Hello World! 皆さんはじめまして.
東京大学工学部物理工学科B3のYYと申します.今回は駒場理数サークルAdvent Calender 6日目ということで有効ハミルトニアン・自己エネルギー・開放量子系の話をします.
自己エネルギーや有効ハミルトニアは物性物理学においてとても重要かつ便利な道具です.しかし一般には,場の量子論や複雑な複素積分によって記述されるためになかなか取っつきづらい道具なように感じます.
しかし散乱問題(Feshbach–Fano散乱)を扱う簡単な模型では基礎的な線型代数と量子論の知識だけで自己エネルギー・有効ハミルトニアンを理解することができます.さらに計算していくと非エルミート性という開放量子系に関連する興味深い性質が現れます.
本記事ではまず有効ハミルトニアンの基本的な考え方と記述の仕方・作り方を学習したのちに,一次元格子状における散乱問題をtoy modelとして実際に計算してみたいと思います.楽しんでいただけたら嬉しいです.
自然界では多くの要素が複雑に相互作用しています.これらすべての要素を一気に記述するのは大変ですしやりたくありません.そこで物理学では着目したい要素を着目系それ以外の要素を環境系と分割し,着目系だけで物理学を記述するということをよくやります.しかし着目系と環境系の間には相互作用があるため環境系を完全に無視して着目系だけを考えるということはできません.そこで以下のように考えることが多いです.
1.の考え方は相互作用が弱い物理系でしか適用できません.しかし環境系を取り入れたモデルと比較することで環境系の効果を評価できるため,理論的に重要な記述の仕方です.
2.の考え方は複雑な相互作用の効果を着目系に取り入れてしまう強力な手法です.この記述法はランダウのフェルミ流体論から始まり多くの物性物理学の研究の礎となっています.この物理学を記述する道具こそが有効ハミルトニアンと自己エネルギーです.
一般の着目系と環境系の議論では全体系のヒルベルト空間を$\mathscr{H}$,着目系$\mathrm{P}$と環境系$\mathrm{Q}$のヒルベルト空間をそれぞれ$\mathscr{H}_P$,$\mathscr{H}_Q$としたとき$\mathscr{H}=\mathscr{H}_P \otimes \mathscr{H}_Q$と考えます.
一方で今回議論するFeshbach–Fano散乱では全体系の内,散乱を引き起こす標的周辺の部分空間を着目系$\mathrm{P}$,その他の空間を環境系$\mathrm{Q}$とすることで$\mathscr{H}=\mathscr{H}_P \oplus \mathscr{H}_Q$と考えます.
やりたいことの説明が終わったので記述のための数学を準備していきます.
この節は厳密に定義するというよりは記号を定義する目的で書いています.それぞれの厳密な定義はブラケット表記を用いた標準的な量子論の公理系に従います.
・系の状態はケットベクトル$\ket \psi$で表す.
・系全体の物理系をハミルトニアン演算子$\mathcal H$で表す.
$\ket \psi$がハミルトニアン$\mathcal H$の固有状態のとき固有値方程式は
$$
\mathcal H \ket \psi= \mathscr E \ket \psi
$$
と表されます.ここで$\mathscr E$はエネルギーです.
(物性物理学では電場$\boldsymbol E$と間際らしいためしばしばエネルギーを花文字$\mathscr E$で書きます.)
以上の量は着目系と環境系合わせた系全体の量です.着目系と環境系を考えるために射影演算子を導入します.
・単位演算子を$\mathcal I$と表す.
・着目系$\mathrm P$への射影演算子を$\mathcal P$と表す.
・環境系$\mathrm Q$への射影演算子を$\mathcal Q$と表し,
$$
\mathcal Q = \mathcal I -\mathcal P
$$
により定義する.
射影演算子は数学的には$\mathcal P^2 = \mathcal P$を満たす演算子のことです.
物理学的には状態$\ket \psi$に左から作用することで考えたい系の状態だけを抜き出す演算子です.つまり状態$\ket \psi$のうち着目系の状態は$\mathcal P \ket \psi$と表され,環境系の状態は$\mathcal Q \ket \psi$と表されます.定義より
$$
\ket \psi = \mathcal I \ket \psi = (\mathcal P+\mathcal Q)\ket \psi=\mathcal P \ket \psi + \mathcal Q \ket \psi
$$
という等式が成立します.
また射影演算子はハミルトニアン演算子に対しても作用し
$$
\mathcal H= \mathcal I \mathcal H \mathcal I = (\mathcal P+\mathcal Q)\mathcal H(\mathcal P+\mathcal Q)=\mathcal P\mathcal H\mathcal P+\mathcal Q\mathcal H\mathcal Q+\mathcal P\mathcal H\mathcal Q+\mathcal Q\mathcal H\mathcal P
$$
という等式が成立します.右辺の4つの項はそれぞれ物理学的な解釈が与えられます.
と解釈できます.先に挙げた物理学の記述の仕方について「着目系と環境系の相互作用が小さいとして近似的に環境系を無視する」という記述法は4つの項の内,後者3つの寄与を無視して$\mathcal P\mathcal H\mathcal P$だけを考える記述法です.
後に遊ぶ一次元の散乱問題のtoy modelで4つの項を具体的に計算し,計算結果が上に挙げた物理学的な解釈と合致することを確認します.お楽しみに!
この節の最後に以下の議論における数式の注意点を説明します.
・演算子$\mathcal A$の逆演算子を$\mathcal A^{-1}$または$\frac{1}{\mathcal A}$であらわす.後者の表記法では例えば$\mathcal A\mathcal B^{-1}\mathcal A $は
$$
\mathcal A\frac{1}{\mathcal B}\mathcal A
$$
と表す.
・単位演算子は省略する場合が多い.例えば$\mathscr E - \mathcal H $は$\mathscr E \mathcal I- \mathcal H $の意味である.
先に注意したように今回は着目系$\mathrm{P}$と環境系$\mathrm{Q}$が全体系に対して$\mathscr{H}=\mathscr{H}_P \oplus \mathscr{H}_Q$の関係があるために射影演算子$\mathcal{P},\mathcal{Q}$を用いて議論できます.
一般の着目系$\mathrm{P}$と環境系$\mathrm{Q}$の議論では$\mathscr{H}=\mathscr{H}_P \otimes \mathscr{H}_Q$であるために射影演算子ではなく部分トレースを用いて議論します.
さて記号の準備ができたのでいよいよ有効ハミルトニアン$\mathcal H_{\mathrm{eff}}$を定義します
ハミルトニアン$\mathcal H$の固有状態$\ket \psi$は固有値方程式$\mathcal H \ket \psi =\mathscr E \ket \psi$を満たすとする.
このとき着目系$\mathrm P$におけるハミルトニアン$\mathcal H_{\mathrm{eff}}$であって固有状態$\ket \psi$の着目系$\mathrm P$に対する射影$\mathcal P \ket \psi$を用いて
$$
\mathcal H_{\mathrm{eff}} \mathcal P \ket \psi = \mathscr E \mathcal P \ket \psi
$$
と表されるハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$を有効ハミルトニアンという.
ここでいくつか重要な説明をします.
これは着目系$\mathrm P$だけで記述できているハミルトニアンという意味です.
数学的には全体系のヒルベルト空間$\mathscr{H}$の部分空間である着目系$\mathrm P$のヒルベルト空間$\mathscr{H}_{P}$の基底のみによって表現できるということです.
着目系$\mathrm{P}$におけるハミルトニアンというと前節で挙げた$\mathcal{PHP}$を思い浮かべるかもしれません.しかしそれは誤りです.$\mathcal{PHP}$は環境系$\mathrm{Q}$を無視したハミルトニアンであり,着目系$\mathrm{P}$と環境系$\mathrm{Q}$の相互作用も無視しています.
一方で$\mathcal P \ket \psi$は全体系のハミルトニアン$\mathcal{H}$の固有状態$\ket\psi$を着目系$\mathrm{P}$に射影したものです.$\mathcal{H}$には環境系$\mathrm{Q}$や着目系$\mathrm{P}$と環境系$\mathrm{Q}$の相互作用も含まれているため,$\mathcal P \ket \psi$は環境系$\mathrm{Q}$の影響を考慮した着目系$\mathrm{P}$の状態でないといけません.よって$\mathcal P \ket \psi$は環境系$\mathrm{Q}$を無視したハミルトニアン$\mathcal{PHP}$の固有状態とはなりえません.
以上の議論により$\mathcal P \ket \psi$を固有状態に持つ着目系$\mathrm{P}$のハミルトニアンである有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$は環境系$\mathrm{Q}$の状態を着目系$\mathrm{P}$に取り込んだ(=くりこんだ)ハミルトニアンでないといけません.
射影演算子$\mathcal{P,Q}$を利用して有効ハミルトニアンを導出します.有効ハミルトニアンは固有状態が$\mathcal{P}\ket\psi$のように射影された状態になっています.そこで固有値方程式
$$
\mathcal{H}\ket\psi=\mathscr{E}\ket\psi
$$
の状態$\ket\psi$を射影された状態$\mathcal{P}\ket\psi,\mathcal{Q}\ket\psi$に変形することから始めます.
固有値方程式に対し,左から射影演算子$\mathcal{P},\mathcal{Q}$を作用させます.
$$
\mathcal{PH}\ket\psi=\mathscr{E}\mathcal{P}\ket\psi
$$
$$
\mathcal{QH}\ket\psi=\mathscr{E}\mathcal{Q}\ket\psi
$$
右辺は射影された状態$\mathcal{P}\ket\psi,\mathcal{Q}\ket\psi$となりましたが,左辺はまだ$\ket\psi$です.そこで$\mathcal{H}$と$\ket\psi$の間に
$$
\mathcal{I}=\mathcal{P}+\mathcal{Q}=\mathcal{P}^2+\mathcal{Q}^2
$$
を挿入します.
$$
\mathcal{PHP}(\mathcal{P}\ket\psi)+\mathcal{PHQ}(\mathcal{Q}\ket\psi)=\mathscr{E}\mathcal{P}\ket\psi
$$
$$
\mathcal{QHP}(\mathcal{P}\ket\psi)+\mathcal{QHQ}(\mathcal{Q}\ket\psi)=\mathscr{E}\mathcal{Q}\ket\psi
$$
これで射影された状態$\mathcal{P}\ket\psi,\mathcal{Q}\ket\psi$だけで記述できました.
しかし有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_\mathrm{eff}$は状態$\mathcal{P}\ket\psi$のみで記述されるため,$\mathcal{Q}\ket\psi$を消さないといけません.そこで上記の式の2本目の式を$\mathcal{Q}\ket\psi$について解きます.
$$
\mathcal{Q}\ket\psi=\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}}\mathcal{QHP}(\mathcal{P}\ket\psi)
$$
これを1本目の式に代入すると
$$
\mathcal{PHP}(\mathcal{P}\ket\psi)+\mathcal{PHQ}\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}}\mathcal{QHP}(\mathcal{P}\ket\psi)=\mathscr{E}\mathcal{P}\ket\psi
$$
整理し
$$
\left(\mathcal{PHP}+\mathcal{PHQ}\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}}\mathcal{QHP}\right)(\mathcal{P}\ket\psi)=\mathscr{E}\mathcal{P}\ket\psi
$$
よって有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$は
$$
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}=\mathcal{PHP}+\mathcal{PHQ}\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}}\mathcal{QHP}
$$
となります.
有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$は全体として射影演算子$\mathcal{P}$によって挟まれた式になっています.これは$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$が着目系$\mathrm{P}$だけで表すことができている証左です.
また,環境系$\mathrm{Q}$を無視したハミルトニアン$\mathcal{PHP}$に付加項として
$$
\mathcal{PHQ}\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}}\mathcal{QHP}
$$
が付加されたハミルトニアンとなっているとわかります.この付加項は環境系$\mathrm{Q}$を着目系$\mathrm{P}$にくりこむことで生じた自己エネルギーと呼ばれる項です.この自己エネルギーの項によって着目系$\mathrm{P}$に環境系$\mathrm{Q}$の効果が取り込まれます.そしてさらにこの項が着目系$\mathrm{P}$に対して非自明な興味深い効果を引き起こすのです.
有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$はエネルギー$\mathscr{E}$に依存しています.これを明示的に$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}(\mathscr{E})$と書くと固有値方程式は
$$
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}(\mathscr{E})\mathcal{P}\ket\psi=\mathscr{E}\mathcal{P}\ket\psi
$$
のようにエネルギー$\mathscr{E}$について非線型な方程式になります.一般にこのような問題の厳密解を手計算で求めるのは困難であり数値計算が用いられます.しかし以下で議論する格子上の1次元散乱問題は一般化固有値問題に帰着することで手計算で厳密解を求めることが可能です.
まず今回扱う一次元散乱問題を設定します.議論の簡便化のため簡略化して問題を設定します.
・一次元上の位置を座標$x$によって指定する.
・$x=0$上のみにポテンシャル$V_0$がある.$x \ne 0$上にはポテンシャルはなく粒子は自由に運動できる.
・ポテンシャルに粒子を入射すると散乱粒子が生じる.入射粒子は考慮せずに散乱粒子のみを論じる.
.時間発展は考えず定常状態を考える.
今回は散乱問題を量子論として扱います.量子論において粒子は波として記述されます.従って散乱粒子と呼ばれるものは数学的には散乱波という波で記述されます.以下では理解のしやすさのために粒子・波という語を混在させますが指しているものに違いはありません.
散乱というと一つの粒子をポテンシャルに入射し散乱する様子を思い浮かべるかもしれません.このような散乱問題は時間について状態が変化するため時間発展を考えないといけません.しかし量子論においてこの時間発展を考察するのは大変難しいです.そのため多くの場合粒子をポテンシャルに打ち続けることで状態が時間的に状態が定常で変化しない定常状態を考えます(古典的に言えば滝のように水が連続的に岩に打ち付けられている状態です.)
簡単に言うと,ポテンシャルによって$x=0$で生じた散乱波が$x \ne 0$の空間を自由に運動し続けるという状態を考えるということです.
連続的な空間で考えると微積分を使わないといけないため物理学的な本質を見失いがちです.そこで空間を格子点状に離散化します.つまり座標の取りうる値の集合を$\mathbb{Z}$とします.
・座標$x$の取りうる値の集合を$\mathbb{Z}$とする.
・位置$x$における状態を$\ket x$と表す.
・状態$\ket x$は正規直交系をなす.つまり
$$
\bra{x}\ket{x'}=\delta_{x,x'}
$$
が成立する.
・状態$\ket x$は完全系をなす.位置$x$の状態への射影演算子$\ket x\bra x$を$x=-\infty$から$x=\infty$まで足し合わせた射影演算子は恒等演算子$\mathcal{I}$に等しい.つまり
$$
\mathcal{I} = \sum_{x=-\infty}^{\infty} \ket x\bra x
$$
が成立する.
この離散化した空間でハミルトニアンを設定します.このような離散化した空間において運動エネルギーやポテンシャルを議論する有用な記述法であるタイトバインディングモデルによりハミルトニアンを記述します.
ハミルトニアンを以下のように定義する.
$$
\begin{split}
\mathcal{H}=&-K\left(\sum_{x=-\infty}^{-2}+\sum_{x=1}^{\infty}\right)(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x}) \\
&-K_{0}(\ket{-1}\bra{0}+\ket{0}\bra{-1}+\ket{0}\bra{1}+\ket{1}\bra{0}) \\
&+V_0\ket{0}\bra{0}
\end{split}
$$
ここで$K$は正の実数,$K_0,V_0$は実数とする.
$\ket{x}\bra{x}$の項はポテンシャル項と呼ばれます.位置$x$にあるポテンシャルの効果を表します.符号を$+$とすることで位置$x=0$に粒子があるとポテンシャルが正ならばエネルギーが高く(ポテンシャルが負ならばエネルギーが低くく)なる,つまり位置$x=0$に斥力(引力)を引き起こすポテンシャルがあることを表現しています.
$\ket{x}\bra{x+1},\ket{x+1}\bra{x}$の項はホッピング項と呼ばれます.これは粒子が位置$x$から隣接する$x\pm1$へ移動する効果を表しており,$K,K_0$は運動エネルギーに相当するパラメータです.符号を$-$とすることでホッピングするほどエネルギーが低くなる,つまり運動エネルギーのために粒子が動くということを表現しています.大きいほど運動エネルギーは大きくなります.
$K,K_0$と分けているのはポテンシャルによる効果を考慮するためです.位置$x=0$へ,もしくは位置$x=0$からのホッピングの大きさが他のホッピングと値が異なると仮定することで,運動に位置$x=0$におけるポテンシャルの効果を取り入れようとしています.ポテンシャルの効果によっては$K_0$の符号が変わりうるため単に実数としています.
ハミルトニアンが定義できたので次は着目系$\mathrm{P}$を定義します.
・着目系$\mathrm{P}$を位置$x=0$とし,環境系$\mathrm{Q}$は位置$x=0$以外の全空間とする.
・射影演算子$\mathcal{P},\mathcal{Q}$は
$$
\mathcal{P} = \ket{0}\bra{0}
$$
$$
\mathcal{Q} = \mathcal{I}-\ket{0}\bra{0} = \left(\sum_{x=-\infty}^{-1}+\sum_{x=1}^{\infty}\right)(\ket{x}\bra{x})
$$
とする.
有効ハミルトニアンを計算するためにまずは$\mathcal{PHP,QHQ,PHQ,QHP}$を求めます.簡単な計算により
$$
\mathcal{PHP}=V_0\ket{0}\bra{0}
$$
$$
\mathcal{QHQ}=-K\left(\sum_{x=-\infty}^{-2}+\sum_{x=1}^{\infty}\right)(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x})
$$
$$
\mathcal{PHQ}=-K_0(\ket{0}\bra{-1}+\ket{0}\bra{1})
$$
$$
\mathcal{QHP}=-K_0(\ket{-1}\bra{0}+\ket{1}\bra{0})
$$
と求まります.この結果から先に述べたように射影演算子$\mathcal{P,Q}$によってハミルトニアン$\mathcal{H}$が着目系内部,環境系内部,着目系と環境系の相互作用に分割されていることが理解できます.
上記の結果を有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$の式
$$
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}=\mathcal{PHP}+\mathcal{PHQ}\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}}\mathcal{QHP}
$$
に代入します.
$$
\begin{split}
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}=&V_0\ket{0}\bra{0}\\
&+K^{2}_{0}(\ket{0}\bra{-1}+\ket{0}\bra{1})\\ &\times\left[\mathscr{E}+K\left(\sum_{x=-\infty}^{-2}+\sum_{x=1}^{\infty}\right)\left(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x}\right)\right]^{-1}\\
&\times(\ket{-1}\bra{0}+\ket{1}\bra{0})
\end{split}
$$
逆演算$\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}}$の処理が厄介です.そこで以下のような公式を活用します
$\mathcal{A,B}$を演算子として
$$
\frac{1}{\mathcal{A-B}}=\frac{1}{\mathcal{A}}+\frac{1}{\mathcal{A}}\mathcal{B}\frac{1}{\mathcal{A-B}}
$$
この公式は左から$\mathcal{A}$,右から$\mathcal{A-B}$を作用させることで即座に証明できます.この公式はグリーン関数と呼ばれる関数においてダイソン方程式と呼ばれる式と等価です。
右辺の$\frac{1}{\mathcal{A-B}}$に逐次的に代入していくことで
$$
\frac{1}{\mathcal{A-B}}=\frac{1}{\mathcal{A}}+\frac{1}{\mathcal{A}}\mathcal{B}\frac{1}{\mathcal{A}}+\frac{1}{\mathcal{A}}\mathcal{B}\frac{1}{\mathcal{A}}\mathcal{B}\frac{1}{\mathcal{A}}+\cdots
$$
と級数展開できます.
これを$\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}}$に適用します.$\mathscr{E}$と$\mathcal{QHQ}$は可換ですから
$$
\frac{1}{\mathscr{E}-\mathcal{QHQ}} = \frac{1}{\mathscr{E}}\sum_{k=0}^{\infty}\left(\frac{\mathcal{QHQ}}{\mathscr{E}}\right)^k
$$
となります.これを有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$に再度代入し,
$$
\begin{split}
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}=&V_0\ket{0}\bra{0}\\
&+K^{2}_{0}(\ket{0}\bra{-1}+\ket{0}\bra{1})\\
&\times\frac{1} {\mathscr{E}}\sum_{k=0}^{\infty}\left(\frac{-K}{\mathscr{E}}\left(\sum_{x=-\infty}^{-2}+\sum_{x=1}^{\infty}\right)(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x})\right)^k\\
&\times(\ket{-1}\bra{0}+\ket{1}\bra{0})
\end{split}
$$
状態$\ket{x}$の直交性より
$$
\begin{split}
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}=&V_0\ket{0}\bra{0}\\
&+K^{2}_{0}\ket{0}\bra{-1}\frac{1} {\mathscr{E}}\sum_{k=0}^{\infty}\left(\frac{-K}{\mathscr{E}}\sum_{x=-\infty}^{-2}(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x})\right)^k\ket{-1}\bra{0}\\
&+K^{2}_{0}\ket{0}\bra{1}\frac{1} {\mathscr{E}}\sum_{k=0}^{\infty}\left(\frac{-K}{\mathscr{E}}\sum_{x=1}^{\infty}(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x})\right)^k\ket{1}\bra{0}\\
=&V_0\ket{0}\bra{0}\\
&+K^{2}_{0}\ket{0}\bra{-1}\left[\mathscr{E}+K\sum_{x=-\infty}^{-2}\left(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x}\right)\right]^{-1}\ket{-1}\bra{0}\\
&+K^{2}_{0}\ket{0}\bra{1}\left[\mathscr{E}+K\sum_{x=1}^{\infty}\left(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x}\right)\right]^{-1}\ket{1}\bra{0}
\end{split}
$$
なお二つ目の等号では級数展開を逆演算子に戻しました.最終式について第二項と第三項は座標の符号を入れ替えただけのため同じ値になります.そこで
$$
\begin{split}
G(\mathscr{E})=&\bra{-1}\left[\mathscr{E}+K\sum_{x=-\infty}^{-2}\left(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x}\right)\right]^{-1}\ket{-1}\\
=&\bra{1}\left[\mathscr{E}+K\sum_{x=1}^{\infty}\left(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x}\right)\right]^{-1}\ket{1}
\end{split}
$$
と置くことで,有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$は
$$
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}=(V_0+2K^{2}_{0}G(\mathscr{E}))\ket{0}\bra{0}
$$
となります.従って自己エネルギーは$2K^{2}_{0}G(\mathscr{E})$となります.
なお,ここで定義した$G(\mathscr{E})$という関数は一般にグリーン関数と呼ばれています.
自己エネルギー$2K^{2}_{0}G(\mathscr{E})$を計算します.具体的には
$$
G(\mathscr{E}) = \bra{1}\left[\mathscr{E}+K\sum_{x=1}^{\infty}\left(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x}\right)\right]^{-1}\ket{1}
$$
の$\mathscr{E}$についての関数形を求めます.
表記の簡便化のために
$$
\mathcal{Y}=\sum_{x=1}^{\infty}\left(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x}\right)
$$
と置きます.
$\mathscr{E}+K\mathcal{Y}$を$\ket{1},\ket{2},\ket{3},\cdots$を基底として表現した行列は
$$
\begin{pmatrix} \mathscr{E} & K & 0 & 0 &\cdots \\
K & \mathscr{E} & K & 0 & \cdots \\
0 & K & \mathscr{E} &K &\ddots \\
0 &0 & K &\mathscr{E} &\ddots\\
\vdots & \vdots &\ddots &\ddots &\ddots
\end{pmatrix}
$$
となります.ここで行列は無限次元の行列になることに注意してください.
$G(\mathscr{E})$は$\frac{1}{\mathscr{E}+K\mathcal{Y}}$を計算しないといけません.そこで$\frac{1}{\mathcal{A-B}}$の公式を適応するため$\mathscr{E}+K\mathcal{Y}$を$\mathcal{M-S}$に分割します.ここで
$$
\mathcal{M}=
\begin{pmatrix} \mathscr{E} & 0 & 0 & 0 &\cdots \\
0 & \mathscr{E} & K & 0 & \cdots \\
0 & K & \mathscr{E} &K &\ddots \\
0 &0 & K &\mathscr{E} &\ddots\\
\vdots & \vdots &\ddots &\ddots &\ddots
\end{pmatrix}
$$
$$
\mathcal{S}=
\begin{pmatrix} 0 & -K & 0 & 0 &\cdots \\
-K & 0 & 0 & 0 & \cdots \\
0 & 0 & 0 &0 &\ddots \\
0 &0 & 0 &0 &\ddots\\
\vdots & \vdots &\ddots &\ddots &\ddots
\end{pmatrix}
$$
とします.ここで$\mathcal{M}$に着目すると
$$
\mathcal{M}=
\begin{pmatrix}
\mathscr{E} & 0 \\
0 & \mathscr{E}+K\mathcal{Y}
\end{pmatrix}
$$
という形になっているとわかります.これは$\mathcal{M}$の次元が無限のため厳密に正しいです.すると逆演算子$\frac{1}{\mathcal{M}}$の行列表示は
$$
\frac{1}{\mathcal{M}}=
\begin{pmatrix}
\mathscr{E}^{-1} & 0 \\
0 & (\mathscr{E}+K\mathcal{Y})^{-1}
\end{pmatrix}
$$
となります.
$$
G(\mathscr{E})=\bra{1}\frac{1}{\mathscr{E}+K\mathcal{Y}}\ket{1}=\bra{1}\frac{1}{\mathcal{M}-\mathcal{S}}\ket{1}
$$
$\frac{1}{\mathcal{A-B}}$の公式より
$$
\frac{1}{\mathcal{M}-\mathcal{S}}=\frac{1}{\mathcal{M}}+\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}+\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}+\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}+\cdots
$$
両辺に左に$\bra{1}$右に$\ket{1}$を作用させます.
右辺第一項は
$$
\bra{1}\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{1} = \frac{1}{\mathscr{E}}
$$
となります.
右辺第二項は
$$
\bra{1}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{1} = \frac{1}{\mathscr{E}^2}\bra{1}\mathcal{S}\ket{1}=0
$$
となります.
右辺第三項は
$$
\begin{split}
\bra{1}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{1}
&= \frac{1}{\mathscr{E}^2}\bra{1}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\ket{1}\\
&=\frac{K^2}{\mathscr{E}^2}\bra{2}\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{2}\\
&=\frac{K^2}{\mathscr{E}^2}G(\mathscr{E})
\end{split}
$$
最後の等式は逆演算子$\frac{1}{\mathcal{M}}$が$\frac{1}{\mathscr{E}}$と$\frac{1}{\mathscr{E}+K\mathcal{Y}}$の直和の形になっていることを活用しています.
右辺第四項は
$$
\begin{split}
\bra{1}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{1}
&= \frac{1}{\mathscr{E}^2}\bra{1}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\ket{1}\\
&=\frac{K^2}{\mathscr{E}^2}\bra{2}\frac{1}{\mathcal{M}}(-K)(\ket{2}\bra{1}+\ket{1}\bra{2})\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{2}\\
&=0
\end{split}
$$
となります.
右辺第五項は
$$
\begin{split}
\bra{1}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{1}
&= \frac{1}{\mathscr{E}^2}\bra{1}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\ket{1}\\
&=\frac{K^2}{\mathscr{E}^2}\bra{2}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\mathcal{S}\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{2}\\
&=\frac{K^4}{\mathscr{E}^2}G(\mathscr{E})^{2}\bra{1}\frac{1}{\mathcal{M}}\ket{1}\\
&=\frac{K^4}{\mathscr{E}^3}G(\mathscr{E})^{2}\\
\end{split}
$$
となります.同様の計算を繰り返していくと
$$
\begin{split}
G(\mathscr{E})&=\frac{1}{\mathscr{E}}+0+\frac{K^2}{\mathscr{E}^2}G(\mathscr{E})+0+\frac{K^4}{\mathscr{E}^3}G(\mathscr{E})^{2}+\cdots\\
&=\frac{1}{\mathscr{E}}\sum_{k=0}^{\infty}\left(\frac{K^2}{\mathscr{E}}G(\mathscr{E})\right)^k\\
&=\frac{1}{\mathscr{E}-K^2G(\mathscr{E})}
\end{split}
$$
となります.
この式を変形すると
$$
K^2G(\mathscr{E})^2-\mathscr{E}G(\mathscr{E})+1 =0
$$
という二次方程式になります.
ここで計算のために
$$
\mathscr{E}=-K(e^{ik}+e^{-ik})
$$
という複素数パラメータ$k$を置きます.このパラメータを用いて方程式を解くと
$$
G(\mathscr{E})=-\frac{e^{\pm ik}}{K}
$$
のように$G(\mathscr{E})$を求めることができました.
・$k$は複素数のため$\mathscr{E}=-K(e^{ik}+e^{-ik})$は任意の複素数を値域として持ちます.この置き方によって解が制限されるわけではありません.
・この置き方を変形すると$\mathscr{E}=-2K\cos k$となります.これはハミルトニアン$\mathcal{H}_0$が
$$
\mathcal{H}_0=-K\sum_{x=-\infty}^{\infty}(\ket{x}\bra{x+1}+\ket{x+1}\bra{x})
$$
で与えられる一次元格子系における自由運動のエネルギー固有値になっており,パラメータ$k$は運動量(波数)に相当する実数のパラメータになります.
自由粒子の場合の解の形と似た形でパラメータをおき,相互作用の効果を自由粒子の時のパラメータとの差によって評価するというのは物理学では重要な考え方です.
前節までの議論により有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$は
$$
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}=\left(V_0-\frac{2K^{2}_{0}}{K}e^{\pm ik}\right)\ket{0}\bra{0}
$$
となります.ここで$e^{+ ik}$を選ぶか$e^{- ik}$を選ぶかは物理学的にはとても重要な問題ですが,計算上はどちらで計算しても違いはないため一緒くたに
$$
\xi = e^{\pm ik}
$$
と置いて計算します.なおパラメータ$k$は複素数のため一般に$\xi^* \ne \xi^{-1}$です.さらに一般には$\xi^* \ne \xi$です.
有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$が
$$
\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}=\left(V_0-\frac{2K^{2}_{0}}{K}\xi\right)\ket{0}\bra{0}
$$
と書けることに注意すると$\xi^* \ne \xi$は有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$が非エルミートであることを意味します.$\xi$が実数ならば$\xi^* = \xi$となりエルミート性を有しますが果たしてどうなるでしょうか.
固有値$\mathscr{E}$およびパラメータ$k$を求めるために非線型固有値問題に挑戦します.
$e^{+ ik}$を選ぶか$e^{- ik}$を選ぶかという議論は今回は紙面の都合上割愛します.鋭い方はお気づきかかもしれませんが,前者は遅延グリーン関数,後者は先進グリーン関数に対応します.
有効ハミルトニアン$\mathcal{H}_{\mathrm{eff}}$の固有値方程式は,$\mathscr{E}=-K(\xi+\xi^{-1})$と$\mathcal{P}=\ket{0}\bra{0}$に注意すると
$$
\left(V_0-\frac{2K^{2}_{0}}{K}\xi\right)\ket{0}\bra{0}(\ket{0}\bra{0}\ket{\psi})=-K(\xi+\xi^{-1})(\ket{0}\bra{0}\ket{\psi})
$$
$\bra{0}\ket{\psi}=\psi_0$とし,さらに両辺に左から$\bra{0}$を作用させることで,
$$
\left(V_0-\frac{2K^{2}_{0}}{K}\xi\right)\psi_0=-K(\xi+\xi^{-1})\psi_{0}
$$
となります.整理すると
$$
\left[\left(1-\frac{2K_{0}^{2}}{K^2}\right)\xi^2+\frac{V_0}{K}\xi +1\right]\psi_0=0
$$
となります.これは$\xi$についての二次式です.一般に二次だったり二階だったりするものは同様の方法で線型問題に帰着できます.実際この方程式は以下の線型問題と等価です.
$$
\begin{pmatrix}
-\xi & 1 \\
1 & \frac{V_0}{K}+\left(1-\frac{2K_{0}^{2}}{K^2}\right)\xi
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\psi_0 \\ \xi\psi_0
\end{pmatrix}
=0
$$
表記の簡便化のために
$$
\mu= \frac{V_0}{K}
$$
$$
\nu= \left(1-\frac{2K_{0}^{2}}{K^2}\right)
$$
と置きなおします.すると上記の線型問題は
$$
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & \mu
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\psi_0 \\ \xi\psi_0
\end{pmatrix}
=
\xi
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -\nu
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\psi_0 \\ \xi\psi_0
\end{pmatrix}
$$
と変形できます.このように一般に線型作用素$\mathcal{A,B}$について
$$
\mathcal{A}\ket{\phi}=\lambda\mathcal{B}\ket{\phi}
$$
という形式で与えられる固有値問題を一般化固有値問題と言います.
一般化固有値問題といっても,固有値を求める操作は通常の固有値問題と同様に
$$
\det(\mathcal{A}-\lambda\mathcal{B})=0
$$
となる固有値$\lambda$を求めるだけです.
すると固有値$\xi$を求める方程式は
$$
\nu\xi^2+\mu\xi +1=0
$$
であり,これを解くと
$$
\xi_{\pm}=\frac{-\mu\pm\sqrt{\mu^2-4\nu}}{2\nu}
$$
となります.
一方で固有状態を求める操作は通常の固有値問題と異なります.
$$
\mathcal{A}\ket{\phi_n}=\lambda_n\mathcal{B}\ket{\phi_n}
$$
と与えられる$\ket{\phi_n}$を右固有状態と言います.
$$
\bra{\phi_n}\mathcal{A}=\lambda_n\bra{\phi_n}\mathcal{B}
$$
と与えられる$\bra{\phi_n}$を左固有状態と言います.
通常の量子論の固有値問題ならば演算子がエルミートなために$\ket{\phi_n}$と$\bra{\phi_n}$はエルミート共役ですが,一般化固有値問題ではエルミート共役になるとは限りません.
そして右固有状態と左固有状態の規格化条件を
$$
\bra{\phi_n}\mathcal{B}\ket{\phi_n}=1
$$
によって定義します.通常の固有値問題と同様の議論により
$$
\bra{\phi_m}\mathcal{B}\ket{\phi_n}=\delta_{m,n}
$$
$$
\bra{\phi_m}\mathcal{A}\ket{\phi_n}=\lambda_m\delta_{m,n}
$$
という正規直交条件が得られます.
$$
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
1 & \mu
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\psi_0 \\ \xi\psi_0
\end{pmatrix}
=
\xi
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -\nu
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\psi_0 \\ \xi\psi_0
\end{pmatrix}
$$
の固有状態を求めます.本問の行列はともに対称行列のため右固有状態と左固有状態が転置関係になります.規格化条件により固有状態を決定します.
$$
\begin{pmatrix}
\psi_0^{\pm} & \xi_{\pm}\psi_0^{\pm}
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -\nu
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\psi_0^{\pm} \\ \xi_{\pm}\psi_0^{\pm}
\end{pmatrix}
=1
$$
解くと
$$
\psi_0^{\pm}=\frac{1}{\sqrt{1-\nu\xi_{\pm}^{2}}}=\sqrt{\frac{\mu\pm\sqrt{\mu^2-4\nu}}{2\sqrt{\mu^2-4\nu}}}
$$
となります.だからどうした?と思われるかもしれませんが求められたこと自体がまず重要なのです.
結果を振り返ると固有値は$V_0$をポテンシャル,$K_0$を着目系と環境系の相互作用(ホッピング),$K$を環境系内のホッピングとして
$$
\mu= \frac{V_0}{K}
$$
$$
\nu= \left(1-\frac{2K_{0}^{2}}{K^2}\right)
$$
をパラメータとして用いることで
$$
\xi_{\pm}=\frac{-\mu\pm\sqrt{\mu^2-4\nu}}{2\nu}
$$
となります.$\mu,\nu$は実数のため着目すべきはもちろん$\sqrt{\mu^2-4\nu}$です.この部分が実数が虚数かで振る舞いが大きく変わります.
パラメータをいじりたいところですがその前にエネルギー固有値$\mathscr{E}$について考えます.エネルギー固有値$\mathscr{E}$は$\mathscr{E}=-K(\xi+\xi^{-1})$と与えられるため$\xi$が虚数の場合$\mathscr{E}$も虚数になりえます.
ここでエネルギー固有値の虚部の解釈を説明します.これを考えるためには一旦時間発展を考えます.エネルギー固有値が$\mathscr{E}$で与えられる状態$\ket{\psi_0}$の時間発展は
$$
\ket{\psi(t)}=e^{-i\mathscr{E} t}\ket{\psi_0}
$$
で与えられます.$\mathscr{E}$が実数ならば因子$e^{-i\mathscr{E} t}$の大きさは$1$ですが$\mathscr{E}$が虚数の場合,因子$e^{-i\mathscr{E} t}$の大きさが時間発展により変動します.
$$
e^{-i\mathscr{E} t}=e^{\Im\mathscr{E}t}e^{-i\Re\mathscr{E}t}
$$
従って$\Im\mathscr{E}>0$の場合は時間発展によって大きさが増大し,$\Im\mathscr{E}<0$の場合は時間発展によって大きさが減少します.この大きさの変化は物理系が着目系だけで閉じておらず,環境系との相互作用があるためです.$\Im\mathscr{E}>0$の場合は環境系から着目系に状態が流入している状態であり,$\Im\mathscr{E}<0$の場合は着目系から環境系への状態の流出が起きている状態に対応します.このように系から状態の流出入がある量子系を開放量子系と言います.
実部については通常のエネルギー固有値と同様の解釈ですが,今回の散乱問題の場合,$x\ne0$においてポテンシャルが$0$のため$\Re\mathscr{E}>0$は散乱状態を表します.$\Re\mathscr{E}<0$の場合は重要なのですが解釈が難しいため紙面の都合で割愛します.
パラメータについて
$$
K < \sqrt{2}\abs{K_0}
$$
が成立しています.物理的には環境系内のホッピングよりも環境系と着目系の相互作用のほうが大きい状況です.固有値は必ず実数となります.
$\nu=-1$のときのエネルギーの挙動は以下のようになります.横軸がエネルギーの実軸です.パラメータ$b$が$\mu$です(gif画像のため動きます!動いていない場合はリロードしてみてください)
$\nu<0$の場合のエネルギー
固有値$\xi$が実数のためエネルギー$\mathscr{E}$も実数です.これは環境系と着目系で粒子の流出入がない状態です.gif画像からわかるようにポテンシャルの正負に寄らずに$\Re\mathscr{E}<0$のエネルギーは常に負,$\Re\mathscr{E}>0$のエネルギーは常に正になります.
パラメータについて
$$
K > \sqrt{2}\abs{K_0}
$$
が成立しています.物理的には環境系内のホッピングよりも環境系と着目系の相互作用のほうが小さい状況です.
$\nu=0.2$のときのエネルギーの挙動は以下のようになります.横軸がエネルギーの実軸,縦軸がエネルギーの虚部です.パラメータ$b$が$\mu$です(gif画像のため動きます!動いていない場合はリロードしてみてください)
$\nu>0$の場合のエネルギー
$\nu<0$の場合とは異なり,虚数固有値があり環境系と着目系の間で粒子の流出入があります.さらにポテンシャルの正負によってエネルギー固有値の実部$\Re\mathscr{E}$の符号が変わります.ポテンシャルが正の場合$\Re\mathscr{E}$も正です.ポテンシャルが正ということは斥力のため散乱状態に対応するのは物理学的に自然です.
ポテンシャルの絶対値が大きい場合に実数のエネルギー,ポテンシャルの絶対値が小さい場合に虚数のエネルギーとなります.ポテンシャルの大きさが小さいために粒子がある程度自由に動くことができるため環境系と着目系で流出入があると考えられます.
散乱問題を題材に線型代数だけで有効ハミルトニアン・自己エネルギー・開放量子系を論じてみました.紙面の都合上特に開放量子系に関しては満足に議論できませんでしたが,これを機に興味を持っていただけると嬉しいです.
今回扱ったモデルの面白みは複素積分といった複雑な数学の道具を用いずに線型代数だけの議論で興味深い結果が出る点にあると思います.楽しんでいただけていたらうれしいです.