代数学の試験に出た問題の模範解答が全力で高校数学をするというものでとても嫌な気持ちになったので,それっぽいことをする解答を書きました.問題は記事用に改題しています.任意の代数構造は可換です.
$\mathbb C[X,Y,Z]$のイデアル$I=(X+Y+Z, XY+YZ+ZX, XYZ)$を考える.このとき,$I$に含まれない最大次数の斉次多項式は何次か.
これを解くだけであれば$I$に含まれなさそうな多項式の予想を立てて,それが本当に$I$に含まれないことを係数比較などで頑張って計算すると解くことができます.しかし私は計算が嫌いなのでそんなことはしたくありません.
そこで,この記事ではより強い次の問題を考えることで解決します.
次数つき$\mathbb C$-代数$\mathbb C[X,Y,Z]$の斉次イデアル$I=(X+Y+Z, XY+YZ+ZX, XYZ)$を考える.このとき,$\mathbb C[X,Y,Z]/I$の$N$次の成分の$\mathbb C$-ベクトル空間としての次元はいくらか.
次元が$0$でないような最大の$N$が元の問題の答えになります.
肝となるのは,次数つき代数・加群に対して定義される「Hilbert 級数」という概念と,その計算に利用する「正則列」という概念です.それぞれを定義します.
$K$を体とする.次数つき$K$-代数$R=\bigoplus_i R_i$に対する Hilbert 級数とは
$$
H_R(t) = \sum_d \dim_K(R_d)\cdot t^d
$$
で定まる多項式である.
同様に次数つき$K$-ベクトル空間$V=\bigoplus_i V_i$に対する Hilbert 級数とは
$$
H_V(t) = \sum_d \dim_K(V_d)\cdot t^d
$$
で定まる多項式.
Hilbert 級数の言葉を使えば問題は$H_{\mathbb C[X,Y,Z]/I}$を求めることに帰着されます.
環$R$の元の列$s_1, \cdots, s_n$が正則列であるとは,
正則列の重要性は次の補題にあります.
$K$を体,$R$を次数つき$K$-代数とする.このとき,$R$の斉次な元からなる正則列$s_1, \cdots, s_n$があれば,$I=(s_1, \cdots, s_n), d_i = \dim s_i$として
$$
H_{R/I}(t) = \left(\prod_{i=1}^n (1-t^{d_i}) \right)H_R(t)
$$
が成立する.
まず$n=1$について考える.$s=s_1, d=d_1$と書く.次数つき$K$-ベクトル空間としての次の列を考えよう.
$$
0 \longrightarrow R(-d) \longrightarrow R \longrightarrow R/(s) \longrightarrow 0
$$
ただし,$R(-d)$とは$R$のベクトル空間としての構造をそのままに,次数を$d$ずらした$\left(R(-d)\right)_i=R_{i-d}$であり,$R(-d)\rightarrow R$とは$s$を掛ける写像である.
$s$が零因子でないことから$s$倍写像は単射であり,よって上の列は完全列である.したがって,次元定理を考えることで
$$
H_R(t) = H_{R(-d)}(t) + H_{R/(s)}(t)
$$
を得る.さらに$H_{R(-d)}(t) = t^dH_R(t)$であることから,示すべき等式 $(1-t^d)H_R(t)=H_{R/(s)}(t)$が得られる.
一般の$n$に対しては$n=1$の議論を繰り返し行えばよい.
さて,元の問題の状況に戻ります.基本対称式は正則列をなします.
$X+Y+Z, XY+YZ+ZX, XYZ$は$\mathbb C[X,Y,Z]$の正則列である.
さらに$1$は$(X+Y+Z, XY+YZ+ZX, XYZ)$に含まれず,$\mathbb C[X,Y,Z] \neq (X+Y+Z, XY+YZ+ZX, XYZ)$.
(2025/8/6 追記)
3. の証明方法に誤りがあったため修正しました.上記の証明が最新版です.
当初の証明では
$$ \begin{eqnarray} && \mathbb C[X,Y,Z]/(X+Y+Z,XY+YZ+ZX)\\ &=& \mathbb C[Y,Z]/(Y^2+YZ+Z^2)\\ &=& \mathbb C[Y,Z]/(Y-\omega Z) \oplus \mathbb C[Y,Z]/(Y-\omega^2 Z)\\ &=& \mathbb C[Z_1] \oplus \mathbb C[Z_2] \end{eqnarray} $$
であり,この同型によって$XYZ$は$(Z_1^3, Z_2^3)$にうつる.どちらの成分も整域の非零元であることから示される.
としていましたが,中国剰余定理を使用する部分で$(Y-\omega Z) + (Y-\omega^2 Z)$が$C[Y,Z]$とはならないためこの同型が成立していません.
実際には同様の方法で構成される準同型
$$
\mathbb C[X,Y,Z]/(X+Y+Z,XY+YZ+ZX) \rightarrow \mathbb C[Z_1] \oplus \mathbb C[Z_2]
$$
は単射にはなっているため,元の証明と同様に$XYZ$がどの成分も整域の非零元であるような元に飛ぶことから$XYZ$が非零因子であることは従うのですが,そこまでしてこの方針を保つ意味もないので上のような証明に改めました.反省.
ご指摘いただきありがとうございました.
以上をまとめると$\mathbb C[X,Y,Z]/I$の Hilbert 級数が求まります.
まず$\mathbb C[X,Y,Z]$の Hilbert 級数は
$$
H_{\mathbb C[X,Y,Z]}(t) = (1 + t + t^2+\cdots)^3 = (1-t)^{-3}
$$
であり,これに対して補題1を基本対称式からなる正則列に適用すると
$$
H_{\mathbb C[X,Y,Z]/I}(t) = (1-t)(1-t^2)(1-t^3)H_{\mathbb C[X,Y,Z]}(t) = 1+2t+2t^2+t^3
$$
となります.したがって,求めるべきベクトルの次元は$N=0,3$で$1$次元,$N=1,2$で$2$次元,$N \geq 4$で$0$次元となり,特に$I$に含まれない最大次数の多項式は$3$次式です.
変数の数を一般の場合に拡張することはできるでしょうか.
$R_n=\mathbb C[X_1, \cdots, X_n]$の基本対称式を$s_1, \cdots, s_n$とかく.$I=(s_1, \cdots, s_n)$としたとき,$I$に含まれない最大次数の斉次多項式は何次か.
これは今回は解きませんが,興味があれば解いてみてください.気が向いたらいつか書きます→
書きました!
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三変数の場合と同じ方針をとるとすれば,問題となるのは基本対称式の正則性くらいでしょうか.しかし,これをちゃんと示すのは三変数のときほど容易ではないと思います.
今回の問題は代数幾何的な背景があるらしいですが,あまり代数幾何に詳しくないので誰か教えてください.