コーシーの函数方程式$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R},$$f(x+y)=f(x)+f(y)$は「病的な解」をもつこと、コーシーの函数方程式に$f$が単調増加という条件を加えたものの解は$f(x)=ax$の形に限られることは多くの方が知っていることかと思います。それでは、コーシーの函数方程式に$f(f(x))=x$という条件を加えたものはどうでしょうか。$f(f(x))=0$ではどうなるでしょう。ハメル基底を使うことでこれらの疑問に答えられることをこれから解説しようと思います。
本記事では、コーシーの函数方程式の病的な解の文脈で登場する「ハメル基底」について、定義やそれを実際に用いて病的な解を作る方法の紹介を行いました。高校生~大学2年生に読んでいただくことを想定して書きました。
なお、この記事の目的はハメル基底を使えるようになることなので、記事中で使った概念の解説や命題の証明は記事の後半に回しました。必要に応じて参照してください。
$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$で、任意の実数$x,y$に対して$f(x+y)=f(x)+f(y)$が成り立つようなものを全て求めよ。
この問題を考察します。
まず、$f(0+0)=f(0)+f(0)$から$f(0)=0$がわかります。$f(2x)=f(x)+f(x)=2f(x)$、$f(3x)=f(2x)+f(x)=3f(x)$と続けることによって任意の正の整数$n$に対して$f(nx)=nf(x)$がわかります。また、正の整数$m,n$に対して$f(\frac mnx)=\frac 1nf(mx)=\frac mnf(x)$であることから正の有理数$q$に対して$f(qx)=qf(x)$です。$0=f(qx-qx)=f(qx)+f(-qx)$から、負の有理数$q$についても$f(qx)=qf(x)$であることがわかります。
したがって、
の2つが成り立ちます。これは、$\mathbb{R}$を$\mathbb{Q}$-線型空間と見たときに$f$が線型写像であることの条件です。
つまり、コーシーの函数方程式は、$f$が$\mathbb{Q}$-線型写像であるということを言っているに過ぎなかったのです。ここからは、$\mathbb{R}$の$\mathbb{Q}$-線型空間としての構造について調べましょう。
線型空間について考えるとき、基底をとるのが便利です。$\mathbb{R}$を$\mathbb{Q}$-線型空間と見たときの基底をハメル(Hamel)基底といいます。
$H\subset \mathbb{R}$がハメル基底であるとは、以下の条件をみたすことをいう。
ハメル基底が存在することについては記事後半の補足に書きました。ハメル基底の定義は以下のようにも述べることができます。
$I$を添字集合とする実数の族$(h_i)_{i\in I}$がハメル基底であるとは、以下の条件をみたすことをいう。
本記事では後者の定義方法を用います。添字集合については記事後半で解説しました。
ハメル基底は、存在は示されていますがそれが具体的に何なのかを簡単に記述することはできません。「まだ見つかっていないだけ」というわけでもありません。
ハメル基底について以下が成り立ちます。
$\lvert I\rvert=\lvert\mathbb{R}\rvert$.
基底に含まれる実数の「個数」は実数全体の「個数」と同じということです。証明は記事後半を参照してください。
線型写像には、基底での値を指定すれば一意に定まるという性質があります。そのことを見てみましょう。
線型写像は、基底での値を指定すればちょうど一意に定まる。
$i\in I$に対して$f(h_i)=y_i$を適当に定めます。
ハメル基底の定義から、$q_{i_1},\ldots,q_{i_n}$を用いて$x=q_{i_1}h_{i_1}+\cdots+q_{i_n}h_{i_n}$と表すことができるのでこれを用いて$f(x)=q_{i_1}y_{i_1}+\cdots+q_{i_n}y_{i_n}$と定めます。
このように定めた$f$がコーシーの方程式をみたしているかを確かめたいのですが、まずは$f(x)$の値が$x=q_{i_1}h_{i_1}+\cdots+q_{i_n}h_{i_n}$の表示の仕方に依らないかを確かめます。
$x=q_{i_1}h_{i_1}+\cdots+q_{i_n}h_{i_n}=r_{j_1}h_{j_1}+\cdots+r_{j_m}h_{j_m}$と表せたと仮定します。
このとき、$0=q_{i_1}h_{i_1}+\cdots+q_{i_n}h_{i_n}-r_{j_1}h_{j_1}-\cdots-r_{j_m}h_{j_m}$となります。添字が同じ部分をまとめて基底の条件の2つ目を使うと、係数は全て$0$であることが導かれます。つまり、基底の条件の2つ目は、$x$を$h_i$の線型結合で表す方法は並べ替えや同じ項を足して引くなどを除いて一意的であるということを述べていたのです。
これにより、$q_{i_1}y_{i_1}+\cdots+q_{i_n}y_{i_n}=r_{j_1}y_{j_1}+\cdots+r_{j_m}y_{j_m}$が成り立つので、$f(x)$は矛盾なく定義されています。
あとは$f$がコーシーの方程式をみたすかを確かめればよいですが、これは$x=q_{i_1}h_{i_1}+\cdots+q_{i_n}h_{i_n},$$y=r_{j_1}h_{j_1}+\cdots+r_{j_m}h_{j_m}$のとき$x+y=q_{i_1}h_{i_1}+\cdots+q_{i_n}h_{i_n}+r_{j_1}h_{j_1}+\cdots+r_{j_m}h_{j_m}$であることからすぐにわかります。
こうして$f(h_i)=y_i$を適当に定めたものがコーシーの方程式の病的な解の正体です。
残念ながら数オリに出てくる函数方程式がハメル基底を使って楽になることはありませんが、ハメル基底を用いることで与えられた函数方程式が(ある意味で)「解けない」ということを知ることができます。
これは函数方程式の作問をするときに有用ですし、問題を解いているときにも「この情報だけでは不十分」という判断をすることができます。
$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$で、任意の実数$x,y$に対して
$(h_i)_{i\in I}$をハメル基底とします。第1式$f(x+y)=f(x)+f(y)$により$f$は$\mathbb Q$-線型写像なので、$f(h_i)$の値を決めると$f$は一意に指定されます。
$i_0\in I$を一つ選んで$f(h_{i_0})=-h_{i_0}$とし、それ以外の$i$について$f(h_i)=h_i$と定めます。すると、この$f$は$f(f(h_{i_0}))=f(-h_{i_0})=-f(h_{i_0})=h_{i_0}$および$i\neq i_0$について$f(f(h_i))=f(h_i)=h_i$をみたすので、任意の$x$に対して$f(f(x))=x$をみたします。
他にも、相異なる$i_1,i_2\in I$を選び$f(h_{i_1})=h_{i_2},\ f(h_{i_2})=h_{i_1}$とし、それ以外の$i$について$f(h_i)=h_i$としたものは解です。
全てを列挙することはできませんが、上の方程式には他にも多くの「病的な解」があります。そのため、数オリで用いるような議論だけではこの問題を解くことはできないことがわかりました。
$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$で、任意の実数$x,y$に対して
この問題に対しても病的な解を構成してみましょう。
例題1と同じように$i_0\in I$を一つ選んで$f(h_{i_0})=-\sqrt 2h_{i_0}$とし、それ以外の$i$について$f(h_i)=\sqrt 2h_i$...、としたいところですが、この方法には問題があります。
それは、$f(f(h_{i_0}))=f(-\sqrt{2}h_{i_0})\neq -\sqrt{2}f(h_{i_0})=2h_{i_0}$となるということです。$f$は$\mathbb{Q}$-線型写像なので有理数倍は外に出すことができますが、$\sqrt 2$倍は外に出すことができません。解決方法を2つ紹介します。
1つ目は、$\mathbb{R}$を$\mathbb{Q}(\sqrt{2})$-線型空間だと考えることです。
$\mathbb{Q}$と$\alpha$を含む最小の体を$\mathbb{Q}(\alpha)$と書きます。$\alpha=\sqrt{2}$とした場合、$\mathbb{Q}(\sqrt{2})=\{a+b\sqrt{2}\mid a,b\in\mathbb{Q}\}$となることが知られています。
ちなみに、$\mathbb{Q}$と$\alpha$を含む最小の環は$\mathbb{Q}[\alpha]$と書きます。
2つ目は、基底を$2$つずつペアにしてやりくりする方法です。
$(h_i)_{i\in I}$をハメル基底とします。集合$J$と単射$p,q:J\to I$で$I=p(J)\cup q(J)$かつ$p(J)\cap q(J)=\varnothing$となるものをとります。(これがとれることの証明は記事後半)
$f(h_{p(j)})=h_{q(j)},$$f(h_{q(j)})=2h_{p(j)}$と定めると$f(f(x))=2x$をみたす函数が得られます。
本記事の内容に関連した練習問題を用意しました。記事で解説した内容から一歩踏み込んだ難しいものもありますが、是非挑戦してみてください。
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対して
コーシーの方程式$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$であって、全射だが単射でないものの例を挙げよ。
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対して
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対して
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対して$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたし、任意の正の整数$n$に対して$f(\sqrt n)=\sqrt n$をみたしている。
このとき、$f$は恒等写像であるといえるか?
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対し$f(x+y)-f(x)-f(y)$が整数である。
このとき、コーシーの方程式をみたす$g:\mathbb R\to\mathbb R$であって任意の実数$x$に対して$f(x)-g(x)$が整数となるものは存在するといえるか?
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対して
いえない。$(h_i)_{i\in I}$をハメル基底とし、相異なる$i_1,i_2\in I$を選ぶ。$f(h_{i_1})=h_{i_2},$ $f(h_{i_2})=0$とし、それ以外の$i$に対しては$f(h_i)=0$としたものは条件をみたすが$f\neq 0$である。
コーシーの方程式$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたす函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$であって、全射だが単射でないものの例を挙げよ。
$(h_i)_{i\in I}$をハメル基底とし、どの$2$つも相異なるように$i_1,i_2,i_3,\ldots\in I$を選ぶ。
$f(i_1)=0$とし、$n\geq 1$に対して$f(h_{i_{n+1}})=h_{i_n}$と定め、それ以外の$i$については$f(h_i)=h_i$と定める。
このとき、$f$は全射だが単射ではない。
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対して
いえない。$(h_i)_{i\in I}$をハメル基底とし、どの$2$つも相異なる$i_1,\ldots,i_n\in I$に対し$f(q_{i_1}h_{i_1}+\cdots+q_{i_n}h_{i_n})={q_{i_1}}^2+\cdots+{q_{i_n}}^2$となるように$f$を定めると、$f$は条件をみたすが、$f(x)=cx^2$の形で書くことはできない。
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対して
$\mathbb R$の部分集合$V_+,$$V_-$を
$V_+\coloneqq\{x\in\mathbb R\mid f(x)=x\},$
$V_-\coloneqq\{x\in\mathbb R\mid f(x)=-x\}$
で定める。$V_+,$$V_-$は$\mathbb{R}$の部分$\mathbb Q$-ベクトル空間である。
$x\in V_+\cap V_-$ならば$x=f(x)=-x$なので$x=0$である。よって、$V_+\cap V_-=\{0\}$である。
また、$x\in\mathbb R$に対し、$\frac{x+f(x)}2\in V_+$かつ$\frac{x-f(x)}2\in V_-$であり$x=\frac{x+f(x)}2+\frac{x-f(x)}2$が成り立つため、$\mathbb R=V_++V_-$である。
以上により、$(h_i)_{i\in I_1}$が$V_+$の基底、$(h_i)_{i\in I_2}$が$V_-$の基底となるように$I_1,$$I_2,$$h$をとると、$(h_i)_{i\in I_1\cup I_2}$は$\mathbb R$の基底で与えられた条件をみたす。
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対して$f(x+y)=f(x)+f(y)$をみたし、任意の正の整数$n$に対して$f(\sqrt n)=\sqrt n$をみたしている。
このとき、$f$は恒等写像であるといえるか?
いえない。
$V=\operatorname{span}_{\mathbb Q}\{\sqrt{n}\mid n\geq 1\}$とおく。$V$の基底$(x_i)_{i\in I}$をとる。
ベクトル空間の基底の存在定理の証明でツォルンの補題を使った部分において、「$(x_i)_{i\in I}$を含むような線型独立な元の族」の集合についてツォルンの補題を適用することで、$\mathbb R$の基底であって$(x_i)_{i\in I}$を含むものの存在が示される。それを$(y_i)_{i\in I\cup J}$と書く($i\in I$に対して$x_i=y_i$とする)。
$\mathbb R$の$\mathbb Q$-線型空間としての次元は非可算で、$V$の次元は可算なので、$J$は空集合でない。
$i\in I$に対して$f(y_i)=y_i$、$j\in J$に対して$f(y_j)=0$と定めると、$f$は条件をみたすが恒等写像でない。
函数$f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$は、任意の実数$x,y$に対し$f(x+y)-f(x)-f(y)$が整数である。
このとき、コーシーの方程式をみたす$g:\mathbb R\to\mathbb R$であって任意の実数$x$に対して$f(x)-g(x)$が整数となるものは存在するといえるか?
いえない。
はじめに、$h:\mathbb Q\to\mathbb R$であって以下の条件をみたすものが存在することを示す。
中国剰余定理により、任意の有理数$r$は$r=n+{p_1}^{-k_1}+\cdots+{p_m}^{-k_m}$の形に書くことができる(同じ素数を何度使ってもよい)。これを用いることで$h(r)$を$\frac n3+h({p_1}^{-k_1})+\cdots+h({p_m}^{-k_m})$の小数部分として定義する。
$h(r)$が一意に定まることを確かめる。
$r=n+{p_1}^{-k_1}+\cdots+{p_m}^{-k_m}=n^\prime+{p^\prime_1}^{-k^\prime_1}+\cdots+{p^\prime_{m^\prime}}^{-k^\prime_{m^\prime}}$と表せたとする。
このとき、$n-n^\prime+{p_1}^{-k_1}+\cdots+{p_m}^{-k_m}-{p^\prime_1}^{-k^\prime_1}-\cdots-{p^\prime_{m^\prime}}^{-k^\prime_{m^\prime}}=0$である。各素数$p$について$p$のオーダーを調べると、上の式で同じ素数の項をまとめたものはどれも整数となることがわかる。素数$p$と非負整数$k$に対して$h(p^{-k})-ph(p^{-k-1})$は整数なので、$h(r)$が一意に定まっていることが示された。
また、$h(x+y)-h(x)-h(y)$が整数であることは$h$の定義から従う。
この$h$に対して、$g^\prime:\mathbb Q\to\mathbb R$であって$h-g^\prime$かつ$g^\prime$がコーシーの方程式をみたすようなものは存在しないことを示す。
そのような$g^\prime$が存在したとすると、正の整数$k$に対して$h(2^{-2k})=\frac 13$なので、$\lvert g^\prime(2^{-2k})\rvert\geq\frac 13$である。これにより、$\lvert g^\prime(1)\rvert\geq\frac{2^{2k}}3$が任意の正の整数$k$に対して成り立つことになり矛盾する。
ハメル基底$(x_i)_{i\in I}$であって$0\in I,$$x_0=1$となるものをとる。
$f:\mathbb R\to\mathbb R$を$f(q_0+q_{i_1}x_{i_1}+\cdots+q_{i_k}x_{i_k})=h(q_0)$となるように定める。
この$f$に対して条件を満たす$g$が存在したと仮定すると、定義域を$\mathbb Q$に制限して考えることで、$h$について示したことと矛盾する。
本記事に必要となった大学数学の知識について、記事を読むのに必要な範囲でまとめました。
実数の族とは、数列を一般化した概念です。
簡単な例として、実数$3$つの組$(a_1,a_2,a_3)$について考えます。
$(a_1,a_2,a_3)=(b_1,b_2,b_3)$かどうかはどのように判定されるかを思い出してみましょう。$(a_1,a_2,a_3)=(b_1,b_2,b_3)$とは、$a_1=b_1,\ a_2=b_2,\ a_3=b_3$が全て成り立つことであったはずです。
これは写像が同じかどうかを判定するときの条件と同じですね。したがって、実数$3$つの組$(a_1,a_2,a_3)$は写像$a:\{1,2,3\}\to\mathbb{R}$だと思うことができます。このときの$\{1,2,3\}$のことを添字集合といいます。
無限列$(a_1,a_2,\ldots)$の場合は添字集合は$\mathbb{N}=\{1,2,...\}$です。
添字集合は$1$から始まっている必要はなく、$\mathbb{Z}=\{\ldots,-1,0,1,2,\ldots\}$でもよいです。
さらに、添字集合には順序がついている必要もなく、一般の集合$I$を用いてよいです。この場合、写像$a:I\to\mathbb{R}$のことを$(a_i)_{i\in I}$と表記し、($I$を添字集合とする)実数の族といいます。
このように、添字に一般の集合を使えるようにしたのが添字集合の考え方です。
実数の族以外にも様々なものの族を考えることはできますが、集合の族を考えるときには少し注意が必要なので解説をします。
実数の族$(a_i)_{i\in I}$は写像$a:I\to\mathbb{R}$のことだと考えることができました。集合の族を考えるときには、$\mathbb R$にあたる部分を「集合全体の集合」とすることはできません。集合$X$を固定して$X$の部分集合の族を考える、といったようにする必要があります。
集合$K$、$K$の元$0,1$、演算$+,-,\cdot,{\bullet}{}^{-1}$の組$\langle K,0,1,+,-,\cdot,{\bullet}^{-1}\rangle$が体であるとは、任意の$K$の元$a,b,c$に対して以下の条件をみたすことをいう。
少し難しい書き方をしましたが、集合$K$に四則演算が定まっていて、それらが分配法則などの然るべき性質をみたしているということです。
ちなみに、体を$K$で表すのはドイツ語の「Körper」に由来しています。
有理数全体の集合$\mathbb{Q}$に通常の四則演算を入れたものは体です。他にも、実数全体の集合$\mathbb{R}$、複素数全体の集合$\mathbb{C}$は体です。整数全体の集合$\mathbb{Z}$は割り算ができないので体ではありません。
集合$V$、体$K$、$V$の元$0$、$V$上の演算$+,-$、スカラー倍$\cdot$の組$\langle V,K,0,+,-,\cdot\rangle$がベクトル空間であるとは、任意の$V$の元$x_1,x_2,x_3$および$K$の元$k_1,k_2$に対して以下が成り立つことをいう。
1から4は$V$が加法に関して群であること、5から9は$V$が$K$加群であることの定義です。
$\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}$の形の縦ベクトルの集合$\mathbb{R}^2$は$\mathbb{R}$を係数体としてベクトル空間です。$\mathbb{R}$自身は$\mathbb{R}$-ベクトル空間であり、$\mathbb{Q}$-ベクトル空間でもあります。
$V,W$を$K$ベクトル空間とする。写像$f:V\to W$が線型写像であるとは、以下の条件を満たすことをいう。
上の条件は$f(k_1x_1+k_2x_2)=k_1f(x_1)+k_2f(x_2)$という1つの式にまとめることもできます。
$V$をベクトル空間とする。$I$を添字集合とする$V$の元の族$(x_i)_{i\in I}$が$V$の基底であるとは、以下の条件をみたすことをいう。
1つ目の条件は$(x_i)_{i\in I}$が$V$を生成することを、2つ目の条件は$(x_i)_{i\in I}$が線型独立であることを表しています。
$(X_i)_{i\in I}$を集合の族とする。任意の$i\in I$に対して$X_i$は空集合でないとする。このとき、積集合$\prod_{i\in I} X_i$は空でない。
選択公理は以下のように言い換えられます。
$(X_i)_{i\in I}$を集合の族とし、任意の$i\in I$に対して$X_i$は空集合でないとする。このとき、写像$f:I\to\bigcup_{i\in I}X_i$で任意の$i\in I$に対して$f(i)\in X_i$となるものが存在する。
この$f$を選択函数といいます。
選択公理はZFCのCの部分にあたります。axiom of choiceの略でACとも呼ばれます。「選択公理は認めない」というフレーズを聞いたことがある人もいると思いますが、実際には多くの分野で選択公理が認められています。例えば代数学では、極大イデアルの存在、PIDがUFDであること、代数閉包の存在などの重要な命題の証明に選択公理が必要なので、選択公理は当然のように仮定されます。
$S$を空でない半順序集合とする。$S$が以下の条件をみたすとき、$S$には極大元が存在する:
条件:$S$の任意の全順序部分集合$T$に対し、$S$の元で$T$の上界であるものが存在する。
ツォルンの補題は、選択公理と(ZFのもとで)同値であることが知られています。
選択公理は、選択公理の形で使うことよりもツォルンの補題の形で使うことや超限帰納法として使うことの方が多いです。
ツォルンの補題を使う練習として、ツォルンの補題から選択公理を導いてみましょう。
$(X_i)_{i\in I}$を集合の族とし、任意の$i\in I$に対して$X_i$は空集合でないとする。
写像$f:I\to\bigcup_{i\in I}X_i$で任意の$i\in I$に対して$f(i)\in X_i$となるものが存在することを示す。
以下のような「部分的な選択函数」の集合$S$を考える。
$S=\{(J,g)\mid J\subset I,\ \ g:J\to\bigcup_{i\in I}X_i,\ \ \forall j\in J\ g(j)\in X_j \}$
$(\varnothing,\varnothing)\in S$なので$S$は空でない($\varnothing$から$\bigcup_{i\in I}X_i$への唯一の写像を$\varnothing$と書いた)。
$S$の元$(J_1,g_1),(J_2,g_2)$に対し、$J_1\subset J_2$かつ$g_2\vert_{J_1}=g_1$であるとき$(J_1,g_1)\leq (J_2,g_2)$と定める。このとき、$\leq$は半順序である。
$T$を$S$の全順序部分集合とする。$(J_T,g_T)$を以下のように定める。
$J_T=\bigcup_{(J,g)\in T}J$とする。
$j\in J_T$に対し$(J,g)\in T$で$j\in J$となるものをとり$g_T(j)=g(j)$とすることで、$g_T:J_T\to\bigcup_{i\in I}X_i$を定める。$g_T(j)$は$(J,g)$の選び方に依らないことに注意する。
このとき、$(J_T,g_T)\in S$であり、$(J_T,g_T)$は$T$の上界である。
したがって、$S$はツォルンの補題の仮定をみたすので、極大元$(J_0,g_0)\in S$が存在する。
$J_0\neq I$と仮定して矛盾を導く。$J_0\neq I$なので$i\in I$で$i\notin J_0$となるものがとれる。$x\in X_i$をひとつとり、$J^\prime =J_0\cup\{i\}$と定め、$g^\prime(i)=x,\ g^\prime\vert_{J_0}=g_0$となるように$g^\prime:J^\prime\to\bigcup_{i\in I}X_i$を定める。
このとき、$(J^\prime,g^\prime)\in S$かつ$(J_0,g_0)\lneq(J^\prime,g^\prime)$なので$(J_0,g_0)$が極大であることに矛盾する。
したがって、$J_0=I$であり、選択函数の存在が示された。
上の証明中の
・$\leq$は半順序であること
反射律は明らか。
$(J_1,g_1)\leq (J_2,g_2)$かつ$(J_2,g_2)\leq (J_1,g_1)$であると仮定する。このとき、$J_1\subset J_2$かつ$J_2\subset J_1$なので$J_1=J_2$である。また、$g_1=g_2\vert_{J_1}=g_2$である。したがって、反対称律が成り立つ。
$(J_1,g_1)\leq (J_2,g_2)$かつ$(J_2,g_2)\leq (J_3,g_3)$であると仮定する。このとき、$J_1\subset J_2$かつ$J_2\subset J_3$なので$J_1\subset J_3$である。また、$g_1=g_2\vert_{J_1}=(g_3\vert_{J_2})\vert_{J_1}=g_3\vert_{J_1}$である。したがって、推移律が成り立つ。
・$g_T(j)$は$(J,g)$の選び方に依らないこと
$(J,g),(J^\prime,g^\prime)\in T$が$j\in J$および$j\in J^\prime$をみたすと仮定する。$g^\prime(j)=g(j)$を示せばよい。
$T$が全順序集合なので$(J,g)\leq(J^\prime,g^\prime),$$(J^\prime,g^\prime)\leq (J,g)$のいずれかが成り立つ。$(J,g)\leq(J^\prime,g^\prime)$の場合、$g=g^\prime\vert_{J}$により、$g(j)=g^\prime(j)$である。$(J^\prime,g^\prime)\leq (J,g)$の場合も同様である。
・$(J_T,g_T)\in S$であること
任意の$(J,g)\in T$に対して$J\subset I$なので、$J_T=\bigcup_{(J,g)\in T}J\subset I$である。$g_T:J_T\to\bigcup_{i\in I}X_i$であることは定義から従う。$j\in J_T$に対し、$g_T(j)$はある$(J,g)\in T$を用いて$g(j)$と表せるので$g_T(j)\in X_j$である。
・$(J_T,g_T)$は$T$の上界であること
$(J_1,g_1)\in T$に対して$(J_1,g_1)\leq(J_T,g_T)$であることを示せばよい。$J_T=\bigcup_{(J,g)\in T}J$なので$J_1\subset J_T$である。また、$j\in J_1$に対して、$g_T(j)$の定義が$(J,g)$の選び方に依らなかったことから$g_T(j)=g_1(j)$である。これが任意の$j\in J_1$で成り立つので$g_1=g_T\vert_{J_1}$である。
任意のベクトル空間には基底が存在する。
この命題はツォルンの補題から証明することができます。実は、この命題もツォルンの補題と同じく選択公理と同値であることが知られています。
なお、有限次元ベクトル空間の場合は選択公理を使わずに証明ができます。
$V$を$K$-ベクトル空間とする。
$S=\{X\subset V\mid\text{$(x)_{x\in X}$は線型独立}\}$とおく。$\varnothing\in S$なので$S$は空でない。$S$に包含による半順序を入れる。
全順序部分集合$T$に対し、$\bigcup_{X\in T}X\in S$であり、これは$T$の上界である。
したがって、ツォルンの補題により極大元$X$が存在する。
$X$が$V$を生成しないと仮定する。このとき、$V$の元$y$で、$X$の元によって生成できないものが存在する。
すると、$X\cup\{y\}\in S$かつ$X\subsetneq X\cup\{y\}$なので$X$が極大であることに矛盾する。
したがって、$(x)_{x\in X}$は$V$を生成し、定義から線型独立なので$V$の基底である。
上の証明において、$\bigcup_{X\in T}X\in S$であることおよび$X\cup\{y\}\in S$であることを確認せよ。
・$\bigcup_{X\in T}X\in S$であること
$\bigcup_{X\in T}X$から(どの$2$つも相異なる)有限個の元を選んだときにそれらが線型独立であることを示せばよい。
正の整数$n$およびどの$2$つも相異なる元$x_1,\ldots,x_n\in\bigcup_{X\in T}X$をとる。$i\in\{1,2,\ldots,n\}$に対し、$X_i\in T$を$x_i\in X_i$となるようにとる。$T$が全順序集合であることから、ある$k$が存在して、$X_k$は$X_1,\ldots,X_n$の中で最大となる。このとき、任意の$i\in\{1,2,\ldots,n\}$に対して$x_i\in X_i\subset X_k$である。$X_k\in T$なので$x_1,\ldots,x_n$は線型独立である。
・$X\cup\{y\}\in S$であること
正の整数$n$およびどの$2$つも相異なる元$x_1,\ldots,x_n\in X\cup\{y\}$をとる。$x_1,\ldots,x_n$の中に$y$が現れない場合、$X\in S$により、$x_1,\ldots,x_n$は線型独立である。
$x_1,\ldots,x_n$の中に$y$が現れる場合だけを考えればよい。一般性を失わず、$x_1,\ldots,x_{n-1}\in X$かつ$x_n=y$と仮定する。$k_1,\ldots,k_n\in K$が$k_1x_1+\cdots+k_{n-1}x_{n-1}+k_ny=0$をみたしたと仮定する。
$k_n\neq 0$ならば$y=-{k_n}^{-1}k_1x_1-\cdots-{k_n}^{-1}k_{n-1}x_{n-1}$となり$y$が$X$の元で生成できないという仮定に矛盾する。したがって$k_n=0$であり、$k_1x_1+\cdots+k_{n-1}x_{n-1}=0$が得られる。$x_1,\ldots,x_{n-1}\in X$が線型独立であることから$k_1=\cdots=k_{n-1}=0$である。
以上により、$x_1,\ldots,x_n\in X\cup\{y\}$は線型独立である。
$\mathbb{Q}$-線型空間$\mathbb{R}$の基底をハメル基底という。
任意のベクトル空間に基底が存在することから、ハメル基底の存在が言えます。
ハメル基底の存在を示すには選択公理が必要(正確に言うと、ZFではハメル基底の存在は示せないがZFCだと示せる)ですが、ハメル基底の存在と選択公理が同値であると勘違いしないようにしましょう。
$(h_i)_{i\in I}$がハメル基底であるとき、$\lvert I\rvert=\lvert \mathbb{R}\rvert$である。
これらの証明はここでは行いません。
$\lvert\mathbb N\rvert=\aleph_0,$ $\lvert\mathbb R\rvert=\aleph$と書く。
基底に同じ実数は現れないことから$h:I\to\mathbb R$は単射である。
単射$\mathbb R\to I$が存在することを示す。
$\mathcal{I}_n\coloneqq\{(i_1,\ldots,i_n;q_1,\ldots,q_n)\mid i_1,\ldots,i_n\in I,\ q_1,\ldots,q_n\in\mathbb Q\},$
$\mathcal I_{\text{fin}}\coloneqq\bigcup_{n\in\mathbb N}\mathcal I_n$
とおく。実数$x$はある$(i_1,\ldots,i_n;q_1,\ldots,q_n)$を用いて$x=q_1h_{i_1}+\cdots+q_nh_{i_n}$と表すことができるので、単射$\mathbb{R}\to\mathcal{I}_{\text{fin}}$が存在する。
$\mathcal I_n=I^n\times\mathbb Q^n$である。ここで、$I$が有限集合であると仮定すると$\lvert\mathcal I_{\text{fin}}\rvert=\aleph_0$となって$\aleph_0<\aleph$に矛盾する。
したがって、$I$は無限集合であり、単射$\mathcal I_n\to I$が存在する。
これにより、単射$\mathcal I_{\text{fin}}\to I\times\mathbb N$が存在する。
単射$\mathbb{R}\to\mathcal{I}_{\text{fin}},$ $\mathcal I_{\text{fin}}\to I\times\mathbb N,$ $I\times\mathbb N\to I$を合成することで単射$\mathbb R\to I$が得られる。
$(h_i)_{i\in I}$がハメル基底であるとき、集合$J$と単射$p,q:J\to I$で$I=p(J)\cup q(J)$かつ$p(J)\cap q(J)=\varnothing$となるものが存在する。
証明の方針のみを示す。
$I$が無限集合なので単射$g:\mathbb N\to I$が存在する。$I\setminus g(\mathbb N)$の部分集合$J$と単射$p:J\to I\setminus g(\mathbb N)$であって$J\cap p(J)=\varnothing$となるものの組$(J,p)$全体からなる集合を考える。ツォルンの補題を用いて極大元$(J,p)$をとると、$I\setminus\bigl(g(\mathbb N)\cup J\cup p(J)\bigr)$は空集合または一元集合となる。
$I\setminus\bigl(J\cup p(J)\bigr)$は$\mathbb N$または$\mathbb N\cup\{\alpha\}$という形をしているので、これを$2$つの集合に分けることができ、これを$(J,p)$と組み合わせればよい。