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応用数学解説
文献あり

水素分子のエネルギーに現れる積分の計算

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なぜ気体の水素はHX2なのか

今年は量子力学誕生100周年の年です。温故知新ということでこのような記事を書いてみようかと。

水素は気体として存在する際には1原子としては存在せずHX2になります。なぜでしょうか。それは原子2つの距離の関数として水素原子2体系(陽子2つ+電子2つ)のエネルギーを描くと、2原子の距離が原子の大きさ程度となるときにエネルギーが最小になるからです。

陽子は電子より2000倍も重いです。よって電子が運動する時間スケールと比較し、陽子の運動は非常に遅いです。そこで陽子の運動を無視します。これをBorn-Oppenheimer近似と呼びます。この近似では陽子は静止したプラス電荷のsourceとして扱われるため、系のエネルギーを陽子2体の距離の関数として表すことができます。電子が陽子間に存在すると陽子の正電荷により電子同士の斥力が遮蔽されてエネルギーが低くなります。よって電子は陽子同士の間に高い確率で存在するほうがエネルギー的に得であり、これが糊のような(?)役目をすることで水素原子2体は近い場所に存在することになります。

この記事では、Born-Oppenheimer近似および後に説明するHeitler-Londonの方法において、水素原子2体系のエネルギーに現れるすべての積分を解析的に実行します(指数積分だけ残りますが)。この計算は初等的な量子化学の教科書やネット上の記事にもある程度載っているのですが、「交換積分」と呼ばれる積分の解析的な計算はあまり載っていません。これをネット上に記しておくことはそれなりに意味があるのではないかと思います。交換積分の計算は丁寧に書いたので冗長に感じるかもしれませんがご容赦ください。

主な参考文献は[1][2][3]です。特にこの記事のメインであるVEX(12)の計算は[3]を参考にしており、計算結果が当該文献と一致していることを確認しています。[4]はポテンシャルの計算と球関数に関して議論している数学書であり[3]で引用しています。[5][6]はSlaterの量子化学に関する教科書であり、関連事項に関する詳しい議論がなされていると思います([6]に関しては読んでいません...)。[7]はスタンダードな量子力学の教科書です。[8]は楕円体座標(spheroidal coordinate)に関するWikipediaの記事です。

Formalism

まずは水素原子2体系のエネルギーの表式を導出します。

Born-Oppenheimer近似 (BO近似)

改めてBorn-Oppenheimer近似(以下BO近似と記す)に関して説明します。

まずnotationに関してまとめておきます:

Notation
  • 水素原子2体系に現れる粒子に以下のようにラベルする:
    • 電子2つに1,2とラベルする
    • 陽子2つにA,Bとラベルする
  • 粒子iの3次元における座標をriのようにbold symbolで表す。例えばr1は電子1の3次元での座標。

  • 粒子iと粒子jの相対距離をrijで表す。例えばrA2は陽子Aと電子2との相対距離。

  • Δiを粒子iの座標に関するラプラシアンとする。

  • me,mpはそれぞれ電子、陽子の質量。

  • eは素電荷を表す。

水素原子2体系、すなわち陽子2つ+電子2つの系のHamiltonianは以下です:
H^:=H^p+H^e+H^I,{H^p:=22mpΔA22mpΔB...陽子の運動項H^e:=22meΔ1e2rA122meΔ2e2rB2...電子1,2の運動項+陽子Aと電子1のクーロン力+陽子Bと電子2のクーロン力H^I:=e2r12e2rA2e2rB1...電子1,2、陽子Aと電子2、陽子Bと電子1の間のクーロン力
陽子の運動は電子の運動と比較して非常に遅いため、BO近似ではH^pを無視します。改めてBO近似の下でのHamiltonian H^BOを以下のように定義します:
H^BO:=H^e+H^I,{H^e:=22meΔ1e2rA122meΔ2e2rB2H^I:=e2r12e2rA2e2rB1
この近似では、系の波動関数は電子1,2に関する波動関数で表されます。

Heitler-Londonの方法

さて、あとはH^BOのエネルギー固有値と固有関数を求めればよいのですが、2つの離れた電荷のsource(=2つの陽子)の下で電子2体の波動関数を解析的に求めるのは難しいです。そこで電子2体の基底状態(=エネルギー最小の状態)の波動関数に関して以下に示すような単純なものを仮定します。

陽子2つが非常に遠くに離れていれば、系のエネルギーが最小になるのは2つの水素原子が両方とも基底状態である場合です。水素原子の基底状態(1s状態)の波動関数は以下で与えられます:

水素原子の基底状態(1s状態)の波動関数

u(r)=(1πa03)1/2exp(|rrp|a0)
ここでrpは陽子の位置。またa0=2/(μe2)0.53Å、μ:=memp/(me+mp)me

ただし電子2体の場合、両者は区別がつかないという条件から、波動関数はラベル1,2の入れ替えに対し対称または反対称となります。ゆえに陽子A,Bが非常に遠くに離れている場合の系の基底状態の波動関数は

(1)1N±(uA(r1)uB(r2)±uA(r2)uB(r1)),ただしuA(r)=(1πa03)1/2exp(|rrA|a0),uB(r)=(1πa03)1/2exp(|rrB|a0)
N+は1,2の入れ替えに対して対称な波動関数の規格化因子、Nは反対称な波動関数の規格化因子。

となります。そしてHeitler-Londonの方法では、実際の水素分子の波動関数もEq.(1)で表されることを仮定します(※この方法に関して、「まとめ」の章もご参照ください)。このような取り扱いは定性的にも定量的にもそれなりに良いことが知られています。そこで本記事では電子2体の波動関数をEq.(1)だと仮定します。そして水素分子のエネルギーをこの波動関数を使って計算します。

電子2体のスピン状態

ここでEq.(1)の波動関数の対称性と電子2体のスピンの関係に関して言及しておきます。電子はフェルミオンなので、電子1,2の波動関数は1,2のラベルの入れ替えで反対称になります。ただしここで言う波動関数は空間の波動関数とスピンの波動関数の直積です:
ψtot(1,2)=ψspace(r1,r2)ψspin(1,2)
ここで空間の波動関数ψspaceとはすなわちEq.(1)の波動関数です。一方でスピン波動関数ψspin

|i,|iはそれぞれ粒子iがスピン上向きと下向きの状態であるとして

  • 2体の合成スピンの大きさが1のとき(スピン3重項と呼ばれる):
    ψspin(1,2)={|1|2スピンのz成分+112(|1|2+|1|2)スピンのz成分 0|1|2スピンのz成分1...1,2のラベルの入れ替えでψspinは対称
  • 2体の合成スピンの大きさが0のとき(スピン1重項と呼ばれる):
    ψspin(1,2)=12(|1|2|1|2)スピンのz成分 0...1,2のラベルの入れ替えでψspinは反対称

のように与えられます。そしてψtot(1,2)1,2の入れ替えで反対称なので

  • ψspaceが対称な場合ψspinは反対称スピン1重項状態
  • ψspaceが反対称な場合ψspinは対称スピン3重項状態

になります。そこでEq.(1)の2つの波動関数を改めて以下のように呼び直します:

(2)us:=1Ns(uA(r1)uB(r2)+uA(r2)uB(r1))(3)ut:=1Nt(uA(r1)uB(r2)uA(r2)uB(r1))

ここでsubscriptのsはスピン1重項(spin singlet)を、tはスピン3重項(spin triplet)を表します。このように、粒子の統計性(=フェルミオンかボソンか)は、関係のないように見える自由度の間にも相関をもたらします。

エネルギーの具体的な表式

系のエネルギーはHamiltonianの期待値をEq.(2)(3)の波動関数により計算すればよいです。スピン1重項状態に対するエネルギーをEs、3重項に対するエネルギーをEtとすると
(4)Es(R)=d3r1d3r2 us(r1,r2)H^BOus(r1,r2),(5)Et(R)=d3r1d3r2 ut(r1,r2)H^BOut(r1,r2)
です。Rは陽子間の距離です。

ここでH^e
H^e=H^A1+H^B2,{H^A1:=22meΔ1e2rA1,H^B2:=22meΔ2e2rB2
のようにわけておきます。uA(r1),uB(r2)をそれぞれ陽子Aを核とする電子1の水素原子の基底状態の波動関数と電子Bを核とする電子2の水素原子の基底状態の波動関数とすると
H^A1uA(r1)=E1suA(r1),H^B2uB(r2)=E1suB(r2)
が成立します。ここでE1sは水素の基底状態である1s状態のエネルギーです。このことからEq.(4)(5)においてH^eの寄与はE1sに置き換わります。またuA,uBは規格化条件
dr uA(r)uA(r)=dr uB(r)uB(r)=1
を満たします。さらにEq.(2)(3)に現れる規格化因子Ns,Ntus,utの規格化条件
dr us(r)us(r)=dr ut(r)ut(r)=1
より
Ns(R)=12(1+S(R)2),Nt(R)=12(1S(R)2),S(R):=d3ruA(r)uB(r)
となります。これらの量は陽子間距離Rに依存することに注意してください。

以上を用いてEq.(4)(5)を計算すると

スピン1重項および3重項状態の水素分子のエネルギー

Es(R)=2E1s+e2R+VC(R)+VEX(R)1+S(R)2,Et(R)=2E1s+e2R+VC(R)VEX(R)1S(R)2,
ここで
S(R):=d3ruA(r)uB(r)(6)VC(R):=d3r1d3r2 uA(r1)uB(r2)(e2r12e2rB1e2rA2)uA(r1)uB(r2),(7)VEX(R):=d3r1d3r2 uB(r1)uA(r2)(e2r12e2rB1e2rA2)uA(r1)uB(r2)

となります[7]。Eq.(6)はCoulomb積分、Eq.(7)は交換積分と呼ばれます。

楕円体座標(spheroidal coordinate)

さてS,VC,VEXを計算するのですが、それには楕円体座標(spheroidal coordinate)を使うのがよいです。この座標ではまず2次元における座標(ここではこれをy-z平面とする)を、図1のA,Bからの距離rA,rBにより表します。ここではA:(R/2,0), B:(R/2,0)とします(そしてこれらは静止した2つの陽子の位置とします)。そして

ξ:=rA+rBR,η:=rArBR
を定義し、z,yξ,ηで表すと
z=R2ξη,y=±R2(ξ21)(1η2)
となります。

楕円体座標の設定(2次元) 楕円体座標の設定(2次元)

3次元の位置は、上の2次元平面をz軸を中心にしてぐりんとφだけ回して表します(図2)。改めてxyz軸を図2のように定義します。図1の平面は図2の点線で表された平面であるとし、また図1のyの値を図2ではrとします。ξ,η,φを用いてx,y,zを表すと
{x=rcosφ,y=rsinφ,z=R2ξη,r=R2(ξ21)(1η2)
となります。

楕円体座標の設定(3次元)。!FORMULA[96][35227537][0]および青点が乗る平面は点線で示されている。この平面は!FORMULA[97][38414][0]軸を回転軸として!FORMULA[98][38352][0]軸から!FORMULA[99][1017910466][0]だけ傾いている。 楕円体座標の設定(3次元)。A,Bおよび青点が乗る平面は点線で示されている。この平面はz軸を回転軸としてx軸からφだけ傾いている。

以下ではこの座標を用いて積分を行います。そのためにJacobianを計算しておきましょう。計算は単純なので、結果だけ記しておきます:
dxdydz=(R2)3(ξ2η2)dξdηdφ
また各変数がとりうる値の範囲は
1ξ<+, 1η1, 0φ<2π
です。

改めて、楕円体座標は以下のような座標系です[2]

楕円体座標

図2のように座標を設定する。
ξ=(rA+rB)/R,  η=(rArB)/R
とすると
{x=rcosφ,y=rsinφ,z=R2ξη,r=R2(ξ21)(1η2),(1ξ<+, 1η1, 0φ<2π)
である。Jacobianは
dxdydz=(R2)3(ξ2η2)dξdηdφ
となる。

ちなみに公式3は[2]での定義と比較しx軸とy軸が入れ替わっています。世の定義では公式3のように定義しているものが多いみたいなのでそうしておきました[8]。この記事ではその違いが問題になることはないです。

積分を実行する

それではS,VC,VEXに現れる積分を実行していきます。VC,VEX
VC(R)=VC(12)(R)+VC(B1)(R)+VC(A2)(R),VEX(R)=VEX(12)(R)+VEX(B1)(R)+VEX(A2)(R),{VC(12)(R)=d3r1d3r2 uA(r1)uB(r2)(e2r12)uA(r1)uB(r2),VC(B1)(R)=d3r1d3r2 uA(r1)uB(r2)(e2rB1)uA(r1)uB(r2),VC(A2)(R)=d3r1d3r2 uA(r1)uB(r2)(e2rA2)uA(r1)uB(r2),VEX(12)(R)=d3r1d3r2 uB(r1)uA(r2)(e2r12)uA(r1)uB(r2),VEX(B1)(R)=d3r1d3r2 uB(r1)uA(r2)(e2rB1)uA(r1)uB(r2),VEX(A2)(R)=d3r1d3r2 uB(r1)uA(r2)(e2rA2)uA(r1)uB(r2)
のように分解しておきます。ただし対称性から
VC(B1)=VC(A2),VEX(B1)=VEX(A2)
です。

S(R)の計算

最も簡単なのは
S(R)=d3r uA(r)uB(r)
の計算です。
S(R)=d3r uA(r)uB(r)=(1πa03)d3r exp(rA+rBa0)
であり、
ξ=rA+rBR,  η=rArBR
とすると(図1のA,Bの位置に陽子A,Bが存在する。青い点の座標をrとする)
S(R)=(1πa03)×(R2)3×1dξ11dη02πdφ(ξ2η2)exp(Ra0ξ)
となります。これは簡単に積分できて

S(R)=exp(D)(1+D+13D2),D:=R/a0

です。

VC(A2) (=VC(B1))の計算

次に簡単なのはVC(A2)の計算です。この積分はr1に関してはuAのnormalizationから1となります。残りのr2に関しては上と同じように
ξ=(rA2+rB2)/R,η=(rA2rB2)/R
と座標を設定することで
VC(A2)=d3r1 uA(r1)uA(r1)d3r2 uB(r2)(e2rA2)uB(r2)=d3r2 uB(r2)(e2rA2)uB(r2)=e22R(1πa03)×(R2)31dξ11dη02πdφ(ξ2η2)1ξ+ηexp(Ra0(ξη))=e22RD31dξ11dη (ξη)exp(D(ξη))
を得ます。これも簡単に計算できて

VC(A2)=e2a0(e2D+e2DD1D)(=VC(B1))

となります。

VEX(A2) (=VEX(B1))の計算

VEX(A2)(=VEX(B1))の計算も簡単です。
VEX(A2)=dr1dr2uB(r1)uA(r2)(e2rA2)uA(r1)uB(r)
ですが、rA2r1の座標を含まないので、r1の積分を実行するとSがfactor outされます:
=e2S(R)×dr2uA(r2)uB(r2)1rA2
あとは上の計算と同じようにr1の楕円体座標を設定します:
ξ=rA2+rB2R,η=rA2rB2R
この座標のもとでVEX(A2)
VEX(A2)=2a03(R2)2×1dξ11dη (ξη)exp(Ra0ξ)
となります。この積分は今までと同様簡単に積分できて

VEX(A2)=e2e2Da0(1+D+D23)(1+D)(=VEXB1)

となります。

VC(12)の計算

次にVC(12)の計算を行います。この積分の被積分関数の分母にはr12が存在し、これはr1,r2の両方に依存するため今までのようにr1,r2のどちらかを単純に積分することはできません。しかしちょっとした考察により積分ができます。

まず図3のように座標を設定します。この図では1,A,Bがなす平面と2,A,Bがなす平面が一致しているように見えますが、ホントは(一般には)ずれています。

電子!FORMULA[148][34750385][0]に対する楕円体座標。!FORMULA[149][35227537][0]にそれぞれ陽子が存在する。 電子1,2に対する楕円体座標。A,Bにそれぞれ陽子が存在する。

VC(12)(R)
VC(12)(R)=d3r1d3r2 uA(r1)uB(r2)(e2r12)uA(r1)uB(r2)
ですが、先にr2の積分を行います。被積分関数でr2に依存するのはr12,rB2(図3のオレンジ色の実線)です。r1は後で積分するため固定されています。図3のrB1,r12
rB1R (fixed), r12rA2
と対応させると、VC(12)(R)r2に関する積分は
d3r21rA2e2rB2/a0
となり、これはVC(A2)の計算に現れた積分と一致します。この積分の結果より
e2πa031r12e2rB2/a0=(VC(A2)(R)においてRrB1としたもの)=e2rB1(1e2rB1/a0rB1a0e2rB1/a0)
となります。よって
VC(12)(R)=e2πa03d3r1e2rA1/a0×e2rB1(1e2rB1/a0rB1a0e2rB1/a0)
あとは今までと同様に楕円体座標を
ξ=(rA1+rB1)/R,η=(rA1rB1)/R
と設定して積分すれば
VC(12)(R)=e42a0D21dξ11dη (ξ+η){1eD(ξη)D2(ξη)eD(ξη)}eD(ξ+η)
この積分は(面倒ですが)困難なく積分できて

VC(12)(R)=e2a01D{1e2D(1+118D+34D2+16D3)}

を得ます。

VEX(12)の計算

この計算が本記事のメインです。
VEX(12)(R)=d3r1d3r2 uB(r1)uA(r2)(e2r12)uA(r1)uB(r2)
の積分を実行します。VC(12)同様、座標を図3のように設定します。そして
ξ1:=(rA1+rB1)/R, η1:=(rA1rB1)/R, r1:=R2(ξ121)(1η12), φ1:1,A,Bがなす平面のx軸からの角度ξ2:=(rA2+rB2)/R, η2:=(rA2rB2)/R, r2:=R2(ξ221)(1η22), φ2:2,A,Bがなす平面のx軸からの角度
とします。r12をこの座標で具体的に書き下すと
r12=r12+r222r1r2cos(φ1φ2)+R24(ξ1η1ξ2η2)2
となります。

VEX(12)の場合、被積分関数にr2に依存する変数がr12,rB2だけでなくuA(r2)からもたらされるrA2も存在するので、VC(12)のようには積分することができません。

電磁気学においてこういう計算ではよく多重極展開を行いますが、実は楕円体座標でも多重極展開に類似した(?)以下の公式が成立します[3][4]

a0D21r12={τ=0ν=0τDτνPτν(ξ1)Qτν(ξ2)Pτν(η1)Pτν(η2)cosν(φ2φ1)for ξ1<ξ2τ=0ν=0τDτνPτν(ξ2)Qτν(ξ1)Pτν(η1)Pτν(η2)cosν(φ2φ1)for ξ1>ξ2
Pτν,Qτνはそれぞれ第1種および第2種のルジャンドルの陪多項式(Appendix: ルジャンドル多項式 参照のこと)。Dτν
Dτν=(1)νϵν2τ+12((τν)!(τ+ν)!)2,ϵ0=1,ϵ1=ϵ2==2
で定義される。

この展開を用いると、VEX(12)(R)の被積分関数の中でφ依存性をもつのは展開に現れるcosの部分だけであり、02πdφ102πdφ2を行うとν=0の寄与のみが残ります。そして
 Pτ0=Pτ, Qτ0=Qτ, Dτ0=2τ+12(Pτ,Qτはそれぞれ第1種および第2種のルジャンドル多項式)
なので(Appendix参照のこと)、件の積分は
VEX(12)(R)=e2D6161eDξ1dξ111(ξ12η12)dη11eDξ2dξ211(ξ22η22)1r~12dη2,1r~12=2a0Dτ=02τ+12(Pτ(ξ1)Qτ(ξ2)Pτ(η1)Pτ(η2)θ(ξ2ξ1)+Pτ(ξ2)Qτ(ξ1)Pτ(η1)Pτ(η2)θ(ξ1ξ2))
となります。以上からVEX(12)(R)
VEX(12)(R)=e2D616×2a0Dτ=02τ+12×1eDξ1dξ111(ξ12η12)dη1×[1ξ1eDξ2dξ2Pτ(ξ2)Qτ(ξ1)Pτ(η1)×11(ξ22η22)Pτ(η2)dη2+ξ1eDξ2dξ2Pτ(ξ1)Qτ(ξ2)Pτ(η1)×11(ξ22η22)Pτ(η2)dη2]
になります。ここでη2の積分を実行すると
11(ξ22η22)Pτ(η2)dη2={2(ξ2213)for τ=0415for τ=20other τs=2(ξ2213)δτ0415δτ2
となるので、のこるのはτ=0,2のみです。Q0,Q2,P0,P2
Q0(x)=logx+1x1,Q2(x)=3x+P2(x)logx+1x1,P0(x)=1,P2(x)=3x212
です(Appendix参照)。これらをVEX(12)(R)に代入して
VEX(12)(R)=e2D58a0×{121eDξ1dξ111(ξ12η12)dη11ξ1eDξ2dξ2×2(ξ2213)×P0(ξ2)Q0(ξ1)P0(η1)+521eDξ1dξ111(ξ12η12)dη11ξ1eDξ2dξ2×(415)×P2(ξ2)Q2(ξ1)P2(η1)+121eDξ1dξ111(ξ12η12)dη1ξ1eDξ2dξ2×2(ξ2213)×P0(ξ1)Q0(ξ2)P0(η1)+521eDξ1dξ111(ξ12η12)dη1ξ1eDξ2dξ2×(415)×P2(ξ1)Q2(ξ2)P2(η1)}=e2D58a0×[121eDξ1dξ111(ξ12η12)dη11ξ1eDξ2dξ2×2(ξ2213)×logξ1+1ξ11+521eDξ1dξ111(ξ12η12)dη11ξ1eDξ2dξ2×(415)×3ξ2212{3ξ1+P2(ξ1)logξ1+1ξ11}×3η1212+121eDξ1dξ111(ξ12η12)dη1ξ1eDξ2dξ2×2(ξ2213)×logξ2+1ξ21+521eDξ1dξ111(ξ12η12)dη1ξ1eDξ2dξ2×(415)×3ξ1212{3ξ2+P2(ξ2)logξ2+1ξ21}×3η1212]
を得ます。

さてη1はすぐ積分できます。以下の公式
11(ξ12η12)dη1=2ξ1223,11(ξ12η12)3η1212dη1=415
を用いれば
VEX(12)(R)=e2D58a0[1eDξ2(ξ1213)logξ1+1ξ11dξ1×1ξ1eDξ2×2(ξ2213)+52×(415)2×1eDξ1{3ξ1+P2(ξ1)logξ1+1ξ11}dξ1×1ξ1eDξ23ξ2212dξ2+21eDξ1(ξ1213)dξ1×ξ1eDξ2(ξ2213)logξ2+1ξ21dξ2+52×(415)21eDξ23ξ1212dξ1×ξ1eDξ2{3ξ2+P2(ξ2)logξ2+1ξ21}dξ2]=e2D58a0[52×(415)2{1(3)ξ1eDξ1dξ11ξ1eDξ23ξ2212dξ2+1eDξ23ξ1212dξ1ξ1(3)ξ2eDξ2dξ2}+1eDξ1(ξ1213)dξ1×{logξ1+1ξ11×21ξ1eDξ2(ξ2213)dξ2+2ξ1eDξ2(ξ2213)logξ2+1ξ21dξ2+32×52×(415)2logξ1+1ξ111ξ1eDξ23ξ2212dξ2+32×52×(415)2ξ1eDξ23ξ2212logξ2+1ξ21dξ2}]=e2D510a0[{1ξ1eDξ1dξ11ξ1eDξ2(ξ2213)dξ2+1eDξ1(ξ1213)ξ1ξ2eDξ2dξ2}+31eDξ1(ξ1213)dξ1×{logξ1+1ξ111ξ1eDξ2(ξ2213)dξ2+ξ1eDξ2(ξ2213)logξ2+1ξ21dξ2}]
となります。

上式の最終行の各積分を実行していきましょう。

最初の中括弧の積分

これは簡単に実行できます:
1ξ1eDξ1dξ11ξ1eDξ2(ξ2213)dξ2=1eDξ1(ξ1213)ξ1ξ2eDξ2dξ2=e2D24D5(8D3+24D2+30D+15)

後半の中括弧の積分

(8)1eDξ1(ξ1213)dξ1×{logξ1+1ξ111ξ1eDξ2(ξ2213)dξ2+ξ1eDξ2(ξ2213)logξ2+1ξ21dξ2}
を計算します。
adξ2eDξ2(ξ2213)log(ξ2+1)
を計算するには部分積分を用います。eDξ2(ξ221/3)の不定積分は
dξ2eDξ2(ξ2213)=eDξ2(ξ2213)dξ2=eDξ2(ξ22D+2D2ξ2+2D3)+13eDξ21D
であり、また
aeDξ21ξ2+1dξ2=eDEi(D(a+1)),Ei(x):=p.v.xettdt
です(Eiは指数積分と呼ばれます。p.v.はCauchyの主値積分)。これらを用いて計算すれば
aeDξ2(ξ2213)log(ξ2+1)dξ2=eaD{(a2D+2aD2+2D3)13D}log(1+a)+eaDD3{D(a1)+3}+(231D+2D22D3)eDEi(D(a+1))
となります。同様にa>1のとき
aeDξ2(ξ2213)log(ξ21)dξ2=eaD{(a2D+2aD2+2D3)13D}log(a1)+eaDD3{D(a+1)+3}(231D+2D2+2D3)eDEi(D(a1))
となります。以上より
Eq.(8)=1eDξ1(ξ1213)log(ξ1+1){eDξ1A(ξ1,D)+13eDξ11D+B(D)}1eDξ1(ξ1213)log(ξ11){eDξ1A(ξ1,D)+13eDξ11D+B(D)}+1eDξ1(ξ1213)[eDξ1(A(ξ1,D)13D)log(1+ξ1)+eDξ1D3(Dξ1D+3)+C(D)Ei(D(ξ1+1)){(eDξ1A(ξ1,D)13eDξ11D)log(ξ11)+eDξ1D3Dξ1+eDξ1D2+3D3eDξ1B(D)Ei(D(ξ11))}],A(ξ1,D):=1Dξ12+2D2ξ1+2D3,B(D):=eD(231D+2D2+2D3),C(D):=eD(231D+2D22D3)
を得ます。いくつかの項が打ち消し合いますが、整理すると
=B(D)1eDξ1(ξ113)log(ξ1+1)dξ1B(D)1eDξ1(ξ113)log(ξ11)dξ1+B(D)1eDξ1(ξ113)Ei(D(ξ11))dξ1+C(D)1eDξ1(ξ113)Ei(D(ξ1+1))dξ12D21e2Dξ1(ξ1213)dξ1
となります。以上からVEX(12)(R)
VEX(12)(R)=e2D510a0[e2D12D5(8D3+24D2+30D+15)6D21e2Dξ1(ξ1213)dξ1+3{B(D)1eDξ1(ξ1213)log(ξ1+1)dξ1+B(D)1eDξ1(ξ1213)(Ei(D(ξ11)log(ξ11))dξ1+C(D)1eDξ1(ξ1213)Ei(D(ξ1+1))dξ1}]=e2D510a0[e2D(231D2+41D3+1121D4+1141D5)+3{B(D)1eDξ1(ξ1213)log(ξ1+1)dξ1+B(D)1eDξ1(ξ1213)(Ei(D(ξ11)log(ξ11))dξ1+C(D)1eDξ1(ξ1213)Ei(D(ξ1+1))dξ1}]
となります。あとは
(9)1eDξ1(ξ1213)log(ξ1+1)dξ1,(10)1eDξ1(ξ1213)(Ei(D(ξ11))log(ξ11))dξ1,(11)1eDξ1(ξ1213)Ei(D(ξ1+1))dξ1
が計算できればよいです。

Eq.(9)の不定積分はすでに計算しました。これを用いてEq.(9)は
1eDξ1(ξ1213)log(ξ1+1)dξ1=231dξ1eDξ1P2(ξ1)log(ξ1+1)=eD(231D+2D2+2D3)log2+3D3eD+(2D22D3231D)eDEi(2D)=B(D)log2+3D3eD+C(D)Ei(2D)
となります。

Eq.(11)は
ddξ1Ei(D(ξ1+1))=eD(ξ1+1)ξ1+1
を用いれば、やはり部分積分で計算できます。結果は
1eDξ1(ξ1213)Ei(D(ξ1+1))=1D3{2eD(1+D+13D2)Ei(2D)+54e3D2(1D+13D2)eDEi(4D)}=B(D)Ei(2D)+54D3e3D+C(D)Ei(4D)
となります。

最後のEq.(10)ですが、丸括弧の第1項と第2項それぞれの積分は発散します。しかしその差であるEq.(10)は有限です。実際指数積分は以下の展開を持ちます[3]

Ei(x)=γ+14logx4x+12x22!13x33!+for x17

ここでγはオイラー定数です。これを用いれば積分の下限で
limξ11+0(Ei(D(ξ11))log(ξ11))=γ+logD
であり有限です。改めて、Eq.(10)は
ddξ1(Ei(D(ξ11))log(ξ11))=eD(ξ11)ξ111ξ11
を用いると、これまでと同様に部分積分で計算できて
1eDξ1(ξ1213)(Ei(D(ξ11))log(ξ11))dξ1=2D3eD(D2/3+D+1)(γ+logDlog2)eDD3(D+7/4)=B(D)(γ+logDlog2)eDD3(D+74)
となります。

最終的なVEX(12)の表式

以上からVEX(12)(R)の積分は実行できて、以下のようになります:

VEX(12)(R)=e210a0[e2D(254232D6D223D3)+3D5{2B(D)C(D)Ei(2D)+B(D)2(γ+logD)+C(D)2Ei(4D)}],B(D):=eD(231D+2D2+2D3),C(D):=eD(231D+2D22D3)

これでEs,Etに現れるすべての積分が実行できました。

Es,Etのグラフ

以上の計算を用いてEs,Etのグラフを描いたのが図4です。

!FORMULA[232][-306506637][0]のグラフ(縦軸の単位はeV)。!FORMULA[233][35397231][0]は青線、!FORMULA[234][35397262][0]はオレンジの線。横軸は陽子間距離!FORMULA[235][2094775294][0]。エネルギーは!FORMULA[236][245500764][0]から測っている。 Es,Etのグラフ(縦軸の単位はeV)。Esは青線、Etはオレンジの線。横軸は陽子間距離R[Å]。エネルギーは2E1sから測っている。

横軸は陽子間距離R(単位はオングストローム)、縦軸はEs(青線、単位はeV)およびEt(オレンジの線、単位はeV)です。ただしエネルギーは2E1sから測っていることに注意してください。Etは常にEsよりも大きい & 最小値を持たない一方、EsR0.8Å付近で最小となります。すなわち水素分子はスピン1重項かつ水素原子が0.8Å程度の距離のときに安定となります。このときエネルギーは3eV程度です。これらの値は実験値:0.741Å,4.747eVとだいたい合っています[7]。Heitler-Londonの方法は比較的よい近似であることがわかります。

スピン1重項のほうがエネルギーが低くなる理由は、空間の波動関数が対称であり、陽子間における電子の存在確率が高くなるからです。このとき陽子により電子間のクーロン斥力が遮蔽され、そのぶんエネルギーが低くなります。このようにして電子により原子同士が結合することを「共有結合」と呼びます[7]

まとめ

本記事ではBorn-Oppenheimer近似およびHeitler-Londonの方法における水素分子のエネルギーを解析的に計算しました。特にVEX(12)の計算を書いた文献は少なく思えたので、これを詳細に記しました。

最後にHeitler-Londonの方法と変分法について述べておきます。本記事では電子2体系の波動関数をEq.(2)(3)の形だと仮定しましたが、もとのHeitler-Londonの方法では変分法で波動関数を求めています[1]。電子2体系の波動関数がuA(r1)uB(r2)およびuA(r2)uB(r1)の線形結合
C1uA(r1)uB(r2)+C2uA(r2)uB(r1)
で書けるとして、エネルギーを最小にする条件でエネルギーおよびC1,C2を決定します。するとエネルギーは永年方程式の解として求まり、EsまたはEtとなります。係数C1,C2Esに対してC1=C2Etに対してC1=C2となって、結局本記事の結果と一致します。

おしまい。

Appendix: ルジャンドル多項式

第1種ルジャンドル多項式Pn(x)、第2種ルジャンドル多項式Qn(x)は以下で定義されます:

ルジャンドル多項式

Pn(x):=12nn!dndxn[(x21)n],Qn(x):=11Pn(σ)xσdσ

これらは以下の微分方程式の特殊解です:
(1x2)y2xy+n(n+1)y=0
Qnは以下のように書けます:

Qn(x)=Rn(x)+Pn(x)logx+1x1,Rn(x)=11Pn(x)Pn(y)xydy

ルジャンドルの陪多項式は以下で定義されます:

ルジャンドルの陪多項式

Pnj(x):=(1x2)jdjdxjPn(x),Qnj(x):=(1x2)jdjdxjQn(x)

以上。

参考文献

[1]
大岩正芳, 初等量子化学 - その計算と理論 -, 化学同人, 1965
[3]
Y.Sugiura, Über die Eigenschaften des Wasserstoffmoleküls im Grundzustande, Zeitschrift für Physik, 1927, 484-492
[4]
Franz Neumann, Vorlesungen über die Theorie des Potentials und der Kugelfunctionen, 1887, 326-350
[5]
J.C.Slater, Quantum Theory of Molecules and Solids: Vol.1, Electronic Structure of Molecules, McGraw-Hill Book Company, 1963
[6]
J.C.Slater, Quantum theory of matter, McGraw-Hill Book Company, 1968, 414-433
[7]
猪木慶治、川合光, 量子力学II, 講談社サイエンティフィック, 1994, 500-504
投稿日:18日前
更新日:16日前
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  2. Formalism
  3. Born-Oppenheimer近似 (BO近似)
  4. Heitler-Londonの方法
  5. 電子2体のスピン状態
  6. エネルギーの具体的な表式
  7. 楕円体座標(spheroidal coordinate)
  8. 積分を実行する
  9. $S(R)$の計算
  10. $V_C^{(A2)} \ (=V_C^{(B1)})$の計算
  11. $V_{EX}^{(A2)}\ (=V_{EX}^{(B1)})$の計算
  12. $V_{C}^{(12)}$の計算
  13. $V_{EX}^{(12)}$の計算
  14. $E_s, E_t$のグラフ
  15. まとめ
  16. Appendix: ルジャンドル多項式
  17. 参考文献