ごあいさつ
はじめまして, Torteです. 微分幾何学や解析学が好きなので, それらに関連した話題をこれから書き散らしていけたらと考えております.
今回は数列の集積点についてのお話です. 学部生だった頃に解けなかった上下極限の練習問題のひとつなのですが, 主張自体が面白い割に解説を見かけたことがなかったため, 過去の自分に宛てるつもりでこの度記事を書いてみることにしました.
※本稿では数列の上下極限, および集積点の知識を仮定します. また, 数列は全て実数列とします.
数列のチェザロ平均
数列の第項までの平均を, 数列のチェザロ平均といいます. チェザロ平均に関しては, 理系大学生であればおそらく学部1年で習う次の事実が有名でしょう.
収束列のチェザロ平均は同じ値に収束する
数列がを満たすならば, そのチェザロ平均もをみたす.
この事実は, 大学数学最初の難所である-論法の練習問題としてお馴染みです(なので証明は割愛). 今回は収束するとは限らない数列のチェザロ平均について考えてみましょう.
具体例の計算
数列が無限大に発散する場合には, 先の事実の証明と同様にして, チェザロ平均も無限大に発散することが確かめられます. ですので, 収束しない数列としては有界なものを考えましょう.
収束しない有界数列の例としてパッと思いつくのは, 次のような振動する数列です.
数列をで定義する. このとき, のチェザロ平均は
で与えられる. 特にである.
もう少し一般化して, 周期的な数列についても考えてみましょう.
数列は周期の数列とする. すなわち任意の自然数に対しが成り立つとする. このとき, とすると, となる. 実際, 十分大きなに対して, をで割った商を, 余りをとすると, 数列の周期性から,
となる.したがって, とおくと, およびに注意して,
となって, がわかる.
このように, 数列自体が収束しなくても, そのチェザロ平均はある値に収束することがあります. そうすると今度は「チェザロ平均が発散するような有界数列はあるか?」という疑問が湧いてきます. そのような数列の例としては次のようなものがあります.
数列を次のように定義する:
すなわちはのように,が奇数のときは第群を個のが並んだもの, が偶数のときは第群を個のが並んだものとして得られる群数列である.
自然数に対し, 第群までの項分のチェザロ平均を計算すると,
となる. 一方, 第群までのチェザロ平均は同様にしてに収束することが示せる. こうして, 異なる値に収束する二つの部分列が取れたので, この数列のチェザロ平均は収束しないことがわかった.
この例についてもう少し見てみましょう. 例3では「キリのいい」ところで項を打ち切った部分列を考えていたので, 今度は項をもう少し加えた部分列を計算してみます.
数列を例3で扱った数列とする. を自然数として, 第群の第項(すなわち第群にを個加えたもの)までのチェザロ平均を計算すると,
となる. 同様に, 第群の第項までのチェザロ平均の極限はとなる. 特に, これらの値は区間に属する.
部分列の取り方を色々変えてみると, からまでのさまざまな値を実現できることが確認できます.
例3での計算から, は分子にできるだけを含むようにして作った「値の大きい」部分列の極限なので, これはチェザロ平均の上極限だと考えられます. 同様に, はチェザロ平均の下極限だと考えられます. これを踏まえると例4は, 部分列の取り方を工夫することで, 下極限から上極限までの実数を, チェザロ平均の集積点として実現でき得ることを示唆している…という風にも見ることができそうです.
有界数列のチェザロ平均の集積点
以上を踏まえて, 本稿のメインテーマに移ります. 先の例で見た通り, チェザロ平均そのものが収束しない場合でも, 集積点全体を考えることには何か意味がありそうです.
実は収束するとは限らない有界数列に関しては, 冒頭に挙げた事実の次のような一般化が成立します.
有界数列のチェザロ平均の集積点
数列は有界であるとする. このとき, のチェザロ平均のなす数列の集積点全体は区間と一致する.
証明のアイデア
証明に入る前に, 少しだけイメージを述べておきましょう.
まず, 集積点の定義について復習しておきます.
集積点(復習)
次元Euclid空間の部分集合に対し, 点がの集積点(accumulation point)であるとは, 任意のに対してあるが存在して, が成り立つようにできることをいう.
つまり, 集積点の周りには(以外の)の点が無数に存在する, というイメージです. 数列の上極限や下極限も, 数列の要素のなす集合の集積点の一種です.
上極限や下極限はそれぞれ集積点集合の最大値および最小値ですから, 集積点集合が考えている区間に含まれていることは明白です. ですので後は, 区間内の任意の点の周りにが無数に存在することが言えれば良いわけです.
少なくとも区間の端点の周りには無数のが存在しているのですから, たちは「端から端までジャンプ」することを無限回繰り返していることになります. ジャンプ一回分の歩幅がもし小さければ, 区間上には端から端まで移動する際についた沢山の足跡が残ることになります. ステップ数が大きくなるにつれて歩幅も小さくなることが言えれば, 区間はこの足跡, すなわちたちで埋め尽くされることになり, これにより主張が示せそうです.
数列が集積するイメージ
実際に集積点であることを示そうとすると, 部分列を具体的に構成する必要があって少し骨が折れるので, 今回は上記のイメージをもとに背理法で証明することにします. 結論を否定すると「飛び越えないといけない大穴が出現するが, 歩幅が小さすぎて飛び越えられない」というイメージが浮かぶので, そのことを数学の言葉で記述します.
背理法による証明のイメージ
数列の集積点全体のなす集合をとする. また, , とおく. のときは主張の成立は明らかなので, とする.
上下極限の定義から, となるので. である.
そこで, と仮定する. すなわち, あると正の実数があって, 任意の自然数に対しが成り立つとする.
数列は有界なので, ある正の実数があって, 任意の自然数に対しとできる. このとき,
よりとなる.
ここで,
となるので,
そこで, 自然数をとなるよう十分大きく取っておくと, ならばとできる.
いま, を十分小さく取って, およびが成り立つようにしておく(区間の端点のごく近辺だけを考えたいため).
やはの元だから, 自然数およびが存在して, およびが成り立つようにできる. このようなやは無限に存在するので, 必要なら大きく取り直して, と仮定してよい. このとき, 有限点列は, 集合に含まれる. さらに, , だから, を満たすある自然数に対し,
が成り立つ必要がある(どこかで大ジャンプが必要).
ところがこのはを満たすから, でなければならず(大ジャンプできるだけの歩幅がない!), 矛盾する.
以上により, が成り立つ.
こうして, 収束しない有界数列に対しても, 極限ではなく集積点を考えることで, チェザロ平均を「収束させる」ことが可能になることがわかりました.
有名な事実でも, ちょっぴり深掘りしてちょっぴり一般化できると, ちょっぴり嬉しい. そんな数学特有の楽しみを, 本記事を通して少しでも感じていただければ幸いです.