これ
の続きですが,前回の記事を読んでいる必要はありません.
一応の目標は前回の記事の最後に示した問題を解くことですが,そのために使う定理の証明がメインテーマです.前回の記事では問題を解く指針として対称式の列が正則列になることを示すという示唆をしましたが,今回は全然違う方針を取ります(私が調べる限り正則列になることは正しそうですが,証明は得ていません.誰か記事を書いてください).
この記事では次を示すのが目標です.
$R_n=\mathbb C[X_1, \cdots, X_n]$の基本対称式を$s_1, \cdots, s_n$とし,$S_n=\mathbb C[s_1, \cdots, s_n]$とする.このとき$R_n$は自然に$S_n$-加群となるが,これは階数$n!$の自由加群であり,$B_n=\left\{\prod_{i=1}^n X_i^{a_i} \ \middle|\ 0 \leq a_i < i \right\}$はその基底となる.
この系として前回の問題が従います.
$R_n=\mathbb C[X_1, \cdots, X_n]$の基本対称式を$s_1, \cdots, s_n$とかく.$I=(s_1, \cdots, s_n)$としたとき,$I$に含まれない最大次数の斉次多項式は何次か.
$R/I$の最高次数の元を調べれば良いですが,$R/I$の元は定理で示された基底の定数倍の和で表されることがわかるので,基底に含まれる最高次数である$\frac12 n(n-1)$次が答えとなります.
はじめに,$B_n$が実際に$R_n$を生成することを調べます.
$X_1, \cdots, X_k$の$i$次の対称式を$s_i^{(k)}$と書くことにします.$s_i=s_i^{(n)}$です.さらに便宜上$s_0^{(k)}=1$とします.
また,この節で線型結合といえば$S_n$係数での線型結合です.
$s_i^{(k)}$は$X_{k+1}, \cdots, X_n$からなる多項式の線型結合
$$
\sum_{j=1}^N f_i\cdot g_j \quad (f_i \in \mathbb C[X_{k+1, }, \cdots X_n], g_i \in S_n)
$$
として書ける.
全体として$k$に関する帰納法により,さらに各ステップを$i$に関する帰納法により示す.
$k=n$の場合は明らか.$k>k_0$で成立するとして$k=k_0$の場合を考える.
$i=0$は良い.$i< i_0$で成立するとして$i=i_0$の場合を考える.
このとき$s_{i}^{(k)} = s_{i}^{(k+1)}-X_{k+1}\cdot s_{i-1}^{(k)}$であるから,帰納法の仮定により右辺が条件を満たした表示になっている.
以上の補題を用いて,単項式が$B_n$の線型結合で表されることを示します.
$$
C_k^{(n)} = \left\{\prod_{i=1}^n X_i^{a_i} \ \middle|\ 0 \leq a_i < i \text{ for } i=1,\cdots, k \right\}
$$
とします.$C_{k-1}^{(n)}$の元が与えられたときに,これを$C_k^{(n)}$の元の線型結合として表せることを確認します.
まず,$\prod_{i=1}^k (T-X_i)$に$T=X_k$を代入することで$X_k^k=s_1^{(k)}X_k^{k-1}-s_2^{(k)}X_k^{k-2}+\cdots +(-1)^{k-1}s_n^{(k)}$がわかります.係数に現れる$s_i^{(k)}$は補題から$X_{k+1}, \cdots X_n$の多項式の線型結合として表されます.
したがって,与えられた単項式にこれを代入すると$X_i \ (i=1, \cdots k-1)$に関して次数を増やさず,$X_k$に関して少なくとも一次低い単項式の線型結合として表せます.この操作は$X_k$に関する次数が$k$未満になるまで繰り返すことができ,結局$C_k^{(n)}$の元の線型結合として表せることがわかりました.
さて,この議論を$k=1$から順に$n$まで繰り返していくと,与えられた任意の元は$C_n^{(n)}$の線型結合として表されることになりますが,$C_n^{(n)}$とは$B_n$のことなので,$B_n$が$R_n$を生成することがわかりました.
$B_n$が線型独立であることを調べます.
$R_n, S_n$の商体$L,K$を取ります.$L$は$K$の拡大体です.この節で線型結合などの語は$K$係数で考えるものとします.
$B_n$は$L$を生成していることを示します.まず,任意の$q \in R_n, q \neq 0$に対して$\frac 1q \in L$が$B_n$の線型結合で表されることを確認します.
$R_n$は$S_n$の整拡大になっているので,$q$は$S_n$係数の最小多項式 $q^n+a_{n-1}q^{n-1}+\cdots+(-1)^na_0$ を持ちます.最小性から $q\neq 0$ のときには $a_0\neq 0$ です.したがって
$$
q\cdot \left(-\frac 1{a_0}(q^{n-1}+a_{n-1}q^{n-2}+\cdots+(-1)^{n-1}a_1)\right)=1
$$
となり,
$$
\frac 1q = -\frac 1{a_0}(q^{n-1}+a_{n-1}q^{n-2}+\cdots+(-1)^{n-1}a_1)
$$
がわかります.$q$のべきは$R_n$の元なので,すなわちこれは$B_n$の線型結合として書けていることになります.
これに$p$をかけた$\frac pq$は$R_n$の線型結合となるので,$R_n$の元を$B_n$の線型結合で書き直すことで$\frac pq$の場合も$B_n$の線型結合であることがわかりました.
次に$L$の拡大次数を調べます.$L$は$K$における$T$に関する分離多項式$T^n-s_1T^{n-1}+\cdots+(-1)^ns_n$の分解体ですから,ガロア拡大です.
そのガロア群は$X_1, \cdots, X_n$の置換全体と対応しているため$n$次の置換群と同型であり,したがって拡大次数はガロア群の位数$n!$となります.
さて,$B_n$は$L$を生成していました.$B_n$に$n!$個の元があることからこれは$L$の基底になることがわかります.よって$B_n$は$K$上線型独立で,特に$S_n$上線型独立です.
前回の Hilbert 級数を使う方針もエレガントで良かったですが,今回の方針の方が具体的に自由加群として基底が求められるなどより本質的な構造を捉えていそうで良いですね.
そういえば元の三変数の場合の整数係数で考えたものが IMO 2020 の Shortlist A2 にあるようです.定期試験に Shortlist は出したらダメだろ.