群論における初歩的な練習問題で群の例を挙げるという問題はよくあるが、集合を固定したときに複数の演算によって異なる群となる例があるかを考えてみていくつか思いついたので、ここに記録を残す。定義さえわかれば楽しむことのできる練習問題(もっと気楽にクイズ)だと思うので、ぜひ皆さんも他の例なども考えていただきたい。他の例を思いついた方はぜひ教えてほしい。
まず群の定義から。
ある集合$S$と、その元の$a,b$に対して、二項演算$・$があって、
[1] (閉じていること)演算結果がまた$S$の元になる: $a・b \in S$
[2] (結合律)$ \forall a,b,c \in S ; a・(b・c)=(a・b)・c$
[3] (単位元の存在)$ \exists e \in S, a \in S ; a・e=e・a=a$
このような$e$を$S$の単位元という。
[4] (逆元の存在)$e$を単位元として、$ \forall a \in S, \exists a'\in S;a・a'=a'・a = e $
この$a'$を$a$の逆元といって$a^{-1}$で表す。
[5] (可換性)$ \forall a,b \in S; a・b=b・a$
[1]を満たす$S$と演算の組をマグマという
[1][2]を満たす$S$と演算の組を半群という
[1][2][3]を満たす$S$と演算の組をモノイドという
[1][2][3][4]を満たす$S$と演算の組を群という
[5]を満たすものを可換〇〇という。〇〇には上記の(マグマ、半群、モノイド、群)が入る
また、可換群の事をアーベル群ともいう
これら集合と二項演算の組を代数系という。代数系の演算を忘れた元の集合$S$を台集合という。$(S,・)$のように表すが、演算が文脈でわかる場合は、省略して$S$だけで表す。演算結果$a・b$を積と言って混乱のおそれが無ければ$ab$のようにも書くこともある。
[Link]「
マグマ (数学) - Wikipedia
」
[Link]「
半群 - Wikipedia
」
[Link]「
モノイド - Wikipedia
」
[Link]「
群 (数学) - Wikipedia
」
[Link]「
アーベル群 - Wikipedia
」
以降は、群に注目する。
任意の$a,b,c \in \mathbb{Z}$に対して、
$ a+b\in \mathbb{Z}$なので、[1]を満たす。
$a+(b+c)=(a+b)+c$なので、[2]を満たす。
$0 \in \mathbb{Z}$であり、$a+0=0+a=a$なので、$0$という単位元が存在するので[3]を満たす。
$a$に対して、$-a \in \mathbb{Z}$で$a+(-a)=(-a)+a=0$なので、[4]を満たす。
$a,b \in \mathbb{Z} $は$1$か$-1$を$+$を演算したものなので、$a+b=b+a$であり、[5]も満たす。
$(\mathbb{Z},+)$はアーベル群である
全く同様に、有理数全体$(\mathbb{Q},+)$, 実数全体$(\mathbb{R},+)$,複素数全体$(\mathbb{C},+)$もアーベル群である。
自然数全体$(\mathbb{N},+)$は$1$の逆元$-1$を含まないので、群ではない。
以降$0$以外の$S$の元全体$S-\{0\}$を$S^× $と書く。
演算をかけ算$×$として考える。
$(\mathbb{Q}^×,×)$では、
[1][2]を明らかに満たす。
$1 \in \mathbb{Q}^×$であり、$a×1=1×a=a$なので、$1$が単位元として[3]を満たす。
$a \in \mathbb{Q}^×$に対して、$\frac{1}{a} \in \mathbb{Q}^×$であり、$ a × \frac{1}{a}=\frac{1}{a}×a=1$なので、[4]を満たす。
[5]も詳細は省略するが満たされることがわかる。
$(\mathbb{Q}^×,×)$はアーベル群である
同様に、$0$でない実数全体$(\mathbb{R}^×,×)$,$0$でない複素数全体$ (\mathbb{C}^×,×)$もアーベル群である。
$(\mathbb{Z}^×,×)$は$2$の逆元を含まないため、群ではない。
また、$(\mathbb{Q},×)$は$0$の逆元を含まないため、群ではない。
$(S,+)$と$(S^×,×)$を区別するために$(S,+)$を$S$の加法群、$(S^×,×)$を$S$の乗法群という。省略して、$S^×$は$S$の乗法群であるともいう。
上記の例では$(\mathbb{Q},+)$と$(\mathbb{Q}^×,×)$は群であるが、$ (\mathbb{Q},×)$は$0$の乗法逆元がないため群ではないことを見た。
有理数全体$\mathbb{Q}$はたし算で群になるがかけ算では群にはならない。$0$を抜けば、かけ算で群になる。
台集合が同じだが2つの異なる演算で群となる例はあるだろうか。
同じ集合で異なる演算で群となる例を挙げよ
整数全体$\mathbb{Z}$において
通常のたし算とは異なるたし算$\textbf{∔}$を以下のように定義する。
$α \in \mathbb{Z}$を決めて固定する。例えば$α=1$でもよい。
$\forall a,b \in \mathbb{Z};a\textbf{∔}b:=a+b+α$
とする。右辺は通常のたし算。
この演算で$(\mathbb{Z},\textbf{∔})$は群になる。
[1](閉じていること)を満たすこと
$α \in \mathbb{Z}$より$a\textbf{∔}b=a+b+α \in \mathbb{Z}$なのでOK
[2](結合律)を満たすこと
$a \textbf{∔}(b\textbf{∔}c)=a \textbf{∔} (b+c+α)=a+b+c+α+α$
$(a\textbf{∔}b)\textbf{∔}c=(a+b+α)\textbf{∔}c=a+b+c+α+α$
なので、
$a \textbf{∔}(b\textbf{∔}c)=(a\textbf{∔}b)\textbf{∔}c $よりOK
[3](単位元の存在)を満たすこと
$-α \in \mathbb{Z} $であり、
$\forall a \in \mathbb{Z};a\textbf{∔}(-α)=a-α+α=a$
$\forall a \in \mathbb{Z};(-α)\textbf{∔}a=-α+a+α=a$
なので$-α$が単位元であることがわかる
[4](逆元の存在)を満たすこと
$-α$が単位元であることを踏まえて、
$\forall a \in \mathbb{Z};a\textbf{∔}(-a-2α)=a+(-a-2α)+α=-α$
$\forall a \in \mathbb{Z};(-a-2α)\textbf{∔}a=(-a-2α)+a+α=-α$
なので$a$の逆元は$-a-2α$であることがわかる。
∎
各$α \in \mathbb{Z}$で成り立つのでまとめると、
$α \in \mathbb{Z}$に対して、
整数全体は、以下で定義される演算$\textbf{∔}_{α}$で群$(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α})$となる。
$\forall a,b \in \mathbb{Z};a\textbf{∔}_{α}b:=a+b+α$
$α=0$の場合(つまり$(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{0})$)は通常の加法群$(\mathbb{Z},+)$である。
$α≠β$のとき、$\textbf{∔}_{α}$と$ \textbf{∔}_{β}$は異なる演算である。
$a\textbf{∔}_{α}b=a+b+α$
$a\textbf{∔}_{β}b=a+b+β$
より、
$a\textbf{∔}_{α}b \neq a\textbf{∔}_{β}b$
∎
$α$によらず$(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α})$の台集合は整数全体$\mathbb{Z}$で同じなので、これらは
問題の回答になっている
ただ、以下のように群の構造は通常の$(\mathbb{Z},+)$と同じである。
$(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α})$は群としては、$α \in \mathbb{Z}$がなんであっても$(\mathbb{Z},+)$と同型であることがわかる。
$\forall α \in \mathbb{Z} ;(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α}) \simeq (\mathbb{Z},+)$
$f:(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α}) \longrightarrow (\mathbb{Z},+)$
を$f(z):=z+α$
$g:(\mathbb{Z},+) \longrightarrow (\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α})$
を$g(z):=z-α$
で定義すると、
$f(a\textbf{∔}_{α}b)=f(a+b+α)=a+b+α+α$
$f(a)+f(b)=a+α+b+α$
$f(a\textbf{∔}_{α}b)=f(a)+f(b)$つまり準同型($g$も同様に準同型)であり、
$g \circ f(a)=g(a+α)=a+α-α=a$
$g \circ f = id_{(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α})} $であり、
$f \circ g(z)=f(z-α)=z-α+α=z$
$f \circ g = id_{(\mathbb{Z},+)} $であるので$f,g$は全単射で群の同型となることがわかる。
∎
通常のたし算とは異なる演算ではあるが、その演算が入った整数全体で自己同型になっている。
ただし、抽象群としては、$(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α})$ と$(\mathbb{Z},+)$とは、同じ無限巡回群である。
同型の意味では「同じ群」なので、「異なる群」とは言えない。
群論の初歩の解説の群の例として、$(\mathbb{Z},+)$がよく挙げられるが、$(\mathbb{Z},\textbf{∔}_{α})$が挙げられるのは見たことがない。結局同型(構造は同じ、抽象群としては同じ)だから挙げられないのかもしれない。
任意の非アーベル群$(G, \circ )$が与えられた時、
$G$の二項演算$\bullet$を以下で定義する
$a,b \in G; a \bullet b:=b \circ a$
1.[1]は定義から明らか、
[2]は、$a\bullet (b\bullet c)=a\bullet (c\circ b)=(c\circ b)\circ a $
$=c\circ (b\circ a)=c\circ (a\bullet b)=(a\bullet b)\bullet c $
[3][4]単位元は、各逆元の存在は$(G, \circ )$と共通で、OK
2.$(G, \circ )$が非アーベル群なので、
$\exists a \in G,\exists b \in G;b\circ a \neq a\circ b$
$ a \bullet b=b \circ a \neq a\circ b$
異なる演算であることが示された。
3. $φ:(G,\bullet) \longrightarrow (G, \circ )$を$\forall a \in G;φ(a):=a^{-1} $で定義すると、$φ(a\bullet b)=(a\bullet b)^{-1}=(b \circ a)^{-1}=a^{-1}\circ b^{-1}=φ(a)\circ φ(b) $で$φ$は群準同型写像である。全単射なのは明らかなので、$φ$は同型写像である。
よって$ (G,\bullet) \simeq (G, \circ )$
∎
2.より演算が異なるの任意の非アーベル群$(G, \circ )$に対して、$(G, \circ ) $は台集合が同じで異なる演算の例になっている。与えられる$(G, \circ )$は非アーベル群であれば何でもよいので、例としては$3$次対称群$S_3$や$4$次二面体群$D_4$などで良い。
しかし、抽象群としては、$(G,\bullet)$と$(G, \circ )$は同じ群である。群としての性質は全く変わらない。「異なる群」と言えない。
台集合は同じで、異なる演算で同型ではない群になる例はあるだろうか?
以下のような例を思いついた。
$G=\{0,1,2,3\}$として、
$G$に入る$2$つの演算を以下で定義する。
| XOR | 0 | 1 |
|---|---|---|
| 0 | 0 | 1 |
| 1 | 1 | 0 |
二進表示
| 十進表示 | 二進表示 |
|---|---|
| 0 | 00 |
| 1 | 01 |
| 2 | 10 |
| 3 | 11 |
なので、$\oplus_1$,$\oplus_2$の乗積表(加法表)は以下のようになる。
| $\oplus_1 $の乗積表 | $\oplus_2 $の乗積表 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
|
これらの演算で$G=\{0,1,2,3\}$がアーベル群であることを確かめる。
[1]閉じていることは明らか。
[2]の結合律が乗積表からは非自明だが、アナログ時計の時間の加算だと考える(ただし、$(G,\oplus_1)$は$0,1,2,3$のみの時計で$(G,\oplus_2)$は$0,1$のみの時計が$2$つと考える)と、$2$回の加算を行うとき、時計上での$1$回ずつ加算とその$2$回の加算分を$1$度に行うのとで結果が等しい事を考えれば、納得できる。
[3] (単位元の存在)どちらも$0$の行(列)はヘッダーと同じであることから単位元は$0$である。
[4] (逆元の存在)どの行(列)にも結果が$0$になる箇所があるので、どの元にも逆元があることがわかる。→群をなす。
[5]上と左が対角線に対称だから可換律も満たす。→アーベル群である。
$(G,\oplus_1)≆(G,\oplus_2)$
$(G,\oplus_1)$の場合、
$1\oplus_1 1 \oplus_1 1=3 \neq 0_{\oplus_1}$
$1\oplus_1 1 \oplus_1 1 \oplus_1 1 = 0_{\oplus_1}$
で$1$の位数が$4$であり位数$4$の元があるとわかるが、
$(G,\oplus_2)$の場合、
$1 \oplus_2 1=0_{\oplus_2}$
$2 \oplus_2 2=0_{\oplus_2}$
$3 \oplus_2 3=0_{\oplus_2}$
これらは位数$2$であり、位数$4$の元はない。
∎
これらの$G=\{0,1,2,3\}$がなす群について
$(G,\oplus_1)$は巡回群$ \mathbb{Z} /4\mathbb{Z}$と同型
$(G,\oplus_2)$は$ \mathbb{Z} /2\mathbb{Z}\times \mathbb{Z} /2\mathbb{Z}$(いわゆるクラインの四元群)と同型
であることが確かめられる。
以上より、問題「同じ集合で異なる演算で群となる例を挙げよ」の本質的に異なる演算での例となっている。
素人なりの思いつきで書き始めた記事だが、結構いろいろと勉強になった(気がする)。そして楽しめた。
群を置換群とみなすとき、全単射写像とその合成とみなすと、「結合律」は当たり前に感じるが、位数の少ない有限群(の候補)の乗積表を書くと結合律以外は自明で、結合律は非自明で奥が深いという気付きがあった。
何か概念の定義があって、必要なら制限を付けてそれを満たす簡単な例を考える事は、パズルを楽しむことに似ている。一人遊びの延長としての数学の楽しみ方の一つだといえる。