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否定と肯定の情報量の違い

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人間的には全くの否定というのは難しいことが、問題をより難しくする。

真っ白、真っ黒な画像

「全てが白」
「全てが黒」
情報量は4文字分しかない。
白は0、黒は1とすると、
0か1がn個という情報でしかない。

黒い点

あると、1が0の中に混在していることになる。
途端に情報量が物凄く増える。

温厚な金持ち

真っ白な画像を好む人である。
1つの生命体の情報だとすると、
本当に微生物でももう少し複雑な位、何でも肯定したがる。

貧乏人

本当の生きた人間で、情報量の多い(否定を含む)画像ばかり見ている人だ。

政治的志向性

金持ちは、より高度な人類がこの世界を変化させることを嫌う。そうなると自分が落ちぶれるからだ。総じて画像の中の黒い点に気が付かないか、気付いても黙殺する。
より単純で、黒い点がなく、肯定された世界を好む。
貧乏人は、この世界をひっくり返してやりたいので、黒い点の多い画像を好む。より人間的で、饒舌であり、生きた人間として生きる。
例え金持ちであっても、舌鋒鋭く他者を批判して、この世界をグチャグチャにまだら模様にする人がいれば、その人は高度な知能を持っていて、しかも変化を好み、善人であると言える。
トランプ大統領とかね。
否定というのは一種の説明になっていて、肯定するだけでは分からないことが分かる効用がある。ただし、全部ダメだと言って否定すると、これまた何も分からない。匙加減が大切なのだ。

投稿日:2023516

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