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大学数学基礎解説
文献あり

時空の構造を知るための多様体の基礎事項(1)

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時空の因果関係とはどのようなものでしょうか。それは相対性理論を考慮しない古典力学の範疇においては単純明快です。Newtonが要請した絶対時間の概念から慣性系は一般にGalilei変換によって移り変わり、非慣性系においてもその明快さは相対性理論と比べても明らかなものであり、時間と空間の概念を私たちは疑うことは基本的にないでしょう。
しかし、厳密には時間と空間とは古典力学から示されるように独立した存在ではなく相互に作用しあって時空というものが成り立っています。この記事において考えることはこの複雑に絡まりあった時空という概念を数学的にどのように記述するかです。筆者自身も勉強中であり、自分の考えていることを明確に言葉にするためにこのMathlogに記事を投稿していきます。
この記事の最終的な目標は「The large scale structure of space-time」を解説することです。少しずつ更新していくつもりです。
最初に、この記事においては多様体の定義と接ベクトルを見ます。多様体とは、イメージとしては局所的にユークリッド空間とみなせる空間と考えることができます。ユークリッド空間でない空間を直観的に考えるのはやや難しいですが、空間全体を見た時にどこかしらに歪みが生じており、その近くではユークリッド空間のような平坦な構造とは異なる。と考えればよいでしょう。しかしそのような部分的な空間が存在してもその歪みが無視できる程度まで拡大することで、「局所的には」平坦なユークリッド空間とみなすことができるということです。

多様体

正確には、多様体とは以下によって定義されます。(細かい流儀はあるのですが、今はそれほど深く入り込むことはしません。)

$r$階微分可能$n$次元多様体

集合$M$は位相空間であり、開集合系$\lbrace U_{\alpha}\rbrace$が存在する。この開集合系に対して、同相写像$\phi_{\alpha}:U_{\alpha}\rightarrow \phi_{\alpha}(U_{\alpha})\subset R^n$が定義できて、$C^r$級アトラス$\lbrace U_{\alpha},\phi_{\alpha}\rbrace$が存在するとき、$M$$C^r$$n$次元多様体という。アトラスの各点$(U_{\alpha},\phi_{\alpha})$を座標近傍という。アトラスは以下の性質を満たす。
\begin{equation} (1)U_{\alpha}はMの開被覆である。すなわち\bigcup_{\alpha}U_{\alpha}=M \end{equation}
(2)$U_{\alpha}\cap U_{\beta}\neq\varnothing$であれば$\phi_{\alpha}\circ\phi_{\beta}^{-1}:\phi_{\beta}(U_{\beta}\cap U_{\alpha})\rightarrow\phi_{\alpha}(U_{\beta}\cap U_{\alpha})$$R^n$から$R^n$への写像となるが、これが$r$階微分可能な同相写像である。

どの$U_{\alpha}$$\phi_{\alpha}$により定義された$R^n$上の開集合であり、それらを局所座標といいます。条件(2)はこのような局所座標どうしの共通部分の間で座標の変換則がわかっているので、多様体上のある点$p$を局所座標$U_{\alpha}$で表しても$U_{\beta}$で表しても同じことであると考えることができます。つまり、局所座標の貼り合わせがうまくできているということで、多様体とはこのような局所座標の貼り合わせであると考えることができます。
例を1つ見てみます。$R^3$上の単位球面$S^2$は2次元多様体となっています。球面上に局所座標系を設定したいのですが、例えば$N=(0,0,1),S=(0,0,-1)$として開集合$U_{N},U_{S}$
\begin{equation} U_N=\lbrace(x_1,x_2,x_3)\in S^2|(x_1,x_2,x_3)\neq N\rbrace \end{equation}
\begin{equation} U_S=\lbrace(x_1,x_2,x_3)\in S^2|(x_1,x_2,x_3)\neq S\rbrace \end{equation}
とします。すると$\lbrace U_N,U_S\rbrace$$S^2$の開被覆になっています。この開被覆のそれぞれに対して$R^2$への同相写像を設定することができるならば、これらの間にこのような写像を見出すことは難しくありません。まず、$U_N$上の1点をとります。この点を$p$として$N$$p$を結ぶように直線を引きます。すると$xy$平面との交点ができるので、この点を$(y_1,y_2)$とおきます。写像$\varphi:U_N\rightarrow R^2$を点$p$からこの点への写像と定義すると、この$(y_1,y_2)=\varphi(x_1,x_2,x_3)$が点$p$の局所座標表示となります。具体的には
\begin{equation} (y_1,y_2)=(\frac{x_1}{1-x_3},\frac{x_2}{1-x_3})=(\frac{x_1}{1-\sqrt{1-x_1^2-x_2^2}},\frac{x_2}{1-\sqrt{1-x_1^2-x_2^2}}) \end{equation}
が点$p$の座標表示となります。ただし、$U_N$だけでは$S^2$全体を被覆できていないので、$U_S$も同じように考える必要があります。$\lbrace(U_N,U_S)\rbrace$$S^2$の開被覆となっていることに注意すると、あとは$U_S$上にも座標近傍を定義して、座標変換が可能であることを示せば$S^2$が多様体であることがわかります。点$S$$U_S$上の1点$p$を通る直線と$xy$平面の交点は
\begin{equation} \varphi'(y_1,y_2)=(\frac{x_1}{1+x_3},-\frac{x_2}{1+x_3}) \end{equation}
となります。この間の座標変換は$C^{\infty}$級なので、$C^{\infty}$級2次元多様体であることがわかります。
今回選んだ開集合系以外にも座標近傍の取り方はたくさんあります。例えば、$U_{i+}=\lbrace(x_1,x_2,x_3)|x_i>0\rbrace, U_{i-}=\lbrace(x_1,x_2,x_3)|x_i<0\rbrace $とするとこの$6$個の開集合系は座標近傍系になります。このように人によって異なる座標近傍を使ってはややこしいし、さらに$\lbrace U_N,U_S\rbrace$のようなおおきな座標近傍しか設定していないと局所的な議論が難しくなってしまうので、通常多様体には極大アトラスが入っていると考えます。極大アトラスとは、考えうる全ての座標近傍の集合です。これによってアトラスの任意性を排除した議論ができます。

接ベクトル

次に、多様体の各点において接ベクトルを定義します。その前に、ベクトルとは何か、皆さんの頭の中で考えてみてください。言わずもがな、ベクトルとはベクトル空間の元です。歪んで見える多様体も十分近くで見てみるとまっすぐ見えることでしょう。ここでは多様体の各点を十分小さい領域でのみ考えて、各点に対してベクトル空間を対応させます。また、ベクトルは幾何学的な量であることも忘れないでください。幾何学的な量とはどの座標系のとり方によらない量であるということです。
$M$を多様体とし、その1点を$p$とします。$M$上の曲線$\lambda(t):\mathbb{R}\rightarrow M$において、$p=\lambda(t_0)$とします。このとき、作用素$(\partial /\partial t)|_{t=t_0}$は多様体上の関数$f:M\rightarrow \mathbb{R}$に対して作用し、1つの実数を返すような写像、つまり$(\partial/\partial t)_{\lambda}|_{t=t_0}:\mathcal{F}_M\rightarrow \mathbb{R}$($\mathcal{F}_M$は多様体上の関数の集合)と考えることができるわけです。これを関数$f$の点$p=\lambda(t_0)$における曲線$\lambda$方向への方向微分といいます。具体的には
\begin{equation} \Bigl(\frac{\partial{f}}{\partial{t}}\Bigr)_{\lambda}\Big|_{t=t_0}=\lim_{s \to 0}\frac{f(\lambda(t+s))-f(\lambda(t))}{s}\Big|_{t=t_0} \end{equation}
と書きます。点$p$を含む座標近傍において、座標系が$(x_1,x_2,\cdots,x_n)$であったとすると、この実数値は以下のようにあらわすこともできます。
\begin{equation} \Bigl(\frac{\partial f}{\partial t}\Bigr)\Big|_{t=t_0}=\sum_{i=1}^{n}\frac{dx^i(\lambda(t))}{dt}\Big|_{t=t_0}\Bigl(\frac{\partial f}{\partial x^i}\Bigr) \end{equation}
故に、点$p$における方向微分は座標近傍の偏微分作用素の線形結合としてあらわされます。
\begin{equation} \Bigl(\frac{\partial}{\partial x_1}\Bigr)_p,\Bigl(\frac{\partial}{\partial x_2}\Bigr)_p,\cdots,\Bigl(\frac{\partial}{\partial x_n}\Bigr)_p \end{equation}
逆に、これらの任意の線形結合$V^j(\partial/\partial x^j)$が与えられた場合、($V^j$は任意の実数である。)$(\partial/\partial t)_{\lambda}|_{t=t_0}=V^j(\partial/\partial x^j)_p$となる$\lambda(t)$が存在します。具体的には、
\begin{equation} x^i(\lambda(t))=x^i(p)+V^it \end{equation}
とするとよいです。
この方向微分を$(\partial f/\partial t)_{\lambda}|_{t=t_0}=X(f)$と書きます。この点$p$における方向微分(実際には、方向微分作用素のうち上の基底の張る部分空間ですが、今は気にしなくてよいと思います。)の集合について、以下のように自然に和とスカラー倍を定義することができます。
\begin{equation} (\alpha X+\beta Y)(f)=\alpha(X(f))+\beta(Y(f)) \end{equation}
こうすることで、点$p$上の方向微分作用素がベクトル空間となり、このベクトル空間が接ベクトル空間といいます。接ベクトル空間の元、つまりある方向への方向微分を接ベクトルといいます。
このままでは接ベクトル空間が特別な座標を用いて定義されているように感じられるために接ベクトルは座標の取り方に依存すると考えるかもしれませんが、例えば2つの座標系$(x_1,x_2,\cdots,x_n)と(y_1,y_2,\cdots,y_n)$をとったとすると、これらの間には座標変換が定義されているのでした。
\begin{equation} \begin{split} &y_1=f_1(x_1,x_2,\cdots,x_n)\\& y_2=f_2(x_1,x_2,\cdots,x_n)\\& \vdots\\& y_n=f_n(x_1,x_2,\cdots,x_n) \end{split} \end{equation}
基底どうしの関係は連鎖律から
\begin{equation} \Bigl(\frac{\partial}{\partial x^i}\Bigr)_p=\sum_{j=1}^{n}\frac{\partial y^j}{\partial x^i}\Bigl(\frac{\partial}{\partial y^j}\Bigr)_p \end{equation}
のように結ばれることがわかるでしょう。これより、$(\partial/\partial x^i)は(\partial/\partial y^j)$の線形結合でかかれるために
\begin{equation} \Bigl(\frac{\partial}{\partial x_1}\Bigr)_p,\Bigl(\frac{\partial}{\partial x_2}\Bigr)_p,\cdots,\Bigl(\frac{\partial}{\partial x_n}\Bigr)_p \end{equation}
の張るベクトル空間は
\begin{equation} \Bigl(\frac{\partial}{\partial y_1}\Bigr)_p,\Bigl(\frac{\partial}{\partial y_2}\Bigr)_p,\cdots,\Bigl(\frac{\partial}{\partial y_n}\Bigr)_p \end{equation}
の張るベクトル空間に属していることがわかります。($(\partial/\partial y)$を基底として線形結合で表されているため)
一方、$xとy$を入れ替えて同じことをするとその逆も言えます。これより2つの基底が張るベクトル空間は同じものなので、このベクトル空間は座標近傍の取り方に依存しないということがわかりました。このことは重要なので、命題の形でまとめておきます。

接ベクトル空間は座標近傍に依存しない

ある局所座標$(x_1,x_2,\cdots,x_n)$をとって得られる基底
\begin{equation} \Bigl(\frac{\partial}{\partial x_1}\Bigr)_p,\Bigl(\frac{\partial}{\partial x_2}\Bigr)_p,\cdots,\Bigl(\frac{\partial}{\partial x_n}\Bigr)_p \end{equation}
の張る接ベクトル空間は別の局所座標$(y_1,y_2,\cdots,y_n)$をとって得られる基底
\begin{equation} \Bigl(\frac{\partial}{\partial y_1}\Bigr)_p,\Bigl(\frac{\partial}{\partial y_2}\Bigr)_p,\cdots,\Bigl(\frac{\partial}{\partial y_n}\Bigr)_p \end{equation}
の張る接ベクトル空間と同じである。

参考文献

[1]
松本幸夫, 多様体の基礎
[2]
S.W. HAWKING G.F.R.ELLIS, The large scale structure of space-time
投稿日:202352

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