下のように得られます:

TBμν=FμανAαημνL+αBαμν=FμανAαημνLα(FαμAν)=FμανAαημνL+FμααAν   ( Equation of Motion)=FμαFναημνL

これは確かにμνに対し対称であり、またTGに等しいです。さらにはこの構成法ではEMTのゲージ不変性も保証されます。

おしまい。

参考文献

[1]
長島順清, 素粒子物理学の基礎 I, 朝倉物理学大系, 朝倉書店, 1998, 135-
[2]
エリ・デ・ランダウ、イェ・エム・リフシッツ, 場の古典論 =電磁力学、特殊および一般相対論= , ランダウ=リフシッツ理論物理学教程, 東京図書株式会社, 1978, 306-
投稿日:2023520
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  1. 正準エネルギー運動量テンソル
  2. 計量テンソルの変分によるエネルギー運動量テンソル
  3. Belinfante-Rosenfeld stress-energy tensor
  4. canonical EMTのimprovement
  5. Belinfante tensor: canonical EMTの系統的な改良
  6. 参考文献