最近LK-99という常温常圧超伝導体の候補が話題になりました。ネット上で大きな盛り上がりを見せ、関連株の上昇も起こったほどなのですが、他グループによる検証結果は尽く否定的です[1]。
LK-99が常温・常圧下で磁石に浮く動画がいくつか違うグループから公開されています。超伝導体が磁石の上に安定して浮く現象は、マイスナー効果と「ピン留め効果」の結果であることはよく知られています。一方LK-99の動画を見ると、完全には浮いておらず、一部は必ず接地しているように見受けられます。よって反発力は働くが安定はしておらず、少なくともピン留めは起こっていないようです。(※ピン留めにも見える"LK-99"の浮上動画も1つだけありますが、果たして...)
このピン留め効果とはなんでしょうか[2]。
大前提として、超伝導体は、その状況下で常伝導よりも超伝導であるほうがエネルギーが低いために超伝導状態になっています。
超伝導体を磁場の下に置きます。マイスナー効果により超伝導体は磁場を排斥しますが、排斥するにもエネルギーコストがかかるので、ある程度大きな磁場にさらされると常伝導になります。第1種超伝導体(Type I)は、臨界磁場に達すると全体が完全に常伝導になります(図1上右)。一方第2種超伝導体(Type II)には下部臨界磁場というものが存在します。これを超えると磁場の一部が超伝導体内に紐状・渦状で侵入し、侵入した部分だけ常伝導になります(図1下右)。そしてそれ以外の部分は超伝導を保ちます。これによりType IIは比較的強い磁場でも安定してバルクとしての超伝導状態を保ちます。
Type IとIIの違い。Type Iは臨界磁場を超えると全体が常伝導体になる。Type IIは下部臨界磁場を超えると、磁場が侵入した部分のみが常伝導体となり(青い部分)、それ以外の部分は超伝導体(オレンジ色の部分)を保つ。
ところがType IIに電流を流すと、磁束と電流の間にローレンツ力が働き動いてしまいます。これは電流に対する抵抗となって現れ、せっかくのマイスナー効果よる抵抗ゼロの性質が破れてしまいます。
ここでType IIに常伝導のスポットが点々と存在しているとします。磁場が侵入した部分は常伝導になり、超伝導よりもエネルギーの高い状態になります。それなら磁場はなるべく常伝導のスポットを通ったほうが全体のエネルギーが低くなります。これにより、磁束線は常伝導スポットに「ピン留め」され、電流を流しても磁束は動かず抵抗ゼロの状態が保たれます。
ピン留めの概念図。青い部分は常伝導状態。エネルギーを下げるため、磁束(黒い線)は常伝導スポットを通る。
さらにはこの効果により、超伝導体が磁石に反発しても安定的に浮くことができます(注1)。
本記事では、超伝導体内に侵入しする磁束のモデルであるNielesen-Olesen vortexに関して説明します。(※ピン留めには言及しません)
Type IIに磁場が侵入する機構は、Ginzburg-Landau理論に電磁場を結合させた理論により記述できます。これは"Higgs場"にU(1)ゲージ場が結合する、Abelian-Higgs模型と呼ばれる系に等価です。この系には渦状の解が存在し、Nielsen-Olesen vortexと呼ばれます。この解に関する位相の条件から、磁束の量子化が示せます。
これは第2種超伝導体内に磁場が渦として侵入し、またその磁束が量子化されることのモデルとなっています。
Ginzburg-Landau理論(GL理論)というものがあります。この理論では、系の対称性が自発的に破れているとき、系の自由エネルギー等を対称性の破れのオーダーパラメータのべきで記述します。そして破れが小さいとしてその低次の項のみを取り出し解析します。非常に広範に適用できる理論・考え方です。物性物理・素粒子物理・宇宙論等様々な分野で有用です。
これから考える系はAbelian Higgs模型(AH模型)と言われる以下のような系です:
Abelian Higgs模型
ここで
この模型はU(1)ゲージ場
でもとりあえず物理的なことは忘れ、この系の解を探します。
AH模型における渦状の解、vortex解に関して考察します。
Euler-Lagrange方程式
に上記Langangianを代入して計算すると以下のようになります:
渦は軸対称なので
すなわちゲージ場は
EoMを円柱座標で書き直し、上記のansatzを代入すると以下を得ます:
になります。一方
に近づけば電磁場はゼロになります。ここで
であるから、このとき
となります。よってこの
はEoMの解となっています。よってEq.(4)はエネルギー最小のEoMの解、すなわち真空解です。
さらに
ある局面
のように
を得ます。
Eq.(1)の解を一般的に解析的に求めることは無理なのですが、BPS limitと呼ばれる極限では運動方程式が簡単になります。またこの極限は、AH系に限らず物理的に重要なことが多いです。そこでここではBPS limitにおいて運動方程式を導き、数値的に解を計算します。
そのために系のエネルギーを計算しておきます。
ここで
これを変形し「平方完成」すると以下のようになります(Bogomol'nyi completionと呼ばれます)
このようなエネルギーの下限をBogomol'nyi boundと呼びます。
ここで
の場合を考えます。このとき最後の項は消え、エネルギーは上記の下限を実現し得ます。エネルギーの下限を実現することを「Bogomol'nyi boundをsaturateする」と言い、このときEoMを満たす解はBPS解と呼ばれます。
BPS解を求めます。このとき第1項・第2項がゼロになるので
が成立します。極座標に移り(
を得ます。
数値的にこれを解き、プロットしたのが図3です。
BPS limitでの
磁場
ここでAH系の対称性について述べておきます。AH系のLagrangianはU(1)のゲージ変換
に関して不変です。しかし
詳しいことは省略しますが、磁場
複数のvortexの相互作用は
type IIの場合、vortexはその斥力により格子を形成します。これはAbrikosov latticeと呼ばれます。
ただしAH系は相対論的不変性を持つので、その点は実際の超伝導とは異なります。実際の超伝導体のような非相対論的な場合、type Iの状況ではそもそもvortex解が存在しません。
2つほどコメントです。
第2種超伝導体内に侵入した磁束のモデルであるNielsen-Olesen vortexに関して述べました。Abelian Higgs模型はGinzburg-Landau理論から導かれる有効作用です。解に関して軸対称のansatzをおき、遠方で真空の配位に近づく紐状・渦状のvortex解を探します。このvortexは磁束を持ち、それは量子化されることがわかります。
BPS limit:
vortex間の相互作用は
おしまい。