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単因子論について

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はじめに

どうもこんにちは,🐟️🍊みかん🍊🐟️です.この記事は、keitadayo,らららに引き続き 積分・級数の部屋 で企画されたゴールデンウィーク企画3日目の記事です.今回は単因子論という,代数学の話をしていきます.単因子論は環上の加群における理論の一つで,それ自体面白いと思うのですが,初端から「主イデアル整域上の有限生成加群の構造定理」という仰々しそうな名前の主張を示さなければならない上,事前知識を最低限しか仮定しないと準備がそこそこめんどくさいです.またこの記事は,新たに新一年生になった人に代数学を布教したいという意図も含まれているので,この記事ではとりあえずCayley-Hamiltonの定理の証明を目標として話を進めたいと思います.要するに線形代数をベクトル空間からではなく,単因子論の方面から考察してみるという記事です.例えば,単因子論を使うといい感じに最小多項式が計算できて割と嬉しいのですよね.

とはいえ,実際に計算するときに最小多項式を計算するのはそれなりに面倒であることが多いと思います.そのような計算が,行列基本変形に帰着されるというのは割と面白いことだと思うので記事にさせてもらいました.

基本的なノーテーション

まず基本的な記号などについて先に話をしておきます.まず環と体を定義します.

commutative ring

演算+,を備えた集合Rが可換環であるとは,次の性質を満たすことを言う.(abは単にabと書くことがある)

  • 任意のa,bRに対して,a+b=b+a, ab=baが成立する.
  • 任意のaRに対してa+0=aとなる0Rが存在する.
  • 任意のaRに対してa1=aとなる1Rが存在する.

この0,1は環上においては唯一存在するので,以下の定義でも0,1を使う.

  • 任意のaRに対して,あるaRが存在して,
    a+(a)=0となるようなものが存在する.
  • 任意のa,b,cRに対して,
    (a+b)+c=a+(b+c)(ab)c=a(bc)a(b+c)=ab+ac

また,0でない元aに対してab=1となるような元bが存在するとき,Rを体(field)であるといいます.体は基本的にドイツ語のKoelper(Kölper),英語のFieldの頭文字とってK,Fを用いることにします.また,体Kに対してその多項式環を
K[t]:={k=0naktk:akK,nZ+}
と書くことにします(直感的にわかりやすい定義にしました).

また,特記なき場合Onn次の零行列,Enn次の単位行列(EinheitのE)とします.またABの直和を

AB=(AOOB)

とします.但し,直和において単なる元は1×1行列とみなします.例えば
11=E2
です.なお,この記事では行列は全て正方行列しか扱いません.

単因子とは

この節の目標は単因子標準形を概念として理解することにあります.まず用語の定義を済ませます.

可逆行列

環上の行列Aに対して,AB=BA=Eとなるような行列Bが存在するとき,Aを可逆行列という.

まず可逆行列である条件を述べておきます.

行列AMn(K[x])に対して,Aが可逆行列である条件は,detAK{0}であることである.

Aが可逆であるとすると,A1があって
AA1=E
であって,A,A1xの多項式であるからAM(K),i.e.detAK{0}.
逆にdetAK{0}.であるとすると,Aの余因子行列をA~として
AA~=A~A=EdetA
なので,
A1=1detAA~
が具体的にAの逆行列である.

さて,この節の主定理の証明や今後の議論にあると便利なので,一つ概念を導入しておこうと思います.

determinant divisor

dAkを,AMn(K[x])のすべてのk次小行列式の最大公約式のうち,最高時の係数が1であるものとする.このdAkを行列式因子という.

ようやく本題です.一般的な形よりも主張が弱まっていますが,一般的な状況を述べようとすると単項イデアル整域を導入しなければならず,面倒なので,とりあえず体上の多項式環の場合を示しておきます.(つまり,下の命題はK[x]を単項イデアル整域に置き換えても成立します.)

Smith normal form

任意のAMn(K[x])は,ある可逆行列P,QMn(K[x])があって
PAQ=e1e2erOnr
という形式に一意的に書き表すことができる.但し,i=1,2,,rに対して各eiK[x]はモニックな多項式でありi1に対してeiei1で割り切れる.

直和の形式に書き表せることを具体的に行っていくことにしよう.
Aの成分の中で0でなく一番次数が小さいものをとり,A1行目をその多項式の最高時の係数で割りそれをe1とする.適切な置換行列を左右から書けることでe1(1,1)成分になるようにすることができるので,それを改めてAと取り直す.このとき,A1行目,1列目の成分を任意にとりfとすると,fe1で割り切れる.何故ならば,例えば(1,2)成分a1,2を考えてe1で割り切れないものとすると,
f=qe1+r
となってdegr<dege1となるので適切な行列基本変形によって最初の動作を行うとA(1,1)成分がrとなるようにできるが,これはe1の取り方に反する.従って,適切な行列基本変形によってAから1行目,1列目からe1以外の元を除くことができるので,
P1AQ1=e1A
となるようなP1,Q1,Aをとることができる.Aは数学的帰納法の仮定によって命題のような直和で表すことができることが分かる.

次に,e1e2を割り切ることを確認するが,これは先と同様にe1の最小性を考えることで示される.また数学的帰納法によってe2,e3,,erで同様の関係が従うので,命題のような形式で表すことができる.

最後に,このような表示の一意性を示す.これは既に表示の可能性が得られているので,簡単な議論によって
e1=d1ei=didi1(i=2,,r)
であることが分かる.よって,r,eは一意的に定まる.

これで完了しました.この命題から,単因子を定義します.

定理2において,行列AMn(K[x])から唯一定まるe1,e2,,erAの単因子とよび,
PAQ=e1e2erOnr
のような形式をSmith標準形とよぶ.

最小多項式

まず,多項式に対する行列の代入を考えます.次のように定義するのが自然といえます.

行列AMn(K)とし,Aの多項式f=a0+a1x++arxrK[x]への代入を
f(A)=a0+a1A++arAr

この代入は和と積の構造を保ちます(代入写像が準同型になる).また,簡単な検証によって次の命題が従います.

  • PAと同じサイズの正則行列であるとき,
    f(P1AP)=P1f(A)P
  • A,Bが正方行列であるとき,
    f(AB)=f(A)f(B)

さて,ここでAの最小多項式を定義するために,簡単な事実を確認しておきます.まず,I(A)f(A)=Oとなる多項式f全体の集合とします.このとき,I(A)は次の事実を満たしていることが分かります.
0I(A)f,gI(A)f+gI(A)fI(A),kK[x]kfI(A)
またI(A)0でない多項式が存在すること簡単にわかります.実際,Mn(K)n2次元の空間であるので,n2+1個の行列があれば自明でない線形関係式a0E+a1A++an2An2=O
が成立するはずだからです.そこで,次のような定義を用意します.

minimal polynomial

行列AMn(K)に対して,次数が最小でモニックである多項式をAの最小多項式であるといい,pAで表す.

この定義には一意性が確保されるかどうかについて若干の問題がある(?)のですが,結局のところ次の主張によって解決されます.

f(A)=Oならば,fpAで割り切れる.

これはpAの次数最小性に注意したうえで除法の原理を用いることで従います.さて,今回の記事の目的である次の命題を示しましょう.

Aの最小多項式pAは,A=xEAの最後の単因子enに等しい.

detA=endAkであるから,Aの余因子行列をA~とおくことで
AA~=endAn1E.
行列式因子の定義から
A~=dAn1B
となる共通因数を持たないBM(K[x])がとれる.上二式を合わせると
AB=enE
となるので,enExEAで割り切れる.よって
en(A)E=O
よってenpAで割り切れる.よってここで
en=pAq
と表しておくと,pA(A)=Oだから
pAE=AQ
となるQM(K[x])がとれる.式を整理して
AB=qAQ
となることが分かるので,A=xEAであり,Eが可逆なので,除法の原理を利用することにより
B=qQ
でなければならないことが分かる.ここで,Bは共通因数を持たないのであったから,qは定数でなくてはならず,よってq=1である.よってpA=en.

終わりに

どうでしたか.少し雑に書いてしまった記事ではあるので,細かい間違いなどもありそう書きもしますが,そのようなものは適宜修正しようと思います.(純粋にあんまり親切じゃないところもあるような気がしますが...)

単因子の話を最初に知ったのは線形代数の教科書からですが,面白みを知るきっかけににあったのは雪江代数を勉強してからになります.単因子論自体はしっかりやろうとすると前提知識が必要になると思うのですが,今回の記事のような線形代数的な知識だけで考察することができる部分を紹介したいということはもともと考えていたので,ちょうどいい機会でした.Twitterでは級数や積分のような解析学をやっているような人が多いように思うけれども,代数学にもいろいろな視点があったり道具があるということを知ってほしいなと思います.

長くなりましたが,このあたりでとりあえず終わりにしたいと思います.ありがとうございました.

投稿日:202454
更新日:2024919
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