Udaです.4月に東北大学から富山大学に異動しました.心機一転ということで,数学のアウトプットを少しずつ増やして行こうと思っています.
ここ数年は特に順序集合の周辺に興味を持って研究していました.とは言え,専門を順序集合論と自称するのも色々とおかしい気がするので,とりあえず専門は応用数学全般と名乗ることにしています.応用だの名乗る割には順序に関連する位相であったりそれを上手く扱うのに圏論を持ち出して考えてみたりと,全然応用らしからぬことばかりやっていたりもするのですが,動機が純粋に応用から来ている研究をしているので,依然「自分は応用数学者である」というスタンスでやっています.
さて,本題へ.順序と同じ括りというか,最近一般の二項関係に関することもアンテナを張っていて,先日 同値関係の定義式は減らせる という記事を Twitter で見かけて興味深かったので,これについて取り上げてみます.Euclid 律というのがあってこれを使うと同値関係の定義を簡素にできるという内容ですnote:motcho:20240411.主張を先に簡単に紹介します.
集合
このステートメントは,元記事note:motcho:20240411で示されている命題を,本稿でこれから定義していく用語を用いて翻訳し直したものですが,後に改めて正確に解説します.
元記事終盤でも証明はしていますが,本稿ではこれを関係代数,特に全域性の概念を使って整理します.元記事では全域性という用語は出て来ませんが,実は
すべての元に対して関係する元が存在
という条件が全域性に相当します.そして,ここから出てくるとある補題を使うと,証明の骨子は本質的に全く同じですが,関係代数の言葉を使った見通しの良い証明が出来上がったので,これを紹介したいと思います.
まず,二項関係に関連する基本的な用語を一通り定義しておきます.
ちなみに,
で定める.
二項関係の合成を表す記法として,関数合成と同じ順で書き記す見慣れた
「積」を定義したので,次は関係代数の「逆」にあたる演算を定義します.これは単純に,二項関係
転置には色々な別名がありますが,本稿では行列との類推から転置の呼称・記法を採用します.記法も,如何にも逆らしい
さて,二項関係は集合に関する操作(和集合・共通部分・補集合など)に加えて積(合成)・逆(転置)といった演算を備えている訳ですね.一般にこのような演算を備えた体系を関係代数と呼びますenwp:calc_relenwp:rel_algjawp:rel_alg.関係代数を使うと,反射律・対称律・推移律といった二項関係に関する性質もシンプルに表現できます.例えば,対称律「
基本的な用語の説明はこれで終わりです.次は全域性とこれに関する補題を述べます.
写像の全射性を想像すると分かりやすいです.左全域性は定義域が全体であること,右全域性は値域が全体であることに対応しています.ただし,今は二項関係の話なので左右の区別に注意してください.
用語についてもいくつかリマークしておきます.まず,homogeneous な二項関係の場合 (つまり
補題を見ていきましょう.以下,
転置で双対な命題なので片方だけ証明すれば十分である.前者の必要条件を示す.定義より,
任意に
逆に,この包含関係が成り立つとき,任意にとった
実際にはこのあと必要条件の方しか使いませんが,一応十分条件の方も示しておきました.同値になるので,性質
小言:英語の Wikipediaenwp:relationではこの命題の必要条件の方が述べられていますが,微妙に不正確です.前者でなぜか serial relation と仮定されていますが,単に left-total だけで十分です.また,matrix を用いて表現できる関係であると暗に仮定して
さて,Euclid 律を復習しておきます.以下,
よく見ると存在量化と全称量化の違いがありますが,定義からほぼ明らかですから補題の証明は省略します.
単に Euclid 律と言えば右 Euclid 律のことを指すことが多いようですjawp:relation#specific_typesenwp:euclidean_relationjawp:eqv.一方,今回の元になった記事note:motcho:20240411では,左 Euclid 律のことを Euclid 律と呼んでいます:
目的の式の「
かつ 」には名前があります。「ユークリッド律」というのです。
(左右 Euclid 律の区別をご存じなかっただけですかね.)
なお,左 Euclid 律
※コピペできなかったので手写し引用したのですが書き間違えていました.ご指摘感謝します.
では,定理と証明に入っていきます.
同値関係ならば左右 Euclid 的対応で,このとき(ii)と(iii)を満たすことは明らかです.また,(ii)または(iii)から(i)を示す方向も,左右の違いで転置をとるだけなので,残りどちらか片方だけ示せば十分です.今回は元記事に合わせて,左 Euclid 的対応が同値関係であることを示してみましょう.
左全域性より補題を
よって,
よって,
以上より,左 Euclid 的かつ左全域的な二項関係は同値関係である.
定理から,すぐに以下の系がしたがいます.Wikipedia にもこちらの形の同値命題が書かれている辺り,よく知られているのはむしろこちらなのかもしれません.
反射律から左右全域性がしたがいますし,同値関係は反射律を満たしますから,当たり前ですね.
最後に,ここまで出てきた性質とその関係代数での言い換えを表にしてまとめておきます.
性質/公理の名前 | 定義 | 関係代数での言い換え |
---|---|---|
反射律 | ||
対称律 | ||
(対称律の転置) | ||
推移律 | ||
左全域性 | ||
右全域性 | ||
対応 | 左全域右全域的 | |
左 Euclid 律 | ||
右 Euclid 律 | ||
同値関係(i) | 反射対称推移的 | |
同値関係(ii) | 左全域左 Euclid 的 | |
同値関係(系1) | 反射左 Euclid 的 |
※表の左 Euclid 律の定義を書き間違えていました.ご指摘感謝します.
関係代数を使ったことで,元を取り出さずに二項関係の包含関係式だけで定理の証明がまとまったのは個人的に面白いところだと思います.圏論的な証明だったとはまでは言いませんが,反射律・対称律・推移律・Euclid 律・左右全域性と登場人物皆を包含関係で書けたので上手くハマった感じですね.まぁ,元をとる証明を補題を使ってカプセル化しただけとも言います.
タイトルでは「同値関係とは Euclid 的対応のことである」と書きましたが,証明を見ていただければ分かるように,実は左 Euclid 律と左全域性の仮定だけから同値関係であると証明できてしまいました.証明には片側だけで十分なんですね.元記事note:motcho:20240411では
すべての元に対して関係する元が存在
と左右無頓着に述べていたり,あと私も途中
「左全域的かつ右全域的」という大事な性質を持つ二項関係に対応という便利な名前を与える
とかドヤ顔で定義していましたが,これらはどちらも実は今回の話では過剰な条件だったのです.左右のうちもう片方は自動的に出てくる性質だったんですね.ぶっちゃけ証明を書き出してみるまで私自身も両方要るものと思い込んでいました.タイトルは短い方がインパクトがあると思うので,このままにしておきます(笑)
オチもついたので(?)今日はこの辺で👋
ところで,この記事は出張帰りに新幹線の中で書いたので,書籍が手元になく参考文献が Wikipedia だらけになっています.確か,allegory とかそういうのが出てくる手持ちの PDF に確か抽象関係代数関係の話が載っていた気がするのですが,残念ながらすぐに見つけられそうにありません…… はて,どの文献でしたかね.そういう訳で,Wikipediaの誤りに小言を投げつつたくさん引用しましたが,正確性のためというよりも,あくまで用語や記法の用例を参照し曖昧さを回避するために引用したものが多いとご理解ください.
ついでに,実は関係代数には「関係代数(数学)」と「関係代数(データベース)」とがあって,概ね日本語でも英語でも後者の方がたくさん出てくるという超絶ググラビリティ低い問題があります.検索してもなかなか辿り着けないので,自分用のリンク集も兼ねています.