まずはジョルダン標準形について思い出しましょう.$M_n(\C)$で複素数を成分とする$n \times n$行列全体を,$\mathrm{GL}_n(\C)$で$n \times n$正則行列を表すことにします.
正の整数$n$と$\lambda \in \C$に対し,そのジョルダンブロックを
$$ J_n(\lambda) := \mqty(\lambda & 1 & 0 & \cdots & 0 \\ 0 & \lambda & 1 & \cdots & 0 \\ 0 & 0 & \lambda & \cdots & 0 \\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots & 1 \\ 0 & 0 & 0 & \cdots & \lambda) \in M_n(\C) $$
とする.正の整数$n_1,n_2, \cdots ,n_k$と$\lambda_1,\lambda_2,\cdots,\lambda_k \in \C$を用いて
$$ \mqty(\dmat{J_{n_1}(\lambda_1),J_{n_2}(\lambda_2),\ddots,J_{n_k}(\lambda_k)}) $$
と書かれたブロック行列のことをジョルダン標準形という.
任意の正方行列$A \in M_n(\C)$に対して,ジョルダン標準形$J$が,ジョルダンブロックの並びを除いて一意に存在して,ある正則行列$P \in \mathrm{GL}_n(\C)$に対して
$$
P^{-1}AP = J
$$
が成り立つ
つまり,有限次元$\C$-線形空間$V$上の任意の線形写像$f : V \to V$に対して,$V$のうまい基底を取れば,$f$の表現行列はジョルダン標準形になるということです
実は,ジョルダン標準形にも欠点があります.元の行列$A$の成分が実数や有理数の場合でも,ジョルダン標準形は虚数や無理数の成分を持つことがあります.中には成分が代数的に書けないことすらあります.これは行列$A$の固有多項式が,基礎体$\mathbb{F}$上で1次式の積に分解できるとは限らないためです.
そこで使えるのがフロベニウス標準形です.ジョルダン標準形と同様に,任意の行列$A$は相似変換$A \mapsto P^{-1} A P$によってフロベニウス標準形という綺麗な行列に一意的に直すことができます.フロベニウス標準形の最大の特徴は,元の行列が体$\F$上で定義されていれば,フロベニウス標準形も$\F$上の行列であるということです.たとえば,$A$の成分が実数なら実数のままで,有理数なら有理数のままです.
群論の言葉でいうと,代数閉体とは限らない一般の体$\F$に対して,$\mathrm{GL}_n(\F)$の$M_n(\F)$への共役作用による軌道の代表系としてフロベニウス標準形を取ることができます.
$\F$を体とする.$\F$上の$1$次以上のモニック多項式
$$ f(x) = x^d + a_{d-1}x^{d-1} + \cdots + a_0,\quad a_0,a_1,\cdots,a_{d-1} \in \F $$
に対し,その同伴行列$C_f$を
$$ C_f := \mqty(0 & 0 & \cdots & 0 & -a_0 \\ 1 & 0 & \cdots & 0 & -a_1 \\ 0 & 1 & \cdots & 0 & -a_2 \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots & \vdots \\ 0 & 0 & \cdots & 1 & -a_{d-1}) $$
と定める.$\F$上の$1$次以上の多項式の列
$$ f_1(x),\ f_2(x),\cdots, f_k(x) $$
であり,$f_i(x) \mid f_{i+1}(x)$を満たすものを用いて
$$ \mqty(\dmat{C_{f_1}, C_{f_2}, \ddots, C_{f_k}}) $$
と書かれたブロック行列のことをフロベニウス標準形という.
$\F$を任意の体とする.任意の$\F$上の正方行列$A \in M_n(\F)$に対して,$\F$上のフロベニウス標準形$S$が一意に存在して,ある$\F$上の正則行列$P \in \mathrm{GL}_n(\F)$に対して
$$
P^{-1}AP = S
$$
が成り立つ
また,多項式$f_1(x),f_2(x),\cdots,f_k(x)$には次のような意味があります.
これは,$C_f$の固有多項式・最小多項式がともに$f(x)$になることから分かります.
定理2の証明の前に,フロベニウス標準形の意味を考えてみましょう.フロベニウス標準形
$$
A \sim \mqty(\dmat{C_{f_1}, C_{f_2}, \ddots, C_{f_k}})
$$
に対応する直和分解を
$$
\F^n = V_1 \oplus V_2 \oplus \cdots \oplus V_k
$$
と書けば,各$V_i$は巡回的な$A$不変部分空間であることが分かります.巡回的とは,ある$v \in V$を用いて
$$
V_i = \mathrm{Span}_{\F} \{ v, Av, A^2 v, \cdots \}
$$
と書けることです.実際,直和因子ごとに考えると,$d$次多項式$f(x)$に対して,
$$
C_f e_1 = e_2,\ C_f e_2 = e_3,\ \cdots,\ C_f e_{d-1} = e_d
$$
という関係が成り立つので,$\F^d$は$C_f$について巡回的です($e_1$で生成されます).つまり,フロベニウス標準形は巡回的部分空間への直和分解に関する行列表示のことだといえます
この観点を踏まえれば,定理2の証明は PID上の有限生成加群の構造定理 を知っていれば簡単です.
$V = \F^n$とする.$V$を次のように多項式環$\F[x]$上の加群とみなす
$$
x \cdot v = A v
$$
このようにすれば,部分空間$W \subset V$が巡回的であることは,$W$が$\F[x]$加群として巡回加群(単生成)であることと言い換えられる.
$\F$は体なので,$\F[x]$は単項イデアル整域(PID)である.よって,PID上の有限生成加群の構造定理から,$\F[x]$加群としての同型
$$
V \cong \F[x] / (f_1(x)) \oplus \F[x] / (f_2(x)) \oplus \cdots \oplus \F[x] / (f_k(x))
$$
がある($\dim_{\F} V < \infty$なので$\F[x]^e$は現れない).ただし,
$$
f_1(x) \mid f_2(x) \mid \cdots \mid f_k(x)
$$
である.線型写像$v \mapsto A v$は直和因子$\F[x] / (f_i(x))$において$x$倍写像として作用し,その表現行列は同伴行列$C_{f_i}$に等しい.実際,
$$
f_i(x) = x^d + a_{d-1}x^{d-1} + \cdots + a_0
$$
とすれば,$\F[x] / (f_i(x))$の基底$(1,x,x^2,\cdots,x^{d-1})$に$x$を掛けると$(x,x^2,\cdots,x^d)$であり,剰余環の性質から
$$
x^d = -a_0 - a_1 x - \cdots -a_{d-1}x^{d-1}
$$
であるため,この作用の表現行列はまさに$C_{f_i}$となる.
もし$A$がフロベニウス標準形
$$
\mqty(\dmat{C_{f_1}, C_{f_2}, \ddots, C_{f_k}})
$$
と相似であれば,$A$不変部分空間への直和分解
$$
V = V_1 \oplus V_2 \oplus \cdots \oplus V_k
$$
が存在して,各$i$について$V_i$の基底$v_0,v_1,\cdots,v_{d-1}$による
$v \mapsto A v$の表現行列が$C_{f_i}$となる.ここで,$\F[x]$加群として
$$
\F[x] / (f_i(x)) \cong V_i
$$
となることを示そう.$\F[x]$加群の準同型
$$
\phi: \F[x] \to V_i,\quad x^j \mapsto A^j v_0
$$
を考える.仮定より,
$$
A v_j = v_{j+1}\ (0 \leq j \leq d-2),\ A v_{d-1} = - a_0 v_0 - a_1 v_1 - \cdots - a_{d-1} v_{d-1}
$$
なので,$\phi$は全射である.また,
\begin{align}
f_i(A) v_0 &= A^d v_0 + a_{d-1} A^{d-1} v_0 + \cdots + a_0 v_0 \\
&= A v_{d-1} + a_{d-1} v_{d-1} + \cdots + a_0 v_0 = 0
\end{align}
より,$f_i(x) \in \ker \phi$なので,$\F[x]$加群の全射準同型
$$
\F[x] / (f_i(x)) \to V_i
$$
が誘導される.両辺ともに$\F$上の次元が$d$なので,これは全単射であり,したがって$\F[x]$加群の同型となる.以上より,
$$
V \cong \F[x] / (f_1(x)) \oplus \F[x] / (f_2(x)) \oplus \F[x] / (f_k(x))
$$
であり,PID上の有限生成加群の構造定理における一意性から,$f_1(x), f_2(x),\cdots, f_k(x)$は$A$から一意的に定まる.
PID上の有限生成加群の構造定理の証明(単因子論)を思い出せば,正方行列$A$が与えられたとき,対応するフロベニウス標準形$S$の計算方法が分かります.
$\F = \mathbb{Q},\ A = \mqty(1 & 2 \\ 3 & 4)$の場合,$xI - A = \mqty(x - 1 & -2 \\ -3 & x - 4)$であり,
\begin{align}
\mqty(x - 1 & -2 \\ -3 & x - 4) &\mapsto \mqty(x - 1 & -2 \\ -6 & 2x - 8) \quad (\text{2行目を$2$倍})\\
&\mapsto \mqty(x - 1 & -2 \\ x^2 - 5x - 2 & 0) \quad (\text{2行目に$1$行目の$x-4$倍を加えた}) \\
&\mapsto \mqty(x - 1 & 1 \\ x^2 - 5x - 2 & 0) \quad (\text{2列目を$-1/2$倍})\\
&\mapsto \mqty(0 & 1 \\ x^2 - 5x - 2 & 0) \quad (\text{1列目に2列目の$-x+1$倍を加えた}) \\
&\mapsto \mqty(1 & 0 \\ 0 & x^2 - 5x - 2 ) \quad (\text{1列目と2列目を入れ替えた})
\end{align}
なので単因子は$1,\ x^2 - 5x - 2$である.よって,フロベニウス標準形は
$$
S = \mqty(0 & 2 \\ 1 & 5)
$$
である.
方程式を解くという操作がなく,四則演算だけなので体$\F$内に絶対に収まりますね.
色々応用がありますが,その1つを紹介します.フロベニウス標準形の一意性から,
行列$A, B \in M_n(\F)$が$\F$上相似 $\Longleftrightarrow$ $A,B$の$\F$上のフロベニウス標準形が等しい.
が成立します.これを使うと,次のような命題が分かります.
$\L / \F$を体の拡大とする.行列$A, B \in M_n(\F)$が$\L$上相似なら,$\F$上相似である.
$A, B$の$\F$上のフロベニウス標準形を$S_A,S_B \in M_n(\F)$とする.$S_A,S_B$は$\L$上のフロベニウス標準形でもあるから,$A, B$が$\L$上相似より$S_A = S_B$である.よって$A,B$は$\F$上相似である.