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大学数学基礎解説
文献あり

「直積」の何たるか #1

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$$\newcommand{id}[0]{\textrm{id}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{O}[0]{\mathcal{O}} \newcommand{pr}[0]{\mathrm{pr}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{relmiddle}[1]{\mathrel{} \middle #1 \mathrel{}} $$

 やぁやぁ皆さん,はじめまして.陽袮 柊です.
 数学をしていると,様々な場面で「直積」という概念が登場します.集合の直積,位相空間の直積,ベクトル空間の直積,群の直積などなど.どれも似たような対象ですが,位相が入っていたり,演算が入っていたりして,細かな違いを持っています.しかし,どれも同じ名前なのです.では,これらに共通した特徴は何なのでしょうか?この記事では「直積」のもつ本質的な特徴について解説します.
 なお,この記事では$0 \in \N$とします.0は自然数なので.

集合の直積

 簡単な定義ですが,復習しておきましょう.

集合の直積

 $X$, $Y$を集合とする.このとき,集合$X \times Y \coloneqq \{(x, y) \mid x \in X, \, y \in Y\}$$X$, $Y$直積集合という.

 これを「積」とよぶことは,$X$, $Y$が有限集合の場合の元の個数を考えれば$|X \times Y| = |X| \times |Y|$となることから納得できるでしょう.
 この定義自体に問題はありません.しかし,$X \times Y$と本質的に変わらない集合はいくつもあります.たとえば,$Y \times X = \{(y, x) \mid y \in Y, \, x \in X\}$という集合は$X \times Y$と普通は異なる集合ですが,この違いは,集合についてのみ議論をする際には問題になりませんね.他にも,$X \times Y \times \{0\} = \{(x, y, 0) \mid x \in X, \, y \in Y\}$という集合も,第3成分が0で固定されていますから,本質的には$X \times Y$とは変わりません.もう内包的には書きくだしませんが,$X \times Y \times \{0\} \times \{1\}$も同様の理由で$X \times Y$とは本質的に変わりません.
 今,何食わぬ顔で3つ以上の集合の直積集合について考えましたが,これを定義する際にも少し問題はあります.「直積をとる操作を繰り返せば,有限個の集合の直積集合を構成できる」という再帰的な定義を行う立場がたまにありますが,これにのっとると,集合$X$, $Y$, $Z$の直積集合は$(X \times Y) \times Z = \{((x, y), z) \mid (x, y) \in X \times Y, \, z \in Z\}$のようになり,あくまでもその元は$(x, y)$$z$との2つ組です.しかし,これは$X \times Y \times Z = \{(x, y, z) \mid x \in X, \, y \in Y, \, z \in Z\}$という3つ組の元からなる集合と本質的には同じなので,私たちはとくに区別していません.
 ここまでで「本質的には同じ」と何度も述べているので,この意味をはっきりとさせておくと,これは「元の個数(つまり、濃度)が等しい」ということで,さらに言い換えれば「それらの間に全単射がある」ということです.$X \times Y$$Y \times X$との場合であれば,$X \times Y \to Y \times X; \, (x, y) \mapsto (y, x)$という全単射があります.そして,何度も何度も「$X \times Y$$Y \times X$とは本質的には同じである」のように述べているとまどろっこしくてやっていられなくなるので,このことを「$X \times Y$$Y \times X$とは同型である」と言いかえて,$X \times Y \cong Y \times X$と表すことにしましょう.先の段落で述べていたことをこの記法で表せば,
\begin{gather} X \times Y \cong Y \times X \cong X \times Y \times \{0\} \cong X \times Y \times \{0\} \times \{1\}, \\ (X \times Y) \times Z \cong X \times Y \times Z \end{gather}
となりますね。以後,この記事では「本質的には同じ」であることを,上のように「同型」「$\cong$」により表すことにします.
 さて,直積集合と同型な集合がいくつも考えられることが分かりました.こうなると,元の定義は,集合について議論する上ではあまり本質的なものではない気がしてきます.では,直積集合と同型な集合たちがもち,それ以外の集合たちは有さない特徴は何かないでしょうか?

直積集合の特徴付け

 直積集合$X \times Y$単体だと,定義以上の情報はあまり出てこなさそうなので,少し考察の対象を増やします.いま考えたいのは「2つのものを比べて,本質的な情報が同じなのであればそれら自体を同じと考える」という観念であり,集合と集合とを比べる際に用いるものといえば写像でしょう.そして,直積集合があれば,各成分への標準射影$\pr_X \colon X \times Y \to X; \, (x, y) \mapsto x$, $\pr_Y \colon X \times Y \to Y; \, (x, y) \mapsto y$のペア$(\pr_X, \pr_Y)$が自然に考えられるので,これもあわせた組$(X \times Y, (\pr_X, \pr_Y))$について考えてみます.

$$ \xymatrix @C=10pt{ & X \, \times \, Y \ar[ld]_{\pr_X} \ar[rd]^{\pr_Y} & \\ X & & Y }$$

 ところで,上の図は,頂点に$X \times Y$というものが配置されている錐のような形をしていますから,以降では$(X \times Y, (\pr_X, \pr_Y))$のことを$X$, $Y$上の (cone) とよび,$X \times Y$, $(\pr_X, \pr_Y)$のそれぞれをこの錐の頂点 (summit), (legs) とよぶことにしましょう.この頂点と脚とは,直積集合と標準射影とでなくてもよいです.たとえば,$X$, $Y$上の錐$(A, (f, g))$は下のような図になります.

$$ \xymatrix@C=15pt{ & A \ar[ld]_f \ar[rd]^g & \\ X & & Y }$$

 ここで,$(X \times Y, (\pr_X, \pr_Y))$は,$X$, $Y$上の錐の中でも特別なもののはずです.$(X \times Y, (\pr_X, \pr_Y))$のもつ特別な性質は何かないでしょうか?別の錐と比較するために,$X$, $Y$上の錐$(A, (f, g))$を任意にとっておきましょう.2つの集合$A$, $X \times Y$を比較するというのは,2つを繋げる写像$u \colon A \to X \times Y$について考えることです.ただし,単に$A$から$X \times Y$への写像を考えるだけだと,普通はとても大量の写像が考えられますから,下の図式が可換になるような,つまり,$\pr_X \circ u = f$, $\pr_Y \circ u = g$をどちらもみたすような$u$を考えてみることにしましょう.このような$u$はどんな写像になるでしょうか?少し考えてみてください.では,シンキングタイム,スターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーート!!!!!

$$ \xymatrix @C=15pt{ & A \ar@/_10pt/[ldd]_f \ar@/^10pt/[rdd]^g \ar@[red][d]|{\color{red}u} & \\ & X \, \times \, Y \ar[ld]^{\pr_X} \ar[rd]_{\pr_Y} & \\ X & & Y }$$

 $u$はどんな写像なのか分かりましたか?$u(a) \coloneqq (f(a), g(a))$ ($a \in A$) とすればよいですね.そして,これ以外に何か考えられますか?きっと思いつかないはずです.それもそのはずで,じつは,上の条件をみたす$u$はこれしかありません.というのも,各$a \in A$に対して$u(a) \eqqcolon (x_a, y_a)$と定めると,$\pr_X \circ u = f$により,
$$ x_a = \pr_X(x_a, y_a) = \pr_X(u(a)) = (\pr_X \circ u)(a) = f(a) $$
となります.同様に,$y_a = g(a)$も成り立つので,結局,$u(a) = (f(a), g(a))$となってしまうのです.
 そして,$X \times Y$と同型な集合はすべてこの性質をみたします.証明してみましょう.

 集合$L$$X \times Y$と同型で,この同型が全単射$\varphi \colon L \to X \times Y$により与えられるとし,$p \coloneqq \pr_X \circ \varphi \colon L \to X$, $q \coloneqq \pr_Y \circ \varphi \colon L \to Y$として,$X$, $Y$上の錐$(L, (p, q))$について考えてみます.これが上記の性質をもつことを示しましょう.

$$ \xymatrix @C=15pt{ & L \ar@[red]@/_10pt/[ldd]_{\color{red}p} \ar@[red]@/^10pt/[rdd]^{\color{red}q} \ar[d]|\varphi & \\ & X \times Y \ar[ld]^{\pr_X} \ar[rd]_{\pr_Y} & \\ X & & Y }$$

 先の$(A, (f, g))$に対して,$\pr_X \circ u = f$, $\pr_Y \circ u = g$をみたす写像$u \colon A \to X \times Y$がただ1つ存在するのでした.そこで,$u' \coloneqq \varphi^{-1} \circ u$とすれば,
$$ p \circ u' = (\pr_X \circ \varphi) \circ (\varphi^{-1} \circ u) = \pr_X \circ (\varphi \circ \varphi^{-1}) \circ u = \pr_X \circ u = f $$
となり,同様にして$q \circ u' = g$も分かります.
 また,$p \circ u' = f$, $q \circ u' = g$をみたす写像$u' \colon A \to L$を任意にとると,
$$ f = p \circ u' = (\pr_X \circ \varphi) \circ u' = \pr_X \circ (\varphi \circ u') $$
となり,同様にして$g = \pr_Y \circ (\varphi \circ u')$も分かります.そして,この2つの等式をみたす写像$A \to X \times Y$$u$のみだったので,$\varphi \circ u' = u$となり,
$$ u' = (\varphi^{-1} \circ \varphi) \circ u' = \varphi^{-1} \circ (\varphi \circ u') = \varphi^{-1} \circ u $$
が分かります.よって,$u'$は一意です.

$$ \xymatrix@R=20pt@C=1pt{ & & {^\forall A} \ar@/_30pt/[llddd]_{^\forall f} \ar@/^15pt/[rrddd]^{^\forall g} \ar@[gray][ld]|{\color{gray} ^{\exists !}u}\ar@[red][dd]^{\color{red} ^{\exists !}u'} & & \\ & \color{gray}{X \, \times \, Y} \ar@[gray][rd]_{\color{gray}\varphi^{-1}} & & & \\ & & L \ar[lld]^p \ar[rrd]_q & & \\ X & & & & Y }$$

 以上から,ある集合が上で述べたような「写像がただ1つ存在する」という性質をみたす脚をもつということは,それが直積集合と同型であるための必要条件であると分かりました.ここで気になるのが,この性質は十分条件にもなっているのかどうかです.この性質をもつ集合は,おしなべて直積集合と同型になるのだろうかということですね.なんと,これは成り立ちます.証明してみましょう.

 $(L, (p, q))$, $(L', (p', q'))$を,上の性質をもつ集合と写像のペアとの組だとします.このとき,$(L, (p, q))$を今までの$(A, (f, g))$だと思えば,$(L', (p', q'))$が有する性質により,左下の図式を可換にする写像$u \colon L \to L'$が(ただ一つ)存在します.立場を交換すれば,右下の図式を可換にする写像$u' \colon L' \to L$も(ただ一つ)存在します.

$$ \xymatrix @C=20pt{ & L \ar@/_10pt/[ldd]_p \ar@/^10pt/[rdd]^q \ar@[red][d]|{\color{red}u} & & & L' \ar@/_10pt/[ldd]_{p'} \ar@/^10pt/[rdd]^{q'} \ar@[red][d]|{\color{red}u'} & \\ & L' \ar[ld]^{p'} \ar[rd]_{q'} & & & L \ar[ld]^p \ar[rd]_q & \\ X & & Y & X & & Y }$$

この$u$, $u'$が互いに逆写像,すなわち,$u' \circ u = \id_L$, $u \circ u' = \id_{L'}$となってくれていると,これらにより$L \cong L'$が成り立ちますね.そこで,下の図式を考えてみましょう.

$$ \xymatrix @C=20pt{ & L \ar@/_10pt/[ldd]_p \ar@/^10pt/[rdd]^q \ar[d]|{u' \, \circ \, u} & \\ & L \ar[ld]^{p} \ar[rd]_{q} & \\ X & & Y }$$

この図式は可換です.実際,$p' \circ u = p$, $p \circ u' = p'$により,
$$ p \circ (u' \circ u) = (p \circ u') \circ u = p' \circ u = p $$
となり,$q \circ (u' \circ u) = q$も同様に成り立ちます.よって,$(L, (p, q))$のもつ性質により,$u' \circ u$は,上の図式を可換にする唯一の写像ということになります.ところで,当然ですが,上の図式は$u' \circ u$$\id_L$と取りかえても可換になります.ということは,一意性により,$u' \circ u = \id_L$が成り立ちます.同じようにして$u \circ u' = \id_{L'}$も成り立ちますから,期待どおり,$L \cong L'$が得られました.

 これまでの話をまとめると,次の命題が得られます.

2つの集合の直積集合の普遍性

 $X$, $Y$を集合とする.このとき,任意の集合$L$について,$L \cong X \times Y$であるための必要十分条件は,次の性質をみたす写像$p \colon L \to X$, $q \colon L \to Y$が存在することである:

  • 任意の集合$A$と任意の写像$f \colon A \to X$, $g \colon A \to Y$のペア$(f, g)$との組$(A, (f, g))$に対して,$p \circ u = f$$q \circ u = g$とをどちらもみたす写像$u \colon A \to L$がただ1つ存在する.

$$ \xymatrix @C=20pt{ & {^{\forall}A} \ar@/_10pt/[ldd]_{^{\forall}f} \ar@/^10pt/[rdd]^{^{\forall}g} \ar@[red][d]|{\color{red}^{\exists!}u} & \\ & L \ar[ld]^p \ar[rd]_q & \\ X & & Y }$$

 この必要十分条件は,どんな$(A, (f, g))$を考えても,それと$(L, (p, q))$との間には$u$という繋がりが必ずただ1つ存在するという普遍的な主張なので,普遍性とよばれます.

$$ \xymatrix{ & (B, \, (f_B, \, g_B)) \ar@//[rdd]_{^{\exists!}u_B} & (C, \, (f_C, \, g_C)) \ar@//[dd]|{^{\exists!}u_C}& (D, \, (f_D, \, g_E)) \ar@//[ldd]^{^{\exists!}u_D} &\\ (A, \, (f_A, \, g_A)) \ar@//[rrd]_{^{\exists!}u_A} & & & & (E, \, (f_E, \, g_E)) \ar@//[lld]^{^{\exists!}u_E}\\ & & (X \, \times \, Y, \, (\pr_X, \, \pr_Y)) & & }$$

 上の繋がりを目線のように思えば,$X$, $Y$上の錐のうち全員から見られているものこそが$(X \times Y, (\pr_X, \pr_Y))$なのです.注目の的.いわばスター的存在です.
 そして,同様の議論をすることによって,以上の帰結は集合族の直積集合へと一般化することができます.

集合族の直積集合の普遍性

 $\varLambda$を集合,$(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$$\varLambda$を添字集合にもつ集合族とする.このとき,任意の集合$L$について,$L \cong \prod_{\lambda \in \varLambda}$であるための必要十分条件は,次の普遍性をみたす$p_\lambda \colon L \to X_\lambda$$\lambda \in \varLambda$)の族$p \coloneqq (p_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$が存在することである:

  • $(X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$上の任意の錐$(A, (f_\lambda \colon A \to X_\lambda)_{\lambda \in \varLambda})$に対して,各$\lambda \in \varLambda$について$p_\lambda \circ u = f_\lambda$をみたす写像$u \colon A \to L$がただ1つ存在する.

$$ \xymatrix @C=20pt{ & {^{\forall}A} \ar@/_10pt/[ldd]_{^{\forall}f_\lambda} \ar@[red][d]^{\color{red}^{\exists!}u} \\ & L \ar[ld]^{p_\lambda} \\ X_\lambda & }$$

 この普遍性こそが,直積集合のもつ本質的な特徴なのです!
 ちなみに,$(L, p) = \left( \prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda, (\pr_\lambda)_{\lambda \in \varLambda} \right)$のときの$u \colon A \to \prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda$$u(a) = (f_\lambda(a))_{\lambda \in \varLambda}$という写像になります.

位相空間の直積

 2つの位相空間$(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$についても,その直積を考えてみましょう.直積空間の土台として直積集合$X \times Y$を考えることに異論は無いと思いますが,これを位相空間にするには,それに空間構造である位相を入れなければなりません.そして,$X \times Y$に入れることのできる位相はまったくもって1通りではありません.では,どんな位相を入れるのが最も適切なのでしょうか?
 そこで,ひとまず,極端な位相である密着位相・離散位相を入れた場合について考えてみましょう.

密着位相を入れた場合

 $\O_\mathrm{ind.} \coloneqq \{\emptyset, \, X \times Y\}$を位相とした場合,これは密着位相とよばれ,位相空間$(X \times Y, \O_\mathrm{ind.})$は密着空間とよばれるのでした.
 この位相をいれたものを直積空間とするのはなんとなくヤバい気がしますが,実際,これを直積集合に入れる標準的な位相としてしまうとかなりまずいことが起こります.直積集合があれば,基本的な写像として標準射影$\pr_X$, $\pr_Y$が考えられましたが,ほとんどの場合でこれらが連続にならないのです.たとえば,$(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$を1次元Euclid空間とすると,標準射影は$\pr_X \colon \R \times \R \to \R; \, (x, y) \mapsto x$, $\pr_Y \colon \R \times \R \to \R; \, (x, y) \mapsto y$となりますが,開区間$(0, 1) \in \O_\R$$\pr_X$による逆像は${\pr_X}^{-1}((0, 1)) = (0, 1) \times \R$となり,これは$\O_\mathrm{ind.} = \{\emptyset, \R \times \R\}$に属しません.基本的な写像である射影が連続にならないような位相を考えることは避けたほうがよいでしょう.

離散位相を入れた場合

 $\O_\mathrm{dis.} \coloneqq \{U \mid U \subseteq X \times Y\}$(つまり,冪集合)を位相とした場合,これは離散位相とよばれ,位相空間$(X \times Y, \O_\mathrm{dis.})$は離散空間とよばれるのでした.
 これを考えれば,射影は連続になります.しかし,これでもまだ問題があります.$(A, \O_A)$を位相空間とし,$f \colon A \to X \times Y$を写像とすると,この$f$はめちゃくちゃ連続になりにくいのです.というのも,$f$が連続になるためにはどんな$\O_\mathrm{dis.}$の元を$f$で引き戻してもそれが$\O_A$に属している必要がありますが,$\O_\mathrm{dis.}$には$X \times Y$の部分集合のすべてが属しているのに対して,$\O_A$にはふつう$A$の部分集合の一部しか属していません.連続にならない例を1つ挙げておきます.$X \times Y \coloneqq \R \times \R$$(A, \O_A)$を1次元Euclid空間,$f \colon \R \to \R \times \R; \, x \mapsto (x, 0)$とすると,$[0, 1] \times \{0\} \in \O_\mathrm{dis.}$ですが,これの$f$による逆像は$f^{-1}([0, 1] \times \{0\}) = [0, 1]$で,これはもちろん$\O_\R$には属しません.この$f$はかなり普通な写像なわけですが,これですら連続にならないのです.

 このように,極端な位相を考えてしまうと何かしらの問題が発生してしまうので,$X \times Y$に入れるのに妥当な,ちょうどよい塩梅の位相を考えなければなりません.そこで,考察に値する有用な情報が,直積集合のもつ普遍性です.その際に登場したのは集合と写像とでしたが,今は位相空間について論じているので,位相空間と連続写像とにしましょう.この場合,$(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$上の錐を,位相空間$(A, \O_A)$と,連続写像$f \colon (A, \O_A) \to (X, \O_X)$, $g \colon (A, \O_A) \to (Y, \O_Y)$のペア$(f, g)$との組$((A, \O_A), (f, g))$とします.
 $(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$上の任意の錐$((A, \O_A), (f, g))$に対して,直積集合の普遍性から,$\pr_X \circ u = f$, $\pr_Y \circ u = g$をどちらもみたす写像$u \colon A \to X \times Y$がただ1つ存在するわけですが,この普遍性こそが直積集合を特徴づける本質的な性質だったので,位相空間の場合にもこれが成り立ってくれると,つまり,ここで登場する普遍的な写像の$u$が毎回必ず連続になってくれると,集合の場合と整合的で嬉しいですね.なので,この$u$が毎回連続になるような位相$X \times Y$に入れればよいわけです.
 $u$が連続になるためには,離散位相のように強い位相をいれてしまうと不都合なので,反対になるべく弱い位相を考えたいわけですが,もっとも弱い位相である密着位相を入れてしまうと,今度は射影が連続になりません.では,射影が連続になるような位相の中で最弱のものを考えればよいはずで,これが,直積集合に入れるべき標準的な位相なのです.

2つの位相空間の直積空間

 $(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$を位相空間,$\pr_X \colon X \times Y \to X$, $\pr_Y \colon X \times Y \to Y$を標準射影とする.$\pr_X$, $\pr_Y$が連続となる$X \times Y$の位相の中で最弱のものを$\O$とするとき,$\O$$\O_X$, $\O_Y$直積位相といい,位相空間$(X \times Y, \O)$$(X, \O_X)$, $(Y, \O_Y)$直積(位相)空間という.

 $\O$をもう少し具体的に書きくだしてみましょう.任意の$U \in \O_X$, $V \in \O_Y$について,標準射影が連続になるという条件から$U \times Y = {\pr_X}^{-1}(U) \in \O$かつ$X \times V = {\pr_Y}^{-1}(V) \in \O$が成り立つので,これらの共通部分である$U \times V$$\O$に属します.なので,これらの全体$\{U \times V \mid U \in \O_X, \, V \in \O_Y\}$$\mathcal{B}$とすると,$\mathcal{B} \subseteq \O$となります.ここで,$\mathcal{B}$はふつう開集合の公理をみたさないので,$\O$の最小性により,$\O$$\mathcal{B}$が生成する位相となります.つまり,$\mathcal{B}$$\O$の開基となるわけです.

 位相空間族の直積も,同様の理由から次のように定まります.

位相空間族の直積空間

 $\varLambda$を集合,$((X_\lambda, \mathcal{O}_\lambda))_{\lambda \in \varLambda}$$\varLambda$を添字集合にもつ位相空間族,$\pr_\mu \colon \prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda \to X_\mu$$\mu \in \varLambda$)を標準射影とする.すべての$\pr_\lambda$が連続となる$\prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda$の位相の中で最弱のものを$\O$とするとき,$\O$を族$(\O_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}$直積位相といい,位相空間$(\prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda, \O)$$((X_\lambda, \mathcal{O}_\lambda))_{\lambda \in \varLambda}$直積(位相)空間という.

 この位相をふたたび$\O$として,これも具体的に書きくだしてみましょう.任意の$\lambda \in \varLambda$, $U_\lambda \in \O_\lambda$について,$\pr_\lambda$が連続になるという条件から${\pr_\lambda}^{-1}(U_\lambda) \in \O$です.有限個の開集合の共通部分は開集合ですから,任意の$n\in\N$, $\lambda_0, \lambda_1, \ldots, \lambda_n \in \varLambda$について,$\bigcap_{i = 0}^n {\pr_{\lambda_i}}^{-1}(U_{\lambda_i}) \in \O$となります.なので,これらの全体
$$ \left\{ \bigcap_{i = 0}^n {\pr_{\lambda_i}}^{-1}(U_{\lambda_i}) \relmiddle| n \in \N, \, \lambda_0, \ldots, \lambda_n \in \varLambda, \, U_{\lambda_i} \in \O_{\lambda_i} \ (0 \leqslant i \leqslant n)\right\} $$
$\mathcal{B}$とすると,$\mathcal{B} \subseteq \O$が成り立ちます.なので,$\O$の最小性により,$\O$$\mathcal{B}$が生成する位相になります.もちろん,$\mathcal{B}$$\O$の開基ということになりますね.
 ちなみに,射影による逆像をもう少し具体的に表してみると,任意の$\mu \in \varLambda$, $U_\mu \in \O_\mu$について${\pr_\mu}^{-1}(U_\mu) = U_\mu \times \prod_{\lambda \in \varLambda \setminus \{\mu\}} X_\lambda$となって,
$$ \bigcap_{i = 0}^n {\pr_{\lambda_i}}^{-1}(U_{\lambda_i}) = \prod_{i = 0}^n U_{\lambda_i} \times \prod_{\lambda \in \varLambda \setminus \{\lambda_0, \ldots, \lambda_n\}} X_\lambda $$
となります.有限個の位相空間の直積空間の場合とは異なり,開基の元には全体集合$X_\lambda$たちも入りこむのです.

 さて,以上のように直積位相を定めると,次の普遍性が成り立ちます.

直積空間の普遍性

 $\varLambda$を集合,$((X_\lambda, \O_\lambda))_{\lambda \in \varLambda}$$\varLambda$を添字集合にもつ位相空間族,$\pr_\mu \colon \prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda \to X_\mu$$\mu \in \varLambda$)を標準射影,$(\prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda, \O)$を直積空間とする.このとき,$((X_\lambda, \O_\lambda))_{\lambda \in \varLambda}$上の任意の錐$((A, \O_A), (f_\lambda \colon (A, \O_A) \to (X_\lambda, \O_\lambda))_{\lambda \in \varLambda})$に対して,各$\lambda \in \varLambda$について$\pr_\lambda \circ u = f_\lambda$をみたす連続写像$u \colon (A, \O_A) \to (\prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda, \O)$がただ1つ存在する.

$$ \xymatrix @C=15pt{ & {^{\forall}(A, \, \O_A)} \ar@/_10pt/[ldd]_{^{\forall}f_\mu} \ar@[red][d]^{\color{red}^{\exists!}u} \\ & \left(\prod\limits_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda, \, \O\right) \ar[ld]^{\pr_\mu} \\ (X_\mu, \, \O_\mu) & }$$

 もちろん,直積集合のときの議論から,$u$は存在するなら$u(a) = (f_\lambda(a))_{\lambda \in \varLambda}$という写像になるしかありません.この命題の重要なところは,$u$が連続になるという点です.定義2,定義3のように直積位相を定めた恩恵がここに現れていますね.
 この命題の系として,次の主張が得られます.この系は,位相空間論の本でよく目にする形だと思います.

命題3

 $\varLambda$を集合,$((X_\lambda, \mathcal{O}_\lambda))_{\lambda \in \varLambda}$$\varLambda$を添字集合にもつ位相空間族,$\pr_\mu \colon \prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda \to X_\mu$$\mu \in \varLambda$)を標準射影,$(\prod_{\lambda \in \varLambda} X_\lambda, \O)$を直積空間とする.このとき,任意の位相空間$(A, \O_A)$と写像$f \colon A \to X$とについて,次の(1), (2)は同値である:

  1. $f$は連続である.
  2. 任意の$\lambda \in \varLambda$について$\pr_\lambda \circ f$は連続である.

 つまり,$f$が連続であることと,$f$の各成分$f_\lambda \coloneqq \pr_\lambda \circ f$がすべて連続であることとは同値になるのです.

ベクトル空間の直積

 体$K$上の2つのベクトル空間$(V, {+_V}, {\cdot_V})$, $(W, {+_W}, {\cdot_W})$に対しても,これらの直積を考えてみましょう.まどろっこしいですが,演算は強調して表すことにします.位相空間の場合と同じように,直積集合$V \times W$に加法$+$とスカラー乗法$\cdot$を定めます.さきほどは,標準射影が連続となるような位相を入れていたので,今回は,標準射影$\pr_V$, $\pr_W$$K$線型写像となるような演算を考えましょう.
 $(v, w), \, (v', w') \in V \times W$$k \in K$とを任意にとります.このとき,要請から
\begin{gather} \pr_V((v, w) + (v', w')) = \pr_V(v, w) +_V \pr_V(v', w') = v +_V v', \\ \pr_V(k \cdot (v, w)) = k \cdot_V \pr_V(v, w) = k \cdot_V v \end{gather}となります.$\pr_W$についても同様です.このことから,$V \times W$に入る演算はおのずと次のように定まります:
$$ (v, w) + (v', w') = (v +_V v', w +_W w'), \quad k \cdot (v, w) = (k \cdot_V v, k \cdot_W w). $$
つまり,各成分ごとに計算を実行するような演算になります.そして,この演算を入れた$(V \times W, {+}, {\cdot})$もまた$K$上のベクトル空間になるので,これを$(V, {+_V}, {\cdot_V})$, $(W, {+_W}, {\cdot_W})$直積(ベクトル)空間というのです.
 このことは,$K$上のベクトル空間族$((V_\lambda, {+_\lambda}, {\cdot_\lambda}))_{\lambda \in \varLambda}$についても成り立ちます.つまり,各標準射影が$K$線型になるような演算を直積集合$\prod_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda$に入れようとすると,
$$ (v_\lambda)_{\lambda \in \varLambda} + (v'_\lambda)_{\lambda \in \varLambda} = (v_\lambda +_\lambda v'_\lambda)_{\lambda \in \varLambda}, \quad k \cdot (v_\lambda)_{\lambda \in \varLambda} = (k \cdot_\lambda v_\lambda)_{\lambda \in \varLambda} $$
という演算になるほかないのです.

 そして,このように演算を定めてあげることによって,やはり普遍性が成り立ちます.ただし,錐の脚は$K$線形写像としています.

直積空間の普遍性

 $\varLambda$を集合,$K$を体,$((V_\lambda, {+_\lambda}, {\cdot_\lambda}))_{\lambda \in \varLambda}$$\varLambda$を添字集合にもつ$K$上のベクトル空間族,$\pr_\mu \colon \prod_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda \to V_\mu$$\mu \in \varLambda$)を射影,$(\prod_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda, {+}, {\cdot})$を直積空間とする.このとき,$((V_\lambda, {+_\lambda}, {\cdot_\lambda}))_{\lambda \in \varLambda}$上の任意の錐$((W, {+_W}, {\cdot_W}), (f_\lambda \colon (W, {+_W}, {\cdot_W}) \to (V_\lambda, {+_\lambda}, {\cdot_\lambda}))_{\lambda \in \varLambda})$に対して,各$\lambda \in \varLambda$について$\pr_\lambda \circ u = f_\lambda$をみたす$K$線型写像$u \colon (W, {+_W}, {\cdot_W}) \to (\prod_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda, {+}, {\cdot})$がただ1つ存在する.

$$ \xymatrix @C=10pt{ & {^{\forall}(W, \, {+_W}, \, {\cdot_W})} \ar@/_10pt/[ldd]_{^{\forall}f_\mu} \ar@[red][d]^{\color{red}^{\exists!}u} \\ & \left(\prod\limits_{\lambda \in \varLambda} V_\lambda, \, {+}, \, {\cdot}\right) \ar[ld]^{\pr_\mu} \\ (V_\mu, \, {+_\mu}, \, {\cdot_\mu}) & }$$

 ちなみに,このような演算の定義と普遍性の話は,まったく同様にして,群・環などの代数的な対象の直積についても成り立ちます.

「直積」という概念の統一

 ここまで,いくつかの数学的対象の「直積」について述べてきましたが,そのどれもが似たような普遍性をみたしていましたね.というか,普遍性をみたすようにそれらを構成をしてきたという認識の方が正しいかもしれません.すると「この各理論における話を統合し,その1つの定義によってさまざまな『直積』を与えられるようにしてしまえるのではないか」という気にはなってこないでしょうか.ならないですか?なりますよね?じつは,この願望は,圏論の言葉によって見事に叶います.やってやりましょう,「直積」の一般化を……と行きたいところですが,1つの記事に収めてしまうと長くなってしまうので,この話は次の記事に持ち越すことにします.

 ここまでご覧くださりありがとうございました!

参考文献

[1]
小山 晃, 位相空間論 現代数学への基礎, 森北出版, 2021
[2]
Tom Leinster, ベーシック圏論 普遍性からの速習コース, 丸善出版, 2017
投稿日:3日前
更新日:3日前
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「マスター、数学を少々」

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