もともと上限・下限に苦手意識があったのですが,最近ようやく慣れてきました.
上限・下限を含む不等式の証明の仕方が分かってきたのでメモします.
とりあえず定義を列挙します.
「上限とは最小上界のことである」という文の意味がわかる人は読み飛ばしてください.
$X$を集合とする.
集合$X$上の二項関係$\le$が半順序であるとは,次の3条件が成り立つことをいう.
集合$X$とその上の半順序$\le$の組$(X,\le)$を,半順序集合という.
半順序は,通常の大小関係の一般化です.
$\mathbb{R}$上の二項関係
$$ {\le}:=\{(x,y)\in\mathbb{R}^2\mid\text{$x$ は $y$ 以下である}\}$$
は$\mathbb{R}$上の半順序である.(「以下」の定義は割愛)
半順序にはいかにも不等号っぽい記号を使うことが多いですが,反射律・反対称律・推移律の3条件を満たしてさえいれば,通常の大小関係である必要はありません.
集合$X$に対して
$$ {\le}:=\{(x,x)\mid x\in X\}$$
は$X$上の半順序である.
集合$X$に対して
$$ {\le}:=\{(A,B)\in \mathfrak{P}(X)^2\mid A\subset B\}$$
は冪集合$\mathfrak{P}(X)$上の半順序である.
$(X,\le)$を半順序集合,$A$を$X$の部分集合とする.
$(X,\le)$を半順序集合,$A$を$X$の部分集合とする.
$(X,\le)$を半順序集合,$A$を$X$の部分集合とする.このとき$A$の最大元・最小元は,存在すればそれぞれ一意である.
よって,$A$の最大元が存在すればそれを$\max(A)$と書き,$A$の最小元が存在すればそれを$\min(A)$と書く.
$M,M'\in A$がともに$A$の最大元であれば,$M$が$A$の上界であることと$M'\in A$から$M'\le M$が成り立ち,$M'$が$A$の上界であることと$M\in A$から$M\le M'$が成り立つ.よって$\le$の反対称律から$M=M'$を得る.最小元についても同様に示せる.
ようやく上限・下限の定義を述べる準備が整いました.
$(X,\le)$を半順序集合,$A$を$X$の部分集合とする.
最大元・最小元の一意性より,上限・下限の一意性も成り立つ.そこで,$A$の上限が存在すればそれを$\sup(A)$と書き,$A$の下限が存在すればそれを$\inf(A)$と書く.
上界・下界・最大元・最小元・上限・下限は存在しないこともある.
また,$A$の上限や下限が存在したとしても,それが$A$に属するとは限らない.
上限が出てくる不等式は,次のように作ることができます.
(下限についてもほぼ同様の議論ができるので,以降は上限のみ扱います.)
$(X,\le)$を半順序集合,$A$を$X$の部分集合とし,$A$の上限$\sup(A)$が存在すると仮定する.
この公式から,次のことが言えます.
これだけ見てもよくわからないかもしれないので,いくつか例題を解いてみましょう.
$(X,\le)$を半順序集合,$A,B$は$X$の部分集合で$A\subset B$を満たすものとする.
このとき$\sup(A),\sup(B)$が両方存在するならば,$\sup(A)\le\sup(B)$が成り立つ.
(i) を踏まえると$\sup(A)\in B$であることを示したくなりますが,これは一般に成り立つとは限りません(たとえば$X=\mathbb{R}$,$A=B=(0,1)$が反例になる).
そこで,ここでは (ii) を使って示すことにします.つまり$\sup(B)$が$A$の上界であることを示すということですが,これは (i) からすぐに分かります.
$a\in A$を任意に取る.このとき$A\subset B$より$a\in B$が成り立つから,$a\le\sup(B)$である.したがって$\sup(B)$は$A$の上界であり,$\sup(A)\le\sup(B)$が示された.
$(X,\le)$を半順序集合,$A,B$を$X$の空でない部分集合とし,任意の$a\in A$と$b\in B$に対して$a\le b$が成り立つとする.
このとき$\sup(A),\sup(B)$が両方存在すれば,$\sup(A)\le\sup(B)$が成り立つ.
この命題も (i) では示せないので,(ii) で示します.
$a\in A$と$b\in B$を任意に取る.このとき
$$ a\le b\le\sup(B)$$
が成り立つ.したがって$\sup(B)$は$A$の上界であり,$\sup(A)\le\sup(B)$が示された.
$\mathbb{R}$を通常の大小関係で半順序集合とみなし,$\mathbb{R}$の部分集合$A,B$に対して
$$ A+B:=\{a+b\mid a\in A,\ b\in B\}$$
と定義する.このとき,$\sup(A),\sup(B),\sup(A+B)$がすべて存在するならば,$\sup(A+B)\le\sup(A)+\sup(B)$が成り立つ.
$x\in A+B$を任意に取ると,$x=a+b$を満たす$a\in A$と$b\in B$が取れる.このとき$a\le\sup(A)$かつ$b\le\sup(B)$が成り立つから
$$ x=a+b\le \sup(A)+\sup(B)$$
であり,$\sup(A)+\sup(B)$が$A+B$の上界であることが示された.
上限・下限を含む不等式の導出は,次の表に則って考えればだいたい何とかなる気がします.
赤字の行は上限・下限の定義から直ちに従う最も基本的な性質です.
(簡単のため,表に現れる部分集合が空でなく上限・下限をもつことは仮定します)
仮定 | 結論 |
---|---|
$x\in A$ | $x\le \sup(A)$ |
${}^\exists a\in A,\ x\le a$ | $x\le\sup(A)$ |
${}^\forall a\in A,\ a\le x$ | $\sup(A)\le x$ |
$A\subset B$ | $\sup(A)\le\sup(B)$ |
${}^\forall a\in A,\ {}^\forall b\in B,\ a\le b$ | $\sup(A)\le\sup(B)$ |
下限バージョンも載せておきます.(4行目の不等号の向きに注意)
仮定 | 結論 |
---|---|
$x\in A$ | $\inf(A)\le x$ |
${}^\exists a\in A,\ a\le x$ | $\inf(A)\le x$ |
${}^\forall a\in A,\ x\le a$ | $x\le\inf(A)$ |
$A\subset B$ | $\inf(B)\le\inf(A)$ |
${}^\forall a\in A,\ {}^\forall b\in B,\ a\le b$ | $\inf(A)\le\inf(B)$ |
足りないもの・あった方が良いものがあれば教えてください.
ここまで読んでいただき,ありがとうございました.