数日前、数学的帰納法の原理を誤解していると思われる投稿が話題になっていた。
数学的帰納法は、自然数$\mathbb{N}$のすべての要素に対して成り立つ命題を証明するのに使用する。自然数に$0$を含めるときと含めない場合があるが、大した違いではないのでこの記事では含めないとする。
$n\in\mathbb{N}$ ($n$は自然数である)とき
$P(n)$は$n$が含まれる命題やそれが成り立つことを表すとする。
数学的帰納法とは、
が成立することを示すことで、
任意の自然数$n$に対して$P(n)$
という証明の方法である。
論理式で書くと、
($P(1) \land \forall k \in \mathbb{N};(P(k) \Longrightarrow P(k+1)) $)
$ \qquad \Longrightarrow \forall n\in \mathbb{N};P(n)$
だが、誤解していると思われる主張は、
「どんな自然数$k$に対して$P(k) \Longrightarrow P(k+1)$」の部分が、
「ある自然数$k$が存在して$P(k) \Longrightarrow P(k+1)$」になっている、すなわち
($P(1) \land \exists k \in \mathbb{N};(P(k) \Longrightarrow P(k+1)) $)
$ \qquad \Longrightarrow \forall n\in \mathbb{N};P(n)$
となっているものである。
こちらでは
$ \forall n\in \mathbb{N};P(n)$
が成立することは導けない。
($P(1) \land \forall k \in \lbrace 1,2, \cdots ,m \rbrace ;(P(k) \Longrightarrow P(k+1)) $)
$ \qquad \Longrightarrow \forall n\in \lbrace 1,2, \cdots ,m+1 \rbrace;P(n)$
これが成り立つことは以下のようにしてわかる。
$P(1)$
$P(1) \land (P(1) \Longrightarrow P(2)) $なので、$P(2)$
$P(2) \land (P(2) \Longrightarrow P(3)) $なので、$P(3)$
$$
\cdots
$$
$P(m-1) \land (P(m-1) \Longrightarrow P(m)) $なので、$P(m)$
$P(m) \land (P(m) \Longrightarrow P(m+1)) $なので、$P(m+1)$
$\therefore \forall n\in \lbrace 1,2, \cdots ,m+1 \rbrace;P(n)$∎
この状況で、「A1-A5のすべてのセルの値は「○」である」という結果を有限版の数学的帰納法で証明してみる。
セルA1~A5をAを省略してセル1~5と呼ぶことにする。
$P(k)$は「セルkの値は「○」である」という命題が真であることとする。
(有限版の)数学的帰納法により、
$ \forall n \in \lbrace 1,2,3,4,5 \rbrace ;P(n)$
すべての$ n \in \lbrace 1,2,3,4,5 \rbrace$に対して、「セルnの値は「○」である」
が示せた。∎
$\exists k \in X;(P(k) \Longrightarrow P(k+1)) $
(ただし、$X$は $\lbrace 1,2, \cdots ,m \rbrace$もしくは$\mathbb{N}$)
はある$X$の要素$k$が存在して、$P(k) \Longrightarrow P(k+1)$が成り立つなら真となる。
例えば、A1には「○」、A2には「=A1」、A3以降空欄の場合も
$P(1) \land \exists k \in X;(P(k) \Longrightarrow P(k+1)) $は成り立つ
($\because$ $k=1$の時$P(1)\Longrightarrow P(2)$が成り立つので)
誤った数学的帰納法が正しいのであれば、$\lbrace 1,2, \cdots ,m+1 \rbrace$すべてのセルが「○」となるはずだが、
実際には、A1とA2のみ「○」であとは空欄であるからである。∎
正しい数学的帰納法の記述で$(P(k) \Longrightarrow P(k+1) $の前に来るのは、
$ \exists $ではなく、$ \forall$でなければならない。
特に自然数の最初の有限個についての数学的帰納法はとても自明なものであり、便利であるが、もし示すべき個別の命題のどこかが欠けているならば、「命題」が全体で成り立つことの証明に適用できない。
本記事はほぼ自明な内容であるが、自明なことも誰かに説明しようと考えることはそれなりに勉強になると感じた。