こんにちは. 今回は, 可換環における性質(整域, 単項イデアル整域など)の違いについて比べてみようと思います.
以下, $R$は可換環とします.
整域は「悪い元(零因子)がいない」環です.
可換環$R$が整域であるとは, 任意の$a,b\in{R}$に対し
$$
a\neq0,b\neq0\Rightarrow ab\neq0
$$
が成り立つことをいう.
単項イデアルは「どんなイデアルもある一元で生成できる」ような環です.
整域$R$が単項イデアル整域(PID)であるとは, 任意の$R$のイデアル$I$に対し, $I=\gsg{a}$となる$a\in{R}$が存在することをいう.
ここで, $\gsg{a}:=\set{ar\ |\ r\in{R}}$である.
ユークリッド整域は「除法の原理(のようなこと)が適用できる」環です.
整域$R$がユークリッド整域(ED)であるとは, 次の条件$(\star)$を満たす写像$\shazou{\varphi}{R-\set{0}}{\Z_{\ge0}}$が存在することをいう.
$$
(\star)\quad a,b\in{R},\,b\neq0\Rightarrow\sonzai{q,r}\in{R}\text{ s.t. } a=bq+r\,\big(r=0\text{ または }\varphi(r)<\varphi(b)\big)
$$
便宜上, $\varphi(0)=-\infty$とすることが多い. (例:多項式の次数)
$a\in{R}-\set{0}$とする.
$a$が$R$の素元であるとは, 次を満たすことをいう:
$a\in{R}-\set{0}$とする.
$a$が$R$の既約元であるとは, 次を満たすことをいう:
一意分解整域は「素因数分解のようなことができる」環です.
整域$R$が一意分解整域(UFD)であるとは, 任意の$0$でない$a\in{R}$に対して, $R$の単元$u$と素元$p_{1},\ldots,p_{m}$を用いて$a=up_{1}\cdots{p_{m}}$と表せることをいう.
これらの強弱は次のようになります.
体$\Rightarrow$ED$\Rightarrow$PID$\Rightarrow$UFD$\Rightarrow$整域$\Rightarrow$可換環
上の命題の逆は一般には成り立ちません. 実際に例を見てみましょう.
$R=\qg{\Z}{4\Z}$は可換環ですが, $\overline{2}\cdot\overline{2}=\overline{0},\,\overline{2}\neq\overline{0}$であることから整域でないことが分かります.
一般に, 次が知られています.
$R$を整域, $a\in{R}$とする.
$a$が素元$\Rightarrow a$が既約元
特に, $R$がUFDのときは逆も成立する. (i.e. $a$が素元$\Leftrightarrow a$が既約元)
つまり, UFDにおいては素元と既約元に違いがないということが分かります.
これを踏まえると, 整域だがUFDでない環には既約元だが素元でない元を含んでいることが分かります.
ここで, $R=\Z\big[\sqrt{-3}\big]=\set{p+q\sqrt{-3}\ \middle|\ p,q\in\Z},\,a=1+\sqrt{-3}$について考えてみましょう.
$a$は素元でない
$\big(1+\sqrt{-3}\big)\big(1-\sqrt{-3}\big)=2\cdot2$より, $a\ |\ 2\cdot2$となる.
ここで, $a\big(p+q\sqrt{-3}\big)=2\,(p,q\in\Z)$と仮定する.
実部と虚部を比較することで,
$$
\begin{cases}
p-3q=2\\
p+q=0
\end{cases}
$$
となるが, $(p,q)=\dsp\left(\frac{1}{2},-\frac{3}{2}\right)$となるので$p,q\in\Z$であることに矛盾.
したがって, $a$は素元でない.
$a$は既約元である
$a=xy\,(x,y\in{\Z\big[\sqrt{-3}\big]})$とする.
さらに, $\Z\big[\sqrt{-3}\big]$の(標準的)ノルム$\shazou{N}{\Z\big[\sqrt{-3}\big]}{\Z_{\ge0}}$を$N\big(p+q\sqrt{-3}\big):=p^2+3q^2$により定める.
$a=xy$の両辺のノルムを考えると, $N(x)N(y)=N(xy)=N(a)=1^2+3\cdot1^{2}=4$となる.
ここで, $p^2+3q^2=2$を満たす$p,q\in\Z$が存在しないことから$N(x),N(y)\neq2$であることに注意すると, $\left(N(x),N(y)\right)=(1,4),(4,1)$となる.
$N(x)=1,N(y)=4$として一般性を失わない.
$x=x_{1}+x_{2}\sqrt{-3}$とおくと, $x_{1}^{2}+3x_{2}^{2}=1$である.
このとき, $\left(x_{1}+x_{2}\sqrt{-3}\right)\left(x_{1}-x_{2}\sqrt{-3}\right)=x_{1}^{2}+3x_{2}^{2}=1$となるので, $x$は単元となることが分かる. $x^{-1}=x_{1}-x_{2}\sqrt{-3}$である.
これにより, $\Z\big[\sqrt{-3}\big]$がUFDでない整域であることが分かります.
環の一意分解性は(多変数)多項式環にも引き継がれます.
$R$:UFD$\Rightarrow R[x]$:UFD
より一般に, $R$:UFD$\Rightarrow R[x_{1},\ldots,x_{n}]$:UFD
$\Z$はUFDなので, $\Z[x,y]$もUFDとなります.
ここで, $\Z[x,y]$について次が分かります.
$\Z[z,y]$において, $\gsg{2,x}=\gsg{f}$を満たす$f\in\Z[x,y]$は存在しない.
これにより, $\Z[x,y]$はPIDでないUFDであることが分かります.
細かい説明は省略しますが, 実は$\Z\left[\frac{-1+\sqrt{-19}}{2}\right]$はEDでないPIDであることが知られています.
$\shazou{\varphi}{\Z-\set{0}}{\Z_{\ge0}}$を$\varphi(n):=|n|$と定めれば, $\Z$がEDとなります.
一方で, $2$は$\Z$上に逆元を持たないので体でないことが分かります.
このような環の2つの構造の違いを理解するには, 一方しか成り立たないような例を考えるのが一番ですね!