やぁやぁ皆さん,はじめまして.陽袮 柊です.
数学をしていると,様々な場面で「直積」という概念が登場します.集合の直積,位相空間の直積,ベクトル空間の直積,群の直積などなど.どれも似たような対象ですが,位相が入っていたり,演算が入っていたりして,細かな違いを持っています.しかし,どれも同じ名前なのです.では,これらに共通した特徴は何なのでしょうか?この記事では「直積」のもつ本質的な特徴について解説します.
なお,この記事ではとします.0は自然数なので.
集合の直積
簡単な定義ですが,復習しておきましょう.
集合の直積
, を集合とする.このとき,集合を, の直積集合という.
これを「積」とよぶことは,, が有限集合の場合の元の個数を考えればとなることから納得できるでしょう.
この定義自体に問題はありません.しかし,と本質的に変わらない集合はいくつもあります.たとえば,という集合はと普通は異なる集合ですが,この違いは,集合についてのみ議論をする際には問題になりませんね.他にも,という集合も,第3成分が0で固定されていますから,本質的にはとは変わりません.もう内包的には書きくだしませんが,も同様の理由でとは本質的に変わりません.
今,何食わぬ顔で3つ以上の集合の直積集合について考えましたが,これを定義する際にも少し問題はあります.「直積をとる操作を繰り返せば,有限個の集合の直積集合を構成できる」という再帰的な定義を行う立場がたまにありますが,これにのっとると,集合, , の直積集合はのようになり,あくまでもその元はととの2つ組です.しかし,これはという3つ組の元からなる集合と本質的には同じなので,私たちはとくに区別していません.
ここまでで「本質的には同じ」と何度も述べているので,この意味をはっきりとさせておくと,これは「元の個数(つまり、濃度)が等しい」ということで,さらに言い換えれば「それらの間に全単射がある」ということです.ととの場合であれば,という全単射があります.そして,何度も何度も「ととは本質的には同じである」のように述べているとまどろっこしくてやっていられなくなるので,このことを「ととは同型である」と言いかえて,と表すことにしましょう.先の段落で述べていたことをこの記法で表せば,
となりますね。以後,この記事では「本質的には同じ」であることを,上のように「同型」「」により表すことにします.
さて,直積集合と同型な集合がいくつも考えられることが分かりました.こうなると,元の定義は,集合について議論する上ではあまり本質的なものではない気がしてきます.では,直積集合と同型な集合たちがもち,それ以外の集合たちは有さない特徴は何かないでしょうか?
直積集合の特徴付け
直積集合単体だと,定義以上の情報はあまり出てこなさそうなので,少し考察の対象を増やします.いま考えたいのは「2つのものを比べて,本質的な情報が同じなのであればそれら自体を同じと考える」という観念であり,集合と集合とを比べる際に用いるものといえば写像でしょう.そして,直積集合があれば,各成分への標準射影, のペアが自然に考えられるので,これもあわせた組について考えてみます.
ところで,上の図は,頂点にというものが配置されている錐のような形をしていますから,以降ではのことを, 上の錐 (cone) とよび,, のそれぞれをこの錐の頂点 (summit),脚 (legs) とよぶことにしましょう.この頂点と脚とは,直積集合と標準射影とでなくてもよいです.たとえば,, 上の錐は下のような図になります.
ここで,は,, 上の錐の中でも特別なもののはずです.のもつ特別な性質は何かないでしょうか?別の錐と比較するために,, 上の錐を任意にとっておきましょう.2つの集合, を比較するというのは,2つを繋げる写像について考えることです.ただし,単にからへの写像を考えるだけだと,普通はとても大量の写像が考えられますから,下の図式が可換になるような,つまり,, をどちらもみたすようなを考えてみることにしましょう.このようなはどんな写像になるでしょうか?少し考えてみてください.では,シンキングタイム,スターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーート!!!!!
はどんな写像なのか分かりましたか? () とすればよいですね.そして,これ以外に何か考えられますか?きっと思いつかないはずです.それもそのはずで,じつは,上の条件をみたすはこれしかありません.というのも,各に対してと定めると,により,
となります.同様に,も成り立つので,結局,となってしまうのです.
そして,と同型な集合はすべてこの性質をみたします.証明してみましょう.
集合がと同型で,この同型が全単射により与えられるとし,, として,, 上の錐について考えてみます.これが上記の性質をもつことを示しましょう.
先のに対して,, をみたす写像がただ1つ存在するのでした.そこで,とすれば,
となり,同様にしても分かります.
また,, をみたす写像を任意にとると,
となり,同様にしても分かります.そして,この2つの等式をみたす写像はのみだったので,となり,
が分かります.よって,は一意です.
以上から,ある集合が上で述べたような「写像がただ1つ存在する」という性質をみたす脚をもつということは,それが直積集合と同型であるための必要条件であると分かりました.ここで気になるのが,この性質は十分条件にもなっているのかどうかです.この性質をもつ集合は,おしなべて直積集合と同型になるのだろうかということですね.なんと,これは成り立ちます.証明してみましょう.
, を,上の性質をもつ集合と写像のペアとの組だとします.このとき,を今までのだと思えば,が有する性質により,左下の図式を可換にする写像が(ただ一つ)存在します.立場を交換すれば,右下の図式を可換にする写像も(ただ一つ)存在します.
この, が互いに逆写像,すなわち,, となってくれていると,これらによりが成り立ちますね.そこで,下の図式を考えてみましょう.
この図式は可換です.実際,, により,
となり,も同様に成り立ちます.よって,のもつ性質により,は,上の図式を可換にする唯一の写像ということになります.ところで,当然ですが,上の図式はをと取りかえても可換になります.ということは,一意性により,が成り立ちます.同じようにしても成り立ちますから,期待どおり,が得られました.
これまでの話をまとめると,次の命題が得られます.
2つの集合の直積集合の普遍性
, を集合とする.このとき,任意の集合について,であるための必要十分条件は,次の性質をみたす写像, が存在することである:
- 任意の集合と任意の写像, のペアとの組に対して,ととをどちらもみたす写像がただ1つ存在する.
この必要十分条件は,どんなを考えても,それととの間にはという繋がりが必ずただ1つ存在するという普遍的な主張なので,普遍性とよばれます.
上の繋がりを目線のように思えば,, 上の錐のうち全員から見られているものこそがなのです.注目の的.いわばスター的存在です.
そして,同様の議論をすることによって,以上の帰結は集合族の直積集合へと一般化することができます.
集合族の直積集合の普遍性
を集合,をを添字集合にもつ集合族とする.このとき,任意の集合について,であるための必要十分条件は,次の普遍性をみたす()の族が存在することである:
- 上の任意の錐に対して,各についてをみたす写像がただ1つ存在する.
この普遍性こそが,直積集合のもつ本質的な特徴なのです!
ちなみに,のときのはという写像になります.
位相空間の直積
2つの位相空間, についても,その直積を考えてみましょう.直積空間の土台として直積集合を考えることに異論は無いと思いますが,これを位相空間にするには,それに空間構造である位相を入れなければなりません.そして,に入れることのできる位相はまったくもって1通りではありません.では,どんな位相を入れるのが最も適切なのでしょうか?
そこで,ひとまず,極端な位相である密着位相・離散位相を入れた場合について考えてみましょう.
密着位相を入れた場合
を位相とした場合,これは密着位相とよばれ,位相空間は密着空間とよばれるのでした.
この位相をいれたものを直積空間とするのはなんとなくヤバい気がしますが,実際,これを直積集合に入れる標準的な位相としてしまうとかなりまずいことが起こります.直積集合があれば,基本的な写像として標準射影, が考えられましたが,ほとんどの場合でこれらが連続にならないのです.たとえば,, を1次元Euclid空間とすると,標準射影は, となりますが,開区間のによる逆像はとなり,これはに属しません.基本的な写像である射影が連続にならないような位相を考えることは避けたほうがよいでしょう.
離散位相を入れた場合
(つまり,冪集合)を位相とした場合,これは離散位相とよばれ,位相空間は離散空間とよばれるのでした.
これを考えれば,射影は連続になります.しかし,これでもまだ問題があります.を位相空間とし,を写像とすると,このはめちゃくちゃ連続になりにくいのです.というのも,が連続になるためにはどんなの元をで引き戻してもそれがに属している必要がありますが,にはの部分集合のすべてが属しているのに対して,にはふつうの部分集合の一部しか属していません.連続にならない例を1つ挙げておきます.,を1次元Euclid空間,とすると,ですが,これのによる逆像はで,これはもちろんには属しません.このはかなり普通な写像なわけですが,これですら連続にならないのです.
このように,極端な位相を考えてしまうと何かしらの問題が発生してしまうので,に入れるのに妥当な,ちょうどよい塩梅の位相を考えなければなりません.そこで,考察に値する有用な情報が,直積集合のもつ普遍性です.その際に登場したのは集合と写像とでしたが,今は位相空間について論じているので,位相空間と連続写像とにしましょう.この場合,, 上の錐を,位相空間と,連続写像, のペアとの組とします.
, 上の任意の錐に対して,直積集合の普遍性から,, をどちらもみたす写像がただ1つ存在するわけですが,この普遍性こそが直積集合を特徴づける本質的な性質だったので,位相空間の場合にもこれが成り立ってくれると,つまり,ここで登場する普遍的な写像のが毎回必ず連続になってくれると,集合の場合と整合的で嬉しいですね.なので,このが毎回連続になるような位相をに入れればよいわけです.
が連続になるためには,離散位相のように強い位相をいれてしまうと不都合なので,反対になるべく弱い位相を考えたいわけですが,もっとも弱い位相である密着位相を入れてしまうと,今度は射影が連続になりません.では,射影が連続になるような位相の中で最弱のものを考えればよいはずで,これが,直積集合に入れるべき標準的な位相なのです.
2つの位相空間の直積空間
, を位相空間,, を標準射影とする., が連続となるの位相の中で最弱のものをとするとき,を, の直積位相といい,位相空間を, の直積(位相)空間という.
をもう少し具体的に書きくだしてみましょう.任意の, について,標準射影が連続になるという条件からかつが成り立つので,これらの共通部分であるもに属します.なので,これらの全体をとすると,となります.ここで,はふつう開集合の公理をみたさないので,の最小性により,はが生成する位相となります.つまり,がの開基となるわけです.
位相空間族の直積も,同様の理由から次のように定まります.
位相空間族の直積空間
を集合,をを添字集合にもつ位相空間族,()を標準射影とする.すべてのが連続となるの位相の中で最弱のものをとするとき,を族の直積位相といい,位相空間をの直積(位相)空間という.
この位相をふたたびとして,これも具体的に書きくだしてみましょう.任意の, について,が連続になるという条件からです.有限個の開集合の共通部分は開集合ですから,任意の, について,となります.なので,これらの全体
をとすると,が成り立ちます.なので,の最小性により,はが生成する位相になります.もちろん,はの開基ということになりますね.
ちなみに,射影による逆像をもう少し具体的に表してみると,任意の, についてとなって,
となります.有限個の位相空間の直積空間の場合とは異なり,開基の元には全体集合たちも入りこむのです.
さて,以上のように直積位相を定めると,次の普遍性が成り立ちます.
直積空間の普遍性
を集合,をを添字集合にもつ位相空間族,()を標準射影,を直積空間とする.このとき,上の任意の錐に対して,各についてをみたす連続写像がただ1つ存在する.
もちろん,直積集合のときの議論から,は存在するならという写像になるしかありません.この命題の重要なところは,が連続になるという点です.定義2,定義3のように直積位相を定めた恩恵がここに現れていますね.
この命題の系として,次の主張が得られます.この系は,位相空間論の本でよく目にする形だと思います.
命題3
を集合,をを添字集合にもつ位相空間族,()を標準射影,を直積空間とする.このとき,任意の位相空間と写像とについて,次の(1), (2)は同値である:
- は連続である.
- 任意のについては連続である.
つまり,が連続であることと,の各成分がすべて連続であることとは同値になるのです.
ベクトル空間の直積
体上の2つのベクトル空間, に対しても,これらの直積を考えてみましょう.まどろっこしいですが,演算は強調して表すことにします.位相空間の場合と同じように,直積集合に加法とスカラー乗法を定めます.さきほどは,標準射影が連続となるような位相を入れていたので,今回は,標準射影, が線型写像となるような演算を考えましょう.
ととを任意にとります.このとき,要請から
となります.についても同様です.このことから,に入る演算はおのずと次のように定まります:
つまり,各成分ごとに計算を実行するような演算になります.そして,この演算を入れたもまた上のベクトル空間になるので,これを, の直積(ベクトル)空間というのです.
このことは,上のベクトル空間族についても成り立ちます.つまり,各標準射影が線型になるような演算を直積集合に入れようとすると,
という演算になるほかないのです.
そして,このように演算を定めてあげることによって,やはり普遍性が成り立ちます.ただし,錐の脚は線形写像としています.
直積空間の普遍性
を集合,を体,をを添字集合にもつ上のベクトル空間族,()を射影,を直積空間とする.このとき,上の任意の錐に対して,各についてをみたす線型写像がただ1つ存在する.
ちなみに,このような演算の定義と普遍性の話は,まったく同様にして,群・環などの代数的な対象の直積についても成り立ちます.
「直積」という概念の統一
ここまで,いくつかの数学的対象の「直積」について述べてきましたが,そのどれもが似たような普遍性をみたしていましたね.というか,普遍性をみたすようにそれらを構成をしてきたという認識の方が正しいかもしれません.すると「この各理論における話を統合し,その1つの定義によってさまざまな『直積』を与えられるようにしてしまえるのではないか」という気にはなってこないでしょうか.ならないですか?なりますよね?じつは,この願望は,圏論の言葉によって見事に叶います.やってやりましょう,「直積」の一般化を……と行きたいところですが,1つの記事に収めてしまうと長くなってしまうので,この話は次の記事に持ち越すことにします.
ここまでご覧くださりありがとうございました!