$x(n)\in\mathbb{C}$を離散時間信号とする.このとき,基底信号$e_k(n)\in\mathbb{C}$を用いて,任意の信号$x(n)$を
$$x(n)=\sum_{k=-\infty}^\infty a_k\cdot e_k(n)\tag{A}$$
と展開することはできるか?
今だけの名称として,この展開を基底展開,係数$a_k$を基底係数と呼ぶことにしよう.
まず,$e_k(n)$が"直交性を持つ"ということは,次の式が成り立つことである.
信号$e_k(n)$が直交性を持つことは,次の式が成り立つことに同値である.
$$e_s(n)\cdot e_t(n)=\delta_{st}=\left\{\begin{array}{cl}
1&(s=t)\\
0&(s\neq t)
\end{array}\right.~,\quad |e_k(n)|=1.$$
ただし,$\delta_{st}$はKronecker(クロネッカー)の記号である.
さらに,離散時間信号が作る関数空間に対して,次のように内積を定めよう.
離散時間信号$x_1(n),~x_2(n)$に対して,内積$\langle,\rangle$を次で定める.
$$\langle x_1(n),x_2(n)\rangle=\sum_{n=-\infty}^\infty x_1(n)\cdot x_2(n)$$
この定義が内積の公理を満たしているかどうかは今回議論しないが,あとで追記するかも.
離散信号$x(n)$が(A)式;
$$x(n)=\sum_{k=-\infty}^\infty a_k\cdot e_k(n)\tag{A}$$
のように基底展開できることを仮定して,係数$a_k$を求めてみよう.
基本的な考えとしては,"①基底信号の直交性を利用して,②両辺と成分との内積をとり,③各成分(各係数)を取り出す"という方針である.実際にやってみよう.
まずは,$x(n)$と$e_0(n)$との内積をとってみると,
$$\begin{aligned}
\langle x(n),e_0(n)\rangle&=\sum_{n=-\infty}^\infty x(n)\cdot e_0(n)=\sum_{n=-\infty}^\infty\left\{\sum_{k=-\infty}^\infty a_k\cdot e_k(n)\right\}\cdot e_0(n)\\
&=\sum_{n=-\infty}^\infty\left\{\sum_{k=-\infty}^\infty a_k\cdot e_k(n)\cdot e_0(n)\right\}
\end{aligned}$$
ここで,式中の$e_k(n)\cdot e_0(n)$は,直交性により,
$$e_k(n)\cdot e_0(n)=\left\{\begin{array}{cl}
{\color{red}1}&(k=0)\\
{\color{blue}0}&(k\neq0)
\end{array}\right.$$
となることがわかるだろうか.これにより,$k$に依存する総和の部分は,
$$\begin{aligned}
&\sum_{k=-\infty}^\infty a_k\cdot e_k(n)\cdot e_0(n)\\
&=\cancel{\cdots}+a_{-1}\cancel{\color{blue}e_{-1}(n)e_0(n)}+a_0{\color{red}e_0(n)e_0(n)}+a_1\cancel{\color{blue}e_1(n)e_0(n)}+\cancel{\cdots}\\
&=a_0\cdot{\color{red}1}=a_0.
\end{aligned}$$
よって,内積の値は,
$$ \langle x(n),e_0(n)\rangle=\sum_{n=-\infty}^\infty a_0=a_0.$$
つまり,
$$a_0=\langle x(n),e_0(n)\rangle$$
であることがわかった.
同様の計算により,基底係数$a_k$について次のような式が成り立つ.
$$a_k=\langle x(n),e_k(n)\rangle=\sum_{n=-\infty}^\infty x(n)\cdot e_k(n).$$
これを用いれば,基底展開に関する次の定義(予想->定義)を得る.
任意の離散時間信号$x(n)\in\mathbb{C}$は,基底信号$e_k(n)\in\mathbb{C}$を用いて,
$$x(n)=\sum_{k=-\infty}^\infty a_k\cdot e_k(n)$$
と展開することができる.この展開を基底展開という.ただし,
$$a_k=\langle x(n),e_k(n)\rangle=\sum_{n=-\infty}^\infty x(n)\cdot e_k(n)$$
とし,この係数を基底係数という.
実際の例を見てみよう.
信号
$$x(n)=\delta(n)=\left\{\begin{array}{cl}
1&(n=0)\\
0&(n\neq0)
\end{array}\right.$$
を,基底信号
$$e_k(n)=\left\{\begin{array}{cl}
e^{j2\pi nk/N}&(0\leq n< N)\\
0&(\text{otherwise})
\end{array}\right.$$
で基底展開せよ.ただし,$N=3,~k=0,1,2$とする.
回答: まず,基底係数を求めると,
$$a_k=\langle x(n),e_k(n)\rangle=\sum_{n=-\infty}^\infty \delta(n)\cdot e^{j2\pi nk/3}$$
となるが,デルタ関数の性質により,$n=0$のとき以外は$\delta(n)=0$となって消えてしまうから,
$$a_k=\delta(0)\cdot e^{j2\pi\cdot0k/3}=1.$$
よって,基底係数は任意の$k$に対して$a_k=1$となり,基底展開は次のようになる.
$$x(n)=\sum_{k=-\infty}^\infty a_k\cdot e_k(n)=\sum_{k=0}^2 e_k(n)=e_0(n)+e_1(n)+e_2(n).$$