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コルモゴロフ-アーノルド表現定理を用いたボルツマン方程式からの流体力学方程式の導出

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コルモゴロフ-アーノルド表現定理を用いたボルツマン方程式からの流体力学方程式の導出

峯岸亮 放送大学

1. 序論

ボルツマン方程式は気体分子の分布関数の時間発展を記述する基本方程式であり、巨視的な流体力学方程式の基礎となっています。一方、コルモゴロフ-アーノルド表現定理(KAT)は、多変数連続関数を単変数連続関数の合成として表現できることを示す重要な定理です。本稿では、KAT理論を用いてボルツマン方程式から連続の式(質量保存則)、オイラー方程式、そしてナビエ-ストークス方程式を系統的に導出する過程を示します。

2. コルモゴロフ-アーノルド表現定理の基礎

2.1 定理の概要

コルモゴロフ-アーノルド表現定理によれば、任意の多変数連続関数 f:[0,1]nR は単変数連続関数の合成として表現できます:

f(x1,x2,,xn)=q=02nΦq(p=1nϕq,p(xp))

ここで Φq は外部関数、ϕq,p は内部基底関数です。この定理は、複雑な多変数関数を比較的単純な単変数関数の組み合わせで表現できることを示しており、関数近似や解析に重要な意義を持ちます。

2.2 ボルツマン方程式への応用

KAT表現を用いると、ボルツマン方程式の分布関数 f(x,v,t) は以下のように展開できます:

f(x,v,t)=q=0QΦq(p=1Pϕq,p(x,v,t))

ここで QP は十分大きな整数であり、展開の精度を決定します。

3. ボルツマン方程式の概要

3.1 標準的なボルツマン方程式

ボルツマン方程式は気体分子の分布関数 f(x,v,t) の時間発展を記述します:

ft+vxf+Fmvf=(ft)coll

ここで:

  • f(x,v,t) は位置 x、速度 v、時刻 t における分子の分布関数
  • F は外力
  • m は分子の質量
  • 右辺は分子間衝突による変化を表す

3.2 KAT基底関数の構造

KAT表現における内部基底関数 ϕq,p は、速度空間において以下の形で展開できます:

ϕq,p(x,v,t)=n=0aq,p,n(x,t)Hn(vu(x,t)2RT(x,t))

ここで Hn はエルミート多項式、u(x,t) は平均流速、T(x,t) は温度、R は気体定数です。エルミート多項式を用いることで、マクスウェル分布からのずれを効率的に表現できます。

4. KAT表現によるボルツマン方程式の変換

4.1 分布関数のKAT展開

ボルツマン方程式の分布関数 f(x,v,t) をKAT表現で展開すると:

f(x,v,t)=q=0QΦq(p=1Pϕq,p(x,v,t))

この表現をボルツマン方程式に代入することで、KAT係数に対する方程式が得られます。

4.2 展開係数の時間発展

KAT展開係数 aq,p,n(x,t) の時間発展方程式は次のように導出されます:

aq,p,nt+uaq,p,n+=衝突項からの寄与

この方程式系は複雑ですが、モーメント法を用いて系統的に解析できます。

5. マクロ量の定義と保存則の導出

5.1 流体力学的量の定義

ボルツマン方程式から以下の流体力学的量が定義されます:

  • 質量密度:ρ(x,t)=mf(x,v,t)dv
  • 平均速度:u(x,t)=1ρmvf(x,v,t)dv
  • 圧力テンソル:Pij(x,t)=m(viui)(vjuj)f(x,v,t)dv
  • エネルギー密度:e(x,t)=12m|vu|2f(x,v,t)dv

5.2 KATモーメント展開

KAT表現を用いた分布関数のモーメント展開:

ゼロ次モーメント(質量保存):
f(x,v,t)dv=q=0QΦq(p=1Pϕq,p(x,v,t)dv)

一次モーメント(運動量保存):
vf(x,v,t)dv=q=0QΦq(vp=1Pϕq,p(x,v,t)dv)

二次モーメント(エネルギー保存):
v2f(x,v,t)dv=q=0QΦq(v2p=1Pϕq,p(x,v,t)dv)

6. 連続の式(質量保存則)の導出

ボルツマン方程式の両辺を速度空間で積分すると:

ftdv+vxfdv+Fmvfdv=(ft)colldv

ここで:

  • 衝突項の積分はゼロ:(ft)colldv=0(質量保存)
  • 3項目は発散定理により消える:Fmvfdv=0

したがって、以下の連続の式が得られます:

ρt+(ρu)=0

7. オイラー方程式の導出

7.1 運動量バランス方程式

ボルツマン方程式に mv を掛けて速度空間で積分します:

mvftdv+mv(vxf)dv+mvFmvfdv=mv(ft)colldv

ここで:

  • 衝突項積分はゼロ:mv(ft)colldv=0(運動量保存)
  • 外力項は ρF となる
  • 2項目は部分積分により (ρuu+P) となる

7.2 オイラー方程式

整理すると、以下のオイラー方程式が得られます:

(ρu)t+(ρuu)=p+ρF

連続の式を用いて整理すると:

ρ(ut+uu)=p+ρF

これは理想流体に対するオイラー方程式です。KAT表現を用いることで、局所平衡からのずれが小さい場合の解析が容易になります。

8. ナビエ-ストークス方程式の導出

8.1 チャップマン-エンスコグ展開とKAT

ボルツマン方程式に対してチャップマン-エンスコグ展開を適用します。分布関数 f をクヌーセン数 ε の冪級数として展開:

f=f(0)+εf(1)+ε2f(2)+

ここで f(0) は局所平衡分布(マクスウェル分布):

f(0)(x,v,t)=ρ(2πRT)3/2exp(|vu|22RT)

KAT表現では、各次数の補正項も基底関数で展開されます:

f(n)=q=0QΦq(n)(p=1Pϕq,p(n)(x,v,t))

8.2 一次補正の導出

ボルツマン方程式の一次補正項 f(1) は以下の形で得られます:

f(1)=τDf(0)Dt

ここで τ は緩和時間です。f(0) を代入し、計算すると:

f(1)=τf(0)RT[(viui)(vjuj)13|vu|2δij]uixjτf(0)T|vu|25RT2RTxiviuiT

8.3 応力テンソルと熱流束の評価

一次補正 f(1) を用いて応力テンソルと熱流束を計算します:

応力テンソル:
σij=m(viui)(vjuj)f(1)dv=μ(uixj+ujxi23δiju)

熱流束:
q=12m|vu|2(vu)f(1)dv=κT

ここで:

  • μ=ρRTτ は粘性係数
  • κ=52ρR2Tτ は熱伝導率

8.4 ナビエ-ストークス方程式

最終的に、以下のナビエ-ストークス方程式が得られます:

ρ(ut+uu)=p+μ2u+13μ(u)+ρF

非圧縮性流体 (u=0) の場合、この方程式は以下のように簡略化されます:

ρ(ut+uu)=p+μ2u+ρF

KAT表現を用いることで、分布関数の複雑な構造を効率的に解析し、マクロスケールの方程式を系統的に導出できます。

9. KAT表現を用いたナビエ-ストークス方程式の解析的性質

9.1 渦度方程式

速度場の回転 ω=×u に対する方程式は:

DωDt=ωu+ν2ω

ここで ν=μ/ρ は動粘性係数です。

9.2 KAT表現を用いた流体シミュレーション

KAT表現は、複雑な流体現象のモデル化に特に有効です。たとえば、乱流のマルチスケール構造を効率的に表現することができます:

u(x,t)=q=0QΨq(p=1Pψq,p(x,t))

ここで Ψqψq,p は適切に選ばれた基底関数です。これにより、乱流のエネルギーカスケードや間欠性などの現象を効率的に表現できます。

9.3 エネルギースペクトルと統計的性質

ナビエ-ストークス方程式から予測される乱流のエネルギースペクトル:

E(k)=Cεε2/3k5/3exp(βkη)

ここで ε はエネルギー散逸率、η はコルモゴロフ長さスケールです。KAT表現を用いることで、このスペクトルの全波数領域での挙動を効率的に解析できます。

10. 結論

本稿では、コルモゴロフ-アーノルド表現定理(KAT)を用いて、ボルツマン方程式から流体力学の基本方程式である連続の式、オイラー方程式、そしてナビエ-ストークス方程式を系統的に導出しました。

KAT表現は、複雑な多変数関数を単変数関数の合成として効率的に表現できるため、ボルツマン方程式の分布関数のような複雑な関数を解析するのに適しています。特に、局所平衡からのずれを系統的に扱うことができるため、ナビエ-ストークス方程式のような散逸項を含む方程式の導出に有効です。

KAT表現の利点は、関数の近似精度を任意に高めることができ、複雑な物理現象を効率的に表現できることです。この理論的枠組みは、流体力学だけでなく、量子力学や情報理論など様々な分野での応用が期待されます。

また、KAT表現を用いた解析手法は、ナビエ-ストークス方程式の大域解存在性問題や乱流理論の新しい視点を提供する可能性があり、今後の研究の発展が期待されます。

引用文献
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投稿日:320
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