こんにちは。sugi です。今日は、量子力学の基礎方程式から出発して固体物理で登場する「バンド」とは何かを初等的に理解してみたいと思います。
量子力学で初めに習うのは、自由粒子だったり、井戸型のポテンシャルだったりします。もちろん井戸型ポテンシャルなどは実験的にも実現されており、また現実のデバイス設計でも使われるモデルにはなっていますが、世の中にあふれる多くの物質はイオンが周期的に並んだ「結晶」の形をしており、この中で電子がどのような運動をするかは重要な問題です。(主に)この問題に取り組むのが「固体物理学」で、今回の記事ではその基礎的な概念である「バンド」と「結晶運動量」という概念の導入をしようと思います。
電子を波として扱う描像で結晶中の散乱を議論すると、運動量はもはや保存しませんが「結晶運動量」なるものが保存します。これは同じく波である光の回折との直接的なアナロジーがあり、このアナロジーから、電子が力を受けた方向と逆向きに加速される「負の有効質量」の概念についても述べます。
(余談) 当初はtight-binding モデルを使って書くつもりでしたが、自由電子から出発したほうが「対称性の破れ」の感じがつかみやすいと思ってそうしました。
もしポテンシャルがない場合を復習しましょう。なおこの記事ではすべて一次元系を考えることにします(ほとんどの議論は無理なく$2,3$次元に拡張できます)。系は長さ$L$のリングになっているとします(周期境界条件を課します)。$L$はすごく長いとしましょう。
このあと結晶を考えますが、その格子定数よりも十分長いという意味です。
ハミルトニアンは
$$ \hat{H} = -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\p ^2}{\p x^2}$$
でした。
時間的に変化しない「定常解」である「エネルギー固有関数」は:
$$
\psi_k(x) = \frac{1}{\sqrt{L}}e^{\i kx}, \quad k \in \frac{2\pi} {L}\mathbb{Z} \t
$$
でした。実際
$$\hat{H}\psi_k(x) = \frac{\hbar^2k^2}{2m}\psi_k(x)\equiv E_k\psi_k(x)$$
ですから、$\psi(x, t=0) = \psi_k(x)$のとき、Schrödinger方程式を解くことで
$$ \psi(x,t) = e^{-iE_kt/\hbar}\psi_k(x)$$
、つまり「全体の位相を除いて」ずっと同じ状態にとどまり続けることが確かめられます。
規格化定数は$\int_{0}^{L} dx\, \psi_{k'}^\ast(x)\psi_k(x) = \delta_{k', j}$を満たすようにとりました。なお波数$k$が離散的になるのは、今考えているのが周期$L$のリングだからです。また以下では、積分範囲を明示しなければ$\int dx = \int_{0}^{L}dx$の意味とします。
さて、運動量演算子は$-\i\hbar\frac{\p}{\p x}$でしたが、上の関数は運動量演算子の固有状態にもなっています:
$$
\hat{p}\psi_k(x) = \hbar k\psi_k(x)
$$
このことから、「運動量」もまた、時間変化しないことがわかります。
より正確には以下の議論をする必要があります。一般に任意の状態を$\psi_k(x)$の重ね合わせで書いたとして、そこから時間発展をさせても、(全)運動量は変わらないことが示せます。これは、エネルギー固有状態が運動量の固有状態でもあることの帰結です。
厳密にはエネルギー固有状態は(適当な線形結合をとることで)運動量の固有状態「にもとれる」ということです。
なお、波数と運動量は$\hbar$倍の関係にあるので、以下ではほとんど同じ意味で用います。
古典力学でも、電子に力を与えるものはなにもないときには運動量は保存しました(運動量保存則の最も簡単な場合)。
解析力学を学んだ人は、運動量保存は連続的な並進対称性の帰結でもあるということを学んだはずです:この観点は重要で、あとで(この欄で)もう一度出てきます。
つぎに、周期的なポテンシャルを追加します:
$$
V(x) = \sum_{n = -\infty}^{\infty} U(x+na)$$
ここで$a$はポテンシャルの周期で、$U(x)$は$x=0$あたりにピークをもつようなポテンシャルだと思っていただければよいでしょう。また、今リングを考えていたのですが$L = Na$が成り立つとします。なお、イオンから受ける力をこのポテンシャルによって導入しますが、電子同士の相互作用は考えていません。
このとき、$\psi_k(x)$はもはやハミルトニアン:
$$
\hat{H} = -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{\p^2}{\p x^2} + V(x)$$
の固有状態にはなっていません。このことを見るためには、まず波数$k$の状態を用意してから時間発展させたときどのような状態になるかを見ればよいです。
$$
\psi(x,\Delta t) = \psi_k(x) - \frac{\i \Delta t}{\hbar} \hat{H}\psi_k(x)
$$
このうち、$\psi_k(x)$に比例するとわかっている項を除くと
$$
V(x)\psi_k(x)
$$
(比例係数も無視しました)これが、ポテンシャルによって「散乱された」波動関数を表しているということになります。これがどのような状態になっているかを調べるために、平面波に分解しましょう:
$$
V(x)\psi_k(x) = \sum_{q} c_q\psi_q(x)
$$
あとはこの展開係数$c_q$を求めればよいです。平面波同士の「直交性」:$\int dx \psi_{k'}^\ast(x) \psi_k(x) = \delta_{k,k'}$を用いると、
$$
c_q = \int dx \,\psi_q^\ast(x)V(x)\psi_k(x) = \frac{1}{L}\int dx\,V(x)e^{-\i(q-k)x}
$$
となることがわかります。さらにポテンシャルの周期性を用いると
$$
c_q = \sum_{n=0}^{N-1} \int_{-a/2}^{a/2} dx\,U(x)e^{-\i(q-k)(x+na)} = 0 \quad (2\pi(q-k)a \notin \mathbb{Z})
$$
となります。逆に$2\pi(q-k)a \in \mathbb{Z}$のときは、非ゼロの値を持ちえます。
ちなみにこの$c_q$はポテンシャル関数$V(x)$のフーリエ変換と対応します。フーリエ変換がどんな意味を持つのかをこの例を通じて味わっていただければ嬉しいです。
したがって、波数$k$の状態を用意すると、ポテンシャルによる散乱を受けて波数が$k\to k + nb$の状態に変化することになります。ここで
$$ b = 2\pi/a$$
と定義しました。これを逆格子ベクトルとよびます(今は1次元なのでただの数ですが)。
逆に、次のことがわかります:
運動量は、$\mathrm{mod}\ \hbar b $で保存する
そこで、運動量を$\hbar b$で「割った余り」を、結晶運動量といいます。上の主張は、したがって「結晶運動量は保存する」ということができるわけです。結晶運動量は$\hbar\kappa,$と書き、当分の間$\kappa \in [-b/2, b/2)$とします。
$ \kappa $の取りうる値はどんな領域にとってもよいのですが、上のような範囲に制限するとわかりやすいのでそうします。これをWigner-Seitz 胞を持ちいた Brillouin zone といいます。
さて、上の議論でつかったことは、ポテンシャルが周期$a$の周期関数であるということだけでした。そしてそこからある種の保存量が出てきたわけです。ここで、自由粒子のときの結果:連続的な並進の対称性があると運動量が保存するとのアナロジーがあることに気が付きます。実際、結晶運動量の保存はハミルトニアンが「離散的な」並進の対称性を持っていることの帰結になります。これはBlochの定理と呼ばれるものです。
ここで、光の結晶への散乱を思い出してみましょう。なじみやすい2次元系を考えることにします。$x$方向に間隔$d$の層が並んでおり、そこに光が入射する場合を考えましょう。なお、高校で学ぶBragg反射の議論では、入射角と同じ角度で反射するような状況だけを考えていますが、以下では一般の角度に散乱される様子を書きました。想定しているのは、二次元結晶で$x$方向に垂直な方向にはイオンが密に詰まっている状況です。
光の散乱を思い出す。上下方向がx方向。黒い実線は光を散乱できる適当な層のようなもので(典型的には「結晶面」)、角度$\theta$で入射し$\varphi$で出てくる様子を描いている。
上のようにして、「波数の ($x$成分の) 変化」がちょうど逆格子ベクトル分に対応していることが確かめられました。「結晶運動量が保存する」というのは、これを電子の場合に焼き直したものにほかなりません。
なお、上では実は光のエネルギー$E=hc/\lambda$が、したがって$\lambda$が不変であることを暗に用いています。これは弾性散乱と呼ばれます。なお、電子系では「弾性散乱」の条件に対応するものはありません。それでも2次元系をセットアップしたことで、$x$方向の波数は変わることができるので、1次元の電子系にうまく焼き直せたわけです。
さて、結晶運動量が保存することはよく分かりました。それでは固有状態はどのような状態でしょうか? ここで、ポテンシャルは十分に弱いという条件を課すことにしましょう。
十分に弱いとはどのくらいかはよく考えてないといけませんが、すぐ明らかになります。
$$
U_{nn'}(\kappa) = \int dx\,\psi_{\kappa+nb}^\ast(x)U(x)\psi_{\kappa+n'b}(x)
$$
とすると、エネルギー固有状態であるための条件:
$$
\hat{H}\sum_{n}c_n(\kappa)\psi_{\kappa+nb}(x) = E\sum_{n}c_n(k)\psi_{k+nb}(x)
$$
は以下のように書けます:
$$
\sum_{n'}\left(\frac{\hbar^2(\kappa+nb)^2}{2m}\delta_{nn'} + U_{nn'}(k)\right)c_{n'}(\kappa) = Ec_n(\kappa)
$$
あとはこれを解けばよい(対角化すればよい)のですが、いま$U_{nn'}$が小さい($\hbar^2k^2/2m$たちにくらべて!)という条件を課すと、各$\kappa$についてエネルギー固有値の列を求めると、以下のようになることがわかります:
エネルギー固有値の全体像:「バンド図」と呼ばれる。各$\kappa$について、$H(\kappa)$の固有値を下から順番に並べたもの。バンドは下から「1枚目」「2枚目」... と数える。
ここではかなり計算を飛ばしました。まず空格子近似とは、ポテンシャルが0のときの様子です。これは、放物線を「ちぎって」適当に平行移動したような形になります(これは上の式からすぐわかります)。それにすこし小さなポテンシャルを加えて、エネルギー固有値を求めると概形は右のようになります(このことは量子論で学ぶ「$1,2$次の摂動論」を用いると簡単に計算できるようになります)。
重要なことをまとめます。
もともとは、エネルギーと波数の関係は $E = \hbar^2k^2/2m$でした。しかし今連続的な並進対称性が破れて結晶運動量だけが保存するようになった結果として、波数空間が「ちぎられて」(あるいは、下で見るように「丸められて」)、エネルギー固有関数と固有値が「再構成」されたのです。
見にくいので書けなかったのですが、「ちぎる」よりも「丸めた」ほうがわかりやすいです:なぜなら本来、$\kappa$と$\kappa + nb$は結晶運動量としては等価だからです。下の方に、「再構成されたバンド」の「丸めた」図の模式図があります。
ここで、エネルギーが取りうる領域に、「穴」があることがわかります。この領域を「エネルギーギャップ」といいます。
重要なことは、$\kappa = 0 , \pm b/2$のところでエネルギーバンドが「パカっと割れた」ような形になっていることです。これがなぜ起こるのかを見るために、結晶運動量$\pm\hbar\kappa$の状態のうち、エネルギーが低い2つがどのようになっているか直接見てみましょう。これも固有関数を求めればわかりますが、結果を書くと以下のようになります:
結晶運動量が$\pm\hbar\kappa$の、エネルギーが低い2つの固有状態。赤い線はポテンシャルを図示したもの。
粒子密度$|\psi(x)|^2$を図示した。
このように固有状態は「定在波」の形をしていることがわかります。もともとは同じエネルギー固有値に属していた「位置のずれた定在波」が、異なるエネルギーを持つようになります。具体的には上に図示したようなポテンシャルでは、$\cos(bx/2)$のほうがエネルギーが低く、$\sin(bx/2)$のほうがエネルギーが高い状態になっています。これが直接的にはエネルギーギャップの起源になっています。
今、ポテンシャルは$x = na$を中心に線対称であることを暗に仮定しています。
さて、エネルギーの概形とその理由は分かりました。ここで固有関数の形についてもう少しわかることがあるので付け加えておきます。それは、結晶運動量$\hbar\kappa$に属する固有関数$\psi_{\kappa, m}$は以下を満たすということです:
$$ \psi_{\kappa, m}(x + a) = e^{\i \kappa a}\psi_{\kappa, m}(x)$$
ここで$m$は、結晶運動量$\hbar\kappa$に属する状態がたくさんあるのでそのラベルとして用いました。
このことは実際に任意の$n\in\mathbb{Z}$について$\psi_{\kappa+nb}(x)$が上の条件を満たすことから確かめられます。
したがって、
$$ \psi_{\kappa, n}(x) = e^{\i \kappa a}u_{\kappa, n}(x)$$とすると、$u_{\kappa, n}(x)$は周期$a$の周期関数になっています。この周期関数の詳細を見なければ、$\psi_{\kappa,n}$はおおまかには「波数$\kappa$の包絡線をもつ」ということができます。
包絡線の波数と結晶運動量。赤が波動関数で、黒が包絡線(本来は波動関数は複素数値関数なので、この図はあくまでもイメージです)
波長があまり短すぎるものは包絡線の波長と呼ぶにはあまりふさわしくないものになります。結晶運動量が取りうる値を(たとえば Brillouin zoneに)制限するのが妥当なのは、このことからもわかります。
ここまでで分かったことをまとめると、以下のようになります:
なお、ポテンシャルがあっても(「ポテンシャルがすごく弱い」という仮定が破れれば)エネルギーギャップが空くとは必ずしも限らないので、最後には「ことがある」と書きました。
定常状態がどのようになっているかは、上でわかりました。それでは、ある状態にある電子が力を受けたとき、どのような運動をするかを知りたいです。以下の定理が知られています:
外力$F$が加わっている時、もしほかのバンドにうつることがなければ結晶運動量の時間変化は:
$$ \hbar\frac{d\kappa}{dt} = F$$
で与えられる。
波数$ \kappa + nb $の状態は運動量$\hbar (\kappa + nb)$を持っていたので、時間$\Delta t$後には力積$F\Delta t$をうけて運動量が$\hbar (\kappa + nb) + F\Delta t$になります。これらの重ね合わせ状態が結晶運動量$\hbar\kappa$の状態でしたから、結晶運動量も$\hbar\kappa + F\Delta t$に変化することが期待されます。しかしこの議論では、結晶運動量が変わった時に、異なる波数同士$\{\kappa + nb\}$の重ね合わせの係数が異なることと、外力によって「結晶格子が受け取った」運動量を考慮に入れていません。これらの影響を考えると両者は打ち消しあい、$\hbar \Delta \kappa = F \Delta t$が結局正しいことが証明されます。この証明は Kittel, Introduction to Solid State Physics, p.193 によります。ほかにもいくつかの証明方法があります。
なお、ここで結晶運動量は今までは$\kappa\in[-b/2, b/2)$の範囲に制限していましたが、上の式では$\kappa$は連続的に変化するとしています。この観点からは、$\kappa$は長さ$b$の「リング」をなしていて、その上を動くと見た方が自然です:
バンド図を改めて書く。今度は結晶運動量が$\mathrm{mod}\ \hbar b$で同じものを与えることを反映して、先のグラフの横軸をまるめてリング状にした。このときバンドは円柱状に書かれることになる。赤い矢印は、弱い外力でゆっくりと変化していくある電子の状態を表したもの。
このように、結晶運動量が「丸まって閉じた」空間になっていることが、物性物理でホットなトピックの一つ、「トポロジカル物性」の肝になっています。
電流は物性物理の中で最も基本的な物理量の中の一つと言っていいでしょう。ここで以下が成り立ちます:
$ \psi_{\kappa, n}(x)$の状態にある電子の速度は(1次元系なら)
$$ v_{\kappa, n} = \frac{1}{\hbar}\frac{d\epsilon_{\kappa,n}}{d\kappa}$$
で与えられる。
これは一般に、波の「波数と周波数」の関係(分散関係と呼ばれる):$\omega = \omega(k)$がわかっているとき、波の群速度が$v = d\omega/dk$で与えられることにほぼ対応しています(位相速度$v_\text{ph}=\omega/k$とは異なります)。あとは量子力学ではエネルギーと周波数は$\hbar$倍の関係にあるということを思い出せば上の式はなんとなく納得がいきます。
「ほぼ」といったのには、2次元以上では異常速度項が加わるからです。これは「固有関数のねじれ具合」(Berry 曲率)が、磁場のような効果を持つことを意味しています。なお、
には、異常速度項は 0 になることがわかります。詳細は斯波弘之「基礎の固体物理学」付録 3 などを参照。
以上の2つの定理を使うと、状態$\psi_{\kappa, n}$にあった時から力を加えられたときの速度の変化は
$$
\frac{dv}{dt}\Big|_{\kappa, n} = \frac{1}{\hbar^2}\frac{d^2\epsilon_{\kappa, n}}{d\kappa^2}F
$$
で与えられることがわかります。これを古典の運動方程式:
$$
m\frac{dv}{dt} = F
$$
と見比べることで、電子はあたかも「質量」
$$
m_{\kappa, n}= \left(\frac{1}{\hbar^2}\frac{d^2\epsilon_{\kappa, n}}{d\kappa^2}\right)^{-1}
$$
をもつ粒子のようにふるまうことになります。これを有効質量といい、バンドの特定の部分だけ見ていればこれはほとんど定数になります。こうして、結晶のポテンシャルを反映して新たな「有効質量」をもった粒子として、見ることができるわけです。これはある意味では、「電子の波動性」とイオンによるポテンシャルを取り込んだ、仮想的な粒子だということもできるでしょう。
このことを納得するために、自由粒子の場合に戻ってみましょう。自由粒子の場合はバンドは1枚で、結晶運動量は運動量そのもの、また$\epsilon_k = \hbar^2k^2/2m$でした。ここで上の有効質量を計算すると
$$
m_k = \left(\frac{1}{\hbar^2} \frac{d^2}{dk^2}\left[\frac{\hbar^2k^2}{2m}\right]\right)^{-1} = m
$$
となり、電子の質量と一致することがわかります。たしかに有効質量は「質量」を拡張した概念であるといえそうです。
さて、この有効質量は、$\kappa = \pm b/2$のあたりでは負になることが確かめられます。(すくなくとも今まで書いてきたバンド図では)、エネルギーはこのあたりで「上に凸な」形をしていたからです。これは、力を加えると逆方向に加速されることを意味しています。
これはどのように解釈できるでしょうか? これは今までの議論からわかります。
まず、バンドの一番「底」、$\psi_{\kappa = 0, n = 1}$の状態では、粒子は波数$k = 0$をもっていました。力を加えそこから$\kappa $を増やしていくと、$\kappa$が大きすぎない範囲においてはこれは、ほとんど運動量$p = \hbar\kappa$を持つ状態になっていきます。しかし、もっともっと$\kappa$をふやして$\kappa = b/2$に到達すると、これは定在波でしたから、正味の速度は$0$になっています。ですから、この過程の最後のほうでは力をかけても「速度が落ちた」、つまり質量は負になっていると考えるのが妥当なのです。
定在波が生じた仕組みを見直してみると、エネルギーを保ったまま波数$b/2 \to -b/2$への状態へ移ることができる(Bragg反射の条件、ここでは「弾性散乱」であることも課した)ことがその要因だったのです。
ここはじっくり考えないとわからないかもしれません。定在波が生じるのはすべてこの条件が満たされる、つまり$ (-k) - k \in b\mathbb{Z}$となるような波数$k$に対応する点になっています。2.3節で行った「ギャップがあく」理由の議論も参照してください。
電子を裸のままの粒子だと思わずに、「電子の波動性とイオンによるポテンシャルを取り込んだ、仮想的な粒子」として取り扱うのが結晶中の電子の「有効質量近似」であることに、納得していただけるでしょうか。
補足として、上で紹介した「バンド理論」がいつ有効かについてにも簡単に触れます。
重要なことは、上では電子間の相互作用を取り込んでいないことです。実は、電子間の相互作用を考えるともはや「ある状態に電子が1つ、別の状態に電子が1つ...」という描像すら残念ながら成立しません:すなわちもはや「バンド理論」そのものが有効ではなくなるということです。
実際バンド理論では金属になるものでも、相互作用を取り入れると絶縁体になるようなものも知られており、これはMott絶縁体と呼ばれています。
もはや現実世界ではバンド理論は使えないのでしょうか? 実は「1電子近似」と呼ばれる手法があり、電子同士の相互作用を(やはり実効的に!)取り込むことによって有効的なバンドを構成する方法はいくつか知られています。Hartree-Fock近似による手法や、密度汎関数理論による手法などがあります。
最後までお読みいただきありがとうございました。どれも固体物理の基礎概念ですが、少しでも「色」がついて見えたらと思って書いたのがこのページでした。いかがでしたでしょうか。さまざまなご意見やご質問を頂けますと幸いです。