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谷山志村予想のステートメント

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初めに

目標

まず谷山志村予想は以下のような主張です。

谷山志村予想

Q上の全ての楕円曲線は保型的(モジュラー)である

Fermat予想の話を聞くときこの定理を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?そこで今回はこのステートメントの意味するところを解説していきたいと思います。解説には齊藤毅先生のフェルマー予想の2章を参照しました。

前提知識

この記事ではHartshorne先生のAlgebraic Geometryの2章及び3章の一部(平坦射のところ)程度の代数幾何の知識、そしてSilverman先生のthe Arithmetic of Elliptic Curvesの1〜3章程度の楕円曲線の知識を仮定します。

言い訳とお願い

この記事は業務の傍、齊藤先生の本片手に駆け足で書いたもので、誤字脱字・数学的な誤り・説明が不親切な箇所等が多々あるはずなので、そのようなものを見つけた場合コメントに書いていただけると助かります。よろしくお願いします。

楕円曲線の還元(p3で良い還元を持つ場合)

素数p3をとります。Q上の楕円曲線とはy2+a1xy+a3y=x3+a2x2+a4x+a6の形で表される(x,y)たちの為す曲線のことを指します(ここでaiたちはQの元です)が、例えばこの係数の取り方は一意ではなく、うまく変数変換を施してあげることでy2=ax3+bx2+cx+dの形(ここでa,b,cZ(p)の元でaは単元)で表されることができます。このときこの楕円曲線のpに於ける還元とはこの式で表されるFp上の曲線のことを指します。この曲線が楕円曲線になっているときEpに於いて良い還元を持つと言います。ここで以下の量を定義します。

定義

p3以上の素数とし、Epで良い還元を持つとする。。Q上の楕円曲線Eにたいして還元EFpを取ったとき、有理点EFp(Fp)={(x,y)Fp×Fp|y2=ax3+bx2+cx+d}{O}の個数を用いてap(E)=p+1|EFp(Fp)|と定義する。

p=2の場合やpで良い還元を持たない場合もap(E)は定義できますがここでは省略します。

保型形式

モジュラー曲線X0(N)

谷山志村予想を述べるためには「保型的である」ことの意味をはっきりさせる必要があります。しかしそのためには代数曲線X0(N)を定義する必要があり、その構成には結構時間と手間がかかるので、この構成は未来の自分に任せてここではこの曲線の定義を挙げ、性質を列挙していきます。

まず一つ関手を定義します。

  1. Q上のスキームの圏から集合の圏への関手M0(N)M(T):={(E,C)の同型類}で定義する。ここで(E,C)T上の楕円曲線Eとその位数Nの巡回部分群スキームCの組である。
  2. スキームS上の広義楕円曲線EΓ(N)構造とは、Esmの位数Nの巡回部分群スキームでCSの任意の幾何学的点sについて、CEsのすべての既約成分と交わるものを指す。
  3. Q上のスキームの圏から集合の圏への関手M0(N)M(T):={(E,C)の同型類}で定義する。ここで(E,C)T上の広義楕円曲線EとそのΓ0(N)構造Cの組である。

ここでこれらのモジュライが存在すれば嬉しいですが、実は嬉しいことに以下の結果があります。

  1. 上記で定義した関手M(N)及びM(N)には粗モジュライが存在する(以下それぞれY0(N)及びX0(N)とおく)。
  2. X0(N)Q上の固有smooth代数曲線であり、Y0(N)はその稠密アファイン開部分スキームである。
  3. X0(N)は連結で、その定数体はQである。

一般的にこのようなモジュラー曲線の存在をきちんと述べるためにはそれなりの労力を要するので説明は未来の自分に丸投げします。このX0(N)レベルNのモジュラー曲線と呼ばれます。

保型形式って何?

いよいよ保型形式を定義します。

保型形式

X0(N)正則微分形式とはS(N)=Γ(X0(N),ΩX0(N)/Q1)の元を指す。X0(N)上の正則微分形式をQ上のレベルNの保型形式ないしモジュラー形式と呼ぶ。

q展開

急展開ではありません、q展開です。だだすべりしたので裸エプロン先輩に大嘘憑きでなかったことにしてもらって早速解説に入っていきましょう。

保型形式のq展開とは読んで字の如く保型形式をqを係数とする冪級数の形に展開することです。しかし前節で定義した通り保型形式とは微分形式だったはずです。そこでこれがどのようにして冪級数に対応していくのか見ていきましょう。

ここからはかなり天下り的な解説になりますがご容赦ください。まず関数σk(n):=d|ndk及びRiemannのζ-関数ζを取ります。ここで偶数k2に対してqに関する冪級数Ek(q):=1+2ζ(1k)n=1σk1(n)qnを定義します。一つ気をつけておきたいのは実は正の偶数kについてζ(1k)は有理数であるということです。これによって上記の冪級数は実はQ[[q]]の元であることがわかります。ここで以下の命題が成り立ちます。

方程式y2=4x3112E4(q)x+1216E6(q))Q[[q]]上の広義楕円曲線であり、Q((q))上では楕円曲線を定めている。

証明は時間のある時か必要性に迫られた時に書くのでひとまず省略させてくださいm(_ _)m。そしてさらにここには自然なΓ0(N)構造を構成することができます。ここでQ-スキームTに対してX0(N)(T)={射 TX0(N)}T上の広義楕円曲線たちを司っていたことを思い出しましょう。これによって上記の広義楕円曲線及びそのΓ0(N)構造は射e:SpecQ[[q]]X0(N)を定めることができます。

次にこの射eから微分形式の引き戻しe:ΩX0(N)/QΩQ[[q]]/Qが定まります。ここでdqqで定義される写像ΩQ[[q]]/QQ[[q]]を合成することで準同型e:S(N)Q[[q]]が定義できる。ここで保型形式fから定まる展開ef=n=1an(f)qnq-展開と呼びます。

以上の定義は非常に抽象的ですが、解析的に見ると実は非常に自然な定義です。後日時間がある時にこの解説も書こうと思います。

ここで上記の定義からだと異なる保型形式から同じq-展開が得られることも起こりそうなものですが実は以下の命題が成り立ちます。

e:S(N)Q[[q]]は単射である。

Hecke作用素

Hecke作用素を定義する前に

以上で楕円曲線Eに対してap(E)が、保型形式fに対してan(f)が定義できたので「楕円曲線がモジュラーである」とはEから定まるap(E)fq-展開の係数ap(f)となんか対応してるんだろうなということが想像できます。実際その通りなのですが、実は主張をより正確に述べるためにはまだ準備が必要です。

ここではそのための準備としてHecke作用素を定義していきます。Hecke作用素とはS(N)の間のある線型写像を指すのですが、その構成にはX0(N)の性質やモジュライ空間としての意味をフルに使っていきます。

モジュラー曲線X0(N,n)

X0(N)とはQ-スキーム上の楕円曲線とそのΓ0(N)構造を司るモジュライ曲線でした。ここでHecke作用素を定めるためにもう一つモジュラー曲線を考える必要があります。

定義語句(任意)

Q上のスキームの圏から集合の圏までの関手M0(N,n)M0(N,n)(T)={(E,C,E,C,f)の同型類}で定義する。ここで(E,C,E,C,f)

  • 楕円曲線E/T及びE/T
  • Eの位数Nの巡回部分群スキームC及びC
  • n次の射f:EEf(C)=Cなるもの

の組である。

前述の通りこのような関手を表現するモジュライ曲線があるかは常に厄介な問題ですが、実は以下が成り立ちます。

自然数N,nをとる。
(1) 商Y(Nn)×SN,n/GL2(Z/NnZ)は関手M0(N,n)の粗モジュライである。
(2) 上記のY0(N,n)Q上のsmoothアファイン代数曲線である。

ここで関手の射s,t:M0(N,n)M(N)s(E,C,E,C,f):=(E,C)t(E,C,E,C,f)=(E,C)と定義します。ここでs,tは代数曲線の射s,t:Y0(N,n)Y0(N)を誘導しますが、実は以下が成り立ちます。

上記で述べた代数曲線の射s,tは有限平坦である。

ここで曲線X0(N,n)を稠密開部分スキームとしてY0(N,n)を含むQ上のsmooth射影代数曲線とします(非自明ですがこのようなX0(N,n)はちゃんと一意的に存在します)。さらに嬉しいことにs,t:Y0(N,n)Y(N)X0(N)s,t:X0(N,n)X0(N)に一意的に延長します。

以上から曲線X0(N,n)と曲線の有限平坦射s,t:X0(N,n)X0(N)を定義することができました。

微分形式の引き戻し・跡

まず体Kをとり、K上のsmoothな射影曲線の有限平坦射f:XYがあったとき、引き戻しΓ(Y,ΩY/K)Γ(X,ΩX/K)は常に定義されます。

跡は、fの有限平坦射性を用いて、自然に定義できます。まず既約成分ごとに分けることでYは連結であるとして一般性を失いません。ここで連結smooth曲線は既約なので、特に任意の開集合が稠密になります。そこでYの稠密アファイン開部分スキームV及びf(U)VなるXのアファイン開集合Uで、fU上エタールになっているようなものを取ることができます。ここでV=Spec(A)及びU=Spec(B)とすると、A-加群Γ(V,Ω)はランク1の自由A-加群(さりげなくここでYのsmooth性が効いています)で、その生成元をωとします。ここで引き戻しによる像fωΓ(U,Ω)を取ることができますが、これはΓ(U,Ω)の生成元になっています。ここでBは有限射影A-加群なのでこれによって跡写像TrB/A:BAを定めることができます。ここで押し出し(f|U):Γ(U,Ω)Γ(V,Ω)(f|U)(bfω)=(TrB/Ab)ωと定義します。これは生成元ωの取り方に依りません。ここで包含Γ(X,Ω)Γ(U,Ω)及びΓ(Y,Ω)Γ(V,Ω)を考えると跡写像f:Γ(X,Ω)Γ(Y,Ω)が誘導されます。以上から射影smooth曲線の有限平坦射f:XYから引き戻しf:Γ(Y,Ω)Γ(X,Ω)と跡f:Γ(X,Ω)Γ(Y,Ω)が定義されました。

Hecke作用素と準素形式

Hecke作用素

Hecke作用素TnTn=st:S(N)Γ(X(N,n),Ω)S(N)で定義する。

上でHecke作用素を定義しました。この線型写像に対して特別な振る舞いをする保型形式を考えていきます。

まず標数0の体Kに対してS(N)K=S(N)QKとおき、その元をK-係数の保型形式と呼びます。上で定めたq-展開S(N)Q[[q]]の係数拡大eK:S(N)KK[[q]]とおき、これもq-展開と呼びます。

準素形式

f0S(N)Kをとり、そのq-展開がm=1am(f)qmであるとする。このときf準素形式であるとは任意のnに対しTnf=an(f)fを満たしていることを指す。

この記事は齊藤毅先生のフェルマー予想を参照していますが、上で定めた「準素形式」とはこの本の中だけの呼び方であり、通常は「正規化された同時固有カスプ形式」と呼ばれるものです。

谷山志村予想

以上でいよいよ谷山志村予想のステートメントを述べる準備が整いました。

保型的

Q上の楕円曲線E保型的ないしモジュラーであるとは、Q-係数の準素形式fが存在して、有限個を除いた全ての素数pについてap(E)=ap(f)が満たされていることを指す。またこのfのレベルがNを割り切るとき、EレベルNで保型的であると呼ばれます。またfのレベルがNであるとき、EちょうどレベルNで保型的であると呼ばれます。

谷山志村予想

Q上の全ての楕円曲線は保型的である。

この定理が証明されたのは約20年前です。これはFermatの最終定理が証明されたあとで、Wilesが証明したのは準安定楕円曲線に限った以下の結果になります。

Wiles

Q上の準安定な全ての楕円曲線はちょうどレベルNで保型的である。

以上で本記事は終わりです。次に記事を書くときはこのWilesの結果の証明に向けて進んでいきたいと思います。

投稿日:202388
更新日:2023113
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