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大学数学基礎解説
文献あり

行列式のトリック(加群のケイリー・ハミルトンの定理)

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本記事では,行列式のトリックと呼ばれる,加群論における重要な命題「中山の補題」の証明手法を解説する。このトリックは,加群の準同型写像についてのケイリー・ハミルトンの定理(CH)を示す際に用いる。
本題に入る前に,CHの主張を復習しよう:

CH(線型空間)

$K$を体,$A∈M(K)^{n×n}$とする。$p(x)=\mathrm{det}(A-xI_n)$$I_n:$単位行列)とすると
$$p(A)=O$$

KHの主張は,「$A$の固有多項式に$A$を代入すると零」というものであった。ところが,$A=(a_{ij})$の固有多項式
$\left|\begin{matrix} a_{11}-x & \cdots & a_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{n1} & \cdots & a_{nn}-x \end{matrix}\right|$
$A$を代入しても,成分に行列が入るためこれは意味をもたない。
行列式のトリックは,この代入(つまり写像を成分にもつ行列)に意味をもたせる試みから始まる。

通常,行列の成分は体の元とするが,加群の話をしたいのでここから基礎体$K$の代わりに環$R$上で考える($K$-線型空間が$R$-加群,$K$-線型写像が$R$-準同型写像に置き換わるだけなので身構えなくてよい)。

行列を捉えなおす

$R$を環,$M$$R$-加群,$a_{ij}∈R\:(i,j=1,\cdots,n)$とする。このとき$A=(a_{ij})$$R$-準同型写像$M^n→M^n,\:𝕩↦A𝕩$を定める。これは
$A:(x_j)_{j=1}^n↦\left(\displaystyle\sum_{i=1}^na_{ij}x_j\right)_{j=1}^n$
とも書ける。$A$$n^2$個の$R$の元から構成した$R$-準同型写像$M^n→M^n$である。さらに,$R$からの線型な作用$\:(r,A)\mapsto rA=(ra_{ij})$によって$M(R)^{n×n}⊆\mathrm{End}_R(M^n)$$R$-加群の構造をもつ。
$R$の元は$M$への作用によって$M$の自己$R$-準同型写像と同一視できることを踏まえ,この状況を一般化しよう。
つまり,$R$-加群$M$に対し,$n^2$個の$\mathrm{End}_R(M)$の元から$R$-準同型写像$M^n→M^n$を構成することを考える。

$R^{n^2}\to M(R)^{n×n}⊆\mathrm{End}_R(M^n)$
$M(R)^{n×n}:R$-加群)
$\downarrow$一般化
$\mathrm{End}_R(M)^{n^2}\to^∃M(\mathrm{End}_R(M))^{n×n}⊆\mathrm{End}_R(M^n)$
$M(\mathrm{End}_R(M))^{n×n}:\mathrm{End}_R(M)$-加群)

加群の準同型写像を成分にもつ行列

$R$を可換環,$M$$R$-加群,$f_{ij}∈\mathrm{End}_R(M)\:(i,j=1,\cdots,n)$とする。写像
$M^n→M^n,\:(x_j)_{j=1}^n↦\left(\displaystyle\sum_{i=1}^nf_{ij}(x_j)\right)_{j=1}^n$
$R$-準同型写像である。この写像を
$F=\left(\begin{matrix} f_{11} & \cdots & f_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ f_{n1} & \cdots & f_{nn} \end{matrix}\right)=(f_{ij})$
と書くと,通常の行列と同様の演算により写像の和と積(合成),$\mathrm{End}_R(M)$からの線型な作用が定まる。このようにして構成した写像全体からなる環を$M(\mathrm{End}_R(M))^{n×n}$と書き,$\mathrm{End}_R(M)$-加群の構造をもつ。

$\mathrm{End}_R(M)$からの線型な作用

$p,q∈\mathrm{End}_R(M),\:F=(f_{ij}),G=(g_{ij})∈M(\mathrm{End}_R(M))^{n×n}$とする。

$\displaystyle q(pF)=q\left(\begin{matrix} pf_{11} & \cdots & pf_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ pf_{n1} & \cdots & pf_{nn} \end{matrix}\right)=\left(\begin{matrix} qpf_{11} & \cdots & qpf_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ qpf_{n1} & \cdots & qpf_{nn} \end{matrix}\right)=(qp)F$

$(p+q)F=\left(\begin{matrix} (p+q)f_{11} & \cdots & (p+q)f_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ (p+q)f_{n1} & \cdots & (p+q)f_{nn} \end{matrix}\right)=\left(\begin{matrix} pf_{11}+qf_{11} & \cdots & pf_{1n}+qf_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ pf_{n1}+qf_{n1} & \cdots & pf_{nn}+qf_{nn}\end{matrix}\right)=pF+qF$

$\mathrm{id}_MF=\left(\begin{matrix} \mathrm{id}_Mf_{11} & \cdots & \mathrm{id}_Mf_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ \mathrm{id}_Mf_{n1} & \cdots & \mathrm{id}_Mf_{nn} \end{matrix}\right)=\left(\begin{matrix} f_{11} & \cdots & f_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ f_{n1} & \cdots & f_{nn} \end{matrix}\right)=F$

$p(F+G)=p\left(\begin{matrix} f_{11}+g_{11} & \cdots & f_{1n}+g_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ f_{n1}+g_{n1} & \cdots & f_{nn}+g_{nn} \end{matrix}\right)=\left(\begin{matrix} p(f_{11}+g_{11}) & \cdots & p(f_{1n}+g_{1n}) \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ p(f_{n1}+g_{n1}) & \cdots & p(f_{nn}+g_{nn}) \end{matrix}\right)=\left(\begin{matrix} pf_{11}+pg_{11} & \cdots & pf_{1n}+pg_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ pf_{n1}+pg_{n1} & \cdots & pf_{nn}+pg_{nn} \end{matrix}\right)=pF+pG$

次の命題は行列式のトリックにおいて重要である:

$\mathrm{End}_R(M)$の可換部分加群$N$に対し,写像$\mathrm{det}:M(N)^{n×n}→N$を通常の行列式と同様に定義する。任意の$F∈M(N)^{n×n}$に対し,$F$の余因子行列を$\tilde{F}$とすると$$\tilde{F}F=\mathrm{det}(F)I_n$$
ただし,$I_n$は恒等写像(単位行列)$(\delta_{ij}\mathrm{id}_M)$
$\delta_{ij}:$クロネッカーのデルタ

証明は通常の行列の場合と同様なので割愛する。

加群のケイリー・ハミルトンの定理

以下の主張の証明が行列式のトリックの出番である:

CH(加群)

$R$を可換環,$𝔞$$R$のイデアル,$M$を有限生成$R$-加群,$\phi∈\mathrm{End}_R(M)$とする。
$\phi(M)⊆𝔞M$ならば$c_t∈𝔞^t\:(1≤t≤n)$が存在して,次の等式が成り立つ:
(1) $\phi^n+c_1\phi^{n-1}+\cdots+c_n=0$

証明の前に,(1)は$R$-準同型写像と零写像を結ぶ等式であり,$R$の元はその$M$への作用によって$R$-準同型写像と同一視されていることに留意されたい。

行列式のトリック

$M$は有限生成より,$M$の生成系$\{m_1,\cdots,m_n\}$が存在する。$\phi(M)⊆𝔞M$より,$a_{ij}∈𝔞$が存在して$$\phi(m_i)=\displaystyle\sum_{j=1}^na_{ij}m_j\:(1≤i≤n)$$
$\delta_{ij}$をクロネッカーのデルタとすれば
(2) $\displaystyle\sum_{j=1}^n(\delta_{ij}\phi-a_{ij})(m_j)=0\:(1≤i≤n)$
ここで,$\delta_{ij}\phi-a_{ij}$とは$M$の自己準同型$x↦\delta_{ij}\phi(x)-a_{ij}x$のことである。
$P=(\delta_{ij}\phi-a_{ij})∈M(R[\phi])^{n×n},\:𝕞=^t(m_1,\cdots,m_n)$とすると,(2)は
(2)' $P𝕞=0$
と書き直せる。$R[\phi]$$\mathrm{End}_R(M)$の可換部分環ゆえ,$P$の余因子行列を$\tilde{P}$とすると,(2)'および命題2より$\tilde{P}P𝕞=0$すなわち
$\mathrm{det}(P)I_n𝕞=0$
$\mathrm{det}(P)I_n𝕞=^t(\mathrm{det}(P)(m_1),\cdots,\mathrm{det}(P)(m_n))$であるから,$\mathrm{det}(P)$$M$の生成元$m_1,\cdots,m_n$をすべて$0$に移す。よって
(3) $\mathrm{det}(P)=0$
$\mathrm{det}(P)∈R[\phi]⊆\mathrm{End}_R(M)$に注意。写像として$0$という意味)
$\mathrm{det}(P)=\mathrm{det}\left(\begin{matrix} \phi-a_{11} & \cdots & -a_{1n} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ -a_{n1} & \cdots & \phi-a_{nn} \end{matrix}\right)$
を定義通り展開すると,(3)から(1)を得る(多項式環$R[x]$$R[\phi]$は自然に同型ゆえ多項式のように計算できる)。▢

(2)から(3)を導く手法を行列式のトリックと呼ぶ。今回は加群の話をするために可換環$R$上で考えたが,体$K$上で考えても同じ議論が回る。$R$-準同型写像は$K$-線型写像(すなわち行列)に対応するため,序盤の"行列の成分への行列の代入"に意味をもたせることができる。最後に系を紹介して記事を締めよう。

CH(加群)

$R$を可換環,$M$を有限生成$R$-加群とし,$𝔞$$𝔞M=M$を満たす$R$のイデアルとする。このとき,$xM=0$かつ$x≡e_R\:(\mathrm{mod}\:𝔞)$を満たす$x∈R$が存在する。

命題3において,$\phi=\mathrm{id}_M,\:x=e_R+c_1+\cdots+c_n$とすればよい。実際,(1)に$\phi=\mathrm{id}_M$を代入すると
$(\mathrm{id}_M+c_1+\cdots+c_n)(m)=0\:(∀m∈M)$
すなわち
$(e_R+c_1+\cdots+c_n)m=0\:(∀m∈M)$

中山の補題の証明は気が向いたらやる。

参考文献

[1]
M.F.Atiyah,I.G.MacDonald, Atiyah-MacDonald 可換代数入門
投稿日:3日前
更新日:3日前
OptHub AI Competition

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