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大学数学基礎解説
文献あり

リーマン球面を題材に微分形式の定義を理解する

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はじめに

この記事では,天下り的になされることの多い微分形式の定義について,なぜそうするのかが納得できるように思考の流れを解説します。

歴史的な経緯とは一切関係がなく,既存の定義を正当化するための個人的な理解の仕方に留まるものなので,軽く読み流して頂ければ幸いです。

また,参考文献に書かれているような厳密な定義とそこからの演繹については,(現時点では)この記事の中では述べられていません。余裕があれば,付録という形で随時書き足していこうと思います。

リーマン球面とその上の関数

球面$S^2 = \{(X, Y, Z) \in \mathbb{R}^3 \mid X^2 + Y^2 + Z^2 = 1\}$は立体射影を利用することで2枚の$\mathbb{C}$が貼り合わさった図形と考えることができますが,これはリーマン面と呼ばれるものの一種です。
(リーマン面としての球面$S^2$のことをリーマン球面といいます。)

$S^2$から“北極”を除いた残りの部分を$U_1 = S^2 \setminus \{(0, 0, 1)\}$と置き,“南極”を除いた残りの部分を$U_2 = S^2 \setminus \{(0, 0, -1)\}$と置けば,それぞれが次のように$\mathbb{C}$と対応します:
$$\phi_1 \colon U_1 \to \mathbb{C}; P = (X, Y, Z) \mapsto z = \frac{X+iY}{1-Z}$$
$$\phi_2 \colon U_2 \to \mathbb{C}; P = (X, Y, Z) \mapsto w = \frac{X-iY}{1+Z}$$

このとき,$U = U_1 \cap U_2$上で$zw=1$が成り立つので,座標の変換関数は
$$(\phi_2|_U) \circ (\phi_1|_U)^{-1} \colon \mathbb{C} \setminus \{0\} \to \mathbb{C} \setminus \{0\}; z \mapsto \frac{1}{z}$$
となります。

$S^2$上の関数$f \colon S^2 \to \mathbb{C}$が与えられると,$f|_{U_{1}} \circ \phi_1^{-1} \colon \mathbb{C} \to \mathbb{C}$および$f|_{U_{2}} \circ \phi_2^{-1} \colon \mathbb{C} \to \mathbb{C}$という合成写像を考えることができますが,これらはそれぞれ
$f(P) = f_1 (\phi_1 (P))$ $(P \in U_1)$
$f(P) = f_2 (\phi_2 (P))$ $(P \in U_2)$
と表現したときの関数$f_1 (z)$, $f_2 (w)$に他なりません。

このとき,$\mathbb{C} \setminus \{0\}$上で
$f_2 (w) = f (P) = f_1 (z) = f_1 (1/w)$
が成り立ちます。
(誤解の恐れがなければ,$f_1 (z)$, $f_2 (w)$$f (z)$, $f (w)$と書くこともあります。)

逆に,$g_1, g_2 \colon \mathbb{C} \to \mathbb{C}$$\mathbb{C} \setminus \{0\}$上で$g_2 (w) = g_1 (1/w)$を満たすならば,それらは“貼り合わさって”$S^2$上の関数$g$を定義します。

導関数の一般化としての微分形式

$U = U_1 \cap U_2$上の関数$F \colon U \to \mathbb{C}; P \mapsto F (P)$について
$F_i = F \circ (\phi_i|_U)^{-1} \colon \mathbb{C} \setminus \{0\} \to \mathbb{C}$ $(i = 1, 2)$
が正則関数であると仮定します。

$\mathbb{C} \setminus \{0\}$上で$F_2 (w) = F_1 (1/w)$という関係式が成り立つことに注意してください。

この両辺を微分すれば
$$F_2' (w) = F_1' \left( \frac{1}{w} \right) \left( - \frac{1}{w^2} \right)$$
という関係式も得られます。

また,$U$内の曲線$\tilde{P} \colon [a, b] \to U; t \mapsto \tilde{P} (t)$について
$\tilde{z} = (\phi_1|_U) \circ \tilde{P} \colon [a, b] \to \mathbb{C} \setminus \{0\}$
$\tilde{w} = (\phi_2|_U) \circ \tilde{P} \colon [a, b] \to \mathbb{C} \setminus \{0\}$
が正則曲線であると仮定します。

$[a, b]$上で$\tilde{w} (t) = 1 / \tilde{z} (t)$という関係式が成り立つことに注意してください。

このとき,$\tilde{P}$$F$で写した曲線$\gamma = F \circ \tilde{P}$$\gamma_1 = F_1 \circ \tilde{z}$あるいは$\gamma_2 = F_2 \circ \tilde{w}$という表示を持ちます。

したがって,その接ベクトルは$\gamma_1'(t) = F_1'(\tilde{z} (t)) \tilde{z}' (t)$あるいは$\gamma_2' (t) = F_2' (\tilde{w} (t)) \tilde{w}' (t)$と具体的に計算され,積分
$$\int_a^b \gamma' (t) dt = \int_{\tilde{P}} F_1' (z) dz = \int_{\tilde{P}} F_2' (w) dw$$
を考えることもできます。

$\gamma_1' (t)$$\gamma_2' (t)$が等しいこと自体は$\gamma_1$$\gamma_2$$\gamma$に結びついていることから明らかですが,いったん$\gamma$の存在を忘れて$F_1' (z)$$F_2' (w)$の間の関係式から次のように導くこともできます:
\begin{align} \gamma_2'(t) & = F_2'(\tilde{w}(t))\tilde{w}'(t) \\ & = F_1'(1/\tilde{w}(t))(-1/\tilde{w}(t)^2)\tilde{w}'(t) \\ & = F_1'(\tilde{z}(t))(-\tilde{z}(t)^2)(-\tilde{z}'(t)/\tilde{z}(t)^2) \\ & = F_1'(\tilde{z}(t))\tilde{z}'(t) \\ & = \gamma_1'(t) \end{align}

ここで$\gamma_1'(t)$$\gamma_2'(t)$の式には$F_1(z)$$F_2(w)$そのものではなく$F_1'(z)$$F_2'(w)$だけが使われていることに着目します。

必ずしも導関数の形をしているとは限らない関数$f_1(z)$$f_2(w)$$F_1'(z)$$F_2'(w)$の間の関係式と同じ関係式
$f_2(w) = f_1(1/w)(-1/w^2)$
を満たすならば,直前の計算と全く同様にして
$f_1(\tilde{z}(t))\tilde{z}'(t) = f_2(\tilde{w}(t))\tilde{w}'(t)$
を示すことができます。

この場合$F(P)$$\gamma(t)$に相当するものは与えられていませんが,$\gamma'(t)$に相当するものだけが得られるというわけです。

これを積分すると
$$\int_{\tilde{P}} f_1(z) dz = \int_{\tilde{P}} f_2(w) dw$$
が定まります。

接ベクトル空間

この節ではリーマン球面$S^2$の1点$P_0 \in U = U_1 \cap U_2$における接ベクトル空間について考えます。

前節と同じように,$U$内の正則曲線$\tilde{P}$について,その座標表示を$\tilde{z}$, $\tilde{w}$で表します。
曲線は時刻$t_0$で点$P_0$を通るとしましょう。

座標近傍の取り方に応じて,$t=t_0$における速度ベクトル$\tilde{z}'(t_0)$$\tilde{w}'(t_0)$を生み出している“親玉”は一体何なのでしょう。

どういう仕組みで$\tilde{z}'(t_0)$$\tilde{w}'(t_0)$が出てきているかを振り返ると,例えば$\tilde{z}'(t_0)$であれば次のようになります:対応する座標関数$\phi_1(P)$を入力とし,合成関数$\phi_1(\tilde{P}(t))$を作り,その$t=t_0$での微分係数を出力する。

ありとあらゆる座標関数についてこの操作は実行可能で,結果として,勝手に与えられた座標近傍に基づく速度ベクトルの成分表示が手に入ります。

そこで,座標関数に相当する正則関数$f(P)$を入力とし,$\frac{d}{dt} f(\tilde{P}(t))|_{t=t_0}$に相当する何らかの値を出力するような入出力関係そのものを$\tilde{P}$$P_0$における“接ベクトル”と定義してしまおうというのがここでの基本的なアイデアです。

でたらめな入出力関係を採用したのでは“接ベクトル”以外のものも含まれてしまう可能性がありますが,線形性とライプニッツ則という条件を課してやると,このような入出力関係全体の集合が“接ベクトル”たちの集まりになっていることが確かめられます。
(このような入出力関係のことを$P_0$における微分作用素といい,その全体のなす$\mathbb{C}$-ベクトル空間を$T_X(P_0)$で表します。)

座標近傍を指定することで,例えば$\tilde{z}(t) = z_0 + t$ $(z_0 = \phi_1(P_0))$のような標準的な曲線が指定されますが,これの定める微分作用素を実際に計算してみましょう。

座標表示$\tilde{z}(t)$に対応する$S^2$内の曲線を$\tilde{P}(t)$とし,入力となる正則関数を$f (P)$とすると,出力となる値は
$$ \left. \frac{d}{dt} f(\tilde{P}(t)) \right|_{t=0} = \left. \frac{d}{dt} f(\tilde{z}(t)) \right|_{t=0} = f'(\tilde{z}(0))\tilde{z}'(0) = f'(z_0) $$
と求められます。

つまり,この微分作用素は$f$$\frac{df}{dz}$を対応させているわけです。
その意味で,これを$(\frac{d}{dz})_{P_0}$と記します。

もうひとつの座標近傍でも同じことを考えると,今度は$(\frac{d}{dw})_{P_0}$が現れます。
これと$(\frac{d}{dz})_{P_0}$を比較してみましょう。

実際,$w_0 = \phi_2(P_0)$と置くと,
\begin{align} \left( \frac{d}{dw} \right)_{P_0} (f) & = f_2'(w_0) \\ & = f_1'\left( \frac{1}{w_0} \right) \left( - \frac{1}{w_0^2} \right) \\ & = f_1'(z_0) \left( - \frac{1}{w_0^2} \right) \\ & = \left( - \frac{1}{w_0^2} \right) \left( \frac{d}{dz} \right)_{P_0} (f) \end{align}
なので,微分作用素としての関係式
$$ \left( \frac{d}{dw} \right)_{P_0} = \left( - \frac{1}{w_0^2} \right) \left( \frac{d}{dz} \right)_{P_0} $$
が成り立ちます。

双対空間に基づく微分形式の定式化

前々節の最後に積分$\int_{\tilde{P}} f_1(z) dz = \int_{\tilde{P}} f_2(w) dw$が定まる状況について説明しました。

ここに現れる“便利な記号”$f_1(z) dz$$f_2(w) dw$に数学的な定義を与えて,何かひとつの集合の中で取り扱いたいというのがこの節のテーマです。

$P$$U = U_1 \cap U_2$内を動くとき,それぞれの座標近傍に基づいて$f_1(z) dz$$f_2 (w) dw$という“値”が計算されて$f_1(z) dz = f_2 (w) dw$が成り立つと考えましょう。

このとき,$f_2(w) = f_1(1/w)(-1/w^2)$という関係式から
$$f_1(z) dz = f_2(w) dw = f_1 \left( \frac{1}{w} \right) \left( - \frac{1}{w^2} \right) dw = f_1(z) \left( - \frac{1}{w^2} \right)dw$$
となるので,$dz$$dw$
$$dz = \left( - \frac{1}{w^2} \right) dw$$
を満たすような“何か”ということになります。

$P_0$における“値”と述べたものが実際に何らかのベクトル空間に入っていると考えたとき,それぞれの座標近傍は基底$(dz)_{P_0}$や基底$(dw)_{P_0}$を定めていると考えられます。

その際,基底の変換が$(dz)_{P_0} = (-1/w_0^2) (dw)_{P_0}$に従って行われるということが要請されます。

逆に言えば,どんなベクトル空間であっても,座標近傍に基底が付随していて,必要な変換が行われさえすれば,それが“微分形式”の数学的な定義になり得るということです。

前節で議論した接ベクトル空間はまさにこのような状況になっていますが,基底の変換がちょうど逆数によってなされています。

ベクトル空間の一般論の中に基底変換が逆数によって行われるような構成法があれば,それを接ベクトル空間に適用することで微分形式の定義とすることができます。

その答えが双対空間というわけです。
(双対基底の変換行列は元の基底の変換行列の転置逆行列になるのでした。)

参考文献

[1]
松本幸夫, 多様体の基礎, 基礎数学, 東京大学出版会, 1988
[2]
高橋礼司, 複素解析, 基礎数学, 東京大学出版会, 1990
[3]
小木曽啓示, 代数曲線論, 数学の考え方, 朝倉書店, 2002
[4]
佐武一郎, 線型代数学, 数学選書, 裳華房, 1974
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