X(旧Twitter)で、$π$について割り切れない数(整数の比で表せない数=無理数)であることを説明するとして、全然説明になっていない間違った文が「わかりやすい」として話題になっていて、それに関連して$π$が超越数であることを示せば無理数であると言えるので$π$が超越数であることの証明も話題になっていました。
それで、昨年放送された「笑わない数学」で$π$の超越数であることの証明を見たとき考えたことを思い出したので改めてここに書こうと思いました。(Xにもポストしていますが、流れてしまい探しにくいので。)
2022年-2023年にNHKで放送された番組「笑わない数学」はとても面白い番組でした。
最先端の現代数学のいくつかのテーマをお笑い芸人トリオ「パンサー」のメンバーの尾形さんと映像とナレーションが親しみやすく説明してくれる素晴らしい番組でした。
昨年のシーズン2のうち超越数回は傑作と呼べる回で大変面白い回でした。「
周期
」という最先端で研究されている概念があることも紹介されていて大変興味深かったです。
[Link]「#5 超越数(シーズン2) - 笑わない数学 - NHK」
https://www.nhk.jp/p/ts/Y5R676NK92/blog/bl/pmg0p5PX8L/bp/p642yOd1NJ/
この回で尾形さんが「$π$が超越数であること」を証明していました。
有理数係数の代数方程式の根になる複素数を代数的数という
複素数のうち代数的数ではないものを超越数という
(円周率)$π$が超越数であることを証明せよ
以下のエルミート-リンデマンの定理とオイラーの式は証明なしに使ってよいとします。
αが代数的数ならば、$e^{α}$は超越数である。
$e^{iπ}=-1$
尾形さんの証明の流れは以下の通り。
$π$が代数的数と仮定(仮定◇とする)
虚数単位$i$も代数的数(∵$x^2+1=0$の根だから)
$i×π$も代数的数(←「※代数的数×代数的数は代数的数であることは証明できる」…★と画面右下に出ていた)
エルミート-リンデマンの定理で$α=iπ$とすることにより
$e^{iπ}$は超越数
ところが、オイラーの式$e^{iπ}=-1$であり、-1は$x+1=0$の根なので
$e^{iπ}$は代数的数
超越数の定義に矛盾。
仮定◇「$π$が代数的数」が誤りであったことになる。
$\therefore$$π$は超越数∎
となって尾形さん、見事に$π$が超越数であることを証明していました。
放送を見たとき画面右下のテロップ「※代数的数×代数的数は代数的数であることは証明できる」★に気づかず、「$π$が代数的数のとき$i×π$も代数的数」がなぜ言えるのかすぐにわからないなと感じたので、自分なりに考えてみました。
$α,β$が代数的数なら、積$αβ$が代数的数
は(結論から言えば)もちろん正しい命題ですが、これは簡単には示せなかったので、その特別な場合($β=i$)(そして、$π$の超越性の上記の証明で使用するには十分である)、
$α$が代数的数なら、$αi$が代数的数
については、高校の数学で習う知識で示すことができました。
$α$は代数的数なので、多項式$f(x)$で、
$f(x)=a_n x^n+a_{n-1} x^{n-1}+...+a_k x^k+...+a_1 x+a_0$
$f(α)=a_n α^n+a_{n-1} α^{n-1}+...+a_k α^k+...+a_1 α+a_0=0$
となるものがある。
$f(x)=(kが偶数の時のa_k x^kの和)+(kが奇数の時のa_k x^kの和)
$
のように分けて、$x^2$でまとめると
$f(x)=g(x^2)+h(x^2) x
$
の形にできる。$g$と$h$は多項式で係数は$f$の係数の一部。
ここで、多項式$m(x)$を
$m(x):=g(-x^2)^2+h(-x^2)^2 x^2$
と定義する。$f$の係数が有理数なら$m$の係数も有理数。
$x=αi$を代入すると、
$m(αi):=g(-(αi)^2)^2+h(-(αi)^2)^2 (αi)^2$
$=g(α^2)^2-h(α^2)^2 α^2$
$=(g(α^2)+h(α^2) α)(g(α^2)-h(α^2) α)$
$=f(α)(g(α^2)-h(α^2) α)$
$=0$
$αi$は有理数係数の代数方程式$m(x)=0$の根になるので、代数的数である。∎
「$α$が代数的数なら、$αi$が代数的数」は示せたので、「$π$の超越性の上記の証明」では$α=π$として使えます。
上記の$π$の超越性の証明には不要ですが、「$α,β$が代数的数なら、$αβ$も代数的数」はまだ示していません。この具体的な方法?では私はいまだに示せていません。。(示せた人は教えてください。)
当初、実は書きたかったのはここまでなのですが、記事タイトルを「代数的数×代数的数は代数的数?」としたのでそれを示すためまだ続けます。
一般の場合「代数的数×代数的数は代数的数」は、線形代数の事実を使うと、示すことができます。
厳密にやるのは長くなるので、概略を記載します。それでも長くなってしまいました。
有理数全体の集合を$\mathbb{Q}$と書きます。
$α \notin \mathbb{Q}$となる代数的数$α$を考えます。$f_α(α)=0$となる有理数係数の多項式$f_α$があります。
$f_α$の次数を$n$とします。
$f_α$はより低い次数の有理数係数の多項式には因数分解しないとします。
多項式の割り算を行って、
$f(x)=q(x)f_α(x)+r(x)$
$r(x)≠0$の次数は$f_α(x)$の次数$n$より小さいものが取れます。
係数が有理数の多項式のうち、この割り算を行って余りが$r(x)$となるものをすべて同一視します。
$r(x)= \sum_{j=0}^{n-1} c_j α^j $の係数を抜き出すと、$n$個の有理数$(c_0,c_1,c_2,...c_{n-1})$となります。
これを$n$次元ベクトルの成分とみなすと、$r(x)$はベクトルと同一視できます。
定数項の成分以外の成分が0であるベクトル$(c_0,0,0,...0)$は有理数$c_0$と同一視できます。
また多項式の四則演算から、同一した集合でも四則演算が成り立ち、演算結果もまた$f_α(x)$で割ることにより、結果もまた$n$次元ベクトルになります。
この演算で有理数と同一視した部分も通常の四則演算になります。
このベクトルの集合($α$と有理数の多項式(を$f_α$で割ったあまりで分類した集合))は有理数を拡張したものと見なせます。基底$\{1,α,α^2,...,α^{n-1}\}$の空間です。これを、$\mathbb{Q}(α)$と書きます。
$β$も代数的数なら、$f_β(β)=0$となる$\mathbb{Q}$係数の多項式$f_β$があります。$\mathbb{Q}(α)$係数の多項式ともみなせて、
$\mathbb{Q}(α)$上の多項式として因数分解して$β$を根に持つ既約因子を改めて$f_β$とおき(←指摘により追加修正 2024/7/27)
$f_β$の次数を$m$とすると、二変数$α,β$の有理数係数の多項式は、$m$個の$\mathbb{Q}(α)$の要素を成分としたベクトルと考えられます。そのようなベクトル全体は基底$\{1,β,β^2,...,β^{m-1}\}$のベクトル空間になります。
各成分は$\mathbb{Q}(α)$要素なので、それぞれ$\mathbb{Q}$の要素$n$個に対応しています。結局、全体では有理数$nm$個を成分とするベクトルに対応しています。
基底は$\{1,α,β,α^2,αβ,...,α^{n-1}β^{m-1}\} $になります。これを、$\mathbb{Q} (α,β)=\mathbb{Q}(α)(β)$と書きます。
$n$次元ベクトル空間の基底のベクトルの数$n$は一定
という事実を使うと、$γ \in \mathbb{Q} (α,β)$,$γ≠0$,$γ \notin \mathbb{Q}$ で、$\{1,γ,γ^2,...,γ^{nm-1}\}$も$\mathbb{Q} (α,β)$の基底になります。
(「←基底になるとは限らない、以下に関係ない」との指摘により取り消し線追加 24/7/27)
$n$次元ベクトル空間の$n+1$個のベクトルは 線形従属
は数学的帰納法で証明できます(後述の「おまけ」で証明)が、これを使用すると、nm+1個のベクトル$\{1,γ,γ^2,...,γ^{nm}\}$は線形従属となり、
$$ \sum_{j=0}^{nm} c_j γ^j =0$$となる有理数の組$(c_0,c_1,c_2,...,c_{mn})≠(0,0,0,...,0)$が取れます。
$$h(x):=\sum_{j=0}^{nm} c_j x^j$$と置くと、
$h(γ)=0$なので、$γ$を根とする有理数係数代数方程式が見つかったことになり、γは代数的数です。
例えば、$γ:=αβ \in \mathbb{Q} (α,β)$とすれば、αβも代数的数となります。∎
途中で使用した「$n$次元ベクトル空間の$n+1$個のベクトルは線形従属」の証明をおまけとして、以下に記述しました。
$n$次元ベクトル空間の$n+1$個のベクトルは 線形従属
$n$次元ベクトル空間の基底を$\{b_1,b_2,...,b_n\}$として、ベクトル空間を$< b_1,b_2,...,b_n>$で表す。
$n=1$の時、$v_1,v_2\in < b_1>$とすると、$v_1=λ_1 b_1,v_2=λ_2 b_1$なので、
$ λ_2 v_1-λ_1 v_2=λ_1 λ_2 b_1-λ_1 λ_2 b_1=0$
つまり、$(λ_2,-λ_1)≠(0,0)$があることになるので、$v_1,v_2$は線形従属
$n=k-1 $までは成り立っていると仮定して、$n=k $の時も成り立つことを示す。
$v_j \in < b_1,b_2,...,b_k>,j=1,2,...,k,k+1$とする。
$v_1=a_{1,1}b_1+a_{1,2}b_2+ \cdots +a_{1,k}b_k$
$v_2=a_{2,1}b_1+a_{2,2}b_2+ \cdots +a_{2,k}b_k$
$$
\vdots
$$
$v_k=a_{k,1}b_1+a_{k,2}b_2+ \cdots +a_{k,k}b_k$
$v_{k+1}=d_1b_1+d_2 b_2+ \cdots +d_k b_k$
$d_j$ のどれかは0でないとしてよい(もし、すべて0であれば$v_{k+1}=0$であり、任意の$λ_{k+1}$で$λ_{k+1}v_{k+1}=0$となるので、線形従属で証明は終わる)から、必要なら並べ替えて$ d_k≠0$とできる。
$v_j=a_{j,1}b_1+a_{j,2}b_2+ \cdots +a_{j,k}b_k$から
$v_{k+1}=d_1b_1+d_2 b_2+ \cdots +d_k b_k$の両辺に$\frac{a_{j,k}}{d_k} $を掛けたものを引くと、$b_k$の項は消えて、
$v_j-\frac{a_{j,k}}{d_k}v_{k+1}=(a_{j,1}-\frac{a_{j,k}}{d_k}d_1)b_1+(a_{j,2}-\frac{a_{j,k}}{d_k}d_2)b_2+ \cdots +(a_{j,k-1}-\frac{a_{j,k}}{d_k}d_{k-1})b_{k-1}$
右辺$\in < b_1,b_2,...,b_{k-1}>$
$$\{v_j-\frac{a_{j,k}}{d_k}v_{k+1}\in < b_1,b_2,...,b_{k-1}> | j=1,2,...,k\} $$は、$k-1$次元ベクトル空間の$k$個のベクトルなので帰納法の仮定より、線形従属。
$(λ_1,λ_2,...,λ_k)≠(0,0,...,0) $が存在して、
$$ \sum_{j=1}^{k}λ_j (v_j-\frac{a_{j,k}}{d_k}v_{k+1}) = 0$$
$v_{k+1}$の項を整理して係数を置きなおすことにより、${v_1,v_2,...,v_{k+1}}$に
$(λ_1,λ_2,...,λ_k,λ_{k+1})≠(0,0,...,0,0) $が存在して
$$
\sum_{j=1}^{k+1}λ_j v_j=0
$$
となる。つまり、${v_1,v_2,...,v_{k+1}}$は線形従属。∎