次の複素解析からの二つの問題を扱います。
ここでは、閉曲線といえば、区分的$C^1$閉曲線のこととします。
$\mathbb{C}^*=\mathbb{C}\setminus \lbrace0 \rbrace$とする。このとき、$\mathbb{C}^*$内の$1$を始点とする閉曲線$\gamma$に対して、次の同値性が成り立つ。
$\gamma$が$\mathbb{C}^*$内で一点とホモトピック$ \Longleftrightarrow$ $n(\gamma,0)=0$
ただし、$z\notin \mathrm{Im}\gamma$に対し、$\gamma$の$z$まわりの回転数を$n(\gamma,z)=\frac{1}{2\pi i} \int_{\gamma}\frac{d\zeta}{\zeta-z}$とする。
一方で、$\mathbb{C}\setminus \lbrace 0,1 \rbrace$の場合では、$0,1$まわりのループの回転数が$0$であっても、一点とホモトピックとは限らないです。次のような例が考えられます。
二つの領域を$D=\mathbb{C}\setminus \lbrace 0,1 \rbrace,\tilde{D}=\mathbb{C}\setminus \mathbb{Z}$とする。
$p(z)= e^{2\pi iz}:\tilde{D}\rightarrow D$とする。$\tilde{\gamma}(t)$を$\tilde{D}$内の閉曲線で$n(\tilde{\gamma},0)=1,n(\tilde{\gamma},1)=-1$をみたす適当な$8$の字曲線とし、次の順に沿って、$D$内の閉曲線$\gamma$であって$n(\gamma,0)=n(\gamma,1)=0$だが一点とホモトピックでないものを作れ。
上の二つの問題の背景には、次の被覆空間の理論があります。
以下、$X,\tilde{X}$を位相空間とします。
$p:\tilde{X}\rightarrow X$を連続写像とする。
最初に挙げた問題の$e^z:\mathbb{C}\rightarrow \mathbb{C}^*$が被覆写像になっていることを確かめてみましょう。位相空間論と複素解析の結果を使います。
$p(z)=e^z:\mathbb{C}\rightarrow \mathbb{C}^*$は被覆写像である。
連続全射であることはok。$w=re^{i \theta}\in \mathbb{C}^*(r>0,\theta=\mathrm{arg} w)$とする。ただし、偏角は$2\pi$の整数倍足したものも同一視する。$w$の原点に関して反対側に$\mathbb{C}^*$に切れ込みを入れた集合を、$U_{\theta}=\lbrace z\in \mathbb{C}^* | \mathrm{arg}(-z)\neq \theta \rbrace$とすると、これは$w$の$\mathbb{C}^*$内の開近傍である。$\mathrm{arg}(e^z)=\mathrm{Im}z$なので、$V_n=\lbrace \theta -\pi +2n \pi<\mathrm{Im}z<\theta +\pi +2n\pi \rbrace(n\in \mathbb{Z})$とおけば、これらは$\mathbb{C}$内の開集合であり、$p^{-1}(U_{\theta})=\bigsqcup _{n\in \mathbb{Z}}V_n$である。(このことは、下の図を見ると分かりやすい。横長の帯が$V_n$である。)
色相を偏角、絶対値を輝度に対応させて描いた$e^z$の図(この図は以下のリンクを用いた:
https://samuelj.li/complex-function-plotter/)
あとは、$e^z:V_n \rightarrow U_{\theta}$が同相写像であることを示す。連続全単射であることは定義からok。
また、複素解析における開写像定理より、領域上の定数でない正則関数は開写像であるから、これは開写像である。よって、同相である。
したがって、$e^z:\mathbb{C}\rightarrow \mathbb{C}^*$は被覆写像である。(証明終)
さて、被覆写像の理論で重要な定理を二つ紹介します。まず、連続写像の持ち上げを定義します。
$p:\tilde{X}\rightarrow X$を被覆写像とする。また、$Z$を位相空間、$f:Z\rightarrow X$を連続写像とする。このとき、連続写像$\tilde{f}:Z\rightarrow \tilde{X}$が$f$の持ち上げ(lift)であるとは、$p\circ \tilde{f}=f$を満たすことをいう。
連続写像$f$が$\tilde{f}$に持ち上がっている
一つ目の定理として、道の持ち上げ定理という重要な定理を紹介します。
$p:\tilde{X}\rightarrow X$を被覆写像、$\gamma : \lbrack 0,1 \rbrack \rightarrow X$を$X$内の曲線とする。
また、$w\in p^{-1}(\gamma (0))$とする。
このとき、$\tilde{X}$内の曲線$\tilde{\gamma}:\lbrack 0,1 \rbrack \rightarrow \tilde{X}$がただ一つ存在し、$\tilde{\gamma}(0)=w$かつ$\tilde{\gamma}$は$\gamma$の持ち上げである。
道の持ち上げ定理の様子。ただし、$\gamma$が閉曲線でも、上の図のようにその持ち上げ$\tilde{\gamma}$も閉曲線になるとは限らない。
証明は、参考文献や代数トポロジーの本に任せます。上の定理の具体例を、問題1を通して見ていきましょう。
$\mathbb{C}^*$内の$1$を始点とする閉曲線$\gamma$に対して、
$\gamma$が$\mathbb{C}^*$内で一点とホモトピック$ \Longleftrightarrow$ $n(\gamma,0)=0$
$ \Longrightarrow $はホモトピー型のコーシーの積分定理から直ちに従うので、$ \Longleftarrow $を示す。既に示したように、$e^z:\mathbb{C}\rightarrow \mathbb{C}^*$は被覆写像である。よって、$e^z$による$\gamma$の持ち上げ$\tilde{\gamma}$が存在することが道の持ち上げ定理から分かるが、具体的に$\tilde{\gamma}$を作ってみよう。ここで、$\gamma (0)=1$より、$\tilde{\gamma}(0)=0$となるようにすることにする。$\tilde{\gamma}(t)=\mathrm{log}\gamma(t)$という感じで構成したいので、$\gamma_t=\gamma|_{ \lbrack 0,t \rbrack}$とし、$\tilde{\gamma}(t)= \int_{\gamma_t}\frac{d\zeta}{\zeta}$と定めると、$\tilde{\gamma}:\lbrack 0,t \rbrack \rightarrow \mathbb{C}$は$\mathbb{C}$内の曲線で、$\tilde{\gamma}(0)=0$を満たす。
さらに、$e^{\tilde{\gamma}(t)}=\gamma (t)$となることを示す。微積分学の基本定理より、$\tilde{\gamma}'=\gamma '/\gamma$であるから、
$(e^{\tilde{\gamma}}/\gamma)'=\frac{e^{\tilde{\gamma}}(\tilde{\gamma}' \gamma-\gamma ')}{\gamma ^2}=0$となる。よって、$e^{\tilde{\gamma}}/\gamma=\mathrm{const.}$
$e^{\tilde{\gamma}(0)}/\gamma (0)=e^0/1=1$なので、$e^{\tilde{\gamma}}=\gamma $である。
今、仮定より$n(\gamma,0)=0$であるから、$\tilde{\gamma}(1)=2\pi i \cdot \frac{1}{2\pi i} \int_{\gamma}\frac{d\zeta}{\zeta}=2\pi i \cdot n(\gamma,0)=0=\tilde{\gamma}(0)$となり、$\tilde{\gamma}$が閉曲線になることが分かる。(つまり、底空間$\mathbb{C}^*$での$0$のまわりの回転数が$0$なら、持ち上げの終点が、始点の階層から別の階層に移動してしまうことがない!(※図3))
さて今、被覆空間$\mathbb{C}$は単連結領域であるから、$\tilde{\gamma}$は$\mathbb{C}$内で一点にホモトピックである。そのホモトピーを$\tilde{\Phi}$とする。このとき、$\Phi=e^{\tilde{\Phi}}$とおくと、これは$\mathbb{C}^*$内の連続写像である。
$\Phi(0,t)=e^{\tilde{\Phi}(0,t)}=e^{\tilde{\gamma}(t)}=\gamma(t),\Phi(1,t)=e^{\tilde{\Phi}(1,t)}=e^0=1$ $\Phi(s,0)=e^{\tilde{\Phi}(s,0)}=e^0=1,\Phi(s,1)=e^{\tilde{\Phi}(s,1)}=e^0=1$
より、$\Phi$は、$\mathbb{C}^*$内で$\gamma$を一点に縮めるホモトピーである。(証明終)
次で紹介する定理により、ホモトピーも被覆写像によって持ち上げることができます。
以下、単位閉区間を$I= \lbrack 0,1 \rbrack$とします。
$p:\tilde{X}\rightarrow X$を被覆写像、$\Phi:I \times I\rightarrow X$を連続写像、$\tilde{\gamma} : \lbrack 0,1 \rbrack \rightarrow \tilde{X}$を$\tilde{X}$内の曲線とする。任意の$t\in I$に対し、$p(\tilde{\gamma}(t))=\Phi(0,t)$とする。このとき、連続写像$\tilde{\Phi}:I \times I\rightarrow \tilde{X}$がただ一つ存在し、$\forall t\in I :\tilde{\Phi}(0,t)=\tilde{\gamma}(t),p \circ \tilde{\Phi}=\Phi$を満たす。
この定理の複素解析版は、モノドロミー定理と呼ばれ、正則関数の解析接続で重要な定理です。証明は代数トポロジーの本に任せることにし、問題2を通して具体的な例を見ていくことにします。
二つの領域を$D=\mathbb{C}\setminus \lbrace 0,1 \rbrace,\tilde{D}=\mathbb{C}\setminus \mathbb{Z}$とする。
$p(z)= e^{2\pi iz}:\tilde{D}\rightarrow D$とする。$\tilde{\gamma}(t)$を$\tilde{D}$内の閉曲線で$n(\tilde{\gamma},0)=1,n(\tilde{\gamma},1)=-1$をみたす適当な$8$の字曲線とし、次の順に沿って、$D$内の閉曲線$\gamma$であって$n(\gamma,0)=n(\gamma,1)=0$だが一点とホモトピックでないものを作れ。
$p(z)=e^{2\pi iz}:\tilde{D}\rightarrow D$は被覆写像である。
$\tilde{\gamma}(t)$を、$\tilde{D}$内の曲線で以下の図のような$1/2\in \tilde{D}$を始点とする四角い$8$の字曲線とする。
$\tilde{\gamma}_1$は青線で左回りの閉曲線、$\tilde{\gamma}_2$は赤線で右回りの閉曲線、$\tilde{\gamma}$はそれらの和でできる$8$の字曲線とする
このとき、上図より$n(\tilde{\gamma},0)=1,n(\tilde{\gamma},1)=-1$であることが分かる。
1.$\gamma=p\circ \tilde{\gamma}$とおくと、これは大体下図のような、$-1\in D$を始点とする$D$内の閉曲線になることが確かめられる。(実際の曲線の形は各自確かめよ。)
上の図では、$\tilde{\gamma}$は分かりやすいように丸めて書いている。
$\gamma$も分かりやすいように大げさに書いている。
上の図から回転数を計算すると、$n(\gamma,0)=n(\gamma,1)=0$であることが分かる。例えば、$1$まわりの回転数は、$\gamma$の右側の非有界領域から$1$に向かう線に沿って考えれば、図の青線で$+1$され、赤線で$-1$されるので、$0$となる。
2.$\gamma$が$D$内で一点とホモトピックと仮定し、その$\gamma$を一点に縮めるホモトピーを$\Phi:I \times I\rightarrow D$とする。例1と同様にして、各$s\in I$を固定するごとに、$\tilde{\Phi}_s(t)=\frac{1}{2\pi i} \int_{\Phi_s| \lbrack 0,t \rbrack}\frac{d\zeta}{\zeta}+\tilde{\gamma}(0)$と定めれば、これは$\tilde{D}$内の連続写像$\tilde{\Phi}:I \times I\rightarrow \tilde{D}$となる。これが、$e^{2\pi i\tilde{\Phi}}=\Phi$を満たすことは、例1と同様に微分して分かる。まず、$\tilde{\Phi}_s(0)=\tilde{\Phi}_1(t)=\tilde{\gamma}(0)$である。$\Phi$は$\gamma$を一点に縮めるホモトピーなので、$\Phi_s$は一点にホモトピックであり、よって、コーシーの積分定理より、$\tilde{\Phi}_s(1)=\tilde{\gamma}(0)$である。また、$\tilde{\Phi}_0(t)=\frac{1}{2\pi i} \int_{\gamma| \lbrack 0,t \rbrack}\frac{d\zeta}{\zeta}+\tilde{\gamma}(0)$であるが、これは例1と同様に微分することで、$e^{2\pi i\tilde{\Phi}_0(t)}=\gamma(t)$ が分かる。$\tilde{\Phi}_0(0)=\tilde{\gamma}(0)$であるから、道の持ち上げ定理の一意性の部分より、$\tilde{\Phi}_0(t)=\tilde{\gamma}(t)$となる。
以上より、$\tilde{\Phi}$は$\tilde{D}$内で$\tilde{\gamma}$を一点に縮めるホモトピーである。
3.一方で、$\tilde{\gamma}$は$\tilde{D}$内で一点とホモトピックでない。
実際、$n(\tilde{\gamma},0)=1\neq 0,\mathbb{C}\setminus \mathbb{Z}\subset \mathbb{C}^*$なので、例1の結果より従う。\
したがってこれは、2.の結果と矛盾するので、$\gamma$は$D$内で一点とホモトピックでない。(証明終)
このように、二点穴あき平面$\mathbb{C}\setminus \lbrace 0,1 \rbrace$の場合では、$0,1$まわりの回転数が$0$であっても、一点とホモトピックではないようなループが存在します。
穴が一個から二個に増えるだけで、状況が複雑になってしまうわけです。
今回はこれで終わりたいと思います。お疲れ様でした。